今日の地元紙にこんな記事が載っていました。“鯖街道通じ日韓交流・男性二人京に到着”。
海の無い国・京都は、昔は新鮮な魚に縁がありませんでしたが、そんな中、日本海(若狭・小浜)から運んでくる鯖がことに有名でした。京都に着いたころに丁度ころあいの塩加減(塩鯖)になっていて、とても美味しいのです。
その若狭から京への運搬ルートを、鯖街道と呼んでいるわけで、今も、素敵な街道が残されていて、時々ほっこりとしに出かけたりします・・・
ところで、記事にもあるように、韓国にも鯖街道があるんです。韓国の内陸中心部にある安東(あんどん)というところ。儒教の聖地として有名ですが、ここも沿岸部から運んできた鯖(塩鯖)を、焼いて食べます。
このようなことから、京都の男性と、安東市の男性が、ともに二つの鯖街道を歩いて友好を深めたと言う訳です。ことに、韓国の男性は背中に鯖を背負う昔ながらの装束で歩き、日本の鯖街道を“絵の中を歩いているような美しい景色に感動した”と、コメントなさっています。
で本題。こんな小さな記事に何故目が止まったかというと、私も、安東で、塩鯖の焼いたのを食べて、ワーーおいしい・経験をしたからなんです。その時、沿岸部から運んでくる事。道中で塩が良いあんばいになる事などの話を聞き、イヤーー・京都と同じやわと、思ったものでした。
安東へ行ったのは、ワールドカップ開催の直前のGW。映画・ほたるのロケ地を見たいと言うのが最大の目的でした。
Fatimaハズも一緒なので、交通機関・宿泊等一人だとできない事もできると思って、頭をひねってスケジュールを立てたものでした。
釜山から入って、慶州ー安東・ハフェマウル(ロケ地)−テグー釜山
バス・列車・高級ホテル・民泊等々・・・・
で、ハフェマウルの民泊の何気ない朝食の膳の一品が、この鯖だったのです。
そういえば、この時新羅に関しては良くわかった、次は百済の故地を訪ねようなんて思っていたのに、時ならぬヨン様ブームで、私の韓国マイ・ブームは下火になってしまい、まだ実現していません。
板門店も、ナンタの公演も、道を歩いていて選挙運動員に声をかけられたことも・・・思い出すと、懐かしいです。あっっ、こんなことも思い出しました。
ホテルのインフォメーションで見つけた、山門料理(精進料理)の広告に、食べに行こうと(この時は友達と一緒で、いろんなものを食べましょうがメインの旅でした))ホテルでコンタクトをとってもらい出かけたのです。最初から誤解があったことはあとでわかったのですが・・・うろうろ相手の言うままに(お互いブロークン英語で)あれに乗りこれに乗り、持っているソウルの地図の外に出てしまい、時間厳守とか、費用は要りませんとか、いったいこれはなんだろう、変なことだったら逃げようなどと言いつついろんな方にお世話になりつつ、たどり着いたのが、郊外の市場の二階にあるお寺の出張所。料理を食べさせるのでなくて、山門料理を布教の一環として教える所だったのです!! 休暇でアメリカから帰国中の信者の若い女学生がついて下さり、一応実習してきました。
終わってお坊様から別室でお茶をご馳走になり、日本からの日本語の手紙を訳す羽目になりました。そしてお坊様の料理本を頂いたのでありました。アンニョンハシムニカ。
海の無い国・京都は、昔は新鮮な魚に縁がありませんでしたが、そんな中、日本海(若狭・小浜)から運んでくる鯖がことに有名でした。京都に着いたころに丁度ころあいの塩加減(塩鯖)になっていて、とても美味しいのです。
その若狭から京への運搬ルートを、鯖街道と呼んでいるわけで、今も、素敵な街道が残されていて、時々ほっこりとしに出かけたりします・・・
ところで、記事にもあるように、韓国にも鯖街道があるんです。韓国の内陸中心部にある安東(あんどん)というところ。儒教の聖地として有名ですが、ここも沿岸部から運んできた鯖(塩鯖)を、焼いて食べます。
このようなことから、京都の男性と、安東市の男性が、ともに二つの鯖街道を歩いて友好を深めたと言う訳です。ことに、韓国の男性は背中に鯖を背負う昔ながらの装束で歩き、日本の鯖街道を“絵の中を歩いているような美しい景色に感動した”と、コメントなさっています。
で本題。こんな小さな記事に何故目が止まったかというと、私も、安東で、塩鯖の焼いたのを食べて、ワーーおいしい・経験をしたからなんです。その時、沿岸部から運んでくる事。道中で塩が良いあんばいになる事などの話を聞き、イヤーー・京都と同じやわと、思ったものでした。
安東へ行ったのは、ワールドカップ開催の直前のGW。映画・ほたるのロケ地を見たいと言うのが最大の目的でした。
Fatimaハズも一緒なので、交通機関・宿泊等一人だとできない事もできると思って、頭をひねってスケジュールを立てたものでした。
釜山から入って、慶州ー安東・ハフェマウル(ロケ地)−テグー釜山
バス・列車・高級ホテル・民泊等々・・・・
で、ハフェマウルの民泊の何気ない朝食の膳の一品が、この鯖だったのです。
そういえば、この時新羅に関しては良くわかった、次は百済の故地を訪ねようなんて思っていたのに、時ならぬヨン様ブームで、私の韓国マイ・ブームは下火になってしまい、まだ実現していません。
板門店も、ナンタの公演も、道を歩いていて選挙運動員に声をかけられたことも・・・思い出すと、懐かしいです。あっっ、こんなことも思い出しました。
ホテルのインフォメーションで見つけた、山門料理(精進料理)の広告に、食べに行こうと(この時は友達と一緒で、いろんなものを食べましょうがメインの旅でした))ホテルでコンタクトをとってもらい出かけたのです。最初から誤解があったことはあとでわかったのですが・・・うろうろ相手の言うままに(お互いブロークン英語で)あれに乗りこれに乗り、持っているソウルの地図の外に出てしまい、時間厳守とか、費用は要りませんとか、いったいこれはなんだろう、変なことだったら逃げようなどと言いつついろんな方にお世話になりつつ、たどり着いたのが、郊外の市場の二階にあるお寺の出張所。料理を食べさせるのでなくて、山門料理を布教の一環として教える所だったのです!! 休暇でアメリカから帰国中の信者の若い女学生がついて下さり、一応実習してきました。
終わってお坊様から別室でお茶をご馳走になり、日本からの日本語の手紙を訳す羽目になりました。そしてお坊様の料理本を頂いたのでありました。アンニョンハシムニカ。
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