日本人の精神を忘れず、 イタリア人のライフスタイルを理想とし、
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ありがたいお言葉[2008年07月22日(火)
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picoの快楽生活
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picoの快楽生活
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知らなければ幸福という手もありますね。
私も現在は自分のやりたいことだけやって気の向くまま生きているので同じですね。私は不良前期高齢者です。
ルル様
真剣にボランティア活動に取り組んでおられる貴姉の行動力には頭が下がります。それに引き換え私の場合はエセボランティアだったような気がします。
ネパールの山間で貧しい子供たちが勉強している学校へ学習ノートと鉛筆を持って行ったことがあります。感謝され私も満足しました、翌日、村の雑貨屋でひとつ残らず売られているのを知りました。その雑貨屋は外国人登山客専用の店でした。
そんな山間部で学校の校舎を建てておられるボランティアの方々もいました。私は建てるだけでなく、最低10年はそこで教師として住み着いてほしいと願いました。そこまでの覚悟がないと本当のボランティアにはなりません。私には到底できないと悟ったわけです。
トレッキングする外国人の荷物を運ぶポーター達は裸足でした。私は2度目に訪れた時にスニーカーを持参してプレゼントしました。これも翌日、すべて雑貨屋の店頭にならんでいました。彼らの足裏はぶ厚く釘を踏んでも大丈夫なくらい頑丈なのです。靴を履けば、蒸れたりしてかえって故障するでしょう。単純発想の馬鹿な文明人(と言えるかどうか?)のおせっかいと気がついた次第です。靴を履かないと歩けなくなった人間は機能的退化しているわけで、こちらが同情される立場ではないかと。
基本的には「同情するならカネをくれ」の世界です。それではボランティアしている気になれないのが、エセボランティアの悲しい性です。日本の莫大なODAもエセボランティアでなければいいのですが。