昨日、所用で梅田に出かけました、ケイタイを忘れたので公衆電話を探しましたがありません。約30分あまり歩き回りやっと見つけました。以前は6台あった場所に、無残にも撤去され2台だけが生き残っていました。さてここで、疑問が湧いたのですが、なぜ公衆電話が街中から激減しているのでしょう?最大の原因はケイタイが普及したから使う人が少なくなったのでしょうか。しかし、既存の公衆電話まで取り外す必要はないと思うのです。NTTは公衆電話をなくして不便にしてケイタイを持たせる陰謀ではないかと勘ぐるのですがいかがなものでしょう?
サラリーマン時代はケイタイを持たされて、鵜匠に首結びをされた鵜の気持ちがよくわかりました。今はケイタイも軽くて薄くなりましたが、それでも時々忘れることがある。ケイタイを持たないと不便な社会になってしまったのです。手ぶらで外出して、どこからでも公衆電話が使えた時代のほうが便利だったような気がするのです。ケイタイやパソコンがなかった時代のほうが楽しかったような気がするのです。「便利であることは正しいのか?」と疑問に思うときがあります。
しゃれたミラノの公衆電話は、まだ繁殖しています。3台に1台は仮死状態ですが。





