アムステルダムの「国立ミュージアム」やハーグの「マウリッツハイス」を観て、なぜオランダ絵画は17世紀になって、多くの世界的に有名な画家が誕生したのか不思議に思った。

マウリッツハイスの優雅なすがた:中央左よりの丸みのある屋根の建物
そこで、オランダ美術ガイドなど読んでみると、芸術の世界も歴史とともにあることを今更ながらはっきり理解できた。
フェルメールの「真珠の首飾りの少女」をモチーフにした小説が映画化され、日本でも評判になったが、その時代背景が、なるほどそういう時代だったのかと知ることもできた。

ガイドブックより「真珠の首飾りの少女」
今回のオランダ旅行では、お目当てのフェルメールを「国立ミュージアム」で4点、「マウリッツハイス」で3点、所蔵されているものをすべて見ることができた。
というのも、7年前、ベルリンとドレスデンの美術館でそれぞれ2点あるはずの絵がどちらも1点ずつ貸し出していて、フェルメールファンの夫はがっかりしたものだ。
しかも、ドレスデンのときはホテルに夕方着いて、すぐタクシーを飛ばして入館ぎりぎりで間に合ったが、私にとっては郊外のホテルだったので、タクシー代が忘れられない思い出となっている。

ハーグの住宅
資料をまとめてみました。
[オランダ17世紀の絵画]
オランダの17世紀は「黄金時代」と呼ばれ、豊かな商人が大きな力を持つようになり、それに伴い、国家の繁栄と芸術の隆盛が一体となって進展した時代である。
歴史の流れは芸術にも影響をもたらし、16世紀は欧州全体の宗教改革の嵐が吹き荒れ、また戦争や独立運動などがあり、絵画の在り方やスタイルが大きく変化し、宗教画から風景画や静物画、風俗画など、新しいジャンルが誕生した。
芸術家の最大のパトロンである教会から、豊かな商人がアートのクライアントとして台頭したのである。
[オランダの繁栄]
16世紀のオランダの多くの州はスペイン王の帝国支配下にあり、各地で独立運動が起こり、16世紀末には多くの有力商人がアムステルダムに移住。アムステルダムが経済の中心となる。
17世紀はじめ(1602年)、アムステルダムでオランダ東インド会社が設立さた。
日本では、1609年に長崎の平戸でオランダ商館が設置され、南蛮貿易(以前よりポルトガルも)が始まる。その後、鎖国政策によりオランダ商館は出島移され、欧州で唯一交易が認められた。
アジアに台頭したオランダ東インド会社は、15世紀以降、アジアにおける海洋帝国といわれたポルトガル東インド会社に攻勢をかけ、追い落としに成功。
イギリスイ東ンド会社もオランダとの競合に勝てず、インドの経営のみで、撤退。
このようなアジアにおけるオランダ東インド会社の成功により、オランダ本国は「黄金時代」を迎えたのである。
政治的に不安定な時期に力強い発展があり、17世紀半ばにようやくスペインはオランダの独立を承認することになる。

マウリッツハイスの優雅なすがた:中央左よりの丸みのある屋根の建物
そこで、オランダ美術ガイドなど読んでみると、芸術の世界も歴史とともにあることを今更ながらはっきり理解できた。
フェルメールの「真珠の首飾りの少女」をモチーフにした小説が映画化され、日本でも評判になったが、その時代背景が、なるほどそういう時代だったのかと知ることもできた。

ガイドブックより「真珠の首飾りの少女」
今回のオランダ旅行では、お目当てのフェルメールを「国立ミュージアム」で4点、「マウリッツハイス」で3点、所蔵されているものをすべて見ることができた。
というのも、7年前、ベルリンとドレスデンの美術館でそれぞれ2点あるはずの絵がどちらも1点ずつ貸し出していて、フェルメールファンの夫はがっかりしたものだ。
しかも、ドレスデンのときはホテルに夕方着いて、すぐタクシーを飛ばして入館ぎりぎりで間に合ったが、私にとっては郊外のホテルだったので、タクシー代が忘れられない思い出となっている。
ハーグの住宅
資料をまとめてみました。
[オランダ17世紀の絵画]
オランダの17世紀は「黄金時代」と呼ばれ、豊かな商人が大きな力を持つようになり、それに伴い、国家の繁栄と芸術の隆盛が一体となって進展した時代である。
歴史の流れは芸術にも影響をもたらし、16世紀は欧州全体の宗教改革の嵐が吹き荒れ、また戦争や独立運動などがあり、絵画の在り方やスタイルが大きく変化し、宗教画から風景画や静物画、風俗画など、新しいジャンルが誕生した。
芸術家の最大のパトロンである教会から、豊かな商人がアートのクライアントとして台頭したのである。
[オランダの繁栄]
16世紀のオランダの多くの州はスペイン王の帝国支配下にあり、各地で独立運動が起こり、16世紀末には多くの有力商人がアムステルダムに移住。アムステルダムが経済の中心となる。
17世紀はじめ(1602年)、アムステルダムでオランダ東インド会社が設立さた。
日本では、1609年に長崎の平戸でオランダ商館が設置され、南蛮貿易(以前よりポルトガルも)が始まる。その後、鎖国政策によりオランダ商館は出島移され、欧州で唯一交易が認められた。
アジアに台頭したオランダ東インド会社は、15世紀以降、アジアにおける海洋帝国といわれたポルトガル東インド会社に攻勢をかけ、追い落としに成功。
イギリスイ東ンド会社もオランダとの競合に勝てず、インドの経営のみで、撤退。
このようなアジアにおけるオランダ東インド会社の成功により、オランダ本国は「黄金時代」を迎えたのである。
政治的に不安定な時期に力強い発展があり、17世紀半ばにようやくスペインはオランダの独立を承認することになる。
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はじめまして
きままさまのブログ拝見させていただきました。私も新潟出身で、お友達ができたような気分です。
毎日更新する気力がなく、季節がどんどんずれてしまって、春の話ですみません。
今回の旅行でオランダ、ベルギーがすっかり好きななりました。
どこへいっても、いつもそう思って帰ってきますが・・・。