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メコンクルーズの途中で、休憩ばかり [2008年02月29日(金) ]
バナナの木をあちこちで見やりながら、小船の待つ船着場に到着。いよいよ、ミトー観光のハイライト、メコンクルーズが始まる。



その前に、こちらに到着する前にもうひとつ寄り道をしたのに、歩いた順序の記憶が混乱していたようだ。
ちょっとカムバックしよう。

ジャスミンティーのサービスを受けたあと、ジャングル道を、自然を満喫しつつのんびり歩いていくと、また休憩所にさしかかる。フルーツが豊富に採れる土地柄、テーブルにはカットフルーツがいく種類も用意されている。
「どうぞ、自由に食べていいんですよ」とガイドさん。





初めて見るフルーツもあり、もの珍しさで、あれもこれもと味わっていると、前方に美しいアオザイ姿の若い女性が数人並び、中ほどに坊やも一人。何が始まるのかと思ったら、年配男性の演奏で伝統音楽の歌が始まった。



のどかなゆったりした雰囲気で楽しませてもらい、立ち上がろうとすると、坊やが無言で近づいてきた。
一瞬??と思ったが、「チップ」と気がつき、あわててバッグに手を入れた。
他のグループも十数人いて、次々と回って歩いていた。男の子は、小学高学年くらいで、なぜ女性たちの中に立っているのかちょっと不思議に思っていたのだが、ちゃんと役割があったのだ。
大切な観光の収入源なのだろう。

また少し行くと、今度はココナッツキャンディの実演販売。なんだか、すごろくゲームでもして歩かされているような感じだ。


〈アメをカットする女性〉手前にキャンデーが山積みされている。1袋1ドル

こちらも試食ありで、ご馳走になれば、買わなければという気分になる。
観光客相手なのにとても安く、島の人々の良心が感じられる。
ココナッツキャンディ工場はあちこちにあるが、工場といってもほとんど普通の民家の一角にあり、家族による手作業だという。
女性たちは美人が多く、街の市場と違い、みな物静かだ。

Posted at 22:47 | | この記事のURL
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メコンクルーズ――その2 [2008年02月25日(月) ]
船頭さんに手を引いてもらい、いよいよ島に上陸。シーンとした樹木の生い茂る中を歩くと、これまでのベトナムの、あのオートバイの喧騒とはまったく違う別世界だ。ジャングルを行くような気分だ。



少し歩くと、色とりどりのフルーツや、土地の樹木で作った素朴な小物の露天のみやげ物やが並んでいる。




左のかごに入っている小さな丸い果物がリュウガンの実:龍の目のに似ているからとガイドさんの説明。その時はなるほどと思ったが、ウ〜ン、漢字の時代があったにせよ、それって、読みは日本語と同じ?

メコン川を渡ってくるとき、川が汚れているわけではないのに水が茶色だったのは、たっぷり養分を含んだ泥で、それがこの辺り一帯を肥沃な土壌にし、熱帯モンスーン気候により、果物や穀物が豊富に栽培されるというわけだ。

これが40数年前に社会の時間にお勉強した、メコンデルタの穀倉地帯なのだと、そのころは関心がなかったのに、初めて訪れる地に、なにかなつかしい思いがした。

さて、お土産やが並ぶ辺りに休憩するところがあり、お土産用のお菓子やジャスミンティーに蜂蜜を入れて、サービスしてもらう。買ってくださいというわけだ。
ご馳走になったのだから、蓮の実のお菓子と蜂蜜をお土産にいくつか。蜂蜜はジャングルのような通りにあったリュウガンの果樹の蜜で、さわやかな香りで、口あたりのよいあっさりした味だ。





いよいよ、船着場へと少し歩いていくと、小さな青いバナナが、その向こうには大きなバナナがと、あちこちに見えている。自然に生えた木のようだ。そんな自然の中を歩くのは初めてなので、ウキウキ気分になってくる。

さあ、いよいよメコンクルーズの船着場に到着。小船がたくさん待っている。

Posted at 08:35 | 旅行 | この記事のURL
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ミトーのメコンクルーズへ [2008年02月19日(火) ]
ホーチミン市から車で2時間、メコンデルタの入り口の町、ミトーへ。観光のハイライトは、なんといっても中洲にある4つの小さな島でのメコンクルーズ。
ミトーは年中暖かく、肥沃な土地で、さまざまなフルーツの宝庫である。観光はもとより、果物や名物料理は大いに楽しみだ。


ホーチミン市街からオートバイで30〜40分くらいの郊外では、どんどん開発が進み、高級住宅地となっている


           郊外の街角にはたいていお茶やの屋台がある


船着場には、木造ボートにモーターを付けた8、9人乗りの舟が、川べりに沢山並んでいる。はるか向こうに見える島まで、この舟でいけるのとかと、少々たじろいでしまった。
舟には40代くらいの船頭さんと奥さんらしい女性。毎日、客を乗せて往復しているのだからと、信頼するよりほかはない。



写真では立派な舟に見えるのだが。。。大きな川は海のように感じた。


暑い日には喉の渇きを潤してくれるのだろう。舟に揺られながら、景色を眺めながら飲めば楽しい。

出発して間もなくすると、奥さんが、ココナッツの実の上の部分を大きな包丁で切って、ストローを挿してサービスしてくれた。1口、2口すすると、ようやく不安もとけて島への上陸が楽しみになってきた。


 

Posted at 21:19 | 旅行 | この記事のURL
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ベトナムの通貨は大きくて驚く [2008年02月14日(木) ]
昨日の新聞(朝日新聞 2月13日付)で「インフレ2万6000%」〈最も貧しい億万長者〉というのが載っていた。

南アフリカ・ジンバブエでは07年11月のインフレ率が年率2万6470.8%と、過去最高を記録し、もはや中央銀行の取れる対策は超高額紙幣の乱発しかない状況という。今年1月には1千万ジンジバエブ(Z)ドル紙幣を発行し、今月1日時点で1米ドルの実質レートは600万Zドルになったそうだ。

超インフレが加速したきっかけは、インフレを押さえ込もうとして政府が出した価格半減令。元値を割ることを恐れた商店側が物資を闇市場に横流しし、あらゆる物資が闇市で高値で取引されるようになった。市民は「これでは世界で最も貧しい億万長者だ」と不満を募らせているという。


〈並木の美しいホーチミン市の目抜き通り〉この手前の方にはホテルやレストラン、ブティック、土産物店が並んでいる

実は、こちらとは比較にならない程度ではあるが、ベトナムでも高額紙幣で、使うたびに大変な頭の体操をしてきた。ベトナムの通貨の単位はドンで、最高紙幣は50万ドン。

1米ドル=1万6000ドン
100円 = 1万3000ドン(1万ドン=80円) 

ベトナムに到着すると、ガイドさんから、ほとんど米ドルで用が足りるから両替しなくても大丈夫と言われた。しかし、夫はせっかくベトナムに来たのだからベトナムの通貨を使いたいと、ホテルで両替をして夕食に出かけた。


           10万ドン(まわりが少々擦り切れている)

さて、初めてのベトナムで、楽しく夕食を済ませて支払いとなった。そこで早速、両替した10万ドンを出したところ、ウエイターが「これはダメ」というしぐさをする。なにやら紙幣のふちを触って首を振るのだ。
そこへ、ガイドさんが現れて事情を聞くと
「ふちが欠けているているからダメだ」
「これくらいいいじゃないか」
「いや、ダメだ」
というような様子である。
実は、お釣をもらって小さな紙幣にしようと出したのだが、ガイドさんに理由を聞いたら、大きいお札は偽札が出回っているから用心しているのだという。
ホテルに戻ると、ガイドさんが両替カウンターで「こんなのダメだよ」という様子で、きれいな紙幣に取り替えてくれて一件落着。

    
            ス イ カ ジュ ー ス

旅行者向けのレストランで、一般的にビールやマンゴージュースが4万ドンくらい(2万5000ドン〜7万5000ドン、さまざまあった)。2.5米ドルになるが、単位が極端に違ってくると、頭の中はぐるぐる回るばかり。時にはガイドさんが、からかって
「25ドルですよ」
「はい、25ドルですね」
「いいんですか、それで」と、笑われることもあった

Posted at 09:59 | 旅行 | この記事のURL
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こいのぼり、ベトナムの空へ・・・ [2008年02月08日(金) ]
今日の新聞で「こいのぼり、ベトナムの空へ・・・」という見出しで〈目標100匹、寄付を〉の記事が目に入った(2月7日付 産経新聞)
記事によると、ベトナムで4月に開かれる「日本さくら祭り」に飾ろうと、「日本・ベトナム文化交流協会」が不要になったこいのぼりを集めているという。


〈ホーチミン廟〉遺体がガラスケースに入れられて安置されている(日本さくら祭会場の統一公園から3kmほど北にある)


〈廟の前のバーディン広場〉ホーチミンがベトナム民主共和国の独立宣言を読み上げた場所

祭りは日本文化をPRしようと昨年から始まり、今年が2回目。会場はハノイで最も広い「統一公園」で開く。
協会は「もし、不要なこいのぼりがご家庭にあれば、ベトナムとの交流のために寄付してほしい」と呼びかけている。

今年は日本とベトナムが国交を結んで35年。
「記念の年にベトナムで桜が舞い、空にこいのぼりがはためくのが楽しみ」と協会の理事長
問い合わせは同協会 03-3516-7177


ホーチミンが亡くなるまで執務をした大統領府(廟の北側にある)


〈ホーチミンの家〉木造高床式の住居(上の写真の池を挟んで向かい側にある)


バックタオ公園〉ホーチミンの家の北側一帯に広がる公園・さまざまな植物が植えられている(これはザボンの木)

Posted at 23:29 | 旅行 | この記事のURL
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ベトナムの年金、社会保障 [2008年02月07日(木) ]
このところ毎日のように、アメリカ大統領候補の指名争いの様子がTV、新聞を賑わしている。圧倒的に民主党が脚光を浴び、予備選なのに大統領選挙と間違えそうなほどだ。上位2人の争点の一つに、社会保険(医療保険)がある。
そのことについて耳にしたりするたびに、ベトナムでのガイドさんの話を思い出す。


             ホーチミン・朝のラッシュ時

ベトナムの交通手段は、圧倒的にオートバイで、地下鉄はなく、電車も郊外へわずかに走っている程度。車も少なく、バスが走っているのもあまり見かけない。

そこでお年寄りのアシはどうなのか。そんな話題から社会保障の話になった。

「年寄りはほとんど出かけません。」「日本のように、公的年金制度が完備していませんから、年寄りは生活がとても苦しいです。」(日本の昨今の混乱状況をガイドさんは知ってか知らないでか、ちょっと恥ずかしかった。)

「年金が間違えなく沢山もらえるのが、党の幹部。その次が、元ベトコンです。」
ベトコンとして活躍した人たちが、政府からは忘れられていないようだ。


<クチの地下トンネル・ベトコンの隠れや>腰をかがめて、やっと通る


<クチの地下トンネル・落とし穴>枯葉でカモフラージュ。下に落ちるとヤリが待っている

天秤棒を担いで商売をしているお年寄りを結構見かけた。健康だからこそ、働くことが生きがいにもなって、楽しみでもあるのだろう。


お寺の前で、サトウキビや芋を売るお年寄り


                        <市場で働く人々>

「お年の方でも元気で働いていますね。」と言うと
「そうですね。でも、ベトナムは寿命が64、5歳です」
「まさか。それは、赤ちゃんや小さい子どもの死亡率が高くて、寿命を引き下げているってことでしょうか。」
「そうですね。そういうこともあります」

「ベトナムは2人子政策をとっています。」
「こっそり産む場合もあるんじゃないですか」
「ありますが、バレたら罰金を取られます。公務員は、即、クビです。」

そんな話から、社会保険のことが話題になった。
「この制度もあいまいです。だから、加入していない人が多いです。僕も入っていません。」
「えっ、病気になったら大変でしょ。社会保険料を払ったつもりで、病気になったときのために、貯金しておくんですか」と、尋ねると
「そんなゆとりありませんよ。だから病気にはなれません。」そう言って、ガイドさんはアハハ、と笑った。


Posted at 02:44 | 旅行 | この記事のURL
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東南アジア最長のベトナムのトンネルは日本と韓国で [2008年02月03日(日) ]
古都フエからダナンを通り、かつては海のシルクロードといわれたホイアンに向かった。


<バナナの木・中央右寄りに小さなバナナ>収穫は年中で、5年で新しく植え替える


                      交差点でも商売が成り立つ 
                    
フエの街から国道一号線を60qほど走ると、やしの木の生い茂る小さな村があり、西側は干潟で、東側はビーチになっている。ランコー村という。
この海岸線に入ると、プライベートビーチを持つコテージ風のおしゃれなホテルが何棟か眼に入ってくる。
そして、もう1つ2つ、ホテルがあり、その先は広大な未開発の砂地が続いている。

「この辺り一帯は、ホテルの建設が予定されていて、ランコー・ビーチリソート地として開発されます」と、ガイドさん。
いつか再び来る日があるなら、やしの木に囲まれたコテージでノンビリ過ごすのも良いな、などと思いを馳せていると、トンネルが見えてきた。

(この写真はフエのティエンムー寺で)


<お寺で勉強中の子どもたち>経済的に恵まれない子どもたちがお寺に預けられて生活をする 


ひとり一箱ずつ、持ち物一切がこの箱に納まっている。夜はベットとして使う。 

2005年に開通した東南アジア最長の全長約6.3kmのハイヴァントンネルである。対抗2車線で、トンネル内は両サイドに960mごとに避難用ドアがあった。
かつては、ハイヴァン峠を越えるのに1時間要したところを、このトンネルができて10分程度で通過できるようになった。

「このトンネルは日本と韓国に作ってもらいました。有難うございます」とガイドさん。
このトンネルの真ん中からダナン側が日本で、フエ側が韓国なのだそうだ。

旅行中、他のODAや技術援助についても話が及ぶことがあり、その都度、ガイドさんは「日本のみなさんには、有難うございますです」と言う。
税金を納めてお礼など言われたこともないのに、思わぬところで感謝され、日本の代表でもないのに「アハハ」と笑うだけで、戸惑ってしまった。


          街角のパンの露店

ダナンといえば「ベトナム戦争」が思い浮かび、アメリカ軍最大の基地がおかれた「基地の町」というイメージがあるかもしれないが、今はまったくその面影はない。
中部最大の商業都市で、沢山のバイクが行き交い、活気のある港町だ。


Posted at 23:38 | 旅行 | この記事のURL
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