シニア向けコミュニティ STAGE ステージ
50歳未満お断り! 紳士と淑女の知的コミュニティ (シニア向けコミュニティ STAGE ステージ) http://www.stage007.com

紅茶と我が家に咲く、季節毎に変わる
赤い色が魅力的な薔薇の名前です。

ブラックティーのごとくに
人の心を幸せな気持ちに・・・
そう願いながらの
気ままな日記です。


何卒 宜しくお願い致します〜♪

ブラックティーの神戸村語り〜A  [2008年09月04日(木) ]
ところで神戸村とは当時 どの辺りだったのでしょうか?

神戸という意味は 神社へ付属し租税や課税を納める民
の意味とか。 神封戸と同じ意味だそうです。
生田神社の神封戸(神戸)の集落地だったのですね。
当時は元町通三丁目から生田川へかけての一帯。
神戸村の西には二茶屋村・走水村があり、開港時
1868年共に合併しまとめて 神戸村と云われたそうです。

7百石の天領地(幕府領)であり、戸数は5百戸
庄屋は生島四郎太夫。寒村だったそうです。

この生島四郎太夫が海舟の海軍塾、海軍操練所創立に
協力し、建設当時の海舟はこの生島四郎太夫別邸に住み
生島に将来性があるからこの辺り地所など買っておく事を奨め
その結果、豪商生島として維新後には大儲けしたとか〜〜

海舟は幕府から潤沢な建設費を そして運営費で
生徒の宿舎、衣類も支給したそうです。
練習船は観光丸、黒竜丸の二隻。
船手組支配(大阪)の人々を神戸操錬局付けと配置替え、
同時に長崎製鉄所を神戸操錬局の付属とし、こうして
海軍発祥地としての規模を確立していきました。

残念ながら操練所が閉鎖と察知した海舟は 
操練所内に建てるはずだった記念碑を
生島邸の庭に埋めるよう頼みました。
この碑は1915年 掘り起こされ 神戸港がよく見える山手の
諏訪山公園内の金星台に現存しています。


写真は1973年建立の みなと公園内のレプリカです
「海軍営の碑」は 第4代兵庫県知事でもあった
外務大臣、陸奥宗光の顕彰碑と並んで建っています。
海舟直筆の碑文が読むことができます。

海舟はその後海軍奉行を罷免され、地所も没収されて
しまいました。 しかし翌年には幕府が
第二次長州征伐に失敗した際に和睦を成立させ
そして1867年の大政奉還後の江戸の無血開城を成し
江戸が火の海になるのを救いましたね。

こういう人物、平成の今、本当に熱望しますね。
坂本龍馬と他の塾生のその後については次に・・・

たった一年足らずながらも、こうして日本海軍発祥の地
として、海軍操練所跡が税関近くで記念碑となっています。
この場から将来の日本の海軍、海運を発展させる事となり、

そしてこの後 跡地は運上所(税関)ともなり、神戸開港地へ
そして外国人居留地に、国際港都へと発展していきました。

Posted at 19:07  | この記事のURL
コメント(5)  | トラックバック(0)

ブラックティーの神戸村語り〜@  [2008年09月03日(水) ]
今、大河ドラマ「篤姫」は天皇家と幕府が共に外国との危機を
防ぐ策として 和宮さまの徳川家への降嫁が決まり 1862年2月 
攘夷を目指す公武合体なる婚儀が整いました。

ドラマでは大奥での公家風と徳川風で、又嫁姑の確執が篤姫の
機転により和らいでいく様子が 安心感を抱かせていますね〜

さてこの頃 神戸村はどういう状況だったのでしょうか〜
調べてみることにしました。

天皇の勅許を得ない安政の仮条約(対=米・蘭・露・英・仏)
は、 すでに1858年締結されていました。
開港を迫る諸外国の軍艦の存在は摂海(大阪湾)での開戦も
想像され 日本は危機感に追われていたのでしょうね。
   
明石藩は外国船に対する国防のため、明石から垂水間に
12の砲台を築き、幕府は兵庫と西宮に4つの砲台工事
(和田岬、湊川崎、西宮、今津)を翌1863年着工し
1864年9月に出来た和田岬砲台は、
直径約15m・高さ11mもあったそうです。


咸臨丸の艦長として渡米した軍艦奉行・勝海舟は1863年
将軍家茂と大阪湾の国防状況を視察中、将軍家茂に海軍の
必要性を説き、神戸村の小野浜に海軍操練所の建設の許可を
得、翌年操練所が完成し、海軍兵学校・機関学校・造船所を
敷地約1.7万坪に備えました。

勝海舟は頭取に、又坂本龍馬が塾頭となり身分に拘らず各地
から集めた200名ばかりの生徒は航海術、西洋技術を学び、
海洋への知識を得る事になりました。。

しかし一部の塾生が前年の「蛤御門の変」に反幕府派として
又池田屋事件の浪士側に参加していた事が露見し、海舟は
嫌疑を受け軍艦奉行を罷免され、一年足らずで海軍操練所は
閉鎖となってしまったのです。

次に この海軍操練所設立についての神戸村のお話し・・・
海軍操練所の閉鎖後の塾生は〜?

気になるところのお話を綴ります〜♪

Posted at 21:30  | この記事のURL
コメント(6)  | トラックバック(0)

夏終わりの旅  [2008年08月29日(金) ]
24日から 3泊4日の旅に出かけていました〜 

名古屋から岐阜、長野、新潟、群馬と広範囲に
シニアばかりのバス旅行で1700kmの走行でした。


上高地では大正池から河童橋までの散策は白樺や化粧柳
の雰囲気が秋の草花に合い ロマンティックです。

そして沢渡から白馬乗鞍へ・・・トンネルを過ぎれば雪国〜

ゲレンゲのリフトからは 雪のスキーシーズンを想像します。

軽井沢は天皇皇后両陛下がお見えで、厳戒な警備のようです。


旧軽井沢では大城レース、中山のジャム、ミカドのコーヒー豆
お安くなったおしゃれな夏の服もしっかりとまとめ買い〜
今は 新軽井沢のアウトレットのお店が大人気なのですね〜

谷川岳はロープウェイで山頂へ 少し霧が深くて残念〜

越後湯沢温泉では 魚沼こしひかりと柿の種に注目です。
広々とした田にはコシヒカリが青々と育ち、秋の稔が楽しみです。


3日目は 総貯水量日本一の大ダム 奥只見へ。
遊覧船で湖岸を満喫しました。元禄時代は銀が多く採取され
奥只見ダムは映画「ホワイトアウト」のモデルとか〜   
秋は さぞかし素晴らしい景観なのでしょうね・・・

平家の落人の里 秋山郷は新潟と長野の集落。
見玉不動尊では 眼のご利益の祈願を・・・

水芭蕉の尾瀬の近く、そして野尻湖畔を走りながら
北斎が愛した小布施へと向かいます〜


栗の実は大きく、リンゴは赤く色づき、もうすっかり秋の街でした。
北斎の肉筆画を じっくりと拝観した後は・・・
栗羊羹や栗鹿の子、見かけたお店でサギ草を入手しました。


4日目は  牛にひかれて善光寺詣り〜
実家と嫁ぎ先、両家の先祖供養のコース入りも有難い〜

来年の大河ドラマの歴史的な場所の1つ 飯山を通過しながら
長野・富山間の新幹線と駅の建設工事を見ながら
名所を確認しつつ、車山高原へと向かいます〜


リフト二度のお陰で 頂上まで登れました〜
八ヶ岳の裾野まできれいに見え、山草は芒の中で秋風情・・・
北・南・中央アルプスが遠近に見えます・・・
山に惹かれる人々の気持ちが何となくわかる気がしますね〜

霧が峰ビーナスラインのドライブは快適でした。
そして名古屋へと向かい名古屋から新幹線で帰路へ・・・

訪ねたところには 沢山の歴史が・・・そして小説が生まれ
その土地に残る産物・郷土食もそれぞれと異なり
土地の人と触れながら夏終わり旅をしっかりと 満喫しました。

信濃路の旅も なかなか いいですね〜〜

Posted at 09:34  | この記事のURL
コメント(12)  | トラックバック(0)

私流 ブログの楽しみ方  [2008年08月20日(水) ]
ブログを安心して楽しむには〜?
どうしたらいいのかしら〜〜
この頃やっと判った様な気がしてきました。


5年前の退院後、以外にも 回復状態もよく
時間が出来たので、紅茶の勉強を始めながら
友人達を招き、ランチ・ティーパーティーを度々開いていました。
そんな様子など ホームページを作りたいと思っていた矢先
日経新聞でこのステージを知り、すぐに入会し
しばらくすると ブログ開設の案内を知りました。

「高齢化」というテーマは私にとりましては 興味津々でした♪
いつまでも若々しく、生活のバランスもよくしたい〜♪
そんな ステージの存在にとても期待しました。

私を知らない ハンドルネームだけの交流が始まり
プライバシーを互いに守る事や(時々暴露も) 
未知の方からの親切、PCの知識など得られるブログは
 いつしか私の生活に自然に溶け込み 
HPを作る必要性がなくなり 忘れてしまいました・・・

「いつホームページできますか?」 そういう友たちへ
幸運にもステージトップページに 
クリスマス料理が紹介された時から
ブログのアドレスを伝える結果となりました。

私を思い出した時、ブログを開き無事を確認してくれるそうです。
私の友人、過去の知人、娘とその友人達、従兄妹たちへと
日々の自然な生活を伝える幸せ感は
爽やかな心も養ってくれます。

最近 他の方のブログから 
多くを学び得ているのも事実です。
新しい言葉、情報、人それぞれの考え方と表現、写真など・・・
惹かれることも とても多くなっていますね〜

一般的にブログは「カラオケ」みたいとか、よい評価でない事も
ありますが、自分の生活の中に
上手く取り入れると、楽しいものです。

3年間のブロガーライフを省みて 今私が留意している事は


   @自他共にプライバシーな表現には気をつけること。
   Aコメントでは相手を配慮して書き込むこと。
   B私の場合は ネット上での期待、目的は持たない。
   Cシニアとしてのプライドを大切に よき成熟を目指す。
   D著作権、肖像権に気をつけ、URL公開は許可を得る。


9月で ステージ仲間と共に 4年目に入ります・・・

しばらく夏休みを頂き、9月からはシリーズで

大河ドラマ 「篤姫」 その時神戸村は・・・というタイトルで

横浜開港から遅れて9年の兵庫開港当時
神戸村はいったいどういう状況だったのか・・・
この夏の私の課題・・・
拙いですけれどもお伝えさせて頂きます。

皆さま 朝晩冷えて参りました。
お体くれぐれもご自愛下さいませ。

Posted at 16:53  | この記事のURL
コメント(20)  | トラックバック(0)

お盆雑感・・・  [2008年08月15日(金) ]
今年のお盆は 前後に予定が組まれていて
本当の盆休みとなり 北京五輪、高校野球観戦
テレビを見ながら うれし泣き、悔し泣き・・・の日々。
すっかり省エネ、忘れてしまいました〜

12日早朝 連れ合いと須磨寺へお墓参りに行きました。
沢山の人が それぞれにきれいにお墓を掃除して
草抜きの量も大変なものです。
祖父が好んだお酒を忘れた!しまったと思いながらも
合掌しながら 最後に家族の無事を伝える時間は
穏やかな 何よりの安らぎを感じます。

翌日は私の叔母のお墓参りへ・・・
神戸の街と海の 全景が見える六甲山山手の墓地にも
沢山のお墓参りの家族で賑わっていました。

お供え物と花を抱えて、墓地を探している人もいます。
きっと昔 お世話になった叔父や伯母とか・・・
知り合いのお墓を お参りに来られたのでしょう〜
一所懸命に探している様子にじ〜んと感動します。

私も もっと年をとると、お世話になった人をこうして
お墓に訪ねる日が多くなるかも〜いや訪ねられるのかも・・・
そう思うと・・・この先に 寂しさが漂います。

可愛がってくれた叔母の墓参りはいつも心が安らぎます。

叔母は日本赤十字の婦長として軍艦に乗り、戦地へ渡り
沢山の負傷者の為に 婚期を懸命に生きていたようです。
病院を持つ医者へ嫁ぎましたが・・・
長男が生まれてまもなく、義理の叔父は軍医として
フィリピンの沖で終戦2ヶ月前に撃沈され戦死されました。

当時を思えば、戦争が なかったこの63年・・・
団塊の世代と云われる私たち 幸せですね。
今日は終戦記念日です。

戦争で犠牲になった世界中の方々へも哀悼の意を
示したいと思う日でもあります。 合掌

Posted at 10:27  | この記事のURL
コメント(14)  | トラックバック(0)

私の神戸学   [2008年08月10日(日) ]
7月の最後の日曜日、猛暑の中200人位で三宮を歩きました。
「神戸歴史ウォーク2008」神戸学検定のイベントがあったのです。

集合は9時から9時半 新神戸駅近くの生田川公園 「連翼亭」。
到着順に40名位で生田側沿いから税関、旧居留地、そして
メリケンパークへと歩きました。炎天下を 約3時間・・・
ほとんどが シニアばかりの参加者でした。


田辺眞人教授が重要文化財、有形文化財に指定されている
旧居留地辺りの近代建築を詳しく説明してくださいました。


普段入れない税関内、神戸レガッタ$アスレチック(磯上公園)の
建物や内部を閲覧でき、ときめきの楽しいひと時でした。


メリケンパークも こうしてゆっくりと歩くのは初めてで・・・
1908年(明治41年)ブラジル移民船が出航した地には
 「希望の船出」の親子像の記念碑が建造されています・・・
海の向こうへと希望を託した家族・・・胸にじ〜んと響きます。


今年はブラジル移住100周年、イベントも多いそうです。

そういえば 昨年 NHK放送80周年記念で放映された
「ハナとナツ・届かなかった手紙〜ブラジル移民物語」
移民者の苦労を知り、思わず号泣した印象的なドラマでした。


現実に神戸から移民船に乗り体験を小説化した石川達三の
「蒼氓」(そうぼう)は第一回芥川賞を受賞。現実の
ブラジルでの生活は?台湾、ケープタウンを経由し
ブラジルまでの航路船内での苦労の日々が描かれているとか・・・

又この移民船として多くの人をブラジルへ送った笠戸丸
が乗船記念碑の説明版に絵姿として残っています。

「笠戸丸から見た日本 したたかに生きた船の物語」

著者の宇佐美昇三氏により日露戦争から第二次大戦まで
半世紀庶民と生きた汗と涙を訴え、晩年は漁業工船
として北原ミレイの「石狩挽歌」の歌にもなっている
という笠戸丸一代記・・・暗いイメージが漂いますが
一度 読んでみたいと思いました。

知らない事ばかりだった「私の神戸学」
しばらく お付き合いくだされば嬉しいです。

Posted at 11:32  | この記事のURL
コメント(6)  | トラックバック(0)

心の中の宝石  [2008年08月05日(火) ]
昨日は新しい料理を次々と考えて作っていたら
パーティーが出来る位の品数になってしまった〜
嫁いだ娘に夕飯の仕度まだなら持参するけど〜
とメールを送ると、すぐに返事が・・・
「よろしくお願いいたします〜できれば8時以降に」

車の窓を全開にして 神戸の夜景を見ながら高速を走る。
毎日50人以上の患者さんを診ているという彼らを思うと・・・
せめて栄養のある料理を運んであげたい〜と親心

「日曜日ゼミを受けに行って 私だけ友人の家に泊まったの」
久しぶりに 仲良しの友人と会い、娘は生き生きした顔〜
東京で 建築家として成功したその友人夫婦は〜
私もとても よく知っている・・・娘と同じ会社の同僚でした。

彼女が結婚する前のクリスマス、同じ会社の仲良し仲間を
招き 我が家を全部 開放して楽しいパーティーを過した。
そしてその後も数回 フランスで修行した優秀な
テーブルコーディネータによるフラワーアレンジメントと
私のおもてなし料理との集いを彼等と過した楽しい日〜

彼女は オークラでの結婚式、とても美しい花嫁でした〜
そうそう 娘に一番豪華な着物で出席してね〜という要望で
じゃ〜これね!と決めたのは・・・私の花嫁衣装の着物。
帯と帯揚げ、帯締めを変えると いい感じになった〜


娘が「これ おみやげよ〜」と渡してくれたのは・・・
小川軒のレーズン・ウイッチのように見えた〜
これ久しぶりに食べたいと思っていたから〜嬉しい!

しかし袋を見ると・・・自由が丘のモンブラン〜〜

どうして・・・・?

東京へ行って時間があれば必ず 自由が丘のモンブランで
ティータイムをするのが 私の楽しみだった・・・
震災の年、5月のモンブランは確か昔のままの店だった・・・
神戸ではお化粧したおしゃれな女人をしばし見ていなかったから
東京のマダムたちが 印象的に 特別素敵に見えたあの日・・・

4年くらい前 仲良しの友人を引っ張って訪ねたら・・・
店が改装されていて、すごくがっかりした・・・

娘に語ったことがないのに、娘は母と同じ場所へ行く・・・

不思議な縁を感じた〜〜


出来る事なら 今は結婚したり 一流の会社員を続ける
娘のかけがいのない仲間と 又楽しい集いが持てたらと
かすかな淡い希望を持つ 私・・・

楽しい過去の想い出は 心の中で生きる宝石〜
時々とりだして磨く・・・
そんな生き方も これからは いいかもしれない。

Posted at 21:12  | この記事のURL
コメント(6)  | トラックバック(0)

今日はコーヒーで〜  [2008年07月31日(木) ]
今日は久しぶりに 予定がない日・・・
昨日までぎっしりとスケジュールがあったから
何となくリラックス、ボゥ〜とした時間を楽しんでいる。

珍しく紅茶でなく 昨夜の宴席での某人のコーヒー語りを
思い出しながらコーヒーをブレンドして飲んでみる〜

日本を代表する会社の常務として長く職務され
退職後は毎朝 3キロを4.50分で歩き、その後の
コーヒータイムの素敵なお話し・・・
(奥様は私と同じ、朝寝タイプ〜〜)

奥様はご主人がミルで挽いたコーヒーが寝室まで
香ってきた時間に お目覚めするという朝の習慣〜〜
「理想ですわね〜素敵!」と 私・・・
「そうなの〜出来ればベッドまでトレーで運んで頂きたいわぁ〜」
乙女のようなまなざしで・・・奥様は語ります。

「紅茶にする?コーヒー どっち?」
朝から バタバタとしているのは私の家であり そして私・・・
結婚した頃から使っている電動式ミルで
豆を挽きながら考えます。任せられないわ〜
味にはうるさい私だから〜〜自分で淹れる・・・

コーヒー好きな方は実に嬉しそうにコーヒーを語りますね〜

私はモカ(2)コロンビア(6)ブラジル(2)のバランスを好む。
昔から決めた味・・・
ブルーマウンテンもブレンドの仕方で生きるし失敗もする。
なかなかコーヒーのブレンドも難しい・・・


今日はそんなコーヒータイムを楽しみながら〜
もうすぐ3年になるこのブログをふと考えてみた・・・
そして整理してみた・・・

結論はこの年齢なのだから、自分で目標を持ち、ルールを決め
自分スタイルで 楽しめばいいのではないかしら〜
いろいろなブロガーが集まるから、拝読すると得る事が多い。
3年間知らない世界も垣間見たけれど、
ちっとも 自分は変わってはいない〜

そう思いながら 日経夕刊を開くと・・・エッ〜
シニアコミニケーションでの講習風景写真の掲載〜♪
ステージは 現在30万人もの会員数とか・・・

まあぁ〜どうしましょう〜少し増しなブログを綴らないと 
恥ずかしいですね〜人様のコメントにも気をつけないと・・・

友人からメールが来ました。ブログのコメント書きたいけど・・・
アクセスが多いブログは ついでにコメント読まれると思うと
恥ずかしいから書けないの〜  そうね・・・ 私も同感♪
(但し 私のアクセス数は普通だと思っています・・・)

無理しないで自然体で 心がけはしっかりと少しでも
よき シニアを目指しながら続けましょう〜

明日から内閣改造でマスコミも騒ぎ 暑さも厳しくなりそうです。

Posted at 19:00  | この記事のURL
コメント(10)  | トラックバック(0)

六甲山と川の水害  [2008年07月30日(水) ]
28日 午前中は買い物に出かけ、午後になると
急に空模様が急変し、雷・・・
郵便局の帰り、仲良しの友人がペットのラブラドールが
いなくなったと リードを持ってオロオロと〜
犬が 天候の異変を感じたのかしら〜と少し不安・・・


夕方 幼児を含む3人が 急激な川の増水で水難事故と・・・
悲しいニュースが流れ この一瞬の7月の出来事に顔を覆う・・・

1938年7月 「阪神大水害」 1967年7月大水害・・・
友人のお母様が亡くなった 神戸の悲惨な
昔語りを 思い出します。

六甲山は地殻変動によって最高部が900m以上に
隆起し 大部分が花崗岩(御影石)で できている。
だから人工的に絶えず植樹して土砂災害を
防止しなくてはならない宿命でした・・・

明治初期 居留地があった頃、現在のフラワーロードに
生田川が流れていました。
度重なる砂と泥の洪水に悩む外国人達・・・
紀州人加納宗七は3ヶ月で今の新生田川に付け替えました。
川の址は加納町と名づけられ 東公園には銅像があります。

美しい六甲山と川ではあるけれど・・・

これ以上の犠牲者を出さないために 今回の惨事を
重く受け止めるべきだと 思いました。

Posted at 00:38  | この記事のURL
コメント(12)  | トラックバック(0)

BIGBELLコンサート  [2008年07月26日(土) ]
今日は BIGBELLのコンサートへ〜

「暑いですね〜」と言葉を交わしながらも 
心はそわそわ〜♪ いそいそと 出かけました〜

「HPでしっかりと情報を集めたわよ」という友は
少し遅れた私をJR大阪改札口前で待っていました。

「梅田芸術劇場ってどこなん〜?」
「昔の梅田コマなんやて〜」


ホテル阪急インターナショナルに隣接です。
会場の「シアター・ドラマティー」は地下にありました。
17時開演 満席状態です〜

開幕するとすぐに 二人はそれぞれのグランドピアノで弾き合い
歌い合い 美しいハーモニーで「風の色」を・・・
続けて「白夜の蝶」・・・
共に美しく そしてうっとりと静かに心酔わせる詩・・・

そんなセンスのよいアーティストなのに〜
関西出身の彼らにはサービス精神がたっぷり〜
大阪的な二人の語りとの、このギャップに驚きながら
能楽劇「夜叉ヶ池」の音楽監督と演出をしたというキャリア!
実に この曲も 素晴らしい〜

アニメも音頭もこなし、カンツォーネ 原語での「忘れな草」は
観客を最も惹きつけた歌〜 私もうっとり〜

アンコールにも快く応じ 選曲はなんと「ヨイトマケの歌」
そして お得意の即興エンターテイメント!

観客からのお題は 花火、ひまわり、戦艦大和、なでしこetc
二人で弾き合いながら 歌いあいながら〜
お題が 美しい歌が 曲になって会場に響きます・・・

大満足な 本格的な多才なアーティストのコンサートでした。
甘く高い歌のリズムはオペラのようにも感じます〜


早速 そうそうとCDを求め サインと握手〜そして♪
友人に彼等と共にVサインの写真も撮ってもらいました〜

STAGEさん〜♪ とても楽しいひととき 
本当に 有難うございました♪

Posted at 23:46  | この記事のURL
コメント(10)  | トラックバック(0)

<< 2008年09月 >>
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
プロフィール
ともだち最新記事