先日66歳の祝賀「福寿」提案のことを書いた。
さらに「福寿」という店を横須賀で発見したことも。
昨日、添削提出したテーマが「家族とわたし」。
その中で、父の思い出を書いているうちに、
また「寿」が出て来たのである。
父は地方公務員で生涯を終えたが、また趣味の
世界では書道家でもあった。
彼の号は「寿石」。
それに65歳で亡くなった。長寿祝いは、還暦を
除けば、本来数え年ですから、まさに「福寿」の
年でもある。
父は執筆、絵、書、日曜大工、それに酒が大好き
であったから、DNAがちゃんと受けつがれている
ということに改めて驚く。何だ同じではないかと。
遠いふるさとの菩提寺には、父の遺書とも言うべき
自ら書いた「先祖代々之墓」の文字が清々しいかた
ちで残っている。自慢の墓だ。
私が勝ったのは、ただひとつ。生きている時間だけ。
さらに「福寿」という店を横須賀で発見したことも。
昨日、添削提出したテーマが「家族とわたし」。
その中で、父の思い出を書いているうちに、
また「寿」が出て来たのである。
父は地方公務員で生涯を終えたが、また趣味の
世界では書道家でもあった。
彼の号は「寿石」。
それに65歳で亡くなった。長寿祝いは、還暦を
除けば、本来数え年ですから、まさに「福寿」の
年でもある。
父は執筆、絵、書、日曜大工、それに酒が大好き
であったから、DNAがちゃんと受けつがれている
ということに改めて驚く。何だ同じではないかと。
遠いふるさとの菩提寺には、父の遺書とも言うべき
自ら書いた「先祖代々之墓」の文字が清々しいかた
ちで残っている。自慢の墓だ。
私が勝ったのは、ただひとつ。生きている時間だけ。
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at 07:45
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