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ゴッホと浮世絵  大橋あたけの夕立[2006年07月24日(月) ]
1886年ゴッホはジャポニズムに沸いたパリに渡り、浮世絵に魅せられていきます。思いがけない構図、主題の切断など西欧絵画にはない斬新さが後に印象派と呼ばれる画家たちの心を捕らえたのです。
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オランダ時代の絵「ジャガイモを食べる人々(1885年)「僕はこうしてランプの下で人々が皿の中のジャガイモを食べているその手がまた、土を耕した手であることを、つまり、僕の絵が、手仕事と農民が懸命に得た食糧を讃えるものであることを、心を込めて表現したかったのだ」。皆さんがご存知のゴッホの絵と比べてみて下さい。パリでのゴッホの感動と希望の光を感じていただけるでしょうか?

パリ時代のゴッホはひたすら学び、革新し、そして実験し尽くしました。
パリの2年間で油絵200点、デッサンと水彩を100枚以上、200通以上の手紙を残します。
独特の画面構成、力強い色彩、くっきりとした輪郭線からは浮世絵の影響がはっきりと見て取れます。---ゴッホ美術館の解説より

それまでの西欧では絵画の中に一つの世界、物語を作り出していく---決して主題を切断してしまうなんてことはしなかったそうです。
広重の「大橋あたけの夕立」では、激しい夕立がサァーッと降ってきた一瞬が切り取られています。にわか雨に家路を急ぐ人々の躍動感あふれる姿が印象的です。

「日本人が、稲妻のように素早くデッサンするのは、その神経がわれわれよりも繊細で、感情が素朴であるからだ」
「僕は日本人が何をやっても極めて正確に行うのを凄まじく思う。それは決して退屈な感じを与えず、決して大急ぎでやったようにも見えない。彼らは息をするのと同じくらい簡単で、狂いのない二、三本の線で同じように楽々と人物を描いてしまう。まるでチョッキのボタンをはずすかのようだ。」

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左の絵:歌川広重 「大橋あたけの夕立」 江戸百景より                         「大橋」とは大川(隅田川)にかかる新大橋のことで、日本橋浜町から「あたけ」深川森下を見た景色です。森下は主人の生まれ育った町、木々の茂みを1里も奥に進めば我が家でございます。

右の絵:ゴッホの模写                                        油絵でこの線をひくのは大変だったでしょうね。一本一本油絵で雨の線をひいてあり、広重に対する愛情や尊敬の念を感じました。
フランスは雨自体が少なく、夕立も涼しいという言葉も存在しないそうです。
日本では雨上がりには、すべてが色鮮やかになります。濡れて、綺麗になって万物が蘇ります。ヨーロッパの石造りの家や石畳の街では、これほどのよみがえりの感覚は感じられません。ヨーロッパのおしめりは秋や冬の霧で、寒さや孤独と結びついていくのです。
ものの輪郭や色彩が際だってくるさまを「けざやか」と源氏物語にも表現され、けざやかは「さやか」につながっています。
自然との距離のとりかた、雨への親近感が日本人とは違うゴッホが表現した雨をお楽しみ下さい。

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コメント


◆ 時遊生活者様 ようこそおいで下さいました ありがとうございます。バブルで下町もすっかり変わりましたが、 わずかに残るものを復興させようという動きもやっと出てきました。遠山の金さんと 大岡越前は なんと同じ役宅だったんですよ。いまでは歯医者さんになっている民家の玄関前に 看板がたっています。
Posted by:shie  at 2006年08月09日(水) 22:27

江戸の時代小説の舞台にお住まいなんて…現在、藤沢周平全集を読み続けてますが、今も深川近辺は、情緒があるんでしょうネ。一度、散策してみたいものです。江戸切絵図を見ると、「森下」は、遠山の金さんの地元なんですねぇ〜
Posted by:時遊生活者  at 2006年08月09日(水) 19:46

「ヨーロッパ向けに輸出された陶器の緩衝材 陶器が割れないようにクッションの役目をさせるための包み紙として利用されていたのが、芸術としての価値を日本ではなく海外で認められた逆輸入の文化。」なるほど、昔々耳にしたことがあります。当時もあまり絵に関心が薄かったのですが、今その記憶が脳裏に浮かびました。ありがとうございました。
Posted by:とっちゃんぼうや  at 2006年07月26日(水) 12:06

◆とっちゃんぼうや様何でもよくご存知ですね。こんなにご存知でしたら私に申し添えられる事などありません。浮世絵は版画ですから日本画のようにこの世にたった1点だけの美術品とはまったく異質。ヨーロッパ向けに輸出された陶器の緩衝材 陶器が割れないようにクッションの役目をさせるための包み紙として利用されていたのが、芸術としての価値を日本ではなく海外で認められた逆輸入の文化。仕事に子育てに忙殺されながら見つけた つかの間の楽しみ を書いているだけですので、失礼がありましたらご容赦ください。
Posted by:shie  at 2006年07月26日(水) 10:11

Shie さん、こんにちは。ちょっと貴女や他の人に笑われるかも知れませんが、琳派とか狩野派に対して広重や歌麿などは、純文学に対する大衆小説のような存在なのでしょうか?つまり芸術的グレードで劣るものなのでしょうか。それに広重や歌麿の絵はゴッホの描くような一枚の絵でなくガリ版刷りで大量の大衆商品だったと思いますが、主な用途は何だったんでしょうか?まさか、お江戸の裏長屋の破れ壁に貼るためのものじゃ・・・・ありませんよね(laugh) ゴッホとセザンヌの区別もできないおじさんのためにちょっと時間を割いてくだされば幸いです。
Posted by:とっちゃんぼうや  at 2006年07月25日(火) 23:40

◆かんぽう山ろく様教養の違い なんておっしゃらないでくださぁい!!!私はこの浮世絵に描かれた町の出身なだけなのぉ。ゴッホやモネが魅せられた浮世絵の世界--私は絵そのものより、あの森の中に主人の家があって、お花見に描かれた並木道を毎日歩いて とそればかりに気をとられてしまってます。すっかり嵌ってしまったゴッホを皆様にお見せしているだけですヨ(^ ^;)ゞ
Posted by:shie  at 2006年07月25日(火) 16:57

お恥ずかしいですが、ゴッホにこんな絵があるとは知りませんでした。やはり、教養の違いかと恥じ入っています。本当に浮世絵に魅せられたのですね。長生きした甲斐が有りました。 shieさま有難うございます。
Posted by:かんぼう山ろく  at 2006年07月25日(火) 15:44

◆湘南ジョガー様詳しいわけではないのですが…けざやか はあいまいではない、きわだって美しい様子を表現する一般的な言葉のようで、源氏物語では人の所作に使われているのが目立ちます。光源氏---御けしきはけざやかなれど  ご様子はきっぱりしているが薫の君---けざやかにおとなびても   てきぱきと一人前に振る舞っても他にもこんな使い方が枕の草子 「九月ばかり、夜一夜降り明かしつる雨の、今朝はやみて、朝日いとけざやかにさしいでたるに」樋口一葉日記「隅田堤のお花見で 花ぐもりとかいふらんやうに、少し空うち霞みて日のかげのけざやからぬもいとよし。」潮騒「月はその影をけざやかにえがいた」美しい日本語ですね。私もあらためて感激。◆にこりん様お久しぶり、体調崩されていたようですが、お元気?オフ会はせっかくお誘いいただいたのに失礼しました。最近ちょっと仕事中に時間がつくれるようになったので、復活。またいつ お休みするかわからないので…。ヒマなし、金なし、出不精 と三拍子揃った私が嵌ってしまったゴッホの世界。一緒に楽しんでいただけたら 嬉しい。
Posted by:shie  at 2006年07月25日(火) 15:26

◆imagine様この絵に挑戦したのが、またすごいことですよね。感激するのと、模写するのは別 なんて考えもしなかったでしょうね。自分がいかに 芸術家には無理か 妙に納得してしまいました。嵌りすぎ でしょうか? 仕事しながら、チラチラゴッホの絵眺めているのです。◆ルル様嵌ってしまって なかなか抜けだせません。もうこうなったら気が済むまでです(^ ^;)ゞミレーと広重 ゴッホは最後まで惹かれたそうです。じゃがいもの絵はまだ広重を知らないゴッホの世界。夕立をしらないゴッホの雨は川があんなに波打って台風のようですね。浮世絵に解説がついていたとは思えないので、自分の眼でみたまま、感じ取ったままの世界。きっとゴッホ自信もルルさんのおっっしゃるように、及ばないと思ったでしょうね。◆未完成様ご心配頂いて ありがとう。眠れば復活 はまだまだ若さが残ってる!?自画像 たくさん描いてますよね。あんなに描いても同じものにならないのがとっても不思議。やっぱり天才のなせる技かしら?未完成さんにこんなに言っていただけるなんて 感激です。出不精の私が 本物を見たい と思う気持ちがつのってきました。あと何回か 続きますが、絵の勉強の合間に良かったら又お越しくださいね。
Posted by:shie  at 2006年07月25日(火) 13:26

拡大してよーく見せていただきました。ゴッホ君頑張ったね!!と僭越な言葉が脳裏をよぎりました。 なんとなく知っていたゴッホ、なんとなく目にしてきた浮世絵。shieさんの解説で今度目にするときの楽しみが加わりました。ありがとう♪
Posted by:にこりん  at 2006年07月25日(火) 12:55

◆光代様すごい、光代さんの感性…なんというか絵を観ているのではなく、絵を描いているようです。広重の世界に没頭しながらゴッホは すべての魅了された画家達は日本に行きべきなんだ 日本人になりたい と同化をまず目指します。浮世絵を写して模写し、自分で最初から描くことを繰り返しながら、 あるとき デッサンはもう止めた うまくいかない といきなり絵筆で描き始めます。 まさに自分の描きかた 自分はどのように絵を描いていくのか迫られたのでしょうね。画家をめざす前に伝道師の修行をしましたが、 貧しい人々を救いたいと炭鉱夫たちの暮らしにのめりこむように同じ格好をして 教会から追い出されてしまいます。じゃがいもの絵で 讃え、心を込めて表現したい と本人が言っているように 上から見たり 遠くはなれて見たり という視点ではなく、描かれた人々の内側からにじみ出ているものに愛情と賞賛がこもってますよね。きっと光代さんの歌にも こういう情熱が注がれているのね。
Posted by:shie  at 2006年07月25日(火) 11:27

おはようございます。夕べはちょっとだけ時間が取れたので、コメントが途中で終わってしまいました。入れ違いになってしまった キョンさん、光代さん、imagineさん ごめんなさい。◆キョン様ゴッホの展覧会は日本で何回もやっていますが、私が載せるのはきっとキョンさんも知らないことなんですね---すっかり嵌って仕事そっちのけなのが わかっちゃいましたね。時間の自由がきかないジレンマでしょうか---ネット使いまくりです。あと何回か、お付き合いくださったら 嬉しいです。 次回は梅屋敷の絵です。
Posted by:shie  at 2006年07月25日(火) 10:58

面白い。「けざやか」という言葉。初夏のころなのでしょうか(全く素人でごめんなさい)。視覚だけでなく、なかなか手触りの感じのあることばです。
Posted by:湘南ジョガー  at 2006年07月25日(火) 00:03

充分頂いています!ゴッホはもともと大好きです。あの苦悩に満ちた自画像にも惹かれます。確か日本の何処かの美術館に自画像本物あるはず、いつか見に行きたいと思っています。きっと目のすると動けなくなるかもしれません。お体労わってね。・・って私より全然お若かったわね^^;
Posted by:未完成  at 2006年07月24日(月) 23:34

勉強家でいらして、いつも感心しています。ジャガイモを食べる人々、農民の力強さ、土臭さが臭ってくるようです。夕立は油絵で描くのが大変だったでしょうね…でも大変な割には動きが感じ難い…広重先生には及びませんねー。
Posted by:ルル  at 2006年07月24日(月) 23:28

◆未完成様念願かなって絵の勉強を始められた未完成さんに、そんなに言って頂けるなんて嬉しい!ただただ、見ているだけの私ですが、ゴッホの作品の数々に圧倒されています。暗すぎると言われるオランダ時代の色彩が 夜のカフェテラス や ひまわり のように変わっていくゴッホの気持ちが 伝わったのね。受け取って下さってありがとう。◆チャッピー様そうなんです、面白いでしょう?感性の違いってこういう事を言うのでしょうか?私が知ってるフランスの雨は音もたてないでミストのように降り注ぐ、傘なんて必要のない雨です。ゴッホはどんな雨を思い浮かべたのかしら?◆m様ありごとう、嬉しい(^_^) ゴッホはまず、浮世絵の上に半紙のように薄い紙をのせてデッサンを写し取り、次にキャンバスに浮世絵を見ながら模写する。という作業を何枚もの浮世絵でやったそうなんです。この時代って鉛筆あったのかしら?なんて考えてしまいました。模写でも額縁をつけてみたりして、ゴッホの夕立 にしてあり、主張がありますよね。◆あき様ゴッホは日本人 それも僧侶になりたいとまで思ったようです。「僧侶としての自画像」という作品もあります。ここまで思ってくれていたのか と私も感激です。◆rinちゃん様古典は中学、高校とバッチリしこんでくれた学校だったのに、苦手だった私。もっと勉強しておけばよかった。次回はやっとrinちゃん御存知の 梅の絵です。お待たせしちゃいました。 ゴッホに嵌ってしまいすっかり遠回りしました。◆のり様ゴッホは絵の中に光が必ずあるように思います。貧しく、辛い暮らしの中の一条の灯り。のりさんがおっしゃるように、ゴッホはきっとここに描かれた人々の幸せを願って描いたのですね。なぜか、ゴッホらしくない絵にばかり惹かれてしまうんですよね。というか、夕立の絵と次回の梅の絵、それに前回の花魁、浅草---全部私にゆかりがあるところばかり。ゴッホも描いてるの?がきっかけです。 おはずかしい。 
Posted by:shie  at 2006年07月24日(月) 22:12

さすがのゴッホも、雨の描写は難しかったのですね。とても面白い2枚の絵を見せていただきました☆
Posted by:imagine  at 2006年07月24日(月) 22:01

ああ! 私がどんなに広重を好きか!あらためて思います。この絵一つで どんな風に雨が降っているのかどんな音がしているのかぬれてべたつく着物の感じや泥の跳ね上げや 大川を行く舟の進む感じまでわかるような気がします。ゴッホが 広重を真似ながら 絶望的な気持ちになったのではないかと勝手に想像してしまいます。そして、それと同時に 自分自身の居場所と どのようにそれを追求していくのか様々なものに影響を受けようとも 結局のところ自分はどのように絵を描いていくのかそれが ひたひたと迫ってきた事でしょう。まず、ゴッホは 線で絵を描く人じゃないですものね。そして、そこがゴッホの素敵なところ。正しい事はないし 何をしていても どのようにそれを行っていても自分を追及しようとする人には 自分と言う道は開けると思います。ゴッホには ゴッホの道があって それがジャガイモの絵だとしたらとても素敵。この人達の手は どうでしょう!この目の真剣さは どうでしょう!「彼にしか出来ない表現を 彼は生きていた」事が 分かるような気がして興奮しています。ジャガイモの匂いがします。湯気の温かさが判る気がします。空気の重さと 人々の声が伝わります。全ての存在が 同じ重さで迫ります。あ〜〜、今日は仕事で ほんんっと 嫌な事があったので思いがけず 偉そうな 分かったような事ばかり書いてしまいました。私はこの絵が好きです。  
Posted by:光代  at 2006年07月24日(月) 22:00

またまたゴッホと浮世絵の世界を見せていただいて、感激しています。次は何を見せていただけるのでしょう。知らないことばかりです。
Posted by:キョン  at 2006年07月24日(月) 21:45

shieさん、ジャガイモを食べる人々のランプの灯りがいいですね。またゴツゴツした手と、目の表情が生きてますね。夕立では、ゴッホが模写しているのは、知りませんでした。shieさんすごいです!!
Posted by:のり  at 2006年07月24日(月) 21:25

「けざやか」ですか〜〜?全然知りませんでした。あ〜、古典は苦手でしたワ!!
Posted by:rinちゃん  at 2006年07月24日(月) 21:18

あの天才ゴッホが、日本人をほめてくれたなんて、光栄です。そうすると、広重は、ゴッホの先生でしょうね。日本人に生まれたことに、感激です!
Posted by:あき  at 2006年07月24日(月) 19:05

ゴッホの模写の絵、初めて見せて頂き、感激です。そう言えば、色調が明るく、どことなく洋風ですね。上で 未完成さんも仰っていたように 何度も見に来たくなります。ありがとうございました〜♪
Posted by:  at 2006年07月24日(月) 18:33

チョッキのボタンをはずすかのようだ〜面白い表現ですね。雨の線の表情が微妙に違うのも面白いです。
Posted by:チャッピー  at 2006年07月24日(月) 17:49

shieさん本当にありがとう!ドキドキしながら読ませて頂きましたよ。胸がジーンとしています。ゴッホの日本を恋い慕う気持ちとお忙しい中こんな風にブログになさるshieさんのお気持ちに感激です。何度も見せて頂きます。shieさんの所に行って抱きしめたい位。
Posted by:未完成  at 2006年07月24日(月) 17:09

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