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おわび【2006年11月12日(日) 】

今、はじめてこのブログへの「メール」があるのを知りました。
これまで投稿してくださった皆様すみません。

先だっての金沢福井公演でご一緒したオーケストラの方からのメール、うれしいことです。
(私個人のサイトでは「観客席」がbbsです。どうぞまたこちらへも)

生きてるとメゲタリ落ち込んだりしますが、どれもこれも解決には、そのフィールドでするしかないんですね。
人間関係なら人間関係、仕事なら仕事。
私の場合、「歌」のことが多いので、やはり「歌」で解決するしかありません。
先日の「オーケストラ」は、以前やはり「オーケストラ」でつまづいていたので、必死でした。
結果、皆様のおかげもあり「またやるぞ」と新たな力がわいてきました。

今は次のアルバムの準備中です。
「70年代の歌」を私なりに唄います。





Posted at 11:50 | この記事のURL

その後の「幸せ猫」【2006年11月02日(木) 】

あっという間に11月に。

あのよぼよぼの「幸せ猫」。
あれからしばらく姿が見えず、ああ、と思っていたら今度は前に居ついた家の隣、古いアパートの階段下にごろんと。
そこにもお皿が用意されています。

良かったねえ、でも、こんなに心配させて。

昨日、数日ぶりに家に戻ると、舗道にちょこんとすわっています。
寒くなってきたせいか、まあるくなって。
眼も前より開いていないようです。

でも驚いたことに、その細い首に真っ赤な可愛い首輪が。
誰かがつけてあげたのしょう。
ノラ猫として「駆除」されないように。

買い物帰りの道すがら、すれ違う自転車に乗ったおじさんにいきなり罵声を浴びせられました。
誰にでも怒鳴る種類の人なのでしょうが、その時思いました。
こんなおじさんに、あの猫が出会いませんように、蹴飛ばされませんように。
 
まだまだ心配は続きます。

Posted at 11:21 | この記事のURL

幸せ猫【2006年10月15日(日) 】

白黒のちっちゃな猫が近くにいます。
眼が片方つぶれ気味で、老猫らしい。

この猫、道路の真ん中できちんとお座りしたり、寝転んだり。
もしかしたらボケてるかもしれないので、ここは危ないよと声をかけます。

そのうち、一軒となりの玄関脇スロープに居を定めたらしく、車の下や植え込みでごろごろ。
誰にもいじめられないせいか、その無防備さには胸うたれるほど。

近くに幼稚園があるので、子供もたくさん通ります。大人もたくさん通ります。車もけっこう通ります。

今日も猫、ちゃんといるかなあと気になり始めました。
それに、居ついた家の人はどう思ってるんでしょう。

昨日、朝見ると、その家の女性が猫のカラダを優しく撫で上げていました。
昼見ると、男の人二人が「ずっといるんだ」と話してる足元近くで丸まっています。
どうやら、みんな幸せらしい。

ふと向かいの家を見ると、大小の器が並んでいます。
そういえば、この猫、夜更けにここにいました。

みんなが、見守っているよぼよぼ猫。
でも、きっとすうっといなくなっちゃうんでしょう。
死に場所は自分で決めるんでしょう。


 



Posted at 12:16 | この記事のURL

武郎に雅之、晶子に秋子【2006年10月05日(木) 】

図書館で永畑道子さんの「夢のかけ橋」という本を見つけました。

与謝野晶子に関する本を探していたのですが、この本の副題は「晶子と武郎有情」。
有島武郎との「恋」について書かれています。
晶子はもちろんですが、思いがけなく出会った有島武郎は興味尽きない人間で。

彼の息子、名優の森雅之の顔ともだぶり、特に成瀬巳喜男監督「浮雲」の不実男。
影の薄い寂しそうな笑顔が浮かびます。

そして、次には彼の未認知の娘、女優の中島葵。
彼女も若くして亡くなりました。
(「愛のコリーダ」で、藤竜也の淫乱な妻、やってましたが。)

「家族団欒」とはほど遠いこの家の系譜を思うだけで何と言っていいか、ただため息が。

驚いたのは、武郎の心中相手、波多野秋子の夫の家。
中野駅から南へ十分ほど、中野・高円寺。
これって私が住んでるあたりです。

世間の非難を一身に背負った形になったという波多野家。
ぽつんと机に置かれていたという骨箱や、その家から勤めに出て行く残された夫。

マンションばかりになってしまったこの辺りですが、「戦意高揚」の碑があるちっちゃな曲がり角あたりを歩くと、ふっと会えるはずもない人たちとすれ違う気がします。

Posted at 11:55 | この記事のURL

安倍クン【2006年09月28日(木) 】

安倍さんが総理大臣になりました。
自分とおんなじ年、しかも5日しか違わない誕生日。

そうか、同級生ってもう総理大臣になっちゃうんだ、なれちゃうんだと、ミョーな感心と感慨。
いくら分野が違うとはいっても、私あんなにちゃんと話せないなあ、政治や経済のこと。

でも、そういえば街角インタヴューでもみんなきちんと話してますなあ。
「民度高い」ってことでしょうか。

ただ、そんな偉い安倍さんも子供の頃、「安保ハンタイ!」と遊んでいたそうで、これは私も同じ。
あの時代の子供たちは「電車ごっこ」の掛け声が「安保ハンタイ!」でした。
「アンポ、ハンタイ、アンポ、ハンタイ」とくり返して。

なあんだ、安倍さんも安倍くんだったんだ。

Posted at 12:33 | この記事のURL

仲良しの木【2006年09月21日(木) 】

今年の秋はたしかに「金木犀」の香りではじまりました。
藤沢に住む友人もそういっていたので、このあたりだけのことではないようです。
本当に自然が季節を教えてくれます。

ところで私の部屋の前にある大きな木。
夏はいいのですが、冬は陽あたりのジャマになって。
東向きなので困ります。
「ったく、落葉樹ならいいのに」と勝手なことを。
でも舗道に山のように積もる葉の片付けや、シミのようになった残骸の哀れさなど、それはそれで。

人間の勝手は許されないのでしょう。
せめて何年かに一回「剪定」をお願いするくらいです。
実はこの大きな木、もう他人(?)とは思えない親密さで生活の一部に。
朝に晩に話しかけ、名前をつけてあげたいくらい。

後ろがわにも仲良しの木があったのですが、そこのお家が取り壊される時、一緒に切られてしまいました。
帰宅した時、無残なその姿に泣きました。

Posted at 11:40 | この記事のURL

一人上手【2006年09月11日(月) 】

昨日はこの夏最後といった感じの暑い晴天。
もう、来年までないだろうと思うといてもたってもいられません。
午後になってはいましたが出かけることに。

はじめはこんな日は浅草だなあと。
ところが地下鉄が「上野」に入ると、おお、ここもいいなあと下車。
いきあたりばったりです。

それから3時間あまり、あっちこっちと足の向くまま気の向くまま。
JR上野駅に、「パンダ口」なるものができたのもびっくり。
科学博物館のシロナガスクジラのオブジェにもびっくり、。
大木を触ってはなぜか涙。
不忍池で白さぎがメダカを上手に捕獲するのに感心し、亀はなぜか外来種のアカミミガメだらけで心配し。
芸大の学園祭「芸祭」とも重なり人も多い。

好きな所に止まり、好きな所に向かう。
一人ってなかなかいいもんです。

そういえば、どこでも一人の人がたくさん。
みんな好きなように楽しんでいるようです。
私もこれからもっともっと「一人上手」になろうと、帰り道ビールを飲みながら思いました。

Posted at 11:05 | この記事のURL

赤とんぼ【2006年09月04日(月) 】

札幌のホテルの窓から、トンボがいっぱい。
二つずつ繋がって。
そうか、これがトンボの「交尾」なのかと。

それにしても、地上10階あたりで行われる「営み」はトンボたちの風のようで。
赤い二つずつが左から右へとわさわさすいすい、飛んで行きます。

私の住むあたりでは見ることもありませんでした。
そうか、こうして夏の終わりに次の生への準備をしてるんだなあ。
ベランダにセミがぽっこり死んでいるのも今頃です。
きっと、もう次への準備は終わったのでしょう。

私って、なんの準備もしてないんだなあと思いました。
でも、せめて「いい歌」をひとつでも、なんて。

Posted at 11:01 | この記事のURL

おじいちゃん【2006年08月23日(水) 】

夏は夕方、散歩に出かけます。
財布と携帯電話とカギだけですが、ポケットのない夏服では手ぶらにはなれず藍の布袋に入れて。

大体決まった道のいくつかを歩きます。
でも時々知らない道に誘われてしまいます。
ほら、こっち来てと手招きしてるようで。

先日はそんな訳でどんどん知らない道を。
ちっちゃな商店街に行き着き、さあ、あそこは環七だというところで、おじいちゃんが道端でばたばたしています。
起き上がれないようですが、誰も立ち止まらない。

夏休みということで人通りも少ないので、この付近初心者の私ですが、おじいちゃんに話しかけてみました。

大丈夫ですか、お家のかたに連絡しましょうか。
おじいちゃんは、いやあいやあ、といいながらどうも酒臭い。
そこへバイクで通りかかった青年が加勢してくれて、おじいちゃんをぐっと引き上げてくれます。

困った困ったというところへ近所のおまわりさん。
名前もわからず、これじゃ「犬のおまわりさん」です。

そこへ自転車をひいたおばさんが。
またか、というようなしかめ面でおじいちゃんに話しかけます。
「・・さん、だめじゃない」

渡りに船とばかり、ほっと安心して、ご家族に連絡はと聞くと、「ダメダメ、娘がいるけどアタマやられてるから」
娘(といっても私くらいでしょう)の世話をしながら、泥酔しているおじいちゃん。
あそこは誰々の家だ、ここは良く行く店だ、ふらふらしながら上機嫌です。
帽子もかぶりきちんとした身なりなので余計哀しい。

もしかしたら、今この時がおじいちゃんには幸せなのかもしれないと思いました。
肘から流れている血や濡れたズボンを、誰がどうしてあげられるのか。
そんなことを思いながら、その場を去りました。
 
おじいちゃんのひんやりした皮膚の感じが残って、この感じって私の父とおんなじだなあと思いました。



Posted at 11:26 | この記事のURL

時代劇【2006年08月14日(月) 】

両親の世代あたりでは主流ですが、「時代劇」と称するドラマを、私がすすんで見ることはありませんでした。

昼前の時間、テレビの音をBGMにパソコンに向かっていると、それが「子連れ狼」。
しっかりしたせりふ回しや、落ち着いた音楽に振り向いて見ると、なんと美しい世界。
殺陣の素晴らしさは、もう形式美。

主役の北大路欣也さんって、こんな素晴らしい俳優さんだったのかと、これまでの不明を恥じました。
それに比べ、鍛え上げた技を持たない俳優さんの「時代劇」ほど悲しいものはありません。

「時代劇」は「今」ではない世界だからこそ、役者の力量が問われるのでしょう。
描かれる人間に「血」を通わせられるかどうか、今の人間が感情移入できるかどうか、ということでしょう。

眼からウロコ、何だか血が騒ぎます。
日本人で良かったあ。

Posted at 11:44 | この記事のURL

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