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シルクロード(天山山脈にそって)8 [2007年06月29日(金) ]

午後2時7分発の南疆鉄道に乗車し、一路、天山南路の要衝で昔、亀茲国として栄えた「クチャ」に向かう。
この南疆鉄道は、新疆ウイグル自治区の主要鉄道路線で、「トルファン」から「カシュガル」までの1,446kmを結んでいる。ほぼ往年の天山南路に沿って伸びており、沙漠地帯を貫く過酷な大地の中を走る路線である。

カシュガルの駅









我々は、西の終点「カシュガル」から「クチャ」までの約10時間の列車旅行である。左右に2段ベッドがある寝台列車(1個室4人部屋)に2家族ずつ1部屋で乗車。列車の内部はトイレは別として比較的に清潔である。ただ長距離を走ってきたため窓は非常に汚れており、乗車して最初にやったのは、外の景色がよく見えるようにするための窓ガラス拭きである。これはなかなかの効果があり、お陰で左の車窓から白銀の峰々が連なる天山山脈、右の窓からゴビ沙漠の一端を見ることができた。
夕食は列車食堂でとったが、時間の割り当てがありあわただしい食事であった。

● 天山に沿って9時間汽車の旅                
● 砂の中荒岩かさなり山をなす



 車窓から     





「クチャ」着23時12分。時間はほぼ正確であった。バスでホテル(クチャ飯店)へ。ホテルでは寝るのみ。

Posted at 11:52 | この記事のURL
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シルクロード(天山山脈にそって)7 [2007年06月22日(金) ]
カシュガル4
9月27日
午前中は「カシュガル」市内見物。「カシュガル」は、天山南路の中央アジアへの入口に位置し、また昆倫北路、中パ公路の交通の要衝であり、多くの民族の交流拠点として長い交易の歴史を持つ。また、イスラムの拠点都市としても発展したオアシス都市であり、人口は広域で130万人にも達するといわれ、中心はウイグル族が占めている。

●カシュガル東西南北人種の坩堝

9時にホテルを出て観光名所に向かう。まずは、イスラム文化を象徴する観光名所霊廟「香妃墓」に行く。この陵墓には、17世紀に新疆南部を支配していたイスラム教指導者だったアパク・ホジャとその家族らが葬られている。彼の孫娘、イクパル・ハン(香妃)もここに葬られている。陵墓はドーム状の屋根で、外壁には唐三彩風の緑色のタイルが張られていてきれいである。ここから市内を見物しつつこの町の生鮮市場に行く。市街地は地元商人が住む旧市街と、最近開発された新市街アパート群に分かれているが金持ちの旦那衆は旧市街地で裕福に暮らしているという。
生鮮市場では、羊の丸ごとの肉や黄色にんじん等を見る。
次いで職人街にいく。広い道の両側には工房を兼ねたレンガ造りの店が建ち並び、靴・帽子・木工細工・楽器・金属製品など、少数民族の人達の生活に必要なもののほとんどが職人の手によって作られ売られている。特に楽器屋には、東西の楽器のルーツがここ「カシュガル」にあるそうで、いろいろな楽器が置いてあり興味深い。同行の何人かは土産に楽器を求めた。  
●民族の伝統ここに受け継がれ(職人街にて)



その後伝統的なバザールを見る。色はあざやかな布地、毛皮、帽子などのほか乾燥果実、塩なども多く売っており、所々に日本語を喋る人もいて、これに釣られて土産に襟巻きなど買い物をした。
さらに、街の中心にあるエイティガール寺院にいく。新疆・ウイグル自治区最大のイスラム寺院である。黄色のレンガでつくられた寺院は1798年に建設され、その後何度か修復され、内部は広い庭園になっており、1度に7000人が入れる礼拝堂がある。 エイティガールというのは、ペルシャ語で「祭を行う場所」という意味で、金曜日になるとウイグル族が集まり、導師が朗読するコーランに合わせて、西方のメッカに向い熱心に祈りを捧げるという。                  


 ●イスラムの力溢れるエイティガール寺院




ここ「カシュガル」は、伝統的バザールに加え、市の東北部に広さ30万平方メートルの中に店舗数約4千があるというこの地方で最大のバザール「中央・西アジア国際貿易市場」がある。ここを見学。ブランド品からローカル色のある民族衣料に至るまでいろいろそろっておりその豊富さに驚く。パキスタンなど海外からも買い物客が来るようである。

Posted at 14:26 | この記事のURL
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シルクロード(天山山脈にそって)6 [2007年06月15日(金) ]
カシュガル3

高度2500mの高さからは、高山病が発生する恐れがある。このため、酸素枕の酸素を時々吸いつつ風物を見学することとなる。
さらにすすむと鏡のようなブロンクリ湖が現れた。この日のこの時は、晴れて風もなく湖面にはるか対岸の山々がくっきり映っていた。絶景である。ここでしばらく休憩し用を足す。湖畔には部落がありパオが点在しているが、ほぼ全員が羊飼いである。
                       
● 上天と下天見まがう鏡面湖
● 酸素食べ酸素をすいすいカラクリ湖




このころは、既に予定時間から大幅に遅れていたため、当初の予定を変更し。昼食はカラクリ湖手前の沿線の小さな部落の食堂でとる。おばあちゃんと娘さんとが営んでいる自宅兼食堂で、羊の骨のスープ、ジャガイモと羊の肉をいためたもの、トマトの卵炒めであり、主食はガイドがウーパール村で購入したナンである。何れもこの辺りの岩塩で味付けしもので結構うまい。
このあたりはパミール高原の一部で平原でもある。ここにもトイレはなく、食堂の蔭に隠れ、砂に向かって用を足す。
●砂漠には貢献するか立小便
結局、カラクリ湖に着いたのは3時頃で現地は小雪が舞い結構寒い。本来であれば湖畔を散策し、はるか崑崙山脈を望む予定であったが、天候が天候でありこれは不可能で、多少は観光名物の駱駝に乗ったり、周辺を見学したりはした。しかし、土産物売りは実にしつこく、これに嫌気し早々に引き上げた。初期の目的からすれば残念といえば残念であった。                 
● 果てしない崑崙求めてカラクリ湖
● 降りしきる霙に退散カラクリ湖
● 押し売りに圧倒されて不用買い



 もともと、カラクリ湖からはるかの崑崙山脈を望むのは、午前中でなければ、無理というのが現地の常識だそうである。こんなところにもこれを無視したKツーリストの日程、予定にも無責任さがみられた。

帰路は下り道であり、高山病の心配もなく順調に走り7時頃にホテルに到着。
その足でホテルの食堂に直行して夕食をとる。紹興酒で乾杯。メインディシュは、バスの中から一頭1,000元で特注した子羊の丸焼きである。これは、ウイグル料理の典型という実感をもたらす。この地方の土地は、塩分が多く羊の食べる草にも塩分が多く含まれているため羊特有の臭さがなくおいしい。    
その他は地場野菜の炒め物が多いがいずれも口に合うものが多く、最後に新疆で最もポピュラーなメニューの一つであるラグメンを食べる。全員満足。


ホテルは、旧ロシヤ領事館をホテルに改装したものであるが、設備はよくない。トイレの水の出が悪く、風呂はお湯が出にくい上に水は茶色で、結局、風呂と洗濯はあきらめざるを得なかった。

Posted at 12:55 | この記事のURL
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シルクロード(天山南路に沿って)雑俳旅行記 NO5 [2007年06月11日(月) ]
カシュガルその2

カラクリ湖へは、「カシュガル」からパキスタンに向かうカラコルムハイウエイ(中パ公路)を行く。途中、まず、ウーパール村で、トイレ休憩で土産物店による。使用料は無料であるが、なんとなく買い物を要求されるような空気がある。この土産物を買う場合、言い値で買う必要はない。値切って買うのが普通のようである。K君は値切りが上手で、結果として、いい値の半分ぐらいが当たり前で、極端には1/3位で成約していた。
● みやげ物言い値の半値は当たり前
● みやげ物半値8掛け2割引き

この道端には観光客目当てに西瓜やハミ瓜、ナン、シシカバブなどの露店が並んでいる。ガイド氏が昼食用のナンを購入した。塩味の利いた固いナンである。スープにつけて食べるとおいしい。この村の住民の98%はキルギス人ということで所謂中国という感じは全くない。
       地元民 

    

      ここを出てバスは、ガイズ川に沿って山道を登っていくが、途中、紅山と呼ばれる赤い山の前を通過する。やがて国境警備の一環で設けられている検問所に到着、全員バスを下りてパスポートを提示し再びバスに乗る。
標高は2200mのところを過ぎて暫らくして、川の対岸にキャラバンサライ(隊商宿)の跡が見えた。2000年前に造られ、玄斐三蔵も訪れたというところである。既に、宿自体は崩れ去って何もないが周囲の石垣は残っている。
この一帯は、岩山の中という感じで、難路である。山々は、あるときは鉄分を含んで赤く、時には銅分を含む山々で時には緑色となりさらに珪素を含む場合は白くなる。ここから高度が急に高くなり、左手に標高7,719mのゴングール峰、標高7,546mのムスグアタ峰などの雪山をはるか前方に見ることが出来る。なお、ガイドによれば、このあたりでは高い山が多く、5,000m以下の山には名前が無いそうである。 
● シルクロードは苦しロードの岩の道
● 打ち寄せる波のごときの岩の肌
● 岩の山、砂の道のり西にいく
● 岩山は鉄と珪素と銅の山

    連なるやまやま





Posted at 15:55 | この記事のURL
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シルクロード(天山南路に沿って)雑俳旅行記 その4 [2007年06月06日(水) ]
カシュガルその1

2007年9月26日

8時10分のウルムチ発の国内線で約2時間飛行し、「カシュガル」へいく。
飛行場は大きく立派である。一旦当地の宿、色満飯店へいきここで荷物を置き、また現地ガイドのMSと落ち合う。ホテルの入り口で舞踊団の歓迎の踊りがあった。ウイグル族には、内容が驚くほど豊かな体系をもつ(12ムカーム)と言う伝承歌舞音曲があるといわれるが、このときの音楽・踊りもその一端ではないかと思う。





ここから、いよいよパミール高原のカラクリ湖にバスで向かうこととなる。所要時間は往復約11時間。
この出発前にひと悶着があった。スルー・ガイドのMSデイリベールは、高山病を警戒してこのバス旅行には参加しないという。高山病については、現地人ですら厳重に注意しているが、日本のKツーリストは、これを軽視している気配がある。具体的には、例えば事前に旅行者に十分な警告を与えないほか、一行は15人であるのにもかかわらず、高山病予防の酸素枕は、10個しか用意してないという。これでは万が一には大変であり、現地ガイド氏に15個を用意するように交渉したが、この費用を誰が負担するかでもめる始末である。結局、15個を確保し、また、食べる酸素を持参した人もいて、これらのおかげで、途中2個も消費した人もいたが全員高山病は免れた。
また、高山病対策としては、酸素吸入のほか、どんどん水を飲めという。この水も当初は用意がなく、途中のコンビニ店でガイド氏が一括購入し、われわれはバスの中でこれを買うという後手もあり、結局出発は大幅に遅れるという事態になった。

「カシュガル」の現地ガイドは、この地だけのウイグル人のMSがついた。敬虔なイスラム教徒で、なかなかの勉強家でロシアで日本語を習ったという。途中の食堂では自ら昼食を作って振舞ってくれるなど家庭的な面もある親切な人であった。

Posted at 11:38 | この記事のURL
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