今日の課題は別にあった。だが、この報告は転載させていただく事とした。(やはり現地報告はなまなましい)【【私が、麻の情報を得るのはココからが多い。麻に対する医学的な問題は、解明されていないが、癌に対する有効性の報告は、カナビスの形でかなりなされている】】
【【【http://www.taimado.com/index.html 】】】
(残念な事に写真までは転載出来ないようです。)
2008年06月03日イラク大統領と晩餐する麻枝
1991年、湾岸戦争後、イラク北部のクルド人地域を、一人で取材に行った。イラクにはトルコ東南部から入国した。旅費、器材はすべてNHKもちだった。
湾岸戦争直後、クルド人はイラク政府軍から攻撃を受け、200万以上の人たちが北部に難民となって逃れた。一方、アメリカの軍事的庇護のもと、北部でクルド自治政府を樹立する選挙が行われた。それを取材に行ったのだ。
画面で僕の席の対面の右から2人目(最初に新聞を持っている人)が、当時、反政府武装ゲリラ組織クルド愛国同盟の党首ジャラール・タラバーニ氏だ。彼の取材をするために20時間、飲まず食わずでスタンバイした。まさか彼がサダムフセイン後のイラク大統領になるとは、そのときは思えなかった。イラク政府の弾圧はすさまじく、クルド人大量虐殺が横行し、ハラブジャでは毒ガスによって5000人が殺された。このような虐殺があったにもかかわらず、その事実は報道によって世界に知らされることはなかった。当時、アメリカがイランと対立するイラクを支援していたからだ。毒ガスのうわさが広まると、「イラン政府が使用した疑いがある」という噂が流され、日本でも一部でそのように報道された。しかし事実はまったく違う。
毒ガスの1年後、ハラブジャに行ったが、衣服に毒ガスがくっついているおそれがあるため、多くの人たちが、ブルドーザーが掘った穴に、そのまま埋められていた。畑のうねのように小高くなった地面に立ってると、「その下には女子供17人が埋められている。あっちには8人」と村人に言われた。1年たっても、村の木々の幹はツルツルで、春になっても葉をつけることはなかった。
掘り出される死体
毒ガスによる5000人の虐殺が報道されることがなかったという事実、これは覚えておかねばならない。国際政治ではよくあることだ。逆に僕が欧米のチベット虐殺報道に対して慎重なのも、裏返せば同じ理由による。虐殺を無視したり、暴動を政治的に利用するなど、世論操作は国際政治では、常に行われる。それにまんまと乗せられるのが、世界の無垢な民衆だ。毒ガスによる虐殺を黙殺したばかりかイランのせいにしたアメリカは、イラク侵攻にあたっては「イラクには民主主義がない。毒ガスで国民を殺した」と手のひらを返したように虐殺を利用した。
ちなみにイラクのクルド人は、アメリカのキッシンジャーに何度もだまされ、国際政治の捨て駒として利用され、大きな被害を被った歴史的事実がある。これらの歴史を生き抜いてきたタラバーニ氏が、今後イラクをどのように運営していくか、見ていたい。
ところでタラバーニ氏が大統領になる前、日本のNPOが彼を日本に呼んだことがある。僕には知らされなかったのだが、愚かなことに、温泉に案内しただけだったということだから、ぼんくらNPOのアホさ加減には驚く。自民党でも民主党でもいいから、有望な国会議員に会ってもらっておくべきだった。そうすれば人脈として、日本の中東政策に少しは役立ったかもしれない。
現地取材は2ヶ月かかり、街も村も悲しみと飢えと死と対戦車砲と銃でいっぱいで、病院には手術用具も医薬品もなく、地雷で手足を失った子供が、頭がおかしくなってワーワーわめき、大人もちょっと話を聞くと誰もが泣き出し、1年間毎日泣いていたかのように目がはれあがった男もいた。
日本で凶悪事件がおきるたびに、それが大問題となる日本の平和を守らねばと思う。戦争では、何百倍ものことが、毎日起こって、そしてニュースになることすらない。
このときの取材はNHK「ミッドナイトジャーナル」で20分番組として報道され、僕と東大教授が解説するというものだった。ほかにアメリカを取材したものも番組となった。
【【【http://www.taimado.com/index.html 】】】
(残念な事に写真までは転載出来ないようです。)
2008年06月03日イラク大統領と晩餐する麻枝
1991年、湾岸戦争後、イラク北部のクルド人地域を、一人で取材に行った。イラクにはトルコ東南部から入国した。旅費、器材はすべてNHKもちだった。
湾岸戦争直後、クルド人はイラク政府軍から攻撃を受け、200万以上の人たちが北部に難民となって逃れた。一方、アメリカの軍事的庇護のもと、北部でクルド自治政府を樹立する選挙が行われた。それを取材に行ったのだ。
画面で僕の席の対面の右から2人目(最初に新聞を持っている人)が、当時、反政府武装ゲリラ組織クルド愛国同盟の党首ジャラール・タラバーニ氏だ。彼の取材をするために20時間、飲まず食わずでスタンバイした。まさか彼がサダムフセイン後のイラク大統領になるとは、そのときは思えなかった。イラク政府の弾圧はすさまじく、クルド人大量虐殺が横行し、ハラブジャでは毒ガスによって5000人が殺された。このような虐殺があったにもかかわらず、その事実は報道によって世界に知らされることはなかった。当時、アメリカがイランと対立するイラクを支援していたからだ。毒ガスのうわさが広まると、「イラン政府が使用した疑いがある」という噂が流され、日本でも一部でそのように報道された。しかし事実はまったく違う。
毒ガスの1年後、ハラブジャに行ったが、衣服に毒ガスがくっついているおそれがあるため、多くの人たちが、ブルドーザーが掘った穴に、そのまま埋められていた。畑のうねのように小高くなった地面に立ってると、「その下には女子供17人が埋められている。あっちには8人」と村人に言われた。1年たっても、村の木々の幹はツルツルで、春になっても葉をつけることはなかった。
掘り出される死体
毒ガスによる5000人の虐殺が報道されることがなかったという事実、これは覚えておかねばならない。国際政治ではよくあることだ。逆に僕が欧米のチベット虐殺報道に対して慎重なのも、裏返せば同じ理由による。虐殺を無視したり、暴動を政治的に利用するなど、世論操作は国際政治では、常に行われる。それにまんまと乗せられるのが、世界の無垢な民衆だ。毒ガスによる虐殺を黙殺したばかりかイランのせいにしたアメリカは、イラク侵攻にあたっては「イラクには民主主義がない。毒ガスで国民を殺した」と手のひらを返したように虐殺を利用した。
ちなみにイラクのクルド人は、アメリカのキッシンジャーに何度もだまされ、国際政治の捨て駒として利用され、大きな被害を被った歴史的事実がある。これらの歴史を生き抜いてきたタラバーニ氏が、今後イラクをどのように運営していくか、見ていたい。
ところでタラバーニ氏が大統領になる前、日本のNPOが彼を日本に呼んだことがある。僕には知らされなかったのだが、愚かなことに、温泉に案内しただけだったということだから、ぼんくらNPOのアホさ加減には驚く。自民党でも民主党でもいいから、有望な国会議員に会ってもらっておくべきだった。そうすれば人脈として、日本の中東政策に少しは役立ったかもしれない。
現地取材は2ヶ月かかり、街も村も悲しみと飢えと死と対戦車砲と銃でいっぱいで、病院には手術用具も医薬品もなく、地雷で手足を失った子供が、頭がおかしくなってワーワーわめき、大人もちょっと話を聞くと誰もが泣き出し、1年間毎日泣いていたかのように目がはれあがった男もいた。
日本で凶悪事件がおきるたびに、それが大問題となる日本の平和を守らねばと思う。戦争では、何百倍ものことが、毎日起こって、そしてニュースになることすらない。
このときの取材はNHK「ミッドナイトジャーナル」で20分番組として報道され、僕と東大教授が解説するというものだった。ほかにアメリカを取材したものも番組となった。
Posted
at 22:06
| 貼り付け政治
| この記事のURL
コメント(2)
| トラックバック(0)

権力とは・・・・1度手にすると中々手放す事は出来ないようです。(自民や公明を例に出すまでも有りません)中国のチベットでも、携帯を取り上げられ、外国記者との取材は禁止され、かなりの束縛を受けているようです。
平和の呼びかけは権力との戦いでも有ります。何時も来て頂き有難うございます。