よし今日は、『対決 巨匠たちの日本美術』を見ようと、どうしたわけか,起きたのが10時近く、(こんな寝坊は、今までにない)小ようを済ませて山手線に12時半頃の乗車(オヤ、随分乳母車の家族が多いね??)と感じながら、上野の森に(3度も違うかと思うほど木々の下は涼しい)入場して平成館に、なんと20分待ちとある。(しばし考え、平成館は諦める事にした)
そのまま帰るのも何か心残り、となりに六波羅密寺の仏像展と仏像の道インド〜日本とゆう無料の展示物があった。 其処を一通り見た、そして私なりのおかしな捉え方があった。
其の1、日本仏像の立像は、不思議にメタボ的な感じが多い。
其の2、日本仏像の立像は、ほとんどが、やや下向き加減の体位が多い。それに対する釈迦の国、インドの立像は、(其の1、其の2共に)お腹はスラリと顔は天空を見るが如く。 私にはその様に見えただけなのかもしれない。
いち連を観て、15時近く再平成館を見ると、更に伸びて、30分待ちと成っていた。今回諦めたのは、前半後半に分かれた催の為前半は観ており、後半の期待もあったからで、再度15日に挑戦するが、(17日が最終日)それはお楽しみ。 さて、ココに新聞記事に(集まった運慶仏)なるのが有るので概略だけ書いておこう。
鎌倉時代を代表する仏師 運慶。 本人作と認められているわずか
20数点のうち3点がこの夏、東京・上野の東京国立博物館に集まった。
まず、特別展『対決ー巨匠たちの日本美術』の冒頭に地蔵菩薩像が座る。きりっとした表情にたくましい胴、衣の表現も力強く、兄弟子である快慶が作った流麗な立像と17日まで対決だ。
あとの2体は大日如来で、平常展に出品されている。一つは海外のオークションにかけられて14億で落札された、あの像だ。『まだ謎が多い』隣には,精巧で、重量感に満ちた足利市、高得時所蔵の坐像がいる。金箔がよく残り、立派な厨子もある。 80年代半ばに女子大生が卒論を書くために寺に訪れたのがきっかけで専門家が調査し運慶作と判明した。
そのまま帰るのも何か心残り、となりに六波羅密寺の仏像展と仏像の道インド〜日本とゆう無料の展示物があった。 其処を一通り見た、そして私なりのおかしな捉え方があった。
其の1、日本仏像の立像は、不思議にメタボ的な感じが多い。
其の2、日本仏像の立像は、ほとんどが、やや下向き加減の体位が多い。それに対する釈迦の国、インドの立像は、(其の1、其の2共に)お腹はスラリと顔は天空を見るが如く。 私にはその様に見えただけなのかもしれない。
いち連を観て、15時近く再平成館を見ると、更に伸びて、30分待ちと成っていた。今回諦めたのは、前半後半に分かれた催の為前半は観ており、後半の期待もあったからで、再度15日に挑戦するが、(17日が最終日)それはお楽しみ。 さて、ココに新聞記事に(集まった運慶仏)なるのが有るので概略だけ書いておこう。
鎌倉時代を代表する仏師 運慶。 本人作と認められているわずか
20数点のうち3点がこの夏、東京・上野の東京国立博物館に集まった。
まず、特別展『対決ー巨匠たちの日本美術』の冒頭に地蔵菩薩像が座る。きりっとした表情にたくましい胴、衣の表現も力強く、兄弟子である快慶が作った流麗な立像と17日まで対決だ。
あとの2体は大日如来で、平常展に出品されている。一つは海外のオークションにかけられて14億で落札された、あの像だ。『まだ謎が多い』隣には,精巧で、重量感に満ちた足利市、高得時所蔵の坐像がいる。金箔がよく残り、立派な厨子もある。 80年代半ばに女子大生が卒論を書くために寺に訪れたのがきっかけで専門家が調査し運慶作と判明した。
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at 20:39
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上野の森をご存知でしたか、あの山は、京の都を(模)しているとも聞きました。(不忍池から東照宮、3重の塔)近くにいても、知らない事ばかりです。
上野の森をいまだに全部は知らない私です。