先生もついに、一門を止めってしまった。≪書道会は多くの派閥がある。日展に当選するにも順番がある。『必ずしも上手いから入選するとは限らない。笑い』毎年同じ所の入選でもマズイシ・・・≫その様な見方も有るとゆう事だ。
生徒が先生の事を言うのも可笑しいけど、前より又字の美しさが出た。≪キャラ文字なる事を始めたせいかとも思う≫ 先生の器が小さければ、生徒はもっと小さくなる。同じ教わるなら、何を書いてもOKナ先生が良い。
3,4年前、墨黒の巨匠たちとゆう展覧会があった。あの時の衝撃は今でも鮮明に覚えている。(普段カナなどやる事の無い私だが、あの時のカナの美しさには、ナントも言いようのない感動があった。草とゆう字の羅列であるのに、風に揺れている様なザワメク感動があった)そんなものに幾らかでも近付いて見たいとも思う。
私の筆の持ち方は、筆の頭部をつまむように、ぶら下げるように持つ、柄の長いものは、35センチ、勿論普通の小学生が使う様な物もある。穂先は長い物で10センチ。
流石に隷書体をこの筆では書かないが、普通の軟筆で書いている、おかげで震えた字が時々出来る。勿論名前の様な小さな文字も、小筆ではない同じ筆で書く。≪小さな文字の書けない大きな筆は、私はダメ筆としている。だからそんな筆に当たった時は、別な筆にしてしまう≫
別な筆にしてしまう。とゆう意味は、筆は自分用に作るべきだと思うからだ。『買って来てすんなり合うような筆は殆ど無い』だから,穂の取り付け部にカッターを入れ、自分サイズまで切るのだ。『あくまで、鉛筆を削る様にはやらない。面白い線を出す時は、好いかも知れない』
私が使っている筆は、軟毛、であり、一般的に小学生の使用する固い筆ではない。堅い筆の場合は、使用すると思われる、3分の一位を柔らかくして、終わる時は、水道で2度ほどチャポチャポして、使用済みの紙で軽めに拭いて仕舞う。
何事も慣れると言うこと。教えるのはサラに難しいだろうと思う。
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at 22:27
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実は、普段の字と筆字は違うのです。私もうまくなりたいと思い、筆を持ちましたけど、一向にうまくは成りませんでした。(上手くなる為には、ゆっくり丁寧に書くしか有りません。起筆、中筆、終筆の普段の訓練が必要なようです。)【私の字も酷いものです、最近は、(アジの開き直り)と諦めて、これが私の字と言い聞かせています。
筆字は習えば上手くなるものです。ただ時間がかかります。根気よく続ける事が何よりです。