今日所用があって横浜に行ったので近くの中華街で昼飯とした。
時々行く福記という小さな店に入ろうかとしたが、向かいの別の店先に立っているおねえちゃんにひかれて入ってみた。 龍楽楼という小さな店であるが、そこの海鮮盛り合わせという料理は値段の割りになかなかうまかった。また行って見る価値のある中華料理店である。
時々行く福記という小さな店に入ろうかとしたが、向かいの別の店先に立っているおねえちゃんにひかれて入ってみた。 龍楽楼という小さな店であるが、そこの海鮮盛り合わせという料理は値段の割りになかなかうまかった。また行って見る価値のある中華料理店である。
Posted
at 15:21
| この記事のURL
コメント(8)
| トラックバック(0)



が募っていました。考えてみるとこれはお互いに一種の近親憎悪で、他人は別として従兄弟同士でどうして判ってくれないのだ!と言う想いが激化していました。昭和12年からの当時言うところのシナ事変、日中戦争は盧溝橋なり上海なり最初に仕掛けてきたのは中国側でしょう。ただそれを全面的戦争に拡大したのは日本側の責任が重いでしょう。
しかし当時一般の日本人、おそらくは大部分の日本の将兵にも中国人への憎しみはありませんでした。悪いのは蒋介石一派の中国政府だ、彼らに苦しめられている中国人を救ってやろう!と考えていたのです。戦後こういった考えの存在は占領軍とその後の教育によって抹殺されしまいましたが、敵としての意識は中国人に対しては薄かったと思います。そういった意味で当時の日本人は中国を侵略しているとは感じていなかったでしょう。もちろん軍や財界等で、日本の利権をかなり意識しての戦いへの突き進みはあったと思います。これは石油利権を裏に抱きながら、悪逆なフセイン政権からイラクの国民を救おうと大部分のアメリカ人が善意で攻め込んで泥沼化してしまった今のイラク情勢とそっくりですね。またこの「中国人は敵ではない!悪いのは、われわれが敵としているのは軍閥、政府である!」とのプロパガンダは、似たことが戦争末期米軍のB29が撒いていったビラにも、ときどきNHK放送に混じって入ってきた米軍の謀略放送に述べられていて、当時少年だった私どもも、どこも同じことを言うなあと苦笑いした覚えがあります。さて、中国に侵略でなくて攻め入って行った日本軍は、政府軍と一般民衆とは観念的に分離したのに、意外な民衆からの抵抗を受け(これは当然ですよね、善意のお節介でも先方からは侵略と受け止められます!)仲間戦友が多く死傷し、話が違うではないか、裏切られたと一般中国人への憎悪感、敵愾心も
私にしては見分不相応に高い¥800のランチ定食三色海鮮なるものを注文しました。彼女がそばに来て何度も、うまいか、うまいかと訊くので、その都度おいしい!とか頂好!とか答えておきましたが、他に客はあまり無く、店の女性3人(三姉妹?)は日本語と中国語とちゃんぽんで話合っていました。まいずれにせよ、値段の割には悪くない昼食でした。横浜中華街は夜や休日は高いのですが、平日昼はランチメニューが安い店が多く¥500〜¥800程度で結構いけます。横浜中華街は時たま行くのですが、子供の頃近所だった神戸元町の

