先日から臨床治療中の弟が一泊二日我が家で生活する、4月下旬と変わらずの元気な振る舞いで家内と幼い頃かなの思い出を語り帰りました。
昨朝は私がピザを作って食べ4食共にしましたが病人と思えませんお元気な様子でした。
今度は現役時代の後輩が亡くなりお気の毒です
今年に入り親族、マンション住人と相次いでのご不幸に遭遇しています。
丁度一週間前には後輩が定年退職して丸。一年も来ない若さでお亡くなりに成りました。
大阪在住の人で業務でのお付合いが深かった人でお気の毒です。
沢山の思い出が頭の中に蘇える毎日でした、
特許の仕事で本社にお邪魔した時の出会いから藤沢担当者の交流では
仕事を終えて我家に招待して深夜の普通電車で名古屋までご一緒した記憶。
年配者のお迎えは兎も角自分より若い人のお迎えは心が痛みます。
臨床治療に挑戦
再入院して内科治療に入るに際して病院より新薬の臨床治療を勧められ喜んで協力する事に成り好結果を期待する今後と成りました。
根治手術は無理でバイパス手術に終わりました、入院継続の抗癌剤投与から退院に変わりました、余命はいくばくかなー。
何度もお見舞いに行った家内からはご本人は至って陽気に振舞っているが此れからの闘病生活は大変厳しいものと心配しています。
先日の法要で生き残った兄弟4人夫婦が揃って楽しく歓談して10日経過
送られてきた写真を家内が喜ぶとの想いは弟の大腸がんで吹き飛びました。
お手紙を見る前に電話で本人からの知らせを聞き大変ショックを受けていました。
私はプラス思考で歩みます、
先日の法要で一番元気で明るい好印象は弟さんでした。
お仕事を辞めストレス解消が主因との想いで喜んでいました。
多くの病人を見て来ましたが発見時の顔色、
表情に明るさが有る人は早期で完治しています。
亡くなられる人は顔の表情が暗いです、今回は大丈夫と確信します。
戦没者等の遺族に対する特別弔慰金支給法
家内の母が亡くなって丸20年、戦没者等の遺族に対する特別弔慰金は子供達に継続支給されます、先日先祖の法要を兼ねて四季倶楽部「テルマーレ湯河原」に参りました。
http://www.shikiresorts.com/institution/kanagawa/terumare/terumare.html
冠婚葬祭以外に兄弟揃っての宿泊は楽しい一時に成りました。
残金を繰り越しと継続支給金で今後も隔年皆様揃う事に決めました。
戦没者等の遺族に対する特別弔慰金支給法は、先の大戦において公務等のため国に殉じた軍人、軍属及び準軍属の方々に思いをいたし、戦後20周年(昭和40年)、30周年(昭和50年)、40周年(昭和60年)、50周年(平成7年)、60周年(平成17年)という特別な機会(この年の4月1日を「基準日」といいます)をとらえ、国として弔慰の意を表するために特別弔慰金(国債)を支給するものです。
支給対象者は、基準日において、戦没者の遺族の中に恩給法に規定する公務扶助料、戦傷病者戦没者遺族等援護法に規定する遺族年金等の年金給付を受ける権利を有する遺族(配偶者、父母等)がいない場合で、戦没者の遺族に対する特別弔慰金支給法上の「戦没者等の遺族」のうち先順位1名の方です。
なお、上記基準日以後新たに対象となった遺族については、昭和47年、昭和54年、平成元年、平成11年に特例的措置として特別弔慰金を支給しています。
特別弔慰金についても、法律施行の日から3年間請求しない場合、時効によって受給権が消滅しますので、ご注意ください。
戦後60年を経過、生存者のみの恩恵に戸惑います、家内は本当の苦労は幼少期の母、今の特別弔慰金は税金の無駄使いと話ました。
火葬後葬儀・告別式
通夜は自宅、翌日出棺し火葬場に直行、
お骨にしてお寺の斎場に、葬儀・告別式直後に納骨でした。
告別式からの参加者は最後のご対面も出来ません。
30年余り前に旦那実家近辺に転居して2月27日満67歳で人生を全うした妹の納骨を終えたお墓
今回5回目最後の仙台訪問と思います。
初めての仙台訪問は丁度40年前現役時代○○電器創業50周年全国イベントで目門百貨店「藤崎」の説明員で数日働いた時でした。
次の訪問は10年前に妹の旦那が亡くなりお通夜、火葬場、斎場と一泊して石巻市内を見聞した記憶が残っています。
3回目はごシニアバス旅行で訪問、4回目は3年前にっぽん丸東北三大祭りクルーズの寄港地オプション旅行の訪問でした。
一番最初40年前の記憶は皆無です、10年前と昨日で学んだ事は
@ 仙石線前回は中高校生、今回は幼稚園児共に目が澄んでいて素直な人柄に驚きと地方の善さを知りました。
A 昨年夏実家岡山に数年ぶりにお墓参りして地方の発展が停滞との印象を持ちましたが、石巻10年は素晴らしく発展した事に驚きました、仙石線の始発も仙台〜あおば通りに。
B 東北新幹線に新型車両導入、座席4席、入口付近の足場案内板など
C 墓石が新調された物が多く、地震で壊れて皆様改修とお聞きしました。
D 今年は未だ雪が一度も降らないとも聞きました。
E 僧侶満80歳巳年生まれのお話から今年6歳巳年の人口が80歳と略同じの小子化時代と知る。
F 前回と様変わり斎場のお寺に田んぼをつぶして大きな駐車場が出来ていました、納骨後の食事会にお酒は出ませんでした。
帰路午後5時過ぎの仙台乗車新幹線は現役時代の関西出張を思い出す、隣席の若いサラリーマン二人とも漫画の読書に時代の変化を見る。
更に私達の時代では当たり前のお酒を買う人の少ない事にも驚きました。
車社会で飲酒運転に対する社会的規制が世の中の常識を変えますね、
葬儀の後の飲酒禁止は本当に残念な事ですね。
昨朝は私がピザを作って食べ4食共にしましたが病人と思えませんお元気な様子でした。
今度は現役時代の後輩が亡くなりお気の毒です
今年に入り親族、マンション住人と相次いでのご不幸に遭遇しています。
丁度一週間前には後輩が定年退職して丸。一年も来ない若さでお亡くなりに成りました。
大阪在住の人で業務でのお付合いが深かった人でお気の毒です。
沢山の思い出が頭の中に蘇える毎日でした、
特許の仕事で本社にお邪魔した時の出会いから藤沢担当者の交流では
仕事を終えて我家に招待して深夜の普通電車で名古屋までご一緒した記憶。
年配者のお迎えは兎も角自分より若い人のお迎えは心が痛みます。
臨床治療に挑戦
再入院して内科治療に入るに際して病院より新薬の臨床治療を勧められ喜んで協力する事に成り好結果を期待する今後と成りました。
根治手術は無理でバイパス手術に終わりました、入院継続の抗癌剤投与から退院に変わりました、余命はいくばくかなー。
何度もお見舞いに行った家内からはご本人は至って陽気に振舞っているが此れからの闘病生活は大変厳しいものと心配しています。
先日の法要で生き残った兄弟4人夫婦が揃って楽しく歓談して10日経過
送られてきた写真を家内が喜ぶとの想いは弟の大腸がんで吹き飛びました。
お手紙を見る前に電話で本人からの知らせを聞き大変ショックを受けていました。
私はプラス思考で歩みます、
先日の法要で一番元気で明るい好印象は弟さんでした。
お仕事を辞めストレス解消が主因との想いで喜んでいました。
多くの病人を見て来ましたが発見時の顔色、
表情に明るさが有る人は早期で完治しています。
亡くなられる人は顔の表情が暗いです、今回は大丈夫と確信します。
戦没者等の遺族に対する特別弔慰金支給法
家内の母が亡くなって丸20年、戦没者等の遺族に対する特別弔慰金は子供達に継続支給されます、先日先祖の法要を兼ねて四季倶楽部「テルマーレ湯河原」に参りました。
http://www.shikiresorts.com/institution/kanagawa/terumare/terumare.html
冠婚葬祭以外に兄弟揃っての宿泊は楽しい一時に成りました。
残金を繰り越しと継続支給金で今後も隔年皆様揃う事に決めました。
戦没者等の遺族に対する特別弔慰金支給法は、先の大戦において公務等のため国に殉じた軍人、軍属及び準軍属の方々に思いをいたし、戦後20周年(昭和40年)、30周年(昭和50年)、40周年(昭和60年)、50周年(平成7年)、60周年(平成17年)という特別な機会(この年の4月1日を「基準日」といいます)をとらえ、国として弔慰の意を表するために特別弔慰金(国債)を支給するものです。
支給対象者は、基準日において、戦没者の遺族の中に恩給法に規定する公務扶助料、戦傷病者戦没者遺族等援護法に規定する遺族年金等の年金給付を受ける権利を有する遺族(配偶者、父母等)がいない場合で、戦没者の遺族に対する特別弔慰金支給法上の「戦没者等の遺族」のうち先順位1名の方です。
なお、上記基準日以後新たに対象となった遺族については、昭和47年、昭和54年、平成元年、平成11年に特例的措置として特別弔慰金を支給しています。
特別弔慰金についても、法律施行の日から3年間請求しない場合、時効によって受給権が消滅しますので、ご注意ください。
戦後60年を経過、生存者のみの恩恵に戸惑います、家内は本当の苦労は幼少期の母、今の特別弔慰金は税金の無駄使いと話ました。
火葬後葬儀・告別式
通夜は自宅、翌日出棺し火葬場に直行、
お骨にしてお寺の斎場に、葬儀・告別式直後に納骨でした。
告別式からの参加者は最後のご対面も出来ません。
30年余り前に旦那実家近辺に転居して2月27日満67歳で人生を全うした妹の納骨を終えたお墓
今回5回目最後の仙台訪問と思います。
初めての仙台訪問は丁度40年前現役時代○○電器創業50周年全国イベントで目門百貨店「藤崎」の説明員で数日働いた時でした。
次の訪問は10年前に妹の旦那が亡くなりお通夜、火葬場、斎場と一泊して石巻市内を見聞した記憶が残っています。
3回目はごシニアバス旅行で訪問、4回目は3年前にっぽん丸東北三大祭りクルーズの寄港地オプション旅行の訪問でした。
一番最初40年前の記憶は皆無です、10年前と昨日で学んだ事は
@ 仙石線前回は中高校生、今回は幼稚園児共に目が澄んでいて素直な人柄に驚きと地方の善さを知りました。
A 昨年夏実家岡山に数年ぶりにお墓参りして地方の発展が停滞との印象を持ちましたが、石巻10年は素晴らしく発展した事に驚きました、仙石線の始発も仙台〜あおば通りに。
B 東北新幹線に新型車両導入、座席4席、入口付近の足場案内板など
C 墓石が新調された物が多く、地震で壊れて皆様改修とお聞きしました。
D 今年は未だ雪が一度も降らないとも聞きました。
E 僧侶満80歳巳年生まれのお話から今年6歳巳年の人口が80歳と略同じの小子化時代と知る。
F 前回と様変わり斎場のお寺に田んぼをつぶして大きな駐車場が出来ていました、納骨後の食事会にお酒は出ませんでした。
帰路午後5時過ぎの仙台乗車新幹線は現役時代の関西出張を思い出す、隣席の若いサラリーマン二人とも漫画の読書に時代の変化を見る。
更に私達の時代では当たり前のお酒を買う人の少ない事にも驚きました。
車社会で飲酒運転に対する社会的規制が世の中の常識を変えますね、
葬儀の後の飲酒禁止は本当に残念な事ですね。
