経済モノが専門の作家と思われた来たが、新しい何かを掴みたいと、このコーナーで試させていただきます。

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サヨウナラ R [2008年05月08日(木) ]
回答者も戦地で知り合った大勢の仲間を失っていた。鉄砲の弾に当たって死んだ、いや殺された男達は誰一人として”天皇陛下バンザイ!”などと叫ぶいとまなどないのだ。弾が当たれば、即 絶命でしかない。天皇への忠誠心を煽るために、誰かが戦死者を賛美するため、作り上げた美談だろうが、顔を背けたくなる話でしかない。命を失わずに済む程度の負傷であったとしても、痛さをこらえる呻きしか口からは出てこない。
 当時、南方と呼ばれた現在の東南アジアからインド周辺では、膿んだ傷口にハエが卵を産み付け、ウジ虫が肌を這いずり回るのが当然の状況であった。薬品もなく、高温多湿のなかで手当も看護もなく、彼らは日夜唸り続け、静かになったときには死んでいる。その男達の頬には、必ず涙の筋があった。例外なく「お母さん」と、そっと呼びかけて死んでいったのだ。
 その彼を傷つけた鉄砲の弾は、この相談者が言うように、眼前の敵が撃った弾だけではない。味方の誤射もある。だが意識的に、凄まじいイジメを繰り返す上官の背中を狙った部下の弾もあるのだ。
 
 回答者は戦地でなくした仲間達の在りし日や、そうした悲惨さを思い出し
取り乱していた。

 この相談者は、ある種の巫女かもしれない。また、私はそう思った。
 大勢の戦友の死を見送り、復員して子供に自殺され、妻にも死なれ。自分は片目、足は両膝の先から無く、車椅子でしか移動できない日常。生活の糧は傷痍軍人手当だけ。自分も、奥さんも親兄弟がなく話し相手がなかった。その奥さんにも自殺され、話しかけることも、声を聞く相手もいなくなってしまった。これから私はどう生きればいいのだろうか。

 彼はその解答を探していた。

 テープの編集を開始してから、もう八時間を過ぎていた。食事も忘れて同じ声、同じ回答、同じ嘆きを何千回繰り返し聞いただろう。頭のてっぺんから足の爪先まで、筋肉が張りつめていた。そんな私の疲れなど気づくはずもない二人の男達は同じことを繰り返し呟き、同じことを嘆いていた。
 そして、やはり相談者の声は、私には死者のような、黄泉の国から聞こえるような、不気味な巫女のような声にしか聞こえなかった。男二人のやりとりを前に、私は、あと一分二〇秒をどう短かくしようかと、狭い編集室のタバコのヤニで黄ばんだ天井を仰いだ。

                  次回 5月11日夜の予定   

Posted at 22:00 | 連載小説  | この記事のURL
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