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平和な風景[2007年08月09日(木) ]
本日は長崎に原爆が落とされてから
62年が経ちました。誰もが戦争は2度と
起したくないと思っているはずです。平和な
日本がいつまでも続きますように・・。

東高円寺の蚕糸公園では紅白のサルスベリが
満開。その下で読書をする若者達。このような
平和な情景がいつまでも見られますように。


池の中では「亀」さんたちが甲羅干し。手足と
頭を思い切り伸ばして、人間達を信頼しきって
いる。


先日訪問した向島百花園で。ロウバイの
小枝で脱皮した蝉。青空を背にさぞかし
気持ちがよかったでしょうね。

Posted at 23:48 | あちこち | この記事のURL
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コメント


現在は百日紅が絶好調ですね。
白が好きですね。
Posted by:ieiesan  at 2007年08月12日(日) 07:40

chuuchichi様
アメリカは「戦争を終わらせるために
原爆を落とした」だから「正しい」と
主張していますが、「核」の恐ろしさを
自覚していないのが恐ろしい。

どんなことがあっても日本は「核の使用は
ダメ」と主張し続けなければ。
Posted by:machan  at 2007年08月11日(土) 22:37

散輪坊様
サルスベリのピンクには薄ピンクもあるので
3種類の色が楽しめます。

ただ先に咲いた花がしつこくくっついているので
汚らしいのが玉に瑕。花自体はかわいいんですけどね。
Posted by:machan  at 2007年08月11日(土) 22:33

写真のような平和な時代がいつまでも続くといいですね。
TVなどで戦後62年という事で当時の映像などを放送していましたが、この様な悲惨なことは二度とあってはいけないと思います。現実は世界のあちらこちらで紛争が絶えませんが早く争いのない世界がくるといいですね。
Posted by:chuuchichi  at 2007年08月11日(土) 11:20

 百日紅にもいろいろな色の花が咲くのを知らないで
昨年近所のお宅の百日紅をいろいろ写して回りました。
Posted by:散輪坊  at 2007年08月11日(土) 07:10

miko様
mikoさんご兄弟は力を合わせて
乗り切りましたね。
62年経ったことが信じられません。
まだまだ傷跡は残ってますから。

やはり息子や孫を戦場へ送りたくないです。
Posted by:machan  at 2007年08月10日(金) 22:37

のり様
世界を見るとまだまだ紛争中の
ところがたくさんあって、日本だけ平和
であればよいとは思えないですよね。

デモ少なくとも、日本から戦争は
起さないということは大事ですよね。
Posted by:machan  at 2007年08月10日(金) 22:30

ほばしら様
戦争の記憶はありませんが、
両親の話を聴くと『日本全国民』が
神風を信じていた。

でも、30歳を過ぎた父に召集が来たとき
母は初めて「負ける」と思ったそうです。

Posted by:machan  at 2007年08月10日(金) 22:13

今晩は〜
私の父は南方で戦病死しました。
戦後母は苦労して私達兄弟を育ててくれました〜戦争が起きなければ、違った人生だったかも知れません。

写真の主人公が変わって・・思わず目を開き微笑みました・・
Posted by:miko  at 2007年08月10日(金) 21:15

machanさん、ほんとに平和な写真ですね。
これからも、ずーっと平和が続いて欲しいと思います。  
Posted by:のり  at 2007年08月10日(金) 21:03

おはようございます。
昨日は「長崎の原爆の日」、この日、本当は小倉
投下される筈だったらしいです。
天候が悪く、目標が見えなかったので、第2候補地の
長崎へ向かったそうです。
当時、私は2歳、小倉のすぐ隣の町に住んでいたから、
もし、小倉に投下されていたら、今の自分は存在しないかもしれない。
平和な日本がいつまでも続きますように・・。
Posted by:ほばしら  at 2007年08月10日(金) 08:37

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