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お葬式[2008年06月22日(日) ]
兄嫁の母親が肺炎で入院されていて、18日の夜に亡くなられた。
私の母より5歳歳下の、88歳で、遺影は2年前の元気なころの写真で、髪は真っ黒、ふっくらお顔に笑顔。どうみても可愛いおばあちゃんだ。

棺の中のお顔を見てその落差におどろく。

いずれ、私の母もこのようになるのだと思うと自然に涙が・・・

この2年の変化は、兄嫁の口から時々聞いていたけど、昔は働き者のおとなしい人だった。
でも、この1年くらいは、兄嫁も持て余すほどの変りようだったようだ。
「私がこうなったのも、あんた達子供のせいや」とか、
聞くに堪えない暴言を吐くらしい。

これらは一種の痴呆という病気が言わせているらしいが、お世話に行って、暴言をはかれたら、「親でも嫌になるで〜」と。
男兄弟が3人いるけど、それぞれのお嫁さんは寄り付かなくなったそうだ

終身の老人ホームにやっと入れて、ホッとしていた矢先のこと。
前からの持病の間質性肺炎が再発し、それが命取りになったそうだ。
最後は肺が機能してないので、お水も飲めないのに、
「お水が飲みたい」と苦しそうに訴えられ、辛かったと兄嫁が言ってた。

苦しみから解放され、周りの人間も命を惜しんだけど、正直ホッとされて、今頃は元気なころのおばあちゃんはと笑って話しているかもしれない。

お葬式は悲しいけど、若い人が亡くなるのとは一種違う雰囲気の風が吹いているような気がする。



Posted at 16:08 | この記事のURL
コメント(16)

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コメント


ソニアさん

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いつもそういう風に物事を考えられたらいいですね。

お母様も88歳で亡くなられた、少しボケが入っていた。
誰にでもおきること、私の母も症状が軽いままでいて欲しいと思います。
これ以上進むと、独居できなくなる・・・
心配です。
でも先のこと心配してても駄目なので
ソニアさんに見習って、人生「今日が始まりです」元気に行きまっしょ
Posted by:花ちゃん  at 2008年06月24日(火) 21:19

花ちやんこんばんは。
おつかれさまです。

特に身内の方がなくなられるとつらいものがあります。
私の母も88歳出なくなりましたが、少しボケが来ていましたね。

でも気持ちを切り替えて生きていくしかありませんね。

人生「今日が始まりです」元気に行きまっしょ。
Posted by:ソニア  at 2008年06月24日(火) 18:31

machanさん

コメントありがとうございました。

7年間もアルツハイマーの従妹さん、
そのお世話をお嫁さんが主になってされたのですね。
なかなかできないことです。
いくら頭で理解できてると思ってても、放り出したくなることも、泣きたくなったこともあるでしょう。

亡くなられてほっとしたというのは、それもまた正直な気持ちなのでしょう。

ご両親、長生きですね。
machanさん、お互いに親を思う気持ちは一緒です。
穏やかな老後、これがお互いに一番ですね。

Posted by:花ちゃん  at 2008年06月23日(月) 16:39

こんばんは!
お悔やみ申します。

昨年ottoの従妹が亡くなりました。
7年間も「アルツハイマー」でお嫁さん、娘
息子達はそれでも一生懸命看護しました。
彼女は病気になる前は穏やかでいつもにこにこ
していましたが、病後は本当に人格が変わりました。

お葬式のとき息子は「正直ほっとしています」と
本音をポロリ。娘は母親のお棺にすがり「お母さん
ありがとう」と号泣していました。

息子は嫁が苦労していることを知っていたから、本音が
出たのでしょう。お嫁さんは出来た人でした。

自分の死に方などまだまだ考えられません。
私は99歳と93歳の両親が健在だからです。
どのようにしたら穏やかな老後を過ごしてもらえるのか。
大きな問題です。
Posted by:machan  at 2008年06月23日(月) 00:03

ちびまるさん

そうですよ。
皆できる限り看病され、見送られたのです。
介護の日々は、介護される人も、介護する者も皆、人ですから、
いろんな思いが交錯するのです。
娘としての思い。親としての思い。
暴言を吐くのも根底にいろんな思いを今まで秘めていたのかもしれない。
それが、たかがはずれたように、暴言となって現れたのかもしれない。
老いるということは本人にとっても辛いことなのですね。
Posted by:花ちゃん  at 2008年06月22日(日) 22:37

いこチャン

<お姑さんに逆らったことがない>
いこチャン、素直なのですね。尊敬します。

自分の死期は選ぶことができない、それがまた不幸ですね。
周りに迷惑かけてまで生きたくないと思っても、それが思うようにできないのですからね。
だからみな、ぽっくり寺にお参りするんですね。
Posted by:花ちゃん  at 2008年06月22日(日) 22:31

メーのおばちゃん

<娘や人様に何がしかのお世話になると思うのですが、そのことを思うと眠れないこともあるくらいです>

毎日を面白おかしく暮らしておられると思っていたメーのおばちゃんも
そのようなことをお考えでしたか

男性にはこのような心配する人は少ないと思うけれど、女性は少なからずそのような心配をしてる人がいてますね。
私の周りにも一人住まいの女性が多く、安楽死を願う人もいますよ。

我々団塊の世代が老人になれば、介護保険も破綻してるかもしれないし
充分な介護を受けれなくなることが予想されます。

先々の不安な世の中ですが、今はなるべく不安なことは考えないで、
日々の楽しいことを探しています
Posted by:花ちゃん  at 2008年06月22日(日) 22:27

年老いて徐々に自力で生活できなくなり、しかも認知症など暴言もあると、看病する側は、病気とわかっていても辛いものですね。それでも親子ですから、出来る限りの看病をされたでしょうし、充分に尽くされて見送られたのではないでしょうか…。ご苦労さまでした…と言いたいですね。
Posted by:ちびまる  at 2008年06月22日(日) 21:25

必ず来る事 誰にも必ず!
私のお友達が お姑さんが亡くなるまで
東京に住んでいるのですが、時間もお構いなく電話で
愚痴ていましたが。
亡くなるとき、友人の手をとってOOチャン有難う て
その一言で 全てが消えたみたいです。

逆に 私はお姑さんに逆らった事がないので、
本当は こんな時言えばよかった。と思いが残り
 お友達のように カラ〜とはいきませんの。

どちらが どうと言うことはいえませんが
亡くなり方は 自分で選べそうにないので
少ない実例を自分なりに参考にして
せめて早く亡くなったほうが とは
思われないように気をつけていたいと
特に最近は思います。
Posted by:いこチャン  at 2008年06月22日(日) 19:59

グランバさん

グランバさんのお母様もそのようなことあったのですか
でも亡くなる二日前に皆さんに感謝の気持ちを・・・

<私の死ぬ時はもうあばれまくって!>
呆けてしまったもん勝ちですよ。
私も何を言うかと想像したら空恐ろしい
Posted by:花ちゃん  at 2008年06月22日(日) 19:49

続柄で言えば伯母様ってことになるのでしょうか?
戦争も体験され苦労されたのでしょうね。いろいろありましたでしょうけれど1つの命が終わったことをお悔やみ申し上げ、ご冥福をお祈りいたします。
痴呆の方のお世話をされた人の話を聞くと、想像以上で半端なもんやないそうですね。
私だって今後どのような人生になるか、人生の終末期をどのように迎えるのか、こればかりは思い通りになりません。
娘や人様に何がしかのお世話になると思うのですが、そのことを思うと眠れないこともあるくらいです。
死んでしまってからのことは既に娘に伝えてはあるのですが、避けては通れないことですからね。
Posted by:メーのおばちゃん  at 2008年06月22日(日) 19:45

ぶるーむーんさん

<年齢で少し呆けてくる>

多少の差はあっても、人間長生きすれば、赤ちゃんに帰るのでしょうね。
赤ちゃんは成長するし、見かけも可愛いから、みんなに可愛がられる。
お歳よりは・・・・。
そう思うと悲しいですね。
Posted by:花ちゃん  at 2008年06月22日(日) 19:43

花ちゃんさま、こんばんは〜

そのおばあちゃん、私の他界した母も死ぬ半年前のことでした。よく行っていた「イタ飯」の店、暴言をはくんですよ。「私のはまだか?」って!
これは理性を利かす脳が破壊されたんです。しかし「死ぬ二日前に」病院の
関係者や義理の姉に「ありがとう」って言ったらしい。まさかって?疑いますが・・・こんな話しを聞いてる私の死ぬ時はもうあばれまくって!
「ほかされるか」と、、、、(笑う)
Posted by:グランパ  at 2008年06月22日(日) 18:52

幾つになっても、亡くなるという事は
寂しいことです。でも、これは避けて通れない。
年齢で、少し呆けてくる。仕方のないことなのでしょうかね。
お葬式、お疲れ様でした。
Posted by:ぶるーむーん  at 2008年06月22日(日) 18:47

リンさん

私の母は物忘れはひどくなりましたが、無理を言うこともなく、
私が行けばいつも「あんたが頼りや、来てくれたらほっとする」「娘や嫁にようしてもろうて幸せや」と嬉しいことを言ってくれます。
まだ、自制心があるから、幸せだと思います。

兄嫁のお母さんはその気持ちが昔はあったのに、ここ1,2年は我がままに振舞ってたようです。
「病気がそうさせてるから」と兄嫁を慰めていました。
Posted by:花ちゃん  at 2008年06月22日(日) 18:43

花ちゃん、お葬式お疲れさまでした。
人の逝き方はさまざま、全ての方がそうはなりませんよね。
何度か書きましたが、私の母は突然逝きましたが、やはり亡くなる前2〜3年に急に老け込み、愚痴も多くなりました。
でも、日記には、ひとさまへの感謝の言葉ばかりで溢れていました。今思うと、娘には甘えて、愚痴っていたのでしょう。
それでも、毎日TELしてくるような事もなく、我慢してたのかと思うと、少し不憫です。。。。
Posted by:リン  at 2008年06月22日(日) 16:54