昔、昔 今は合併を繰り返し昔の名前は一体どこへと言うくらい変わってしまった銀行に勤めていた。
学校を優秀な?
成績で卒業し、何も考えずその銀行に就職し、こんな仕事つまらんと保母(保育士)の資格を独学で取り、保母になってしまったから、結局2年3ヶ月しか勤めてないんだけど、その時仲良かった1年先輩と先日30数年ぶりに会った。
彼女は晩婚で子供を作ろうか迷っていると手紙をもらった時、私は子供が二人いて、夫の女遊びと借金で(子供がいなかったら、すぐにでもこんな家から出てやる)と思っていたので、彼女に子供のことで偉そうに助言できないとその手紙を無視してしまった。
その後は彼女も遠くへ行ってしまったので、年賀状だけの付き合いになり、何十年経った、去年の年賀状に私がアドレスを書いていたのでメールをくれるようになり、ぽつぽつだけど、メール交換するようになった。
聞くのははばかれたのだが、様子で子供がいてなくて、2つ年下の旦那さんと東京で二人住まい。
ジム通いと写真が趣味とか。ブログも勧めたけどなしのつぶて。
こちらからメール送ってもなかなか返って来ない。
「一度東京においで」とメールがあったので、「今年は仕事してるから無理、来年行く」と打って返した。
今年も六義園が近くにあるしと、お誘いのメールが来たので、すっかりその気になって、今年の5月に行こうと日にちを決めてお伺いを立てても返事がこない。何日か経ってから、「4月に実家に帰るから、その時会いましょう」とのメール。
当日彼女が泊まっている、心斎橋の日航ホテルのロビーで会う約束。
子供がいないし、毎日ジムで鍛えた体、さぞかし颯爽と現れるであろうと私も負けずとおしゃれして行った。
現れた彼女、足元はスニーカーで頭は染めているけれど、根元の白髪がくっきり見える。服もいまいちで、どこの田舎から出てきたの?という風采。
近くの店でお昼ご飯を食べながら、いろいろ聞く。
お父さんが軽度の痴呆でお母さんが看ていて、2ヶ月に1回は2泊3日で旦那さんと来て、お母さんのお手伝いをするそうだ。家が汚いので、夜はホテルに泊まっている。
茨城にいた頃、ご主人の転勤はないと家を3000万円で買ったのに、埼玉に転勤になり、その家を700万円で手放したこと、今は東京でジムに近いマンションを購入し、永住するつもりだと。
茨城は田舎でその時に自律神経失調症になって今も薬を飲んでいるという。「田舎はあかんよ〜」と大阪弁で言う。
それでなのだ、私の身近にもその病気のものがいるので、よく解る。
彼女の話を聞いていて東京行きは無理だな〜と思っていたら、「彼女いわく東京に来るならツアーのほうが安いよ」と。
「私もいろいろ予定が入って、東京行きは無理やな〜と思ってたんよ」と答えて、はかなく東京行きの夢は散ってしまった。
一度は破綻した私の結婚生活に比べて、おとなしいだんなさんと連れ添って幸せそうなと羨ましく思っていたけど、人の人生は解らない。み〜んないろんなことを抱えて生きているのだ。
「人に会うのは辛くない」と聞いたら、「それは全然平気」と言う返事なので、
も一人仲良かった人にも連絡し、6月には3人で会う約束をして別れた。
「人生いろいろ」という歌があったとおり、も一人の彼女もどんな人生を歩んできたのだろうと、会うのが楽しみだな〜と思いながら帰宅した私でした。
学校を優秀な?
成績で卒業し、何も考えずその銀行に就職し、こんな仕事つまらんと保母(保育士)の資格を独学で取り、保母になってしまったから、結局2年3ヶ月しか勤めてないんだけど、その時仲良かった1年先輩と先日30数年ぶりに会った。彼女は晩婚で子供を作ろうか迷っていると手紙をもらった時、私は子供が二人いて、夫の女遊びと借金で(子供がいなかったら、すぐにでもこんな家から出てやる)と思っていたので、彼女に子供のことで偉そうに助言できないとその手紙を無視してしまった。
その後は彼女も遠くへ行ってしまったので、年賀状だけの付き合いになり、何十年経った、去年の年賀状に私がアドレスを書いていたのでメールをくれるようになり、ぽつぽつだけど、メール交換するようになった。
聞くのははばかれたのだが、様子で子供がいてなくて、2つ年下の旦那さんと東京で二人住まい。
ジム通いと写真が趣味とか。ブログも勧めたけどなしのつぶて。
こちらからメール送ってもなかなか返って来ない。
「一度東京においで」とメールがあったので、「今年は仕事してるから無理、来年行く」と打って返した。
今年も六義園が近くにあるしと、お誘いのメールが来たので、すっかりその気になって、今年の5月に行こうと日にちを決めてお伺いを立てても返事がこない。何日か経ってから、「4月に実家に帰るから、その時会いましょう」とのメール。
当日彼女が泊まっている、心斎橋の日航ホテルのロビーで会う約束。
子供がいないし、毎日ジムで鍛えた体、さぞかし颯爽と現れるであろうと私も負けずとおしゃれして行った。
現れた彼女、足元はスニーカーで頭は染めているけれど、根元の白髪がくっきり見える。服もいまいちで、どこの田舎から出てきたの?という風采。
近くの店でお昼ご飯を食べながら、いろいろ聞く。
お父さんが軽度の痴呆でお母さんが看ていて、2ヶ月に1回は2泊3日で旦那さんと来て、お母さんのお手伝いをするそうだ。家が汚いので、夜はホテルに泊まっている。
茨城にいた頃、ご主人の転勤はないと家を3000万円で買ったのに、埼玉に転勤になり、その家を700万円で手放したこと、今は東京でジムに近いマンションを購入し、永住するつもりだと。
茨城は田舎でその時に自律神経失調症になって今も薬を飲んでいるという。「田舎はあかんよ〜」と大阪弁で言う。
それでなのだ、私の身近にもその病気のものがいるので、よく解る。
彼女の話を聞いていて東京行きは無理だな〜と思っていたら、「彼女いわく東京に来るならツアーのほうが安いよ」と。
「私もいろいろ予定が入って、東京行きは無理やな〜と思ってたんよ」と答えて、はかなく東京行きの夢は散ってしまった。
一度は破綻した私の結婚生活に比べて、おとなしいだんなさんと連れ添って幸せそうなと羨ましく思っていたけど、人の人生は解らない。み〜んないろんなことを抱えて生きているのだ。

「人に会うのは辛くない」と聞いたら、「それは全然平気」と言う返事なので、
も一人仲良かった人にも連絡し、6月には3人で会う約束をして別れた。
「人生いろいろ」という歌があったとおり、も一人の彼女もどんな人生を歩んできたのだろうと、会うのが楽しみだな〜と思いながら帰宅した私でした。
