27日の日曜日、私の住む町、大阪府松原市の市民ハイキングに行って来ました。
今回は神戸の芦屋川から芦屋港を散策、約12Kのみちのりです。
JR芦屋駅から芦屋川に沿って山の方へ登ると六甲山のほうへ行くのだが、今回は海のほうへと歩みます。
伊勢物語に出てくる、在原の業平の碑や業平橋を渡り、あたりが高級住宅街、洒落た家並みが続き、その一角に谷崎潤一郎記念館があります。
谷崎潤一郎は明治19年、東京日本橋人形町に生まれ、父の事業失敗により、家は没落したが、叔父の援助と本人の熱意とで、東大入学まではたすが、授業料未納で中退になり、放浪、無頼の生活を続けた。
明治44年「三田文学」11月号で、永井荷風が潤一郎の「誕生」「刺青」の作品を取り上げて、激賞し、これをきっかけに文壇に華々しくデビューする。
大正12年関東大震災にあい、やむなく関西へ単身避難し、後に妻子を呼び寄せ、芦屋のこの地に定住することになる。
初めの妻が千代、この千代と離婚後、丁未子と再婚するが、人妻だった松子と最後は結ばれるのである。千代は潤一郎の友人だった佐藤春夫と結婚する。
潤一郎は松子によって自己の文学の主調音を高らかに歌い上げ、そして代表作「細雪」へとつながっていく。
これらの説明を読み、三人の女性の顔写真もあって、人妻だった松子を情熱的に思い続け、最後は望みどおりにしていくエネルギーはすごいものだな〜と感心したのです。やはり、文豪と呼ばれるに等しい情熱家なのですね。
記念館を出て、人工造成地で、潮風大橋・浜風大橋南の陽光緑地、芦屋浜では、潮干狩りをしている人も見受けられ、浜風にのって、磯の香りもただよってくるのです。
今回も12キロのみちのりだけど、平坦な路ばかりで気温もそれほど高くなく、思ったより汗もかかないで、楽に歩くことができました。
29日には、我が家の恒例になった、浜寺公園でのバーベキュー、
息子親子三人、娘夫婦、娘婿の甥と姪、嫁の妹、私の大人6人と子ども3人です。
去年より参加者が減っていますが、もう手馴れた物で、テントを張るのも、炭を起こすのもさっさとでき、「お腹すいた〜」と言う子ども達の声を合図に食欲に突進、次々とたいらげ、食欲が満たされると、子ども達は次の目的、「ゴーカートに乗りに行こう」とせがみます。
子どもが遊ぶ場所がたくさんあって、子供連れがいっぱいです。
ここは昔は海水浴場で、南海浜寺駅を出ると、もう松林が見え、進んでいくと、海が見えたのですが、今は埋め立てられ綺麗な公園になっているのです。
明日はまた5歳の孫を弁天町の交通科学館に連れて行く約束、娘も甥に会いに泊まりにくる予定で、忙しくなります。
コメントいただいても、すぐに返礼のコメントできませんが、あしからず。
今回は神戸の芦屋川から芦屋港を散策、約12Kのみちのりです。
JR芦屋駅から芦屋川に沿って山の方へ登ると六甲山のほうへ行くのだが、今回は海のほうへと歩みます。
伊勢物語に出てくる、在原の業平の碑や業平橋を渡り、あたりが高級住宅街、洒落た家並みが続き、その一角に谷崎潤一郎記念館があります。
谷崎潤一郎は明治19年、東京日本橋人形町に生まれ、父の事業失敗により、家は没落したが、叔父の援助と本人の熱意とで、東大入学まではたすが、授業料未納で中退になり、放浪、無頼の生活を続けた。
明治44年「三田文学」11月号で、永井荷風が潤一郎の「誕生」「刺青」の作品を取り上げて、激賞し、これをきっかけに文壇に華々しくデビューする。
大正12年関東大震災にあい、やむなく関西へ単身避難し、後に妻子を呼び寄せ、芦屋のこの地に定住することになる。
初めの妻が千代、この千代と離婚後、丁未子と再婚するが、人妻だった松子と最後は結ばれるのである。千代は潤一郎の友人だった佐藤春夫と結婚する。
潤一郎は松子によって自己の文学の主調音を高らかに歌い上げ、そして代表作「細雪」へとつながっていく。
これらの説明を読み、三人の女性の顔写真もあって、人妻だった松子を情熱的に思い続け、最後は望みどおりにしていくエネルギーはすごいものだな〜と感心したのです。やはり、文豪と呼ばれるに等しい情熱家なのですね。
記念館を出て、人工造成地で、潮風大橋・浜風大橋南の陽光緑地、芦屋浜では、潮干狩りをしている人も見受けられ、浜風にのって、磯の香りもただよってくるのです。
今回も12キロのみちのりだけど、平坦な路ばかりで気温もそれほど高くなく、思ったより汗もかかないで、楽に歩くことができました。
29日には、我が家の恒例になった、浜寺公園でのバーベキュー、
息子親子三人、娘夫婦、娘婿の甥と姪、嫁の妹、私の大人6人と子ども3人です。
去年より参加者が減っていますが、もう手馴れた物で、テントを張るのも、炭を起こすのもさっさとでき、「お腹すいた〜」と言う子ども達の声を合図に食欲に突進、次々とたいらげ、食欲が満たされると、子ども達は次の目的、「ゴーカートに乗りに行こう」とせがみます。
子どもが遊ぶ場所がたくさんあって、子供連れがいっぱいです。
ここは昔は海水浴場で、南海浜寺駅を出ると、もう松林が見え、進んでいくと、海が見えたのですが、今は埋め立てられ綺麗な公園になっているのです。
明日はまた5歳の孫を弁天町の交通科学館に連れて行く約束、娘も甥に会いに泊まりにくる予定で、忙しくなります。
コメントいただいても、すぐに返礼のコメントできませんが、あしからず。



