シニア向けコミュニティ STAGE ステージ
50歳未満お断り! 紳士と淑女の知的コミュニティ (シニア向けコミュニティ STAGE ステージ) http://www.stage007.com

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ようこそお越し下さいました。「友、遠方より来る、楽しからずや」です。
幣ブログでは、”日々の移ろい”を、夢ブログでは、”昭和史”などを綴っています。
また、サークルでは、【都々逸の部屋】・【艶歌の部屋】で課外授業も行っています。
              宜しくお願い致します。


     ”たんと売れても売れない日でも  同じ機嫌の風車”
            

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時期はずれの七夕[2008年05月22日(木) ]
                  (×)               (○)
”やんちゃ坊主のバッテンとれて 今はまぁるい七十才”

今年も一晩泊りで「小学校クラス会」に参加した。
5年前に、“毎年の再会”をと誓ってから連続の開催となる。

で、集まったのは、
彦星ならぬ「彦爺」8名と、織姫こと「織婆」9名の17名の面々である。

卒業時には48名のクラスであったが、昨年も1名が鬼籍入りし、
現在の会員は39名となる。

70前後にして去年、一昨年と続けて友が亡くなり、
次は?・・・の想いが脳裏を横切る。

さて、我々が小学校に入学したのは昭和20年年の4月で、
神国・日本の敗戦が確定的となった頃である。

よって、教科書は近所の兄ちゃんから譲り受け、
学生帽に替え 防空頭巾をかぶり、
ランドセルの代わりに 雑のう紛いの袋を背負い、
上級生に引率されての集団登校である。

また授業では、
女先生の勘高い声の「サイタサイタサクラガサイタ」も、
「スイタスイタオナカガスイタ」にしか聞こえず、
情けない時代であった。

今から思うに、”なんじゃもんじゃ”↓の一年生也

(ヒトツバタゴ<モクセイ科>・・・別名:なんじゃもんじゃ)

宴席では、酒が進むにつれて○○君、△△ちゃんと話が弾み、

二次会では、
花摘む野辺に日は落ちて みんなで肩をくみながら〜
のカラオケ大会、

そして部屋の三次会では、
一部屋に車座になり、時間のたつのも忘れ語り明かした。

翌朝は、
県外組を生れ故郷の思い出の場所に皆で案内し、

昼食の反省会では、
来年も、お互いに元気で再開することを約してお開きとする。

Posted at 16:51 | 同窓会 | この記事のURL
コメント(10)

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コメント


MUSOUさま、  

今晩は! 何時もお世話になっています。

小学校入学時のこと、MUSOUさまも私の2年後とのことですので、まだ混乱期の真最中ですね。しかし、学校の方は国の教育体制の変革があったにもかかわらず、今から思うとあのドサクサ時に臨時休校があった記憶もなく、よくぞ継続できたものと感心しています。お話のように、その点は日本は凄い国なんですね。そのことからしても今日の日本の繁栄も頷けます。

で、MUSOUさまには、諸般の事情で小・中・高と転校をご経験されたとのこと、ご苦労なされたのですね。 苦労知らずに生れた土地で成人できた自分を喜ばねばなりませんな〜。土地と言えば申し遅れましたが、私は北陸は富山県の片田舎に在住しています。生れ落ちてこの方、“井のかわず大海を知らず”でこの歳になりました。

またよろしくで〜す。
Posted by:やうち  at 2008年05月23日(金) 22:03

そよ風さま

今晩は! ようこそお越し下さいました。
13年生れのこの寅も、そよ風さまのお姉さま達のように、日々元気溌剌と過しています。小学生の苦難な時代を体験させて貰ったお陰と、今は当時を懐かしくさえ思えるようになりました。

お若いそよ風様はこれからです。お姉さん達に負けずに頑張って下さい!

コメントを頂戴し有り難う御座いました。
これからもよろしくお願い致します。

Posted by:やうち  at 2008年05月23日(金) 21:13

小学、中学、高校とすべて転校したので、同窓会に出席したことがありません。
うらやましいです。
大変な年の入学でしたね。あれ程の状況のなかで、教育は微動もせず粛々と行われていたのですね。実際はどうだったのかははかりしれませんが、色々な事があったのでしょう。
日本はすごいと思います。私も2年後に入学でした。

やうち様の故郷はどちらなのですか、現在のお住まいもどちらか分かっておりません。

私は、宮城県の仙台がふるさとです。今は本家の親戚がいるだけですが。
もう行く機会もないかも知れません。
Posted by:MUSOU  at 2008年05月23日(金) 20:28


昭和12年2月生まれの姉がいます。
同い年の義姉がいます。
昭和13年生まれのカルチャーのクラスメイトがいます。

 みなさんものすご〜くお元気。溌剌としています。ほがらかです。
私、負けそうです。
Posted by:そよ風  at 2008年05月23日(金) 20:22

ちびまるさま、

今日は! 一年に一回、60年余り前の当時をを同級生と語らっています。
その頃は食糧・物資などの無い無い尽くしの日々でした。
非常事態のなか、小学校に通えたのも幸いに爆撃を免れたからで幸運でした。

同窓会は逆に毎回出ていると、欠かさず出たくなります。

早々のコメントどうも有り難う御座いました〜よろしくです。
Posted by:やうち  at 2008年05月23日(金) 13:10

毎年楽しみな同窓会ですね。
昭和20年が小学1年生とは、想像を越えた何もない時代だったでしょうね。
私は、同窓会に欠席ばかり。ずっと出ていないと、余計出づらくなりますね。
Posted by:ちびまる  at 2008年05月23日(金) 11:04

土筆さま、

今晩は! まだ老い込む歳ではありませんが、近年人懐かしく感ずる年代になりました。還暦はついこの間のように思っていたら、何時の間にやら
“あたふたと過ぎてその先古希の里”に、来てしまいました。

この先も同級会に参加したいと思っていますが、友達が欠けて行くのを聞くと何だか寂しくなります。

土筆さまも、この夏に還暦同窓会がおありとか、今から楽しみですね!

早々のコメントどうも有り難う御座いました〜よろしくです。
Posted by:やうち  at 2008年05月22日(木) 22:58

ルルさま、

我々が小学校に入学したこの時期は日本の運命を180度変えた年であり、子供心にも何か大変な事になったぞ!と感じていました。
今も、あの玉音放送を大人達が平伏し、涙して聞き入った光景が鮮明に浮かんできます。同級会でも入学時の大変なあの時代のことを皆で語らいました。

お話のように、各戦局でいろんな作戦が発せられ、最後は“特攻”と言う離れ業も空しく、あたら若人を死に追いやりました。

    ♪燃料片道 テンツルシャン 涙を積んで
         行くは琉球 死での旅 エエー死での旅〜
 (特攻隊節)

もう少し早く生れていると、このブログも書けなかっただろうな〜

こうしてお若いルル様達が、我々の年代の昔話に耳を傾けて戴けるなんて嬉しいですね。

早々のコメントどうも有り難う御座いました〜よろしくです。
Posted by:やうち  at 2008年05月22日(木) 22:30

人生七〇古来稀なり、古希の同級会は又格別には良いものでしょうね。
これから毎年のように一人又一人とあちらに旅立っていく、
自分がいつ旅立つか、そんなことも考えながらも同級生と会える喜び、
私たちの世代は今年が還暦、この夏皆で会うことになっていますが、
もうすでに何人か欠けています。
Posted by:土筆  at 2008年05月22日(木) 21:43

季節外れの七夕、素晴らしいですね〜!

まだ生まれていませんが、昭和20年4月と言えば…
アメリカ軍が沖繩に上陸し、本土の空襲の被害が増して来た頃ですね。
菊水一号〜四号作戦が発動され、悲しい特攻が増え、戦艦大和が沈没し……
その渦中の入学式、やうち兄ィの親御さんの思いは如何ばかりだったでしょう…。
やはり私達が、その思いを継承していかなければ!
その為にも、これからも、喜怒哀楽の貴重なご体験をお聞きしたいと思います。
…やんちゃ坊主さん達の同窓会を垣間見、
  そこに居ない我が身が、却って引き締まる思いをいたしました
Posted by:ルル  at 2008年05月22日(木) 17:57