シニア向けコミュニティ STAGE ステージ
50歳未満お断り! 紳士と淑女の知的コミュニティ (シニア向けコミュニティ STAGE ステージ) http://www.stage007.com

昭和史を紐解くー1(1年〜15年)

 | Main | 
プロフィール
<< 2008年08月 >>
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
リンク集
カテゴリアーカイブ
最新記事
ブログURL送信
「おそれ多くもかしこくも」[2006年03月30日(木) ]
後先になるが、昭和天皇の父帝である大正天皇について見ておく。

大正天皇は明治12年8月31日、東京の青山御所でお生れになっている。生母は典侍・柳原愛子で、所謂妾腹である。早速明宮嘉仁親王と命名されたが、生まれつきの病弱から、これが生涯付きまとうことになる。誕生の翌年には、中山忠敬の屋敷に里子に出され、8才の誕生日の時に正室の養子となる。明治天皇は昭憲皇太后との間に皇子女が得られず、側室出生の親王・内親王ら4人も、大正天皇の出生以前に相次いで亡くなっていたため、皇太子となったのである。この時、生母が柳原愛子と知った時には大きな衝撃を受けられたとある。

 明治22年・立太子の礼を挙げる、

 明治33年・嘉仁親王・九條節子と結婚
「病弱の皇太子に早めの結婚を」と願った周囲の声に後押しされてのものといわれている。ただ、寂しい幼少時代を過ごした親王にとっては非常にうれしい出来事だったらしく、幼少期以来優れなかった健康がこの時期回復していったそうである。この結婚の時に、日本各地で記念として桜が大量に植樹された。日本=桜という概念が生まれたのもこの時期であるといわれている。結婚後は明治天皇とは対照的に一夫一妻を貫き、子煩悩で家庭的な一面を見せたという。
その後の親王は日本各地を回り、気さくで、身分のわけ隔てなく万民に気軽に声をおかけになったたそうである。これは当時、万世一系を地でゆく明治天皇が、一般人の目の見えないところに「神」として君臨していたのとは好対照である。

 1912年、明治天皇が崩御し、皇太子嘉仁親王・皇位を継承、
しかし即位後は生来の病弱さと、思ったことをすぐ言動に出す性格から、「頼りない」「頭が弱い」という認識が、政界でささやかれていたようだ。このため、後々にも世上に「影の薄い天皇」として一般に認識されることになったのである。それは大正6年頃から、公務や心労などが重なって再び健康状態を悪化さてたことによる。そのため公務を休むことが多くなり、大正8年には皇太子・裕仁親王が摂政に就任されている。よってますます影が薄くなっていったのである。

 1926年12月25日午前1時25分、大正天皇・葉山御用邸で崩御
長く会えなかった実母の手を握ったまま、享年48歳の若さでお隠れになってる。

Posted at 18:31 | この記事のURL
コメント(6)

この記事のURL

http://salon.stage007.com/header1007905/dream/1019994/archive/10353/0

コメントする

名前:
Email:
URL:
クッキーに保存
小文字 太字 斜体 下線 取り消し線 左寄せ 中央揃え 右寄せ テキストカラー リンク

コメント


皆様、お越しいただきありがとう御座います。☆ルルさま、お写真を拝見すると、さすが雲上の品格が備わって見えます。☆宵の明星さま、拙文にお褒めいただき恐縮です。最後に実母に看取られてのお旅立ちだったとのことでホットしました。☆hotokeさま、 そうなんです。やはり先の大戦の事を知る年代までは何となく納得もあるんですが、戦争を体験されていない方々には、疑問符がつきますね。☆funya1banさま、 大正期は、日清・日露の両大戦で国力を消耗してしまい、ひと時の癒しの時代であったと思っています。明治維新以来、文明開化の音がして、富国強兵、そして往清歌を唄って大国・清国を破り、その10年後には更に「♪一列談判破裂して 日露戦争はじまった〜」で、ロシヤと戦いました。ここから日本の悪夢が始まるのですが、その後の僅か15年を「大正デモクラシー」の時代と位置付けています。m さま、そうでしたね。こうしてその時を振り返ると、分っていたことでも改めて実感するものですね。
Posted by:やうち  at 2006年03月31日(金) 11:29

 大正天皇はあまりに影が薄くて そんなに若く亡くなっていた事すら知りませんでした。
Posted by:  at 2006年03月31日(金) 01:08

いいですねえ、こういう事柄を 淡々と書き綴られて読み手も さらさらと読めて、、、書かれている人への愛情が感じられていいです明治と昭和の間にある、短い平和?な大正時代の天皇について知りえてよかったですもっと云えば、最初から見つけて幸運でした!6月末と云わず、続けて戴きたいです
Posted by:funya1ban  at 2006年03月30日(木) 21:23

歴史は大事でありますね。 しかし、おそれ多くもかしこくも、に少々ひっかかる昭和生まれであります。
Posted by:hotoke  at 2006年03月30日(木) 21:22

心臓麻痺でも即死ではなかったのですね。大変興味深いブログ ありがとうございます。
Posted by:宵の明星  at 2006年03月30日(木) 20:35

大正天皇の事は、本当に影が薄く、あまり知られていませんね。私も、失礼ながら…頭が弱い、書類を丸めてチャンバラをした、等と聞いていました。繊細でお優しい方だったのですね…。
Posted by:ルル  at 2006年03月30日(木) 19:08