♪なぜか忘れぬ 人故に
涙かくして 踊る夜は
濡れし瞳に すすり泣く
リラの花さえ なつかしや〜
(緑の地平線・楠木繁夫 歌) p> span> span> font>
【背 景】 span> strong>
この年は、憲法学者美濃部達吉の「天皇機関説」が貴族院で問題化している。 span> font>
>えぇ〜、中学校の社会科で習ったあの美濃部達吉が“天皇陛下に機関銃“を向けたって?・・・ span>。 span>
いやいやそうではない。天皇の王道的統治の解釈論争である。 span> font>
「天皇機関説」 strong> font>とは、大日本帝国憲法下で確立された憲法学説である。 strong>
即ち、「統治権(主権)は国家にあり、天皇はその最高機関として統治権を行使する」 span> font>とするものである。しかるにここにきて軍部のファシズムの跳梁とともに排撃されはじまったのである。
二月の貴族院本会議において菊地武夫(陸軍中将)らは“憲法上統治の主体が天皇になくて国家にある”と公言することは「緩慢なる謀反であり、明らかなる反逆になる」として、美濃部を「学匪」だと非難を強め、美濃部は四月に不敬罪で告訴されている。この論争はその後も軍部・議会・・各層に波紋が広がり、八月には政府が国体明微を声明 font>するに至る。
一方、告訴された美濃部達吉は貴族院議員の辞職を迫られるも、自分の主義・主張を最後まで曲げず、九月の起訴猶予を確認して貴族院を退いている。
軍部・右翼勢力によっておこされた美濃部達吉の憲法学説排撃事件は明治憲法の立憲的解釈としての天皇機関説おも否定し、あまつさえ国体明微を唱えて、ファシズムの思想的確立を図って“思想・学問の自由”の圧迫弾圧の時代へと進むのである。 span>
こんなご時勢に、何故か今も残るナツメロの数々が生まれた年でもある font>。 span> span>
【出来事】 span> strong>
2月 美濃部達吉の「天皇機関説」貴族院で問題化(4月に不敬罪で告訴される)
3月 東京〜ベルリン間及び、東京〜ロンドン間に無線電話開設
4月 満州国皇帝来日(ラストエンペラー溥儀)
6月 「ラジオ東京」短波による国際放送開始なる
8月 相澤事件(永田軍務局長暗殺・・皇道派VS統制派)
政府国体明微を声明(天皇機関説を刈除く声明)
中国共産党・抗日救国宣言
9月 第4艦隊事件(演習中、三陸沖で大型台風に遭遇、艦隊損傷・56名が殉職)
芥川賞・直木賞設立される
11月 日本ペンクラブ発足・初代会長に島崎藤村
12月 大本教不敬事件(国家神道と競合する全ての自主的宗教活動の抑制)
職業野球に大阪野球クラブ(タイガース)が加入 span>
【歌・映画】 span> strong>
<歌>
「旅笠道中」 ♪夜が冷たい 心が寒い〜 (東海林太郎)
「無情の雨」 ♪あきらめましょうと 別れてみたが〜(児玉好雄)
「大江戸出生小唄」 ♪土手の柳は風まかせ〜(高田浩吉)
「二人は若い」 ♪あなたと呼べは あなたと答える〜 (デック・ミネ:星玲子)
「野崎小唄」 ♪野崎参りは 屋形舟で参ろう〜(東海林太郎)
「明治一代女」 ♪浮いた浮いたと 浜町河岸に〜 (新橋喜代三)
「雨に咲く花」 ♪およばぬことと 諦めました〜 (関種子)
「緑の地平線」 ♪なぜか忘れぬ 人故に〜 (楠木繁夫) など。
☆本当に何故か?である。この年から紀元2600年まで、今も残る名曲の数々が生まれている。そしてそれらの名曲は、今もよく唄う小生の十八番の曲ばかり・・・。皆様もお好きな歌をリクエストして下さ〜い。
<映画>
「明治一代女」・「緑の地平線」・「雪之丞変化」 など
独断と偏見で綴る昭和十年である。
