リニューアルなどで暫く頓挫していたが、今日より久しぶりに「昭和史を紐解く-3」を再開する。
この章では、昭和16年から、終戦の20年までを検証する事としているが、現在、取っ掛かりの16年で止まっている。
早速、昭和17年を検証する。
【背 景】
昨年12月の開戦以来、旧日本軍は数ヶ月で、フィリピンの首都マニラを占領し、スマトラのバレンバンには落下傘部隊を降下させて油田地帯を確保している。
その様子を唄ったのが冒頭の歌(空の神兵)である。
勢いづいた旧日本軍は、その後も進撃を続け、ジャワ・ビルマ・ニューギニア、更には赤道を越えたラバウルまで占領地を広げ、東南アジアと西部太平洋の要地をおさえて第一ラウンドを終えている。
しかしこの時点では、緒戦の大勝利に酔った政府と大本営は、戦争を終結させることなどコロリと忘れ、このあとも、陸軍は対ソ戦を視野に、そして海軍はミッドウェー・ハワイの攻略を目論み、陸・海統一作戦の見通しのないまま時を過ごすこととなる。
そんななか、米軍が4月18日に突如日本本土に初空襲を仕掛け、軍部の度肝を抜くことになる。
この攻撃による物的損害は大したものではなかったそうだが、それにもましてショックだったのは、天皇のいる皇居の上空に敵機が飛来したことである。
この事実は軍の威信にかかることであり、ここに世紀の一戦とされる「ミッドウェー海戦」へと引き出されるも、この戦局で大敗北を喫した旧日本軍は、それ以降の戦いでは、ジリ貧へと追い込まれる事になるのである。
【出来事】
1月 ・日独伊新軍事協定締結 ・マニラ占領
4月 ・シンガポール占領 ・本土初空襲(東京・名古屋・神戸など)
5月 ・翼賛政治会結成
6月 ・ミッドウェー海戦(6/5〜7)
7月 ・開門トンネル開業(貨物列車に限り運転、11/15には旅客営業開始)
8月 ・米軍・ガタルカナル島に上陸
【世 相】
開戦2年目のこの年は、諸物資の不足が進み、国民生活を直撃する事になる。
日常必需品である衣類は「衣料切符制」となり、都市では一人100点となる。因みに、背広1着50点・ワイシャツ1着12点・靴下12点などなどである。
更に、鉄鋼類の不足から「金属回収令」なるものが発動され、仏具・梵鐘などの強制供出が始まったのもこの年からである。この話は幼心に祖父母からよく聞かされ、今も覚えている。
これらのことに対する国民の不満を察してか、いや、徹底させる為に、大政翼賛会が「大東亜戦争1周年・国民決意の標語」と銘うって時局標語を公募し、以下を入選作としている。
○「欲しがりません勝つまでは」○「足らぬ足らぬ工夫が足らぬ」○「さあ二年目も勝ち抜くぞ」
当時を経験していない方々には 笑い話みたいな事実であり、滑稽に思えることだろう。
【歌・映画】
<歌>
「新 雪」 ♪紫けむる新雪の 峰ふり仰ぐこのこころ・・・(灰田勝彦・唄)
「南の花嫁さん」 ♪ねむの並木をお馬のせなに ゆらゆらゆらと・・・(高峰三枝子・唄)
「空の神兵」 ♪藍より蒼き大空に 大空に たちまち開く 百千の・・・(四家・鳴海・唄)
<映画> 「新雪」「母子草」「父ありき」「ハワイ・マレー沖海戦」
などなど・・・。
独断と偏見で綴る昭和17年である。 (つづく)
この章では、昭和16年から、終戦の20年までを検証する事としているが、現在、取っ掛かりの16年で止まっている。
早速、昭和17年を検証する。
♪藍より蒼き 大空に 大空に
たちまち開く 百千の
真白き薔薇の花模様
見よ落下傘 空に降り
見よ落下傘 空を往く 見よ落下傘 空を往く〜
(空の神兵)
たちまち開く 百千の
真白き薔薇の花模様
見よ落下傘 空に降り
見よ落下傘 空を往く 見よ落下傘 空を往く〜
(空の神兵)
【背 景】
昨年12月の開戦以来、旧日本軍は数ヶ月で、フィリピンの首都マニラを占領し、スマトラのバレンバンには落下傘部隊を降下させて油田地帯を確保している。
その様子を唄ったのが冒頭の歌(空の神兵)である。
勢いづいた旧日本軍は、その後も進撃を続け、ジャワ・ビルマ・ニューギニア、更には赤道を越えたラバウルまで占領地を広げ、東南アジアと西部太平洋の要地をおさえて第一ラウンドを終えている。
しかしこの時点では、緒戦の大勝利に酔った政府と大本営は、戦争を終結させることなどコロリと忘れ、このあとも、陸軍は対ソ戦を視野に、そして海軍はミッドウェー・ハワイの攻略を目論み、陸・海統一作戦の見通しのないまま時を過ごすこととなる。
そんななか、米軍が4月18日に突如日本本土に初空襲を仕掛け、軍部の度肝を抜くことになる。
この攻撃による物的損害は大したものではなかったそうだが、それにもましてショックだったのは、天皇のいる皇居の上空に敵機が飛来したことである。
この事実は軍の威信にかかることであり、ここに世紀の一戦とされる「ミッドウェー海戦」へと引き出されるも、この戦局で大敗北を喫した旧日本軍は、それ以降の戦いでは、ジリ貧へと追い込まれる事になるのである。
【出来事】
1月 ・日独伊新軍事協定締結 ・マニラ占領
4月 ・シンガポール占領 ・本土初空襲(東京・名古屋・神戸など)
5月 ・翼賛政治会結成
6月 ・ミッドウェー海戦(6/5〜7)
7月 ・開門トンネル開業(貨物列車に限り運転、11/15には旅客営業開始)
8月 ・米軍・ガタルカナル島に上陸
【世 相】
開戦2年目のこの年は、諸物資の不足が進み、国民生活を直撃する事になる。
日常必需品である衣類は「衣料切符制」となり、都市では一人100点となる。因みに、背広1着50点・ワイシャツ1着12点・靴下12点などなどである。
更に、鉄鋼類の不足から「金属回収令」なるものが発動され、仏具・梵鐘などの強制供出が始まったのもこの年からである。この話は幼心に祖父母からよく聞かされ、今も覚えている。
これらのことに対する国民の不満を察してか、いや、徹底させる為に、大政翼賛会が「大東亜戦争1周年・国民決意の標語」と銘うって時局標語を公募し、以下を入選作としている。
○「欲しがりません勝つまでは」○「足らぬ足らぬ工夫が足らぬ」○「さあ二年目も勝ち抜くぞ」
当時を経験していない方々には 笑い話みたいな事実であり、滑稽に思えることだろう。
【歌・映画】
<歌>
「新 雪」 ♪紫けむる新雪の 峰ふり仰ぐこのこころ・・・(灰田勝彦・唄)
「南の花嫁さん」 ♪ねむの並木をお馬のせなに ゆらゆらゆらと・・・(高峰三枝子・唄)
「空の神兵」 ♪藍より蒼き大空に 大空に たちまち開く 百千の・・・(四家・鳴海・唄)
<映画> 「新雪」「母子草」「父ありき」「ハワイ・マレー沖海戦」
などなど・・・。
独断と偏見で綴る昭和17年である。 (つづく)

軍歌・戦時歌謡にも、素晴らしい歌詞のものが沢山あります。