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昭和史を紐解くー3(16年〜20年)

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昭和史を紐解くー3(S18年)[2007年02月25日(日) ]
♪見よ少量の皿あけて まだ食い足りぬ芋の粥
哀れな子らにハラハラと 涙は落ちる親同士
おお欠乏の朝ご飯 そびゆる富士の姿ほど
米・味噌積んでゆるぎなき わが日本に早くなれ〜

(替え歌・愛国行進曲より)

【背 景】

前年6月のミッドウェー海戦を転機に日米の勢力は逆転し、アメリカ軍の反抗は日ごとに強まり、ガタルカナルを中心とするソロモン海が主戦場となる。

ガタルカナル島には、日本海軍陸戦隊230名と飛行場建設人夫2000名がいて飛行場の建設にあたっていたが、ガ島の戦略的価値を高くみたアメリカ軍の奇襲上陸により、設営隊はジャングルに追いやられ、救援のかの一木支隊・川口支隊も全滅し、この年の二月に、大本営も敗北を認め撤退している。

しかし、大本営は国民向けには「転進」と発表し、その後の大本営発表はマユツバものとなる。

そんななか、四月に山本五十六連合艦隊司令長官がソロモン群島で作戦中に、ガ島から発進した米軍機により撃墜され戦死している。

そして五月には、大本営より「アッツ島玉砕」の発表があり、国民は「全滅」ではなく,「玉砕」の道を歩んだ2千数百名の守備隊を“武士道の鑑”と賛美している。ここから玉砕が相次ぐことになろうとは、国民の思いもよらぬ戦局となるのである。

また、“足らぬ足らぬ”は戦闘機や工夫だけではなく、日中戦争以来の戦闘で軍隊に於ける下級指揮官の大量不足となって、その不足を補う為に「学徒動員」が緊急勅令が公布され、従来の大学・専門学校生の徴兵が満26歳まで猶予されていたのが、理科系を除く法文科系学生の徴兵猶予が取り消しとなっている。

よって10月21日には、秋雨の降る神宮外苑で戦場に赴く学徒兵の壮行会が行われたのもこの年である。

【出来事】

  2月  ガタルカナル島撤退開始
  5月  アッツ島日本守備軍全滅
  6月  学徒動員計画発表
 11月  大東亜会議開催
 12月  第一回出陣学徒入営となる ・徴兵年齢一年引き下げ(十九歳)

【世 相】

日本は物資の無いままこの戦争をはじめたのだから「国民総力戦」であることは誰の目にも明らかである。

その影響はもろに国民の消費生活にはね返って表題のごとく、「替え歌・愛国行進曲」が歌われている。

また、蓄・米英語はご法度となり、「サンデー毎日」→「週刊毎日」、「キング」→「富士」、「オール読物」→「文芸読物」の如くになる。

そして、ご婦人の服装についても大日本婦人会が長袖の女性に“決戦です!すぐお袖を切って下さい!”と、カードを渡す「長袖追放街頭運動」なるものを展開している。

一番庶民を苦しめたのは「米の買出し厳罰令」である。違反は”10年以下の懲役または5万円以下の罰金”となる。因みに米1升の公定価格が50銭でヤミ米が3円くらいの頃である。

さらに可愛そうなのは動物園の猛獣達である。空襲に備え「薬殺、餓死」となったからである。

【歌・映画】

<歌>  
「同期の桜」 ♪貴様と俺とは同期の桜 同じ航空隊の庭に咲く・・・(歌手多数) 
「若鷲の歌」 ♪若い血潮の予科練の 七つボタンは桜に錨・・・(霧島・波平・唄) 
「加藤隼戦闘隊」 ♪エンジンの音轟々と 隼は往く雲の果て・・・・(灰田勝彦・唄) 
「勘太郎月夜唄」 ♪影か柳か勘太郎さんか 伊那は七谷糸ひく・・・(小畑・藤原・唄)

<映画>   「無法松の一生」「伊那の勘太郎」「マライの虎」

などなど・・・。

独断と偏見で綴る昭和18年である。

つづく

Posted at 17:23 | 昭和史ー3 | この記事のURL
コメント(6)

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コメント


MUSOUさま、  

ようこそのお越しを!
>入学式で君が代演奏を拒否・・・
最高裁の判決を待つまでもなく 日本国民である以上、国歌の斉唱・国旗の掲揚は当たり前のことと思うのですが、これが当たり前でないとの考えの人達がいるんですね。我々の年代では理解に苦しむご時勢なんですね。
オリンピックでは、外国選手は堂々と自国の国歌を唄い・国旗掲揚を頭右で敬意を表していますが、恩師と仰がれるかのご仁達は この光景も拒否なさるのでしょうかね?・・・あぁ〜わからない〜わからない〜 です。

コメント有難う御座いました。
Posted by:やうち  at 2007年02月28日(水) 18:02

mさま、

ようこそのお越しを!
戦時下のこととて この年も戦局に纏わる話題ばかりです。そんな中、>灰田勝彦のお話がでてこの場も少し明るくなりました。
で、お持ちの歌集の数々にあるとおり、これらは当時のヒット曲ばかりです。彼の歌唱は甘くて切なく唄う戦時下の売れっ子歌手だったんですね。ハワイのホノルル生まれの彼は、母校の立教大学にS17の大ヒット曲「鈴懸の径」の歌碑を晩年に建立して貰ったそうですが、その除幕をみずして他界したそうです。  合掌

コメント有難う御座いました。
Posted by:やうち  at 2007年02月28日(水) 16:32

昨日、入学式で君が代演奏を拒否した人に対して、戒告処分が妥当との判決がでました。
私は当然と思いますが、新聞によっては行政の行き過ぎに歯止めが掛からないと懸念する主旨の社説もありました。
ガダルカダル島だけでも19200人が戦死(餓死、病死を含む)したといわれています。

日本国のために、戦死した人々は、国歌も演奏する事を拒否する日本人と称する人間が出てくるなど想像も出来なかったとおもいます。
Posted by:MUSOU  at 2007年02月28日(水) 13:46

このお話を読ませて頂いていて、灰田勝彦の名前を見て、急に 家に古い歌集が残っていたことを思い出しました。
さっき 見つかったのですが、もうボロボロでした。
ご紹介できればいいのですが。
関係ないお話ですみません。続きも楽しみにしています。
Posted by:  at 2007年02月28日(水) 00:25

ルルさま、

何時もご贔屓に預かり有難う御座います。
この時代のことは幼心に残る一時期の出来事とはいえ、
こうして当時を知ると、改めて苦難な時代であったことを想い起させます。

>愛国行進曲・・・元歌を届けて頂き嬉しいですね!
この歌は、昭和13年に発表された軍のお気に入りの名曲だそうですが、その5年後に今度は庶民により替え歌で流行するとは、皮肉なものです。
仰せのように、軍歌はその人の受け止め方によりけりですので今の時代には馴染みませんが、軍歌のなかには、戦争を鼓舞するものばかりではなく、組織を離れて人間性を歌った真の歌もありますので、これらは言葉として残してゆきたいものと愚考するものです。

コメントおおきに!〜です。

Posted by:やうち  at 2007年02月26日(月) 14:58

元歌が分りませんので検索してみました。聞いた事のあるメロディですね。
愛国行進曲クリックして歌って下さい
それにしても・・・希望は躍る大八洲(おおやしま)…とか、
          御稜威(みいつ)に副(そ)わん大使命
          往(ゆ)け八紘(はっこう)を宇(いえ)となし

なんて、私達でさえ怪しいのに…今の子に意味が分るのでしょうか ?
軍歌は其々のお考えがありますので、肯定も否定もしませんが、
言葉としての文化は残したいですね。
同期の桜、若鷲の歌、老人ホームボラの時に、皆様が元気に歌われます。

雨の神宮外苑や『聞けわだつみの声』、『かわいそうなぞう』、
等など…いつ読んでも涙しますね…
Posted by:ルル  at 2007年02月25日(日) 21:49