♪かわいい魚雷と いっしょに積んだ
青いバナナも 黄色くうれた
男所帯は 気ままなものよ
ひげも生えます ひげも生えます 不精ひげ〜
(轟 沈)
青いバナナも 黄色くうれた
男所帯は 気ままなものよ
ひげも生えます ひげも生えます 不精ひげ〜
(轟 沈)
【出来事】
1月 大都市に疎開命令(東京・名古屋で空襲に備え建物強制取り壊し決定)
2月 決戦非常措置要綱決定
5月 国民総決起運動中央総会開催
6月 マリアナ沖海戦
B29中国基地から北九州を攻撃(日本本土初空襲)
7月 サイパン島の日本軍玉砕
東条内閣総辞職→小磯・米内内閣成立
8月 学徒勤労令・女子艇身隊勤労令公布
グァム島の日本軍玉砕
10月 満18歳以上を兵籍に編入
レイテ沖海戦
11月 米爆撃機B29による東京初空襲
【時 局】
この年1月、大本営はビルマにいた第15軍に「国境越えしてインドのインパールを占領せよ」との指示を出している。目的は、インドから蒋介石救助のルートを断つものである。しかし、結果は食糧・弾薬とも不足のなかの強行行軍であり、7月に至り73,000人の死傷者をだす「自滅戦」で終っている。
開戦当初の中国大陸からは、
♪春まだ浅き戦線の 古城に香る梅の花
せめて一輪母上に 便りに秘めて 送ろじゃないか〜
せめて一輪母上に 便りに秘めて 送ろじゃないか〜
と、軍事郵便が届いたのに この年の6月に入り、白梅の代わりにグラマンが本土初空襲を行うに至る。
一方海上では マリアナ沖海戦に敗北してからサイパンが陥落し、陸海あわせて31,000余のほとんどが玉砕している。なかでも哀れなのは 一般市民25,000名のうち4,000名があのマッピ山から身を投げて死んだことである。
こうなっては東条内閣も遂に総辞職に追い込まれ、東条の独裁体制は崩れたのである。しかし、後任の小磯・米内連立内閣もなんら方針も持たず、 戦争完遂を叫ぶばかりでこの期の対応になっていない。
その後の戦況ではグァム島の玉砕、そしてレイテ沖海戦での敗北と 各地の日本軍は次第に戦力を失っていったのである。(※数字は資料によりバラツキ有り)
【世 相】
街中は「進め一億火の玉だ」の標語があちこちに目に付く。
隣保班では 竹槍訓練が始まり、学校では 学童集団疎開が開始された年である。
で、竹槍のことであるが、「竹槍では間に合わぬ」と書いた毎日新聞の記者が東条首相の逆鱗にふれ 懲罰招集に発展している。誰が見ても“竹槍では敵機は落とせず”、当たり前のことを言った者が罰せられたご時勢である。
一方巷では、一人一杯20銭の雑炊食堂が大人気となる。但し店によっては汁ばかりなので、丼に箸を立てて倒れなければ合格と定めている。
また、酒は配給制となり一所帯月2合(2級酒1升8円)だったそうだ。
そのうち中学生以上の学徒全員動員が発せられ、14〜25歳の女性を女子艇身隊として軍需工場などに動員することになる。
そして11月24日には、70〜110余機のB29による東京初空襲が行われている。
ここにきて いよいよ「神風特別攻撃隊」の出番となるのである。
♪燃料片道 テンツルシャン
涙で積んで
行くは琉球 死出のたび
エーエ 死出のたび〜
(特攻隊節)
【歌・映画】
<歌>
「月夜船」 ♪おおい そこゆく のぼり船 今夜は月夜だ・・・(波平暁男・唄)
「轟 沈」 ♪かわいい魚雷と いっしょに積んだ 青いバナナ・・(楠木繁夫・唄)
「ああ紅の血は燃ゆる」♪花もつぼみの若桜 五尺の生命ひっさ・・・(酒井・安西・唄)
「突撃ラッパ鳴り渡る」♪勝って逢おうと 誓って往った 友の・・(楠木・三原・唄)
「いさおを胸に」♪いろはのいの字は 命のいの字 誰も忘れぬ・・(楠木・松原・唄)
「特幹の歌」♪翼輝く 日の丸に 燃える闘魂 目にも見よ・・・(藤原義江・唄)
<映画> 「三尺左吾平」「加藤隼戦闘隊」「小太刀を使う女」
などなど・・・。
独断と偏見で綴る昭和19年である。
つづく

この時期のことは分かり辛い事ばかりです。
たまたま 軍歌・戦時歌謡が好きでして カラオケのジャンルにしています。
また覗いて下さい。
コメント有難う御座いました。