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リニューアル記念「太平洋戦争史」

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戦況−4(昭和19年)[2007年07月25日(水) ]
♪空に飛び行く 翼に祈り  沖をすぎ行く 煙に誓う
国を挙げての この戦に  湧いて来る来る 撃ちてし止まん
我等はみんな 力の限り  勝利の日まで 勝利の日まで〜


(勝利の日まで)


この歌にある“撃ちてし止まん”は、
神武天皇が八十建(やそたける)を誅滅した時に久米部の武人に歌わせた
一節にある。

昨年2月のガタルカナル撤退以降は、ラジオで”必勝の歌”が
多く流れるようになる。

歌の各節の末尾は、どれもが「撃たでやまじの血がをどる
で結ばれる歌である。 即ち、

我々は、この天皇の大御歌にならい、米英を“うちてし止まむ”
と叫ばねばならない
」と説き、

標題の歌をもって必勝の想いを鼓舞する狙いではあったが、
はたして戦況は・・・


早速【昭和19年(1944)】の主な戦況をたどる。

【戦 況】

 2/1  「アメリカ軍、クェゼリン・ルオット両島(マーシャル群島)に上陸」
                 (2/6・日本軍玉砕)
  /17 「アメリカ機動部隊、トラック島大空襲」
  /29 「アメリカ軍、ロスネグルス島に上陸、ラバウル孤立」

 3/8  「インパール作戦開始」
  /31 「アメリカ機動部隊、パラオに来襲」

 6/15 「アメリカ軍、サイパン島に上陸」
  /16 「B29中国基地から北九州を空襲」
         (B29による本土空襲の最初)
  /19 「マリアナ沖海戦」
         (米軍は対空射撃やレーダーによって日本軍を圧倒)
       「アメリカ軍マリアナ諸島に上陸」
         (日本の完敗。以降、B29による本土空襲の出撃基地となる) 
 7/4  「大本営、インパール作戦を中止」
  /7  「サイパン島陥落(死者、軍=3万・住民=1万)」
       (島の北端へ後退していた日本守備隊は、最後の万歳突撃をして玉砕)       
         (共に後退していた非戦闘員達の多くは兵士と共に死を選んだ)
  /21 「アメリカ軍、グアムの上陸」8/10・日本軍玉砕
  /24 「アメリカ軍、テニアン島に上陸」8/3・日本軍玉砕

 9/10 「拉孟(雲南)日本軍守備隊・玉砕」
  /15 「アメリカ軍、ペリリュー島に上陸」

10/10 「アメリカ機動部隊・沖縄空襲」
  /20 「アメリカ軍、レイテ島に上陸」
  /24 「レイテ島沖海戦」
       (フィリピンのレイテ島沖で、日本の連合艦隊と米太平洋艦隊が戦闘開始) 
  /25 「神風特別攻撃隊、アメリカ艦に突入」
        神風特別攻撃隊の敷島隊が、レイテ沖海戦に出撃。
          米空母に体当たりし、一隻撃沈、一隻大破させる。
          以降、終戦までに290回出撃し、2,500人以上の犠牲者を出す。


11/1  「マリアナ基地のB29、東京初偵察」
  /24 「B29七十機、東京初空襲」

12/9  「大本営、レイテ地上決戦の方針を放棄


【関 連】・・・「戦時下の国内の様子」

  3/1  決戦非常要綱により、歌舞伎座など閉鎖
    4   宝塚歌劇、この日限り休場
    5   警視庁、高級料理店・バー・待合などを閉鎖
    6   全国の夕刊廃止

   4/1  国鉄、一等車・寝台車・食堂車全廃
       (旅行には統制官の承認が必要となる)    
    7  大都市の国民学校で給食開始

   5/7  那須戦時疎開学園開園

   7/18 東条内閣総辞職 → 7/22 小磯・米内内閣成立

   8/4  東京の国民学校児童、集団疎開開始
    22  沖縄からの疎開船・対馬丸撃沈される


昭和19年はこうして戦っている。
(つづく)

Posted at 20:24 | 太平洋戦争史 | この記事のURL
コメント(6)

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コメント


マリーさま、

当時を生きられた方々のご苦労のお蔭で今日があることを忘れてはなりません。ましてや祖国の為に戦地で犠牲になられた多くの御霊、そして戦争を体験された方々についても、仰せのように敬愛の念をもって接したいものです。

コメント有難う御座いました。
Posted by:やうち  at 2007年07月28日(土) 16:31

きっちょむさま、

お父上も出征されていたのですね。
それも生存率3割の激戦地でよくぞ頑張られましたね。
当時は赤紙一枚でその人の人生を左右する惨い時代でした。
二度と戦争は起してはなりません。

コメント有難う御座いました。
Posted by:やうち  at 2007年07月28日(土) 16:06

太平洋戦争の映画をみたりすると 戦争体験したかたがたに
もう少し敬意を表しても良いのではないかとおもうことがあります。
また 暑い八月ですね。
Posted by:マリー  at 2007年07月28日(土) 11:20

19年6月、父は招集されました。
21年6月、父は帰ってきました。
父にとっては2年間の戦争でした。
戦友の7割が亡くなったそうです。
22年に結婚、24年に私が生まれました。
Posted by:きっちょむ  at 2007年07月28日(土) 08:19

子鹿 さま、

何時も有難う御座います。
あれから既に60余年が過ぎました。
平和な今日は、当時ご苦労された幾多の人々の尊い命と引換えにお借りしているものです。
この先は、今を生きる我々が、自分の手でこの平和を永遠のものにしなけねばなりません。世情では憲法9条問題が取りざたされています。
あの悪しき時代を想いおこし、努々当時に逆戻りをさせてはなりません。
Posted by:やうち  at 2007年07月26日(木) 12:26

同期の桜、麦と兵隊、海ゆかば・・・など、その頃の戦歌が
浮かんできます。
戦争で、生き残った方々も、今は80歳を越えておられます。
また、8月が来ます・・今も世界で愚かな戦が終わりません。
教育も宗教も、何のためなのか・・儚さに震えます。
Posted by:子鹿  at 2007年07月26日(木) 00:49