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リニューアル記念「太平洋戦争史」

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戦い済んで日が暮れて〜[2007年08月14日(火) ]
太平洋戦争は今から62年前の今日、即ち、昭和二十年八月十四日、日本は連合国に「ポツダム宣言」の受託を通知し、日本の無条件降伏でその幕を閉じている。

振り返れば、昭和16年12月の開戦から3年9ヶ月、昭和12年の日中戦争から数えれば9年、さらに昭和6年の満州事変まで遡ると実に15年に及ぶ長い戦争が日本の大敗北でようやく終っている。ここに、“日出る国・日本帝国”は崩壊したのである。


では、「日本敗北の要因」は何であったのだろうか?・・・

第一にその戦争計画の無謀極まる失策にあるように思う。日中戦争の泥沼に踏み込んだまま、貧弱な経済力を無視して、我が身の丈の十倍以上の経済力を有する強大国家との長期に及ぶ対決を余儀なくされたことである。

具体的には、潜水艦や飛行機による海上交通の封鎖で日本商船は壊滅し、日米両国の戦争能力の不均等を拡大させ、やがては日本経済を破綻に追い込んだ。他方、封鎖と並行する連合国の軍事作戦の圧力は、日本の陸海空戦力を次第に消耗と崩壊の一途をたどらせるに至ったのである。

専門書によると、「戦争の帰結は本土爆撃以前(昭和19年末)に、既に太平洋上または外郭防衛線上の決定されつつあった。本土空襲は日本敗北の基本的原因ではなく、日本の敗戦は本土戦略爆撃が開始される以前に既に確定的となっていたのである。そして、連合軍の潜水艦と飛行機の攻撃による日本商船の莫大な損失、日本軍の陸海空三方面における相次ぐ軍事的敗北、原爆と通常爆弾による空からの攻撃、ドイツの敗北、ソ連参戦の衝撃など、一切が相合して日本に降伏を余儀なくさせた」とある。


「太平洋戦争・負債勘定」

1、人的損害 ・・・全戦没者310万人以上(日中戦争死没者18,9万人含む)   
  @軍人・軍属の戦死・行方不明:240万人(陸軍約183万人・海軍約57万人)   
  A空襲・その他による一般市民の死者:70万人(うち原爆による死者:32万人)
2、物的損害 ・・・兵器の損害は当時の価格で700億円 
   @軍事的損失:航空機52,700機 ・ 艦艇870隻
   A商船被害:損失814万トン・大破75万トン

3、戦  費 ・・・当時の価格で総額7,559億円(日中戦争以降の総軍事費)
       昭和19年度における軍事費の歳出予算に占める比率は85,5%

4、物的資産被害 ・・・被害総額は当時の価格で653億円   
     建物・家財道具・港湾・運河・船舶・鉄道・車両・通信設備


「おわりに」

三百十万に及ぶ人命の損失、おびただしい国富、その他物的の莫大な犠牲や巨大な戦費を注ぎ込んだにもかかわらず、日本は無条件降伏に至っている。

壮大な大東亜共栄圏のことも夢のまた夢で終り、辛うじて残された日本本土、そして外地の軍人、軍属及び居留民約七百万人が引き揚げねばならなくなった。

これが敗戦当時の日本の姿である。

“こんな無謀な戦争は決して二度と繰り返してはならぬ”
太平洋戦争の最大の教訓である。


太平洋戦争史・完 結

Posted at 23:34 | 太平洋戦争史 | この記事のURL
コメント(6)

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コメント


きっちょむさま、

小走りに戦争史をみてきましたが、勝った国も負けた国も多くの尊い命を犠牲にし、多額の戦費を費やし、郷土を炎で焼かれ、何一つよい点はありません。この世から戦争がなくなるよう願うばかりです。

戦争史に最後までご声援頂き、誠に有難う御座いました。
厚くく御礼申し上げます
Posted by:やうち  at 2007年08月17日(金) 23:55

つくづく考えさせられます。
この世から戦争を無くすことは出来ないものでしょうか。
Posted by:きっちょむ  at 2007年08月16日(木) 19:49

MUSOUさま、

終戦記念日の今日、朝からテレビの記念式典や関連番組に見入っています。玉音放送の「・・・以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス」が、心に強く残ります。

あれから62年、今日の平和な御世に導いて下された先人のご苦労に有り難く、ただただ感謝の念でいっぱいです。

戦争史に最後までご声援頂き、誠に有難う御座いました。
厚くく御礼申し上げます
Posted by:やうち  at 2007年08月15日(水) 17:47

子鹿さま、

今年も終戦記念日となりました。
当時はまだ国民学校一年生の自分にも、大人たちがラジオを聞きながら、泣き伏せていた様子を今も鮮明に覚えています。

本当にあれだけまでも叩きのめされない先に打つ手はなかったものかと、残念でなりません。この苦しかった体験を何時までも忘れることなく後世に語り継ぎたいものです。
子鹿さまには、拙い戦争史に最後までお付き合いいただき、厚く御礼申し上げます。 こちらこそ有難う御座いました。
Posted by:やうち  at 2007年08月15日(水) 17:24

玉音放送の一部
『今後帝国ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情(ちゅうじょう)モ朕善ク之ヲ知ル然レトモ朕ハ時運ノ趨(おもむ)ク所堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス』

私はまだ5歳でしたので分かりませんが、この時期、時点からの生活の激変はすさまじいものであったでしょう。この年代の方々は大変な困窮生活のなかで、我々をはぐくみ育て、又驚異の復興を成し遂げたのです。

この時代を経た方々に感謝しなければと思っております。



Posted by:MUSOU  at 2007年08月15日(水) 16:33

歴史に、(もし)はありませんが、これほどまで、被害が甚大になるまで
何故に、降伏しなかったか?
原爆の実験地になる愚かなる行為を、された、させたのは誰か。
終戦記念日まで、長い間、このシリーズを書き進めてきてくださり
感謝します。戦争を知らない国民が増える中・・いつも繰り返し
伝達してゆく義務がありますね。本当にありがとうございました。
Posted by:子鹿  at 2007年08月15日(水) 01:31