暫く途切れた「太平洋戦争史」を再開する。
これまでに開戦に至る経過と、開戦の状況をみてきた。
この先は、年次ごとの「戦況」について時系列で列挙してゆく。
これまでに開戦に至る経過と、開戦の状況をみてきた。
この先は、年次ごとの「戦況」について時系列で列挙してゆく。
【昭和16年(1941)】
12/8
●日本時間2時、日本軍マレ−半島に上陸開始。3時19分、第一航空隊ハワイ空撃開始。
●4時、野村・来栖両大使、ハル長官に最後通牒手交。
●6時、大本営開戦を発表
●11時40分、宣戦詔書発布
12/10
●「マレー沖海戦」
日本軍はマレー沖海戦でイギリス東洋艦隊の主力戦艦である、プリンス・オブ・ウェールズなど2艦を撃沈。これにより、東南アジア海域の制海権は日本海軍の手中に入った。
そして英軍撤退により、日本軍がマレー半島西部ペナン島を無血占領し、続いて東岸のクワンタンを占領、半島を横断しクアラルンプールへ向かった。この時の日本軍の進軍は戦車でなく自転車だった。
●日本軍、「グァム島を占領」、ルソン島に上陸。
12/25
●「日本軍 香港占領」
第23軍を主力とした日本軍が、香港ルートによる列強の中国支援を断ち切るべく、イギリス防衛軍を破って香港を攻略。以後45年8月の日本の敗戦まで香港は日本の軍政下にあった。
「関連」
12/11:日独伊三国協定終結・単独不講和をとり決め。
12:閣議で、戦争の名称を「大東亜戦争」と決定(支那事変も含む)。
16:呉海軍工廠で戦艦「大和」が竣工。
動き出した狂った歯車はもう止まらない。
この先に落とし穴のあることも知らずに・・・。
つづく
この先に落とし穴のあることも知らずに・・・。
つづく





12月8日の成道会のこと、お嬢さんは良くご存知でしたね。
歳嵩の喰っている身でありながら、教えて頂くまで開戦日と“釈迦尊成道会”が、同じ12月8日だったとは今まで気付きませんでした。
開戦日の決定にあたり、当時の御前会議でなにか思惑があって成道会にあたるこの日を選んだのでは?と、改めて愚考しています。
結果的にはお釈迦様に見放されてしまいましたが・・・。
トルコへご旅行されたとのこと、お土産話を楽しみにしています〜
コメント有難う御座いました。