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昭和史を紐解く−4(21〜25)

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昭和21年のこと(その3)[2007年05月19日(土) ]
前回の「政治・経済」に続き、今回は巷の様子などを見てみる。

【社会・文化】

   1月 南朝と名乗る「熊沢天皇」が出現 (別記)
       NHK「のど自慢」放送始まる(「のど自慢素人音楽会」)
       GHQ、「公娼制度」廃止を指令
   2月 東京の「ヤミ市露天」約6万店に達する
   4月 マッカーサー 米兵に日本女性との醜交を自重せよと要望
       漫画「サザエさん」夕刊フクニチに連載開始
   5月 第17回メーデー(5/1)11年ぶりに復活
       皇居前で「飯米獲得人民大会(食糧メーデー)」(別記)
       東京六大学野球復活
   6月 東宝・第一回ニューフェス選抜審査会に約4000人が応募
                (三船敏郎・久我美子など)   
   7月 人口甘味「ズルチン」販売される
   8月 警察官のサーベル廃止・警棒に変わる
       全国中等野球大会復活
   9月 住友財閥令嬢誘拐される
  10月 女生徒の頭髪にDDTの強制散布
  11月 第一回国民体育大会(秋季大会)開催される

※南朝と名乗る「熊沢天皇」が出現

天皇の人間宣言の後 「我こそは正当な天皇なり」と称し世間を騒がす輩が続々とでてきた。なかでも 名古屋で洋品店を営む熊沢寛道は「自分は南朝の正当な子孫であるからして 現天皇を退位させ 自分が天皇の位につく・・・」などと各方面を説いてまわったそうだが 昭和26年に「現天皇不適格確認」の訴訟起すも 東京地裁で却下されている。

※飯米獲得人民大会(食糧メーデー

終戦一年目の主食の配給は 大都市で大人ひとり一日2合1勺(一食茶碗一杯分)とある。これでは身がもたず 主食代用にジャガイモ・サツマイモ・豆かすなどが配給され 副食の魚などは4日に一度の小魚一匹である。これでは栄養失調で死ぬしかない。よって5月16日に「食糧メーデ」が行われている。

この日デモ隊の一人が 「国体はゴジされたぞ・朕はタラフク食ってるぞ・ナンジ人民飢えて死ね」と書いたプラカードを掲げたので不敬罪に問われている。 その可否をめぐり議論が行われたが 不敬罪の廃止後 無罪になっている。

【巷の装い】

○流行語
 「アッそう」 「アプレゲール」 「隠匿物資」 「カストリ」 「ニューフェース」 
 「ご名答」  「オフリミット」 「公債」 など

○歌
  「リンゴの歌」   ♪赤いリンゴに くちびるよせて・・・(並木路子・霧島昇)
  「東京の花売り娘」 ♪青い芽を吹く 柳の辻に・・・・・・(岡 晴夫)
  「別れても」    ♪空になるこがらし 雨戸をうつ吹雪・・・・(二葉あき子)
  「悲しき竹笛」   ♪ひとり都の たそがれに・・・・(近江俊郎・奈良光江)
  「かえり船」    ♪波の背の背に 揺られてゆれて・・・(田端義夫)
  「青春のバラダイス」 ♪晴れやかな 君の笑顔・・・・・・(岡 晴夫)

○映 画
  「そよかぜ」「わが青春に悔いなし」「はたちの青春」「あるよるの接吻」「七つの顔」

○文 芸: 文芸雑誌・一般雑誌続々創刊
  「腕くらべ」永井荷風・「愛情はふる星の如く」尾崎秀実

○おかし: 芥川製菓、中村屋、モロゾフがチョコレート生産開始(グルチョコ)

この年は、宝くじ・三角くじ・スピードくじなどがすさんだ庶民の心をつかんだのか、売上が10億円に達したと言う。更に六大学野球・全国中等学校野球・プロ野球なども復活するも、選手はフカシ芋を持参しての試合であったそうな・・。

昭和21年(完)

Posted at 17:43 | 昭和史-4 | この記事のURL
コメント(10)

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コメント


さま、

混乱の年ではありますが、歌や映画のジャンルをみると、明日に向けての国民の平和願望を垣間見ることが出来ますね。
コメント有難う御座いました。
Posted by:やうち  at 2007年05月21日(月) 16:04

きっちょむさま、  

この年は、まさに新生日本のうめき・苦悩のはじまりとなります。
制度改革や、食糧危機に直面した国民生活の混乱振りが窺われます。
コメント有難う御座いました。
Posted by:やうち  at 2007年05月21日(月) 15:52

偶然そのようなものが並んだのかもしれませんが、映画のタイトルが”爽やかな”イメージのものが多いですね。
こういう空気を求めていた時代なのでしょうか。
不思議な共通点を感じています。内容は知りませんが。(^^)
Posted by:  at 2007年05月20日(日) 16:53

狂瀾怒涛の戦後の始まりですね。私はまだ生まれていませんが、何故か郷愁を感じます。
Posted by:きっちょむ  at 2007年05月20日(日) 13:30

マリーさま、

昭和史も、だんだん皆さんのお生まれになった(大きくなった)年に近づいてきました。こうしてその年を見ていると、自分のことと重なって懐かしくもあります。>岡晴夫・・・いい男でしたね! いよいよ売り出します。女中さんならでも私も長じて大ファンになり、プロマイドを集めていました。
この先もご声援のほどを・・・。有難う御座いました。
Posted by:やうち  at 2007年05月20日(日) 11:53

ルルさま、  

舞台経験をお持ちのルルさまには、コメントにも、まさにその時代を生きられた如くの響きを感じます。
あの混乱期のことは何時までも忘れてはなりませんね。
>DDT・・・あれは原爆並の新兵器でした。
今まで指でつぶしていたノミ・シラミが、白い粉でイチコロ。黒いオカッパ頭がたちまち白頭巾に・・・男子生徒はその成り行きを見守るばかりでした。
苦しかったあの時も 今は遠い思い出で〜す。
Posted by:やうち  at 2007年05月20日(日) 11:35

遊歩さま、

ご無沙汰しています。
この年は 小生はまだ小学二年の年でした。育ち盛りのガキには ただただヒモジイ日々だったことだけが今も頭の片隅から消えません。
長じていろんな出来事を知り 大変な時期に生かされていたのだな!と、想いが募ります。
>「リンゴの歌」・・・きっと大人達はこの歌で生き返ったのだと思っています。歌は大好きです。殊に“オカッパル”の大ファンです。
ようこそお越し頂き有難う御座いました。
Posted by:やうち  at 2007年05月20日(日) 11:00

このへんになってきますと 聴いた事がちらほら出てきます、
熊沢天皇もそうですし 住友財閥の令嬢の誘拐事件も何度か聞きました、 学校の帰りに誘拐されたとか。 DDTは おさないころ 時々 畳をあげて 撒いていましたね。いつごろからなくなったの でしょうね。岡晴夫も小さいとき 女中さんがブロマイドを持っていたので なつかしいです。
Posted by:マリー  at 2007年05月19日(土) 22:58

舞台で、DDTを散布されて真っ白になった役をやりました。
その横では、タバコ売り(1本売り)のおばさんがスピード籤を売っていました。
闇米を食べずに死んだ人の話が話題になり、りんごの歌が流れています。
闇市では、今まで虐げられた朝鮮人達が反撃をし、そこに特攻崩れの愚連隊が来て喧嘩に…。尋ね人の放送や、不発の焼夷弾が発見され町は大騒ぎ…。
生まれていなくても、演じると、そこに生きていたような辛さと懐かしさがあります。
Posted by:ルル  at 2007年05月19日(土) 19:47

やうちさんへ
知っていること、知らなかったことなど有りますが、ここに揚げられている歌は今でもうたえます。
特に「リンゴの歌」を聞くと、今でも駅前闇市が浮かんできます。

Posted by:遊歩  at 2007年05月19日(土) 18:22