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昭和史を紐解く−4(21〜25)

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昭和25年のこと [2007年09月28日(金) ]
この年は、日本の戦後を決定的に転換させた年となる。

そのきっかけとなったのは朝鮮戦争の勃発である。
この出来事により、対日講和の動きが早まり、日米安全保障体制づくりが急がれ、日本の再軍備が早くも実現することとなる。そして六月に共産党幹部のパージ、七月に新聞・放送関係、民間産業のレッドパージが展開されるなか、代わって公職追放者の追放解除が活発化してゆく。

先ず、朝鮮動乱であるが、
日本の政治・経済に多大の影響をもたらすことになる。国内的には、治安強化政策がとられ、共産党に対する弾圧が強まる。一方、日本経済では、開戦直後から東京株式市場では平和株から旧軍事株へと変わり、造船、造機、資源、海運株が急騰した。日本はこの戦争の前線基地の役割を果たすことになり、デフレ気味の産業界にとっては“天佑”とさえ受け取られたそうである。即ち、七月からはじまった特需景気は年末まで続き、鉱工業・製造業の生産指数が戦前平時並に回復したとある。この特需は産業基盤を強め、復興過程から一転して高度成長過程に入るきっかけとなったのである。

しかし、庶民の暮し向きはこの軍事景気とはほど遠く、
生活基盤である衣・食・住は依然として、時の蔵相・池田勇人をして「貧乏人は麦を喰らえ」の暴言の如く、戦後そのままの有様であった。そのせいではあるまいが若者達の間では、皇居前広場での逢引きが盛んになり、アベック広場の観を呈したそうである。

また、レジャ-面では
アルサロ”なるものが出現し、前衛生け花も盛んとなり始めたが、夏には日本脳炎が大流行して、死者2500人に及ぶという後進ぶりも露呈した年でもる。


【出来事】

  01/01 マッカーサー年頭の辞で日本の自衛権を強調
       年齢の表記が満年齢となる
    /07 聖徳太子の新千円札発行

  04/13 熱海で大火・繁華街、有名施設など1000戸以上焼失
    /15 公職選挙法公布
    /22 第1回ミス日本に山本富士子

  05/03 吉田首相,南原東大総長の全面講和論に対し“曲学阿世”と非難
  06/04 第2回参議院議員選挙
    /25 朝鮮戦争始まる・動乱で特需ブーム(糸へん、・金へん景気)

  07/02 国宝金閣寺,放火のため全焼
    /08 マッカーサー,警察予備隊7万5000人創設,海上保安庁8000人増員を指令   
   /27 広島の沖合で機雷爆発、漁船4隻遭難(死者46人)
   /28 新聞・通信・放送界にもレッドパージ始まる

  08/10 警察予備隊設置令公布施行.第一陣7000人入隊

  09/03 ジェーン台風,死者・不明539人

  10/13 GHQ,1万余人の追放解除承認

  11/10 政府,旧軍人3250人の追放解除
    /15 政府機関のレッドパージ1171人
    /22 プロ野球第1回日本選手権開催.(毎日オリオンズ優勝)

  12/13 地方公務員法公布・争議行動の禁止(26.2.13施行)


【巷の装い】

○流行語  
  「特需景気」「レッドパージ」「おおミステーク」「とんでもハップン」
  「つまみ食い」 「イカレポッチ」「金へん・糸へん」「チラリズム」 など

○歌
  「夜来香」     ♪あわれ春風に・・・・・・・(山口淑子)
  「水色のワルツ」 ♪君に逢う嬉しさの・・・・(二葉あき子)
  「桑港のチャイナタウン」♪桑港のチャイナタウン・・・(渡辺はま子)
  「ダンスパーティの夜」 ♪赤いドレスがよくにあう・・・・(林伊佐緒)
  「東京キッド」    ♪歌も楽しや 東京キッド・・・・・(美空ひばり)
  「白い花の咲く頃」  ♪白い花が 咲いていた・・・・・・(岡本敦郎)
  「買物ブギ」     ♪今日は朝から私のお家・・・・・(笠置シヅ子)

○映 画    
  「また逢う日まで」「帰郷」「羅生門」「細雪」「宗方姉妹」
  「きけわだずみの声」 ほか
   この年の人気俳優ベストテン(毎日新聞社選定)を付記すると、
   ・高峰秀子・ゲイリ=クーパ・イングリット=バーグマン・原節子・木暮実千代・長谷川一夫
    ・三船敏郎・高峰三枝子・ボブ=ホープ・上原謙 で、以下 池部良・京マチ子と続いている。


○ベストセラー  
  「細雪」谷崎潤一郎・「潜行三千里」辻政信・「きけわだつみのこえ」・
  「チャクレイ夫人の恋人」ほか


などなど  諸兄の想いは如何に・・・

独断と偏見で綴る 昭和25年である。


2007年12月3日【夢目標の修正
夢目標期間を5年短縮し、「昭和史〜4」は完結とする。

Posted at 20:04 | 昭和史-4 | この記事のURL
コメント(13)

昭和24年のこと [2007年09月07日(金) ]
一月の総選挙で民主自由党がはじめて衆院で過半数を制し、吉田政権の安定化を示した。一方、社会党は一気に100近くの議席を失い、代わって共産党が大躍進をしている。

これで安定政権ができて、世の中も落ち着くと思いきや、

一月早々に我が国の文化史上痛恨の出来事が起こった。法隆寺金堂からの出火で、約150uの内陣を焼失している。

そして夏になると、

「下山事件」、「三鷹事件」、「松川事件」が相次ぎ、社会的ショックを与えている。これはドッジラインによるデフレ政策や大量首切り政策の中でおきている。

こんな不穏な年に国民に勇気を与えた出来事が2つもあった。

先ずは、8月17日からアメリカ・ロサンゼルスで行なわれた全米水上選手権で古橋広之進・橋瓜四郎らが次々と世界新記録を樹立したことである。戦後初の国際競技に参加しての快挙である。

更に11月3日には、

京都大学理学部の湯川秀樹博士にノーベル物理学賞が与えられたことである。

戦後は暗い話題が多く、国民は生活に追われ、虚脱状態から脱しきれない時だっただけに、この二つのホットなニュースは明るい希望の光となったのである。

ホットついでにこんなのもあった。

「天照皇太神宮教」なるものである。巷では、“踊る宗教”と呼ばれていたもので、信者達が思い思いに無我の舞を踊る陽気な新興宗教で、踊りはツイスト・炭鉱節・バレェみたいなもので、信者は勝手に踊ればよいと言うものである。教祖は北村サヨ、山口県の出身で平凡な農家の主婦という。踊っているうち、精神的ストレスが解消されるという。底抜けの明るさが、以外に人気を集めていたそうである。

そして更に、娘さん達は?とみれば、

猫も杓子も洋裁を習う時代となる。全国に洋裁学校(ドレメ)が2000校以上、生徒数20万人以上だったそうな。

【出来事】

01/01 GHQ,国旗の掲揚を許可、大都市への転入抑制解除
  /23 第24回総選挙
  /26 法隆寺金堂が火災(国宝・壁画12面焼失)
02/16 第三次吉田内閣成立
  /20 能代市大火(2237戸焼失)
  /27 国宝・松山城焼失
03/07 GHQ経済顧問ドッジ、日本経済安定策明示(ドッジライン)
  /30 新潟で漂流機雷爆発,63人死亡
04/01 野菜の統制撤廃(セリ売り再開)
  /23 1ドル360円に固定
05/07 飯食店,営業再開
  /24 満年齢使用の法律公布
06/01 行政整理、国鉄、専売公社など発足.
  /09 国電スト(〜11日)
  /30 弾圧に抗議する労働者,福島県平警察署を占拠(平事件)
07/04 国鉄第一次人員整理通告(30000人)
  /05 国鉄総裁・下山定則行方不明,6日死体発見(下山事件).
  /15 三鷹駅で無人電車暴走(三鷹事件)
08/16 古橋広之進・橋瓜四郎ら,全米水上選手権で世界記録
  /17 東北本線で列車転覆事故,3人死亡(松川事件)
09/14 都内6000軒の露店の廃止を決定.
  /15 シャープ税制改革勧告案発表
10/12 戦後初,米野球チーム・サンフランシスコ・シールズ来日
11/01 「人は右,車は左」の対面交通実施.
  /03 湯川秀樹にノーベル物理学賞授賞の発表
12/01 お年玉年賀はがき初めて発売   ほか
  
【巷の装い】

○流行語    「アジャパー」・「ニコヨン」・「ギョッ」・「自転車操業」ほか

○歌
「三味線ブギウギ」  ♪三味線ブギウギ・・・・(市 丸・唄)
「月よりの使者」   ♪白樺ゆれる 高原に・・(竹山逸郎・藤原亮子)
「青い山脈」     ♪若く明るい 歌声に・・・(藤山一郎・奈良光枝・唄)
「銀座カンカン娘」  ♪あの娘可愛やカンカン娘・・・(高峰秀子・唄)
「長崎の鐘」     ♪こよなく晴れた 青空を・・・(藤山一郎・唄)
「かりそめの恋」   ♪夜の銀座は 七いろネオン・・・三条町子・唄)
「悲しき口笛」    ♪丘ノホテルの赤い灯も・・・(美空ひばり・唄)
「玄海ブルース」  ♪情け知らずと 嘲笑わば・・(田端義夫・唄)
「ハバロフスク小唄」♪ハバロフスク ラララ・・(近江俊郎・中村耕造・唄)
「アメリカ通いの白い船」♪小鳥さえずる 森影すぎて・・・・(小畑 実)
「熊祭(イヨマンテ)の夜♪熊祭 燃えろかがり火・・・(伊藤久男・唄) ほか

○映画    「晩春」「青い山脈」「悲しき口笛」「銀座カンカン娘」ほか

○ベストセラー   「風と共に去りぬ」「長崎の鐘」「宮本武蔵」ほか

などなど・諸兄の想いは如何に・・・

独断と偏見で綴る 昭和24年である。

Posted at 16:25 | 昭和史-4 | この記事のURL
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昭和23年のこと(その2) [2007年06月14日(木) ]
【巷の装い】

○ 流行語

 「サマータイム」「斜陽族」「鉄のカーテン」「ノルマ」「ニュールック」「男娼」 「主婦連」「こんな女に誰がした」「老いらくの恋」「冷たい戦争」 ほか


○ 歌
この年も今も残る名曲の数々が生まれている。

 「君待てども」♪君待てども 君待てども・・・(平野愛子)
 「懐しのブルース」♪古い日記の ページには・・・(高峰三枝子) 
 「東京ブギウギ」♪東京ブギウギ リズムうきうき・・(笠置シヅ子) 
 「長崎のザボン売り」♪鐘が鳴る鳴る マリヤの鐘が・・・(小畑実) 
 「フランチェスカの鐘」♪ああ あの人と別れた夜は・・(二葉あき子) 
 「流れの旅路」♪赤いマフラを いつまで・・・(津村謙) 
 「三百六十五夜」♪みどりの風に おくれ毛が・・・(霧島昇・松原操) 
 「湯の町エレジー」♪伊豆の山々 月あわく・・・(近江俊郎) 
 「異国の丘」♪今日も暮れゆく 異国の丘に・・(竹山逸郎・中村耕造) 
 「憧れのハワイ航路」♪晴れた空 そよぐ風・・・(岡晴夫) 
  
・NHKラジオの「のど自慢素人演芸会」でシベリアからの復員兵が「異国の丘」を歌い巷にヒット。
・ブギブーム−・・・服部・笠置のコンビで「東京ブギウギ」などセンセーショナルを巻き起こす。
・古賀メロディーの代表作「湯の町エレジー」が40万枚以上の売れ行き。
・毎日新聞掲載の“闇の女”の投書から生まれた「星の流れに」が発表から1年ぶりに大流行となる。



○ 映画

「酔いどれ天使(東宝)」「手をつなぐ子等(大映)」「夜の女たち(松竹)」「わが生涯の輝ける日(松竹)」「破戒(松竹)」「風の中の牝鶏(松竹)」「王将(大映)」「第二の人生(東宝)」

東宝争議のこと・・・
「空には飛行機・陸には戦車・・来なかったのは軍艦だけ」

砧(きぬた)撮影所の仮処分に武装警官2000人、米軍機3機、戦車7輌、騎兵1中隊がが出動している。スト発生から4ヶ月目の8月19日のことである。

争議は4月8日、270名のクビ切りから発展し、その後もクビ切りは日劇ダンシングチーム、管弦楽団、営業部門など更に240名に及び、4月30日には撮影所のロックアウトを会社が宣言、映画製作は完全にマヒしてしまう。

東宝当局の強硬方針にはストの背景にある映画、演劇人の日映演組織の息の根を止める狙いがあったようだ。

その背後には”容共政策から反共政策”に転換したGHQの方針が見え隠れしている。


○ ベストセラー

「斜陽」太宰治 「新書太閤記」吉川英治 「罪と罰」ドストエフスキー 米川正夫訳 「親鸞」吉川英治 「この子を残して」永井隆


などなど  諸兄の想いは如何に・・・

独断と偏見で綴る 昭和23年である。

(完)

Posted at 13:25 | 昭和史-4 | この記事のURL
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昭和23年のこと(その1) [2007年06月13日(水) ]
童謡歌手・川田正子が♪みかんの花が 咲いていた〜

と唄ったあの「みかんの花咲く丘」がラジオから流れている。

あなたのお生まれになった年では?・・・

早速この年の「時代背景」「出来事」からみてゆく


【時代背景】

米国の占領政策が“日本を非軍事化から反共の壁”へと転換しはじめ、その後の講和やその他対日政策が具体化してゆく年となる。

そんななか巷では、1月早々に「帝銀事件」「寿産院事件」と二つの大量殺人事件が起こり世間を吃驚させている。

一方庶民の暮らしぶりを見ると、乗り物は殺人的な混乱で列車の座席をとるのに半日も一日も改札口に行列をつくらねばならなかった。そこで登場したのが「ダブ屋とショバ屋」である。ダブ屋からプレミアム切符を購入し、ショバ屋にたのんで席をとって貰う仕組みである。

また着る方ではアロハシャツが大流行し、女性の方はロングスカートが受け戦後の「洋装ブーム」の到来となる。その為洋裁学校に入学志願者がおしかけていくら教室を作っても追いつかなかったそうだ。何故洋裁学校なのか?・・“一義的には着物からの洋装ブームへ、第2に戦争未亡人の内職の手段、第3に結婚後の手職を身につける”ことなどがその理由のようだ。他にも、従来の着物から洋装に変ったことで、新たに小道具の天然ゴム製のバストマットが登場し、ブラジャーの普及が進むことになる。

そして11月に極東国際軍事裁判の判決が下り、東条英機らA級七戦犯の絞首刑が執行されている。

なおこの年元旦、二重橋が23年ぶり開放され国民の一般参賀が許可されている。

【出来事】

 1/15 寿産院事件・もらい子103人を餓死させた寿産院院長夫妻逮捕.
   26 帝銀事件・行員12人毒殺(「進駐軍の命令」と云って行員等に青酸毒物・・)
   28 関西汽船「女王丸」瀬戸内海で触雷沈没・死者・不明183人.
 2/10 片山内閣総辞職 →3/10 芦田均内閣成立.
 4/ 1 新制高校発足.
    4 GHQ,祝祭日の国旗掲揚を許可.
   28 夏時刻法公布・日本初のサマータイム実施(4〜9月).
 5/ 1 海上保安庁設置・軽犯罪法公布.
     美空ひばり・美空和枝の名で前座歌手でデビュー.
 6/13 作家太宰治・玉川上水で山崎富栄と心中.
   22 文部省・一府県に一大学設置の原則を発表.
   23 昭電事件・昭和電工社長贈賄容疑で逮捕.
   28 福井震災,死者3895人.
 7/10 改正刑事訴訟法・改正民事訴訟法公布.
  15 GHQ,新聞の事前検閲廃止.
  20 国民の祝日に関する法律公布(天皇誕生日・文化の日など).
  29 第14回オリンピック・ロンドン大会開催(日本の参加は不許可).
 8/17 プロ野球初ナイターを横浜で開催(巨人×中日).
   19 東宝争議で米軍機・戦車など出動「こなかっったのは軍艦だけ」 
 9/15 アイオン台風(死者・不明2838人). 
     主婦連合会結成.  
  18 全日本学生自治会総連合(全学連)結成.
  23 上野動物園におサルの電車開通.
10/ 7 芦田内閣総辞職  → /19 第二次吉田内閣成立.
11/ 12 極東国際軍事裁判判決(東条英機ら7人が絞首刑・・12/23執行).
   20 小倉市で初競輪(4日間で5万5千人).
12/ 7 昭電疑獄で芦田前首相逮捕.
   18 GHQ,経済9原則発表.
   23 内閣不信任案可決,衆院解散.
   24 GHQ,岸信介らA級戦犯19人を釈放.

この年もいろんなことがあった。

つづく

Posted at 20:38 | 昭和史-4 | この記事のURL
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昭和22年のこと(その3) [2007年06月04日(月) ]
【巷の装い】

○流行語

 「不逞の輩」「オンリー」「額縁ショー」「アプレゲール」「集団見合い」「学校給食」「代用食」

○歌

 「とんがり帽子」     ♪緑の丘の 赤い屋根・・・・・・(川田正子) 
 「セコハン娘」      ♪みなさんどなたも 私のことを・((笠置シズ子) 
 「啼くな小鳩よ」     ♪啼くな小鳩よ 心の妻よ・・・・・(岡 晴夫) 
 「夜霧のブルース」   ♪青い夜霧に 灯影が紅い・・・・(ディック・ミネ) 
 「山小舎の灯」     ♪黄昏の灯は  ほのかにともり・・(近江俊郎) 
 「夜のプラットホーム」 ♪星はまたたく 夜ふかく・・・・・(二葉あき子) 
 「星の流れに」     ♪星の流れに 身を占って・・・・・(菊地章子) 
 「雨のオランダ坂」   ♪こぬか雨ふる 港の町の・・・・(渡辺はま子) 
 「港が見える丘」    ♪あなたと二人で来た丘は・・・・(平野愛子) 
 「誰か夢なき」     ♪想いあふれて 花摘めば・・・・・(竹山・藤原)

 ・NHKの連続ラジオドラマ「鐘の鳴る丘」の主題歌「とんがり帽子」が大流行 
 ・笠置シズ子が3月東京日劇で、9月大阪梅田劇場で「東京ブギウギ」を歌い大ヒット 
 ・平野愛子のデビュー曲「港が見える丘」が大ヒット


○映 画

 「安城家の舞踏会」「今ひとたびの」「銀嶺の果て」「女優」「戦争と平和」

○ベストセラー:夏目漱石全集・人生論ノート・キュリー夫人伝

などなどである。


この年天皇は、

朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、
単ナル神話トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ・・・


との詔書を発し、全国巡行をされている。

庶民はやっと 『天皇も人間である』 ことを知った年である。


独断と偏見で綴る 昭和22年である。

(完)

Posted at 15:34 | 昭和史-4 | この記事のURL
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昭和22年のこと(その2) [2007年06月01日(金) ]
前回の「政治・経済」に続き、今回は巷の様子などを見てみる。

巷では、カストリ雑誌が氾濫し、
パンパンガール、ストリップなるものが出現している。

六大都市のネオン街には街娼が4万人にも達したそうな。

♪星の流れに身を占って  何処をねぐらの 今日の宿
 荒む心で いるのじゃないが  なけて涙も 涸れ果てた
こんな女に 誰がした〜


である。

一方家庭では、電力不足の為にロウソク・ランプが大人気の年となる。


【社会・文化】

 1月 東京・新宿帝都座で初の額縁ヌードショー開演 ※(別記‐1)   
 2月 八高線(埼玉県)で列車転覆脱線・・死者184名・負傷者495人
 3月 教育基本法・学校教育法公布(六・三制を規定・国民学校→小学校
     全国的に主食遅配(ヤミ取締り強化)
 5月 天皇、日本人記者と初会見
 6月 石坂洋次郎の「青い山脈」、朝日に連載はじまる(青少年に希望を与える)   
 7月「鐘の鳴る丘」のラジオ放送はじまる
 8月 古橋広之進,400メートル自由形で世界新記録フジヤマの飛魚出現)   
 9月 キャスリン台風来襲(関東地方大水害・死者2247名)  
10月 山口良忠判事、配給食糧を厳守し栄養失調で死亡、※(別記‐2)
11月 多摩川畔で集団見合大会・、以降各地で流行 ※(別記‐3)     
     第一回共同募金(赤い羽根運動)はじまる
12月 100万円宝くじが売り出される(10人の百万長者が誕生)

 
※別記-1  「ヌードショーの登場」

この年の秋に、新宿でヌードショーがはじめて登場して大評判になっている。趣向は、舞台の真中に大きな額縁を立て、泰西名画に見立てたモデルが乳房と上半身をあらわすだけのことだったそうである。

もし動いたら風俗取締りに抵触するので、わずか5〜6秒だけだったそうである。その後、一枚ずつ脱いでゆくストリップショーへと移ったのである。

 
※別記-2  「判事・ヤミを否定して栄養失調死」

この出来事は、食糧難に苦しんだ当時を如実に物語っている。
“安い給料では食えぬ”と、判事・検事がぞくぞく弁護士に転職するなか、山口良忠判事だけは「いまこそ、判検事は法の威信に徹しねばならぬ」と、一切のヤミを拒否して配給生活を守り続け、極度の栄養失調で亡くなっている。

彼は「食糧統制法は悪法だ」と・・。しかし、「法律である以上国民はこれに絶対服従せねばならない」との想いからだったのである。この信念は責任感が強いと評するよりも、判事という職務を考えて、死を覚悟していたとの見方が高い。主食の配給が遅配し、物価が倍々式に上がった年である。

 ※別記-3  「集団見合大会」

大勢の兵隊さんが復員して、昭和21〜22年にかけて結婚ブームが起こっている。一方内地でも、結婚適齢期の女性達のなかには、売れ残る者も多かったようである。

そこである雑誌社が「花婿・花嫁の見合い大会」なるもの主催したところ、
300名にも及ぶ適例者が集まり、胸に名札をぶら下げた男女がわれ先にと、花婿・花嫁さがしを展開したのである。やがてマスコミの話題となり、各地で集団見合いの催しが流行している。今はやりの”合コン”のはしりである。

つづく

Posted at 21:33 | 昭和史-4 | この記事のURL
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昭和22年のこと(その1) [2007年05月25日(金) ]
♪緑の丘の 赤い屋根  とんがり帽子の 時計台
鐘が鳴ります キンコンカン  メイメイ仔山羊も 鳴いてます
風がそよそよ 丘の家  黄色いお窓は おいらの家よ〜


<「鐘の鳴る丘」(主題歌:とんがり帽子)>

【時代背景】

冒頭の歌の如く、戦争や空襲で両親を失なったり、親とはぐれた少年・少女が浮浪児となり、街に氾濫していた。この子等が収容された施設を描いたラジオドラマ「鐘の鳴る丘」がこの年を物語っている。

無論巷では、ひもじい生活がまだ続いていた。そんななか、占領政策の労働組合奨励策によって、組合の結成が勢いづく。そして2・1ゼネスト計画が出てくる。しかし、マッカーサー司令官の命令で、直前にストは中止に至る。このことが、革新勢力の主導権争いにも影響し、共産党は後退し社会党を有利にした。4月の両院選挙で社会党が第1党に、6月に社会党を首班とする片山哲内閣が誕生する。だが、民主・国協両党との連立のため、革新政権らしさを打ち出せず、大衆の夢を裏切っている。 
 
早速、出来事からみてゆく。

【政治・経済】


 1月  吉田首相・年頭の辞で労働運動指導者を「不逞の輩」と非難 ※-1
      全官公庁労働共闘会議2月1日無期限ゼネストを宣言
          (→マッカーサー中止命令)
 2月  マッカーサー・吉田首相へ総選挙実施を指示
 3月  主食供出に警察力による取締り始まる
 4月  第23回総選挙
      第一回知事・市町村長選挙。労働基準法公布。独占禁止法公布
 5月  日本国憲法施行される。 吉田内閣総辞職
 6月  片山内閣成立(社会・民主・国民協同の3党連立、自由党不参加) ※-2
 7月  公正取引委員会発足
 8月  広島で平和式典開催
10月  国家公務員法公布
      改正刑法公布(不敬罪・姦通罪廃止) ※-3
11月  第1回共同募金開始。職業安定法公布。
12月  警察法公布。内務省廃・臨時石炭鉱業管理法公布(炭鉱国家管理)
      改正民法、改正戸籍法公布(「家」制度廃止)
 
※印の項目詳細をみる

※1−吉田首相の「不逞の輩」発言
ワンマン首相の異名を持つ彼が、後世に残した放言の一つである。
二・一ストを目前の昭和21年の年末のこと、労働高勢が高まりデモの波が首相官邸や国会議事堂を包囲。吉田首相は元旦の放送で労働攻撃を激しく非難・・・「かかる不逞の輩が、我が国民中に多数あるとは信じない」とぶちあげ、労働運動へ挑戦するとともに、一般国民の賛成を求めるも、「不逞の輩」発言には、混乱のこ時代には民衆から不評を買っている。何故なら、インフレと食糧難が国民を追い詰めていたからである。

※2−片山内閣成立社会・民主・国民協同の3党連立、自由党不参加)
4月25日、第23回総選挙行われている。その結果、社会党が143人で第一党となり、自由党の131人を凌いだ。続いて民主党122、国民協同党29、共産党4、諸派・無所属で38となる。一党で絶対多数を占める政党が無いため多種の連立構想が浮上、結果的に5月23日の国会での首班指名で自由党議員の投票も得た片山内閣の誕生となる。組閣では自由党を除く社会・民主・国民協同3党連立でここに片山内閣が成立している。

※3−改正刑法公布(不敬罪・姦通罪廃止)
この年の5月に新憲法が施行され、これに伴って刑法や民法の一部も改正されている。刑法では不敬罪が廃止され、これまでの天皇に関することは重い刑を科せられていたものが、以降は一般人と同じく名誉毀損罪で裁かれることになる。また、新憲法の男女平等の原則により、これまで妻だけに適用されていた姦通罪も廃止されている。

つづく

Posted at 15:19 | 昭和史-4 | この記事のURL
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昭和21年のこと(その3) [2007年05月19日(土) ]
前回の「政治・経済」に続き、今回は巷の様子などを見てみる。

【社会・文化】

   1月 南朝と名乗る「熊沢天皇」が出現 (別記)
       NHK「のど自慢」放送始まる(「のど自慢素人音楽会」)
       GHQ、「公娼制度」廃止を指令
   2月 東京の「ヤミ市露天」約6万店に達する
   4月 マッカーサー 米兵に日本女性との醜交を自重せよと要望
       漫画「サザエさん」夕刊フクニチに連載開始
   5月 第17回メーデー(5/1)11年ぶりに復活
       皇居前で「飯米獲得人民大会(食糧メーデー)」(別記)
       東京六大学野球復活
   6月 東宝・第一回ニューフェス選抜審査会に約4000人が応募
                (三船敏郎・久我美子など)   
   7月 人口甘味「ズルチン」販売される
   8月 警察官のサーベル廃止・警棒に変わる
       全国中等野球大会復活
   9月 住友財閥令嬢誘拐される
  10月 女生徒の頭髪にDDTの強制散布
  11月 第一回国民体育大会(秋季大会)開催される

※南朝と名乗る「熊沢天皇」が出現

天皇の人間宣言の後 「我こそは正当な天皇なり」と称し世間を騒がす輩が続々とでてきた。なかでも 名古屋で洋品店を営む熊沢寛道は「自分は南朝の正当な子孫であるからして 現天皇を退位させ 自分が天皇の位につく・・・」などと各方面を説いてまわったそうだが 昭和26年に「現天皇不適格確認」の訴訟起すも 東京地裁で却下されている。

※飯米獲得人民大会(食糧メーデー

終戦一年目の主食の配給は 大都市で大人ひとり一日2合1勺(一食茶碗一杯分)とある。これでは身がもたず 主食代用にジャガイモ・サツマイモ・豆かすなどが配給され 副食の魚などは4日に一度の小魚一匹である。これでは栄養失調で死ぬしかない。よって5月16日に「食糧メーデ」が行われている。

この日デモ隊の一人が 「国体はゴジされたぞ・朕はタラフク食ってるぞ・ナンジ人民飢えて死ね」と書いたプラカードを掲げたので不敬罪に問われている。 その可否をめぐり議論が行われたが 不敬罪の廃止後 無罪になっている。

【巷の装い】

○流行語
 「アッそう」 「アプレゲール」 「隠匿物資」 「カストリ」 「ニューフェース」 
 「ご名答」  「オフリミット」 「公債」 など

○歌
  「リンゴの歌」   ♪赤いリンゴに くちびるよせて・・・(並木路子・霧島昇)
  「東京の花売り娘」 ♪青い芽を吹く 柳の辻に・・・・・・(岡 晴夫)
  「別れても」    ♪空になるこがらし 雨戸をうつ吹雪・・・・(二葉あき子)
  「悲しき竹笛」   ♪ひとり都の たそがれに・・・・(近江俊郎・奈良光江)
  「かえり船」    ♪波の背の背に 揺られてゆれて・・・(田端義夫)
  「青春のバラダイス」 ♪晴れやかな 君の笑顔・・・・・・(岡 晴夫)

○映 画
  「そよかぜ」「わが青春に悔いなし」「はたちの青春」「あるよるの接吻」「七つの顔」

○文 芸: 文芸雑誌・一般雑誌続々創刊
  「腕くらべ」永井荷風・「愛情はふる星の如く」尾崎秀実

○おかし: 芥川製菓、中村屋、モロゾフがチョコレート生産開始(グルチョコ)

この年は、宝くじ・三角くじ・スピードくじなどがすさんだ庶民の心をつかんだのか、売上が10億円に達したと言う。更に六大学野球・全国中等学校野球・プロ野球なども復活するも、選手はフカシ芋を持参しての試合であったそうな・・。

昭和21年(完)

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昭和21年のこと(その2) [2007年05月11日(金) ]
今年より 4月29日が新たに「昭和の日」になったのを機に 戦後の昭和史を更にみてゆく。

先ずは (その1)の続きである。
【政治・経済】で前回の気になる ※印項目から見てゆく


※天皇の人間宣言(神格化否定の詔書) 

当然のことながら連合国の間では 先の戦争での天皇の戦犯問題や 退位問題が議論されていたに違いない。そうした情勢を背景に「天皇の人間宣言」が行われたものと愚考するが マッカーサーの示唆があったともある。

この日の宣言を国民は平静に受け入れ  一切の権力を一身に体現していた「神聖不可侵」の天皇も 新憲法で否定され ここに象徴天皇が生れたのである。


※金融緊急措置令公布(総合インフレ対策として新円発行・旧円封鎖)

政府はインフレに対処するため2月17日に新円切り替えを行い 預金の一切を封鎖し 所帯主は新円で一ヶ月に300円 所帯員は一人100円しか引き出されなくなった。 

また月給の現金支払いも500円までで あとは封鎖となり 旧円の流通も3月6日で打ち切られている。但し封鎖の対象は10円札以上で “小銭はその限りにあらず”とあり 皆な小銭あつめに駆け回ったそうである。

更にこの封鎖でとんだ悲劇?も起きている。”亭主に内緒でこつことヘソクリを貯めこんだ奥さん” 亭主にはバレるは 出すに出されぬ預金通帳を 恨めしそうに眺めるばかりであったそうな。


※極東国際軍事裁判所開廷される(東京市谷)

時は4月29日(天長節) 場所は市谷(陸軍士官学校あと) 国際検事団は 28人の被告に対する長文の起訴状を読み上げている。

日といい 場所といい 全くもって演出されたこの設定に驚く。 さもあらん 軍国主義の悪に挑戦するが如く 一種の見世物として 民衆の印象を強める必要があってのことだったのだろう。 

戦犯の逮捕は占領直後の前年9月11日の東条英機大将から始まり 11月19日発表された戦犯名簿に皇族の梨本宮をはじめ 天皇の側近であった近衛文麿や木戸幸一らがあり 天皇の身に戦犯追及が及ぶとみられたが 天皇の逮捕は行わず 国際軍事裁判所は東条以下28名を起訴し 昭和21年5月3日東京裁判が始まっている。


※新日本国憲法公布(平和憲法) 

昭和21年11月3日 盛大な歓呼のうちに公布されている。
当時の式典の様子を伝える記事では以下のようにある。

[天皇は、午前11時、議会に行幸して、公布の勅語を読まれた。都内では,小学生の旗行列が行われ、皇居前の祝賀都民大会には、約10万人の市民が集まった。そして午後2時、都吹奏楽団の“千代田の空を仰いで”の演奏で式典がはじまった。式辞、祝賀文の朗読が終ると、演奏は“君が代”に代わり,10万人の合掌がとどろいた] とある。

憲法が示した三大原則は 「国民主権主義」「基本的人権の尊重」「平和主義」である。

現憲法が占領軍から押し付けられたものにあるにせよ その誕生までに 幾多の生みの苦しみがあったようだ。殊に制定にあたっては 「天皇の地位」「戦争放棄」「封建制度廃止」が争点であったことは言うまでもない。

あれから60余年 そして今 その改憲にむけての議論が活発化している。
一度 命をかけて誓ったあの9条はどうなるのだろうか?・・・。


※シベリア引揚げ第1船・舞鶴入港

終戦のとき 海外にいた日本人は 軍人・軍属が約300万人 一般邦人が約350万人で 合計650万人とされている。

引揚げがはじまったのは終戦の翌月からで 21年8月末には 中国・満州・南朝鮮・中部太平洋・比島などから既に440万人が故郷の土を踏んでいる。

ソ連地区は 終戦時の治安混乱の為 状況不明で引揚げが遅れたが 12月5日 函館に樺太からの第一船が入稿したのをはじめ 大連・北朝鮮・シベリア各地からも帰国がはじまっている。

しかし シベリアからの引揚げのピ−クは昭和24年6月20日にずれ込み舞鶴港に入港した高砂丸は 「赤い引揚船」として当時話題になっている。

つづく

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昭和21年のこと(その1) [2007年04月23日(月) ]
今日 2007年問題としてクローズアップされている「団塊の世代」の
皆さんが お生まれになった初年度である。
新時代の幕開けの年であり 出来事も多岐にわたるので 
複数編でこの年を検証する。

♪ジャズが流れる ホールの灯かげ  花を召しませ 召しませ花を
粋なジャンバー アメリカ兵の
影を追うよな 甘い風  ああ東京の 花売り娘


(東京の花売り娘)

【時代背景】

支那事変に端を発し太平洋戦争へと進んだ15年戦争も 漸くにして昭和20年8月15日の玉音放送をもって太平洋戦争が終結し ここにアメリカの占領下で新生日本のはじめての正月を迎えた年である。

この正月には 天皇から 日本国民に思いもよらぬ正月プレゼントがあった。即ち天皇の「人間宣言」である。天皇が自らその神格を否定することを宣言したのである。 このことは神武天皇から続く天皇観をひっくり返し 日本国民の歴史観と価値観を大きく変換させたものであった。

一方GHQの指導のもと 軍国主義者の公職追放や不穏団体の解散 農地解放 労働組合の結成 など民主化が急テンポで進みだし 新選挙法による総選挙が行われ 11月には日本国憲法が公布されている。

しかし巷では 食糧危機は益々深刻になり“米よこせ”デモが全国的に広がり 戦争のキズはまだ国民生活に深く突き刺さったままであった。巷のことは別に綴ることとする。

【政治・経済】

     1月  天皇の人間宣言 (神格化否定の詔書) ※
         GHQが軍国主義者公職追放超国家主義団体解散を指令            
         琉球列島・小笠原諸島の日本行政権・アメリカに移る
         GHQ、公娼制度廃止を指令
     2月 金融緊急措置令公布(総合インフレ対策として新円発行・旧円封鎖) 
         臨時財産調査令・隠匿物資等緊急措置令公布
         天皇が戦後初の地方巡幸 (神奈川県など各地)     
     3月 物価統制令公布施行
         政府がマッカーサー草案の趣旨に基づく憲法改正草案要綱
         (主権在民、象徴天皇、戦争放棄を規定)を発表
     4月 幣原反動内閣打倒人民大会 デモ鎮圧に米軍・警官出動)         
        新選挙法による第22回衆議院選挙・男女平等初選挙(女性39人当選)                  
         幣原内閣総辞職 ※
     5月 極東国際軍事裁判所開廷される(東京市谷 ※
         第一次吉田茂内閣成立 ※
         飯米獲得人民大会(食糧メーデー)
         天皇 家族国家の伝統に期待し“食糧難を克服せよ”と放送
     6月 米首席検事 ワシントンで“天皇を戦争犯罪人としない”と言明
     8月 経済団体連合会経団連)発足
         全日本産業別労働組合会議結成大会
     9月 生活保護法公布
         労働関係調整法公布
     10月 戦時補償特別措置法・金融機関再建整備法など公布
        農地調整法改正、自作農創設特別措置法公布    
     11月 新日本国憲法公布 ※
     12月 内務省、特殊飲食店(赤線)指定を指示
        シベリア引き揚げ第1船、舞鶴入港
        近畿、四国を中心に南海地震発生死者1300人以上)

次回は ※印項目の細部から見てゆくこととする。     つづく

Posted at 22:20 | 昭和史-4 | この記事のURL
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