シニア向けコミュニティ STAGE ステージ
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ようこそお越し下さいました。「友、遠方より来る、楽しからずや」です。
幣ブログでは、”日々の移ろい”を、夢ブログでは、”昭和史”などを綴っています。
また、サークルでは、【都々逸の部屋】・【艶歌の部屋】で課外授業も行っています。
              宜しくお願い致します。


     ”たんと売れても売れない日でも  同じ機嫌の風車”
            

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3月31日 [2008年03月31日(月) ]
一年間の終わりの日を線引きするなら、
暦年では大晦日の12月31日であり、年度なら今日3月31日であろう。

今日の日は、自分にとっても生涯の思い出に残る一日である。
長年糊口をそそがせて貰った会社を定年退職した日だからである。

思えば9年前の今日、会社の正面玄関から胸に花束を抱え、
黒塗りの車で歓呼の声に送られながらの 門出の日となったからである。

毎年この日が来ると思い起こすのである。

そして、今日の日に賭けたこの方の胸内は如何に・・・

ガソリン国会で獅子奮迅?のこの方も、
複雑な思いで 暫定税率期限切れの今日の日を迎えたに違いない。

既に石油元売り3社は、
明日以降に出荷するガソリンの卸値を1リットル当り22〜23円安くするとある。

これで国民の負担も少しは軽減されるも、
束の間の喜びで終わらぬよう願いたいものである。

根っこの道路特定財源の取り扱いについての審議はこれからである。
果たして福田丸の行く手に 
をみることが出来るのだろうか?・・・・

Posted at 16:28 | 日記 | この記事のURL
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この時期 [2008年03月26日(水) ]
学び舎では、
仰げば尊し わが師の恩〜 の候。

諸官庁・会社では、
年度末のおお忙し〜 加えて人事異動の内示で、
昇進なるやの喜怒哀楽が漂う。

国会では、
今月末で期限が切れる「揮発油税の暫定税率」など盛り込んだ
税制改正法案に、与党・野党の綱引き合戦・・・

件の御仁の首を竪に振らせるには 至難の技とみた。

それに比べて自然は律儀なものなり。
時節到来とあれば 黙っていても固い蕾をこじあけ開花する。

今朝の散歩で紅白のしだれ梅に出会う。


春まだ浅き吾が街の 古刹に香る梅の花〜 である。

早速バカチョンに収め、意気揚々の帰還なり。

Posted at 20:56 | 日記 | この記事のURL
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彼岸の中日 [2008年03月20日(木) ]
明け方の強風混じりの雨もあがり、午前中に墓参りに出向く。
墓前にお線香を手向け、ご先祖の冥福を念じた。

“帰路の切符がとれたら一度 彼岸の先祖に逢いに行く”

の心境である。


さて、今日は春分の日、「自然をたたえ、生物をいつくしむ」国民の祝日である。
戦前は「春季皇霊祭」と言い、歴代天皇や主たる皇族の忌日を春と秋に纏め奉祀したものだそうだが、昭和23年から現在の「春分の日」となっている。

また、今日は“お彼岸の中日”で、仏教各派では全国各地で「春季彼岸会」が行われ、宗派問わず墓参りをする人達も多い。

で、お彼岸とはなんぞや?〜であるが、お坊さんの説教を聞くと、

大きな川を挟んで向こう岸(彼岸)に仏の世界があり、我々凡夫はこちらの岸(此岸)に居ると考えられる。
「彼岸」は、仏の世界であり、悟りの世界であり、「此岸」は凡夫の世界であり、迷いの世界である。
そして、迷いの岸(此岸)から、悟りの彼岸に到る(到彼岸)のが、仏教の目的であり、「彼岸」の意味だと結んでいる。

しかしながら宇宙旅行も夢ではない今日、今もって彼岸から此岸に帰還した者が居ない。

彼岸にある西方浄土とは、如何なる所で、そんなに遠い所なのだろうか?・・・

”此岸と彼岸に吊橋架けて 三途の川などひとまたぎ”

とは、ならないものだろうか? と、暫し瞑想に耽る一日である。

Posted at 17:52 | 日記 | この記事のURL
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♪春のうららの隅田川〜 [2008年03月16日(日) ]
今日はどんよりとした春日和の日曜日である。
漸く春めいて、今週末から「選抜高校野球大会」が始まる。
今年は第80回記念大会だそうで、まさに”春は選抜から”である。

さて、過日叔母の葬儀で上京した帰りに築地本願寺にお参りし、汽車時間までの僅かなひと時を勝鬨橋に出て隅田川べりを散策してきた。定年後は、上京の機会も少なくなり、此の辺を歩くのは久し振りであった。

隅田川と言えば、滝廉太郎の歌曲「花」が頭に浮かぶ。
♪春のうららの隅田川〜 上り下りの舟人が〜・・である。

当時であれば、春の隅田川に、オールで水面を掻いて川を進んでいくボートの情景が浮かぶ。現在では行き交う舟も↓の如しなり。


「花」は、1900(明治33)年に発表された「歌曲集 四季」の4曲中の1曲である。
ほかにも廉太郎は、23歳の短い生涯のなかで「荒城の月」・「箱根の山」などの名曲を残し、「花」と共に唱歌にも取り入れられていた。

また、「隅田川」であるが、東京都北区の新岩淵水門で荒川から分岐し、新河岸川・石神井川・神田川などの支流河川を合わせ、東京湾に注ぐ全長23.5kmの一級河川とある。

そして「勝鬨橋(かちどきばし)」は、、


1905年(明治38年)に、日露戦争における旅順陥落祝勝記念として有志により「勝鬨の渡し」が設置され、築地と、対岸の月島の間を結ぶ渡し舟であったそうである。その後、1929年(昭和4年)「東京港修築計画」により架橋が実現してる。

建設当時は隅田川を航行する船舶が多かったので、3千t級の船舶が航行可能にする為、日本では珍しい可動橋(跳開橋)となったそうです。

工事は1933年に着工し、1940年に完成、この年は「皇紀2600年」を記念して月島地区で開催予定であった国際博覧会へのアクセス路とする計画の一環でもあったようです。結果的に博覧会は日中戦争の激化などもあって軍部の反対により中止されていますが、勝鬨橋は計画どおり完成し「東洋一の可動橋」と呼ばれるほどの評判を得たそうです。

また、跳開は1953年頃まで1日に5回(1回につき20分程度)の頻度で行われていたそうですが、その後社会情勢の変貌と相まって1970年11月をもって跳開されることはなくなったとあります。

<橋の概要>  
               
   ・構造形式 :中央部 跳開型可動橋・
    両側 鋼ソリッドリブタイドアーチ橋
    可動部 双葉跳開型(可動支間長 44m)
   ・橋 長 246m
   ・幅 員 22m

今は亡き叔母との 思い出の場所の一つとなった。

Posted at 18:35 | 日記 | この記事のURL
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諸行無常 [2008年03月12日(水) ]

先日、東京の叔母(叔父の連れ合い)が急逝し、お通夜・葬儀に参列した。
死因は心筋梗塞で、享年78歳のあっけない生涯であった。

2週間前の電話で元気な声で話していたあの叔母が?・・・と、
仏様に対面するまで信じられなかった。

叔父の方は、昨年3月末に既に他界していて、
今月の30日に一回忌法要の連絡を受けていた矢先の出来事だった。

それ人間の浮生なる相をつらつら観ずるに、
おぉよそ、はかなきものは この世の始中終。
(あした)には紅顔ありて・夕(ゆうべ)には白骨となれる身なり、
すでに天常の風きたれば・すなわちふたつのまなこたちまちにとじ・・・


である。

合掌

帰郷に際し、叔母の冥福を乞い願い、
同家の宗派である“築地本願寺”にお参りして昨夜帰宅した。 

Posted at 19:03 | 日記 | この記事のURL
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