【今 日 の 情 報 : 歳 時 記・催 し・話 題・出 来 事】
★満開の桜のなか江戸時代初期に名をはせた京都島原の名妓として名高い・二代目吉野太夫をしのぶ花供養が四月十五日、北区・常照寺で営まれる。
約三百b離れた源光庵前から午前十時二十分に出発して吉野太夫の墓のある常照寺までを、鼈甲のかんざしに赤い着物を身に付けた三人の太夫たちが、禿とともに傘持ちなどを従え、高下駄を履き「内八文字」という独特の歩き方で優雅に進む、華やかな太夫道中が行われ、吉野太夫の墓に詣でる。
参道の両脇を埋め尽くす吉野桜が見もの。
境内では、太夫による野点席をはじめ煎茶などの茶席が設けられ、舞や胡弓の演奏など諸芸能が奉納される。
二代目吉野太夫は、島原の前身である六条三筋町の太夫で、書画や和歌など文芸に秀で、「寛永の三名伎」の一人とうたわれた。信仰心が厚く、常照寺を開いた寂照院日乾上人に帰依した。多額の私財を投じて「吉野門・赤門」と呼ばれる朱塗りの山門を寄進したことから、毎年この時期に営まれている。
★第五十五回「北野をどり」が四月十五日より開幕。
今年の演目の内容は、第一部・序幕は縁結びの神社を舞台に男女の恋物語を描いた舞踊劇「ゑにしの宮」: 第二部・純舞踊「色はにほへど」 では、舞妓の初々しい踊りの「春」や艶っぽさが際だつ「北野小唄」、ベテラン芸妓によるコミカルな「うかれ坊主」など多彩な舞台を繰り広げ、:フィナーレ・終幕の「上七軒夜曲」では、桜の華やかさを出演者全員二十五名の総踊りで締めくくる。
期 間 四月二十五日まで。
開 演 午後一時、三時、 土・日は午後五時の三回公演
場 所 上七軒歌舞練場
入場料 四千三百円(御茶券付)、三千八百円
【京 の 季 節 の 花 便 り】
★東山・清水寺のすぐ傍の地主神社では、四月十五日(日)縁結びを祈願する「さくら祭り」が開かれる。
一本の木に一重、八重の両方の花を咲かせる「地主桜」は、平安時代に嵯峨天皇がその美しさに車を戻して眺めたという故事から、「お車返しの桜」とも言われる。
明治時代初期に枯れ、いったん途絶えたとされるが、一九六二年に同神社に再び移植され、毎年花を付けている。
平安時代にちなんだ神事では、本殿に白川女姿による地主桜の枝の献花や、地主桜を題材にした謡曲「田村」「熊野」の奉納などがある。
★満開の桜のなか江戸時代初期に名をはせた京都島原の名妓として名高い・二代目吉野太夫をしのぶ花供養が四月十五日、北区・常照寺で営まれる。
約三百b離れた源光庵前から午前十時二十分に出発して吉野太夫の墓のある常照寺までを、鼈甲のかんざしに赤い着物を身に付けた三人の太夫たちが、禿とともに傘持ちなどを従え、高下駄を履き「内八文字」という独特の歩き方で優雅に進む、華やかな太夫道中が行われ、吉野太夫の墓に詣でる。
参道の両脇を埋め尽くす吉野桜が見もの。
境内では、太夫による野点席をはじめ煎茶などの茶席が設けられ、舞や胡弓の演奏など諸芸能が奉納される。
二代目吉野太夫は、島原の前身である六条三筋町の太夫で、書画や和歌など文芸に秀で、「寛永の三名伎」の一人とうたわれた。信仰心が厚く、常照寺を開いた寂照院日乾上人に帰依した。多額の私財を投じて「吉野門・赤門」と呼ばれる朱塗りの山門を寄進したことから、毎年この時期に営まれている。
★第五十五回「北野をどり」が四月十五日より開幕。
今年の演目の内容は、第一部・序幕は縁結びの神社を舞台に男女の恋物語を描いた舞踊劇「ゑにしの宮」: 第二部・純舞踊「色はにほへど」 では、舞妓の初々しい踊りの「春」や艶っぽさが際だつ「北野小唄」、ベテラン芸妓によるコミカルな「うかれ坊主」など多彩な舞台を繰り広げ、:フィナーレ・終幕の「上七軒夜曲」では、桜の華やかさを出演者全員二十五名の総踊りで締めくくる。
期 間 四月二十五日まで。
開 演 午後一時、三時、 土・日は午後五時の三回公演
場 所 上七軒歌舞練場
入場料 四千三百円(御茶券付)、三千八百円
【京 の 季 節 の 花 便 り】
★東山・清水寺のすぐ傍の地主神社では、四月十五日(日)縁結びを祈願する「さくら祭り」が開かれる。
一本の木に一重、八重の両方の花を咲かせる「地主桜」は、平安時代に嵯峨天皇がその美しさに車を戻して眺めたという故事から、「お車返しの桜」とも言われる。
明治時代初期に枯れ、いったん途絶えたとされるが、一九六二年に同神社に再び移植され、毎年花を付けている。
平安時代にちなんだ神事では、本殿に白川女姿による地主桜の枝の献花や、地主桜を題材にした謡曲「田村」「熊野」の奉納などがある。
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at 10:33
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コメント(1)
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女性が綺麗ですね。
風情がある都ですよね。