2007年10月15日
【今日の情報:歳時記・催し・話題・出来事】

★平安末期、熊野信仰が盛んであった頃、後白河法皇の勧請と伝えられる京の三熊野の一つ、東山区の芸能上達の神様として知られる新熊野神社(イマクマノ)で例年十月十五日に「大樟祭」(クスノキ)が行われてきたが、今年から中秋の名月に日(今年は九月二十五日)に変更して催されるようになった。
名月を鑑賞しながら、樹齢九百余年とされる大クスノキの前で、かがり火に照らされた舞台で優雅な舞楽が奉納された。
クスノキは高さ二十の大木で、一一六〇年の同神社創建の際に、後白河上皇が熊野より移植したといわれる。
同神社では、能楽を大成した観阿弥・世阿弥親子が足利義満の前で猿楽を演じたといわれる

2007年 10月 19日(金)
【今 日 の 情 報 : 歳 時 記・催 し・話 題・出 来 事】

★織田信長を祀る北区・建勲神社で十月十九日、恒例の「船岡大祭」が営まれる。
長篠の合戦にちなんで火縄銃の三段撃ちなども実演。
大祭は戦火で荒れ果てた京都の復興に尽力した信長を偲び、太平の世を願う祭りで、信長が始めて上洛し、天下統一への一歩を踏みしめた一五六八(永禄十一)年十月十九日にちなんで毎年開かれている。
神事では、信長が桶狭間へ出陣する前に舞ったとされる仕舞「敦盛」が奉納された後、古式炮術流儀保存会の会員九人が、拝殿前の石段から秋空に向かって火縄銃の空砲を打ち鳴らす。甲冑姿の会員が「火ぶたを切れ」「放て」などの合図で引き金を引くと、身体を揺さぶるような轟音が船岡山にこだまし、戦国時代に思いをはせていた。 その他、キリシタン衣装を付けてポルトガルギターの奉納や舞楽の奉納がある。
同時に神社が所蔵する信長一代記で重要文化財の「信長(しんちょう)公記」(十五巻)も特別公開される。
信長公記は信長の側近・太田牛一が信長の上洛した一五六八年から一五八二年本能寺の変までの十五年間を、一年一冊ずつまとめた自筆で価値が高い軍記。
【今日の情報:歳時記・催し・話題・出来事】
★平安末期、熊野信仰が盛んであった頃、後白河法皇の勧請と伝えられる京の三熊野の一つ、東山区の芸能上達の神様として知られる新熊野神社(イマクマノ)で例年十月十五日に「大樟祭」(クスノキ)が行われてきたが、今年から中秋の名月に日(今年は九月二十五日)に変更して催されるようになった。
名月を鑑賞しながら、樹齢九百余年とされる大クスノキの前で、かがり火に照らされた舞台で優雅な舞楽が奉納された。
クスノキは高さ二十の大木で、一一六〇年の同神社創建の際に、後白河上皇が熊野より移植したといわれる。
同神社では、能楽を大成した観阿弥・世阿弥親子が足利義満の前で猿楽を演じたといわれる
2007年 10月 19日(金)
【今 日 の 情 報 : 歳 時 記・催 し・話 題・出 来 事】
★織田信長を祀る北区・建勲神社で十月十九日、恒例の「船岡大祭」が営まれる。
長篠の合戦にちなんで火縄銃の三段撃ちなども実演。
大祭は戦火で荒れ果てた京都の復興に尽力した信長を偲び、太平の世を願う祭りで、信長が始めて上洛し、天下統一への一歩を踏みしめた一五六八(永禄十一)年十月十九日にちなんで毎年開かれている。
神事では、信長が桶狭間へ出陣する前に舞ったとされる仕舞「敦盛」が奉納された後、古式炮術流儀保存会の会員九人が、拝殿前の石段から秋空に向かって火縄銃の空砲を打ち鳴らす。甲冑姿の会員が「火ぶたを切れ」「放て」などの合図で引き金を引くと、身体を揺さぶるような轟音が船岡山にこだまし、戦国時代に思いをはせていた。 その他、キリシタン衣装を付けてポルトガルギターの奉納や舞楽の奉納がある。
同時に神社が所蔵する信長一代記で重要文化財の「信長(しんちょう)公記」(十五巻)も特別公開される。
信長公記は信長の側近・太田牛一が信長の上洛した一五六八年から一五八二年本能寺の変までの十五年間を、一年一冊ずつまとめた自筆で価値が高い軍記。
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