【今 日 の 情 報 : 歳 時 記・催 し・話 題・出 来 事】
★世界文化遺産:総面積二十七万五千平方bを誇る元離宮二条城、宮家の御殿のほぼ完全な遺構として唯一現存し、重要文化財に指定されている「本丸御殿」の恒例春の特別公開が三月二日から始まった。 三月十一日まで。 午前九時〜午後三時まで受付。
一六〇三年、徳川家康の宿舎として築城されて以来、一八六七年の大政奉還まで、徳川家の歴史が刻まれ、特に中の二の丸御殿は、桃山時代武家風書院造りの代表的建築で内装は豪華そのもの。
本丸御殿は江戸末期の宮家の遺構とされる建物や能舞台にもなる御書院や幕末の画壇を代表する狩野永岳の襖絵など当時の面影をとどめる障壁画が楽しめる。
もともと京都御所内にあった旧桂宮御殿(一八四七建築)を、明治時代中期(一八九三年)に二条城本丸へ移築された。
徳川十四代将軍家茂に嫁いだ皇女和宮が一時暮らしたとされる由緒ある建物で、三階の縁側からは京都市内が見渡せ、新緑に色づき始めた庭園が眺められ、春めいた風も心地よく、往時の雰囲気を堪能できそうです。
【二条城に関する逸話】
明治六年、京都府は天皇が東京に遷幸し御所はただの空き家。
葵の御紋の象徴・二条城も主人を失い「菊は栄えて葵は枯れる」とまで言われ、御所・二条城の売り出しを考えたらしい。
御所を五千円、二条城を一万円で売りに出したが買い手が付かなかった。
ちなみに明治六年のコメの値段は一石(二俵半)で三円二十九銭四厘八毛九絲。
★世界文化遺産:総面積二十七万五千平方bを誇る元離宮二条城、宮家の御殿のほぼ完全な遺構として唯一現存し、重要文化財に指定されている「本丸御殿」の恒例春の特別公開が三月二日から始まった。 三月十一日まで。 午前九時〜午後三時まで受付。
一六〇三年、徳川家康の宿舎として築城されて以来、一八六七年の大政奉還まで、徳川家の歴史が刻まれ、特に中の二の丸御殿は、桃山時代武家風書院造りの代表的建築で内装は豪華そのもの。
本丸御殿は江戸末期の宮家の遺構とされる建物や能舞台にもなる御書院や幕末の画壇を代表する狩野永岳の襖絵など当時の面影をとどめる障壁画が楽しめる。
もともと京都御所内にあった旧桂宮御殿(一八四七建築)を、明治時代中期(一八九三年)に二条城本丸へ移築された。
徳川十四代将軍家茂に嫁いだ皇女和宮が一時暮らしたとされる由緒ある建物で、三階の縁側からは京都市内が見渡せ、新緑に色づき始めた庭園が眺められ、春めいた風も心地よく、往時の雰囲気を堪能できそうです。
【二条城に関する逸話】
明治六年、京都府は天皇が東京に遷幸し御所はただの空き家。
葵の御紋の象徴・二条城も主人を失い「菊は栄えて葵は枯れる」とまで言われ、御所・二条城の売り出しを考えたらしい。
御所を五千円、二条城を一万円で売りに出したが買い手が付かなかった。
ちなみに明治六年のコメの値段は一石(二俵半)で三円二十九銭四厘八毛九絲。
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at 12:04
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