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おいないの京都最新情報 [2007年10月31日(水) ]
【今日の情報:歳時記・催し・話題・出来事】



★京都御所で十月三十一日、秋の一般公開が始まった。
開門と同時に多くの観光客が訪れ、赤や黄に染まり始めた木々のもと、普段は見ることの出来ない建物や庭園の風情を楽しみながら見学し、みやびな宮中の風情を楽しんでいた。
今回は「宮中の舞」をテーマに、あでやかに舞う姿が人形で再現され、絵巻物から抜け出たような宮廷の世界を満喫できる。
今回は、「五節の舞」や「東遊び」、「和舞」と宮中ゆかりの三つの舞いを取り上げ、約一`の見学コースの三か所に人形が展示されている。
公開期間  十月三十一日〜十一月四日(五日間)
入門時間 午前九時(開門)〜午後三時(閉門)
三日、午前十時と十一時から春興殿前広場で雅楽の演奏
四日、午前十一時と正午に五節の舞が実演される。
宜秋門(ぎしゅうもん)から参入し紫宸殿、御常御殿などを巡り、清所門から退出。  

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おいないの京都最新情報 [2007年10月31日(水) ]
【今日の情報:歳時記・催し・話題・出来事】



京都市の広域中心部の十の通りが十一月一日から、歩きたばこや健康被害を防止する目的から「路上喫煙等禁止区域」に指定され、指導員が巡回し、違反者の取り締まりを強化する。違反者に対しては二千円以下の過料の徴収が科せられる。
広域範囲は、一時間当たり千人以上の歩行者がある四条通の烏丸〜東大路間、河原町通の御池〜四条間、烏丸通の御池〜四条間、錦小路通の烏丸〜新京極間など計十路線(七.一`)が禁止区域に指定された

(地図参照・赤線路線が禁止区域)

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おいないの京都最新情報 [2007年10月27日(土) ]
【今 日 の 情 報 : 歳 時 記・催 し・話 題・出 来 事】



東山区・高台寺では、「秋の特別拝観」が始まった。
庭園を彩るライトアップ、方丈前の波心庭の白砂には、一滴の水が川の流れや海、植物に変わっていく映像が次々に浮かび上がった。
今秋は「地球といのちがよろこぶライトアップ」がテーマ。
方丈東側にある臥龍池(国史跡・名勝)周辺を含め、千三百基の照明で庭を照らしている。
今回は、自然環境に配慮し、全体の五〜七%の電力は、昼間に太陽光発電で蓄えた電気を利用している為、一日当たり二酸化炭素二十四キロの削減効果があるらしい。
臥龍池では、色づき始めたモミジが水鏡に揺れ、夜空に伸びる竹林も青く照らし出され、幽玄の世界へ誘い込む。
十月二十六日〜十二月九日まで。 日没から午後九時半まで。
《料 金》  高台寺 六百円 : 圓徳院 五百円

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おいないの京都最新情報 [2007年10月25日(木) ]
【今 日 の 情 報 : 歳 時 記・催 し・話 題・出 来 事】



伏見稲荷大社で毎年六月十日に五穀豊穣を祈る農耕神事「田植祭」で境内の神田に植えられた早苗が稲穂となり、稲を刈る祭事で秋の恵みに感謝する「抜穂祭」が十月二十五日、境内の神田前の舞台で営まれ、雅楽の優雅な調べと、鮮やかな緋袴姿の神楽女が鎌と稲穂を手に古式ゆかしく、あでやかな「抜穂舞」が披露される中、男女約二十人が、手甲脚絆・管笠姿で横一列になり、かまで手際よく刈り取っていた。
美しく、そしてのどかな祭で、古式ゆかしい稲刈りは約五アール(三百三十平方メートル)の神田で百八十キロを収穫し、十一月二十三日の新嘗祭で神前に供えられる。

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おいないの京都最新情報 [2007年10月22日(月) ]
【今 日 の 情 報 : 歳 時 記・催 し・話 題・出 来 事】

★時代祭についてあまり知られていない事実やヱピソート

明治二十八年というのは平安京が京都に築かれてから丁度一一〇〇年目という記念すべき年でしたが、その頃の京都は明治維新によって首都が東京に移りすっかり活力を失い、さびれていた頃です。
その時かっての京都の活力を取り戻そうと情熱に燃える京都市民が「平安遷都千百年祭」というイベントを企画し、たまたま第四回国内勧業博覧会と時期同じくしたので、その記念モニュメントと博覧会のパピリオンとして、平安宮大極殿の縮小復元が成され、その出来ばえは素晴らしく神宮としての保存が決定され、平安朝の創始者・桓武天皇が祀られることになったのです。
それが現在の「平安神宮」で、当然神を祭るならば例祭が必要となりそこで考え出されたのが「時代祭」なのです。
明治二十八年十月二十二日はまさに新都・平安京の始まった日、つまり京都の誕生日です。「時代祭」という神事として毎年この日に行われるようになったのです。

時代祭の見どころは豪華な衣装の数々です。一万二千点にもおよぶ衣装や調度品、祭具は全てが本物。その道のプロ達により時代考証が重ねられ糸一本に至るまで当時の素材や技法で復元されています。これぞ伝統工芸王国・京都のなせる技です。
その貴重な衣装や道具は一人当たり一〇〇〇万〜三〇〇〇万円です。行列十九列、総勢二千名程ですからその評価額は…何と四十億〜五十億円、まさに動く美術館です。
当日は、馬車四台、牛車一台、牛馬七十六頭とともに各時代の衣装をまとった行列は明治維新、江戸時代、安土桃山時代、吉野時代、鎌倉・室町時代、藤原時代、延暦時代の順に京都御所の建礼院門前を出発し、平安神宮までを歩き、古都・京都千年の歴史と文化が一目で判るようになっています。
特に人気の列は京都御所・建礼門から、錦の御旗や陣羽織姿の隊長を先頭に、小中学生の筒袖の羽織に紫色の袴を着けた鼓笛の音とともに現れる鼓笛隊や鉄砲隊など、総勢八十人が、維新時そのままにゆったりと行進する、行列の先頭を行く山国維新勤皇隊、坂本龍馬らが登場する明治維新の立て役者となった幕末志士列と京都にゆかりのある婦人列。婦人列は江戸時代、中世、平安時代の三列あり京都の五花街の芸妓さんらが持ち回りで担当します。

最後尾につく桓武・孝明両天皇の霊を祀る鳳輦。京都で生涯を終えた最初と最後の天皇は、毎年この時に市中の繁栄を眺めて都大路を巡られる。
時代祭りが始まった明治時代は、室町幕府を開いた足利尊氏が「逆賊」とされ、室町時代列が作られなかった。
創設当時は天皇崇拝が色濃い時代で、天皇に刃向かった尊氏に代わり、後醍醐天皇上洛を導いた楠木正成の列が作られたが、「日本文化の原点となる北山・東山文化がないのはおかしい」ということで、能や華道、茶道が発展した室町文化の行列で、金閣を造った三大将軍義満や銀閣を造った八代将軍義政のほか能作者世阿弥や茶人千利休、作庭で名高い夢想国師らの足利時代列(室町幕府)について従来より新設する計画が固まり、今年の創設が実現した。



★昼間洛中を時代祭の行列が優雅に王朝絵巻を繰り広げながら練り歩いたその夜、鞍馬では勇壮な巨大な松明が夜空を焦がす「鞍馬の火祭」が由岐神社周辺で行われ、すさまじい熱気と興奮・炎と煙に、日頃静かな山里を熱く焦がし、秋の終わりを告げる伝統的な神事。
平安時代、内裏にまつられていた祭神を鞍馬に迎えた際に、村人がかがり火で迎えた故事にちなむ。山里が闇に包まれる頃、鞍馬街道沿いの家々にかがり火が灯ると、小松明を持った子供たちが登場、続いて締め込み姿の男性たちが長さ五メートルの大松明を担いで「サイレイ」「サイリョウ」の掛け声とともに、赤々と燃える松明が火の粉を振りまきながら大きく揺れ、街道を練り歩く。鞍馬寺の石段下に集結した大小の松明が、大きな炎のうねりとなって祭りは最高潮に達する。



Posted at 10:26 | 【今 日 の 情 報 : 歳 時 記・催 し・話 題・出 来 事】 | この記事のURL
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おいないの京都最新情報 [2007年10月21日(日) ]
京都の三大祭りの一つで、秋を彩る「時代祭」が明日、十月二十二日(日)正午、時代行列は京都御所・建礼門前を出発して平安神宮へと華やかな時代衣装に身を包んだ十八列総数二千人もの大行列が古都・都大路に一大絵巻を繰り広げ、練り歩きます。
京都の三大祭りとは五月の「葵祭」、七月の「祇園祭」、十月の「時代祭」で、その歴史は葵祭は一四〇〇余年、祇園祭が一〇〇〇余年の長い歴史を持つのに対して、時代祭はたった一〇〇余年なのです。一八九五(明治二十八)年に始まり今年で百三回目。
※尚この日、夜は京の三大奇祭の一つ勇壮な炎の祭典として知られる「鞍馬の火祭」が行われます。
双方とも周辺道路は臨時の交通規制が実施されますので京都へ車でお越しの節は、雑踏にご注意を……… (各所に交通規制有り)



Posted at 15:42 | 【今 日 の 情 報 : 歳 時 記・催 し・話 題・出 来 事】 | この記事のURL
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おいないの京都最新情報 [2007年10月21日(日) ]
【今日の情報:歳時記・催し・情報・出来事】



★日本での競馬発祥の地と伝わる上賀茂神社で十月二十一日、昨年復活した約八百年前から行われていた騎射の一種「笠懸」(かさがけ)神事が、伝統的な騎射を継承する「武田流弓馬術」(神奈川県)により奉納された。
笠懸は、日本書紀にも登場する日本古来の弓馬術で、地上に伏せて攻撃してくる敵の顔面を狙う実践的な騎射で、疾走する馬上から的を狙う。
約五b離れた四十a四方の的を射る遠笠懸と地面低くにたてられた二十a四方の小さな的を射る小笠懸がある。
境内の参道西側の芝生に約百八十bの直線路を設け、武者装束姿の騎手九人が順に南端からスタート。北端でUターンして駆け抜ける間に、馬場の左右両側に設けた大小五つの的に向けて射手は馬から身を乗り出す形で矢を放つ。
※上賀茂神社では、建保二(一二一四)年、後鳥羽上皇の行幸の際に行われたとの記録が「賀茂旧記」に残っているが、いつまで行われていたは不明。



★源平合戦、壇ノ浦の戦いで知られる弓の名手・那須与一の墓がある東山区・泉涌寺塔頭即成院では、毎年十月第三日曜日(今年は二十一日)に「二十五菩薩お練り供養大法会」が行われる。
本堂を極楽浄土、境内の地蔵堂を現世とし、その間約六十bに高さ二bの橋を渡し、現世の衆生を二十五菩薩が極楽に迎えに来る姿を現す法要。
ホラ貝を吹き鳴らす修験者や僧が、まず稚児を先導。その後、金色の各菩薩の面をつけ、金襴の衣装をまとった二十五人の菩薩役の信者が橋を渡って、ご来迎を再現する。
最後に本堂内で観音、勢至、普賢の三菩薩が優美な「極楽の舞」を披露する。



★かって天皇のかわりに伊勢神宮に仕えた斎宮が、京から伊勢神宮に向かった様子を再現する「斎宮夢行列」が十月二十一日、嵐山一帯で催され、十二単衣の斎宮や稚児ら約百五十人の行列が、秋風そよぐ嵯峨野の竹林をゆったりと厳かに練り歩く。
行列は斎宮代や騎乗の監送使、命婦役らが野々宮神社を出発し、途中で稚児が加わり、緩やかな足取りで渡月橋へと出発。
斎宮代は大堰川で手を洗い、身を清める壮麗な王朝絵巻行列。
南北朝時代までは、天皇の即位に合わせて、未婚の内親王から選ばれた皇女が斎宮として嵯峨野の地で営まれた野宮で潔斎の後、「群行」と称される大行列で伊勢神宮に向かった。野宮神社は、その昔に野宮が設けられた場所とされる。


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おいないの京都最新情報 [2007年10月20日(土) ]
【今日の情報:歳時記・催し・話題・出来事】



左京区・鞍馬本町の由岐神社の例祭「鞍馬の火祭」で使われる二基の神輿が、約百六十年ぶりに解体修理が完了し、二十二日の祭りでは、黄金色の二基の神輿がそろって渡御する。
ともに高さ二.八b、一.四b四方で、大半がヒノキで作られ、屋根の瓔珞(ようらく)などの飾り金具に金メッキをし直したり、龍の木彫りに金箔を押し直した。胴にあった絵画の彩色も岩絵の具で塗り直し、極力、以前の部材を再利用している。
神輿の製作年代は江戸時代中期の元禄後期から享保年間に作られた可能性がある。
祭りは神を迎えるかがり火の大松明が注目されるが、神輿は氏子地区を渡御し、「チョッペン」の儀式では、担ぎ棒に氏子を乗せて石段を駆け下りる

Posted at 10:55 | 【今 日 の 情 報 : 歳 時 記・催 し・話 題・出 来 事】 | この記事のURL
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おいないの京都最新情報 [2007年10月19日(金) ]
2007年10月15日

【今日の情報:歳時記・催し・話題・出来事】



★平安末期、熊野信仰が盛んであった頃、後白河法皇の勧請と伝えられる京の三熊野の一つ、東山区の芸能上達の神様として知られる新熊野神社(イマクマノ)で例年十月十五日に「大樟祭」(クスノキ)が行われてきたが、今年から中秋の名月に日(今年は九月二十五日)に変更して催されるようになった。
名月を鑑賞しながら、樹齢九百余年とされる大クスノキの前で、かがり火に照らされた舞台で優雅な舞楽が奉納された。
クスノキは高さ二十の大木で、一一六〇年の同神社創建の際に、後白河上皇が熊野より移植したといわれる。
同神社では、能楽を大成した観阿弥・世阿弥親子が足利義満の前で猿楽を演じたといわれる



2007年 10月 19日(金)

【今 日 の 情 報 : 歳 時 記・催 し・話 題・出 来 事】



★織田信長を祀る北区・建勲神社で十月十九日、恒例の「船岡大祭」が営まれる。
長篠の合戦にちなんで火縄銃の三段撃ちなども実演。
大祭は戦火で荒れ果てた京都の復興に尽力した信長を偲び、太平の世を願う祭りで、信長が始めて上洛し、天下統一への一歩を踏みしめた一五六八(永禄十一)年十月十九日にちなんで毎年開かれている。
神事では、信長が桶狭間へ出陣する前に舞ったとされる仕舞「敦盛」が奉納された後、古式炮術流儀保存会の会員九人が、拝殿前の石段から秋空に向かって火縄銃の空砲を打ち鳴らす。甲冑姿の会員が「火ぶたを切れ」「放て」などの合図で引き金を引くと、身体を揺さぶるような轟音が船岡山にこだまし、戦国時代に思いをはせていた。 その他、キリシタン衣装を付けてポルトガルギターの奉納や舞楽の奉納がある。
同時に神社が所蔵する信長一代記で重要文化財の「信長(しんちょう)公記」(十五巻)も特別公開される。
信長公記は信長の側近・太田牛一が信長の上洛した一五六八年から一五八二年本能寺の変までの十五年間を、一年一冊ずつまとめた自筆で価値が高い軍記。

Posted at 12:22 | 【今 日 の 情 報 : 歳 時 記・催 し・話 題・出 来 事】 | この記事のURL
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おいないの京都最新情報 [2007年10月18日(木) ]
時 代 祭 特 報


時代祭は一八九五年に始まり、今回で百三回目を迎える。
これまで室町時代は室町幕府を開いた足利尊氏が「逆賊」とみなされ、時代祭から除外されてきたが、室町時代は京都の文化が花開いた大切な時代で、今年から室町時代列が新たに加わったことで、完全な時代祭になったと云える。
時代列の新設は一九六六年の維新志士列以来で四十一年ぶりとなる。
室町時代列は、足利将軍を中心とした幕府執政列と室町期の町衆の芸能を再現した風流踊りを舞う洛中風俗列の計約七十人で構成される。
真新しい衣装などの新調に約一億円がかかった。
馬上の足利将軍は烏帽子に金襴の豪華な衣装。よろい、かぶとはつけず、軽装の子具足姿を表現した。お供の細川氏や山名氏は、色鮮やかな甲冑を着用する。
洛中風俗列は、頭に赤熊をかぶったり、奇抜な格好で太鼓や鉦に合わせて踊る。

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