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おいないの京都最新情報 [2008年04月29日(火) ]
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】

京都・伏見の城南宮で、恒例の平安時代のみやびな王朝絵巻を再現した優雅な貴族の歌び、春の「曲水の宴」が四月二十九日行われる。
お琴の音色が響く新緑の生い茂る庭園で、遣水(やりみず)と呼ばれる小川のほとりに座った歌人が短歌を披露し、多くの観客はひとときを雅な世界に酔いしれていた様です。
清流にのぞんで詩歌を作り、杯を巡らす曲水の宴は中国古代に始まった遊宴とされ、日本では奈良時代から平安時代中期まで宮中で特に盛んに開かれていたようです。
城南宮では毎年春秋二回開かれて、その都度歌題を定め、宮中衣装の色鮮やかな狩衣や小袿(こうちき)をまとい、公郷や女官にふんした七人の歌人が三十一文字の短歌を短冊にしたため、遣り水を流れてくる杯の酒を飲み干すという伝統の儀式。
新緑の中で繰り広げられる王朝絵巻です。
新緑がまぶしいさわやかな風にフジやヤマブキの花が揺れる庭園で、歌人たちは源氏物語千年紀にちなんだ今年の歌題「若紫」に、ゆったりと筆を走らせていた。


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おいないの京都最新情報 [2008年04月27日(日) ]
【京 の 季 節 の 花 だ よ り】

西京区・松尾大社で四月十日から「山吹まつり」が始まっているが、ここにきてヤマブキが見ごろを迎えてきた。黄金色の八重の花が鈴なりに咲き、すがすがしい香りを漂わせている。四月二十六日からライトアップが始まった。無数の花が夕闇の中に照らされ、川面にゆらめく。
境内を流れる「一の井川」沿いに一重や白花を含め約三千株が自生する。
(四月十日のブログを参照)

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おいないの京都最新情報 [2008年04月22日(火) ]
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】

★京の夏の風物詩「鴨川納涼床」(登録商標)の組み立て開始!!
京都の夏を彩る風物詩として数えられ、江戸時代から広く親しまれている「鴨川の納涼床」が、五月一日の皐月の床開きに向けて今年も早々と、二条〜五条間の鴨川右岸約二.五`の、みそそぎ川の上に工事のつち音が高まって、急ピッチで組み立てが始まり、相次いで姿を現し、川辺には早くも初夏の雰囲気が漂って来た。
今年は九十二店が床を出し、和風ブームもあって木組みの柱が増えている。
期間は九月末までで、六月の本開きに先駆けて、五月と九月は大半の店で昼食時間にも営業を始め、京都観光を楽しむ観光客らで昼夜ともに賑わいそう。 
五月一日の皐月の床開きに向けて今年も早々と、二条〜五条間の鴨川右岸・みそそぎ川の上に工事のつち音が高まって、急ピッチで組み立てが始まり、相次いで姿を現し、川辺には早くも初夏の雰囲気が漂って来た。
今年は九十二軒が床を出し、和風ブームもあって木組みの柱が増えている。
期間は九月末までで、六月の本開きに先駆けて、五月と九月は大半の店で昼食時間にも営業を始め、京都観光を楽しむ観光客らで昼夜ともに賑わいそう。


★清水寺は五百三十年間使われた梵鐘に変わる新しい梵鐘が出来上がり、四月二十日開眼法要が営まれた。
僧侶らが鐘楼に掛けられた真新しい梵鐘を突き、東山に鐘の音を響かせた。
今年は、清水寺が第十六番札所となっている西国観音霊場中興の祖、花山法皇千年忌に当たり、新しい梵鐘も京都の安寧を願うでしょう。
古い梵鐘は国の重要文化財で、応仁の乱の最中の一四七八(文明十)年、焦土となった都と清水寺の復興を願い寄贈された。
風雨に耐えた年月で老朽化したため、清水門前会が結成二十年を記念して新しい梵鐘を寄贈した。
以前の梵鐘に比べて音が低く、余韻を長くしたという。


参考画像は http://blogs.yahoo.co.jp/oinaijp/folder/279901.html まで

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おいないの京都最新情報 [2008年04月21日(月) ]
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】


★中京区・壬生寺の大念仏堂で狂言の草分けとといえる「壬生狂言」の春の公開が四月二十一日より始まる。
『ガンデンガン』の囃子に合わせて演じられる軽妙な無言劇・壬生狂言は、鎌倉時代に壬生寺を興隆させた円覚が、民衆に仏の教えを身振りで伝えたのが始まりとされる。
七百年の伝統を伝え、重要無形文化財の指定を受けて、三十曲を受け継いでいる。
毎年春の公開は、壬生寺の奉納仏事となっている。
「壬生大念仏会」に上演される最初の演目は、太鼓屋が炮烙売りとけんかし、厄除けの炮烙を割るという「炮烙割」。
「炮烙割」で使われる衣裳が三十数年ぶりに新調され、上衣もはかまも柄を一新し、太鼓売りの上衣は竜から雷神へ、炮烙売りはウサギから猿の綱渡りと壬生菜の花へと柄が変更された。
最後に、節分の日に家族の年齢や性別を墨書きして奉納された千枚以上の炮烙が舞台の上から落とされる。
これが見事に割れると、災いから逃れ福を招くといわれている。
期間中、毎日午後一時から五時半頃まで五演目を上演。
四月二十九日まで。 
有料:大人 八〇〇円、中高生 六〇〇円、小学生 四〇〇円
※ 二月、十月にも催される。





★二条城で四月二十日から、築城四百年を記念した「二の丸御殿 鳥尽くし展」が始まった。徳川幕府の御用絵師、狩野探幽(一六〇二〜七四)の孔雀図など鳥を題材にした障壁画の実物を一堂に集め、初めて公開された。
将軍と大名、公家が公式に対面した二の丸御殿(国宝)は、障壁画や欄間、杉戸などに花鳥風月を題材にした装飾が施されている。このうち黒書院や大広間などを飾っていた重要文化財の七点を展示・収蔵館で公開した。
大広間の障壁画「松に孔雀図」は、めでたい象徴とされる孔雀と松を、探幽が優美な筆致と味わい深い色調で表現し、季節の変化に合わせた多彩な鳥が描かれている。
六月八日まで。入場料とは別に入館料が必要。


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おいないの京都最新情報 [2008年04月20日(日) ]
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】

★満開の桜のなか江戸時代初期に名をはせた京都島原の名妓として名高い・二代目吉野太夫をしのぶ「花供養」が四月二十日、北区・常照寺で営まれる。
約三百b離れた源光庵前から午前十時二十分に出発して吉野太夫の墓のある常照寺までを、鼈甲のかんざしに赤い着物を身に付けた三人の太夫たちが、禿とともに傘持ちなどを従え、高下駄を履き「内八文字」という独特の歩き方で優雅に進む、華やかな太夫道中が行われ、吉野太夫の墓に詣でる。
参道の両脇を埋め尽くす吉野桜が見もの。
境内では、太夫による野点席をはじめ煎茶などの茶席が設けられ、舞や胡弓の演奏など諸芸能が奉納される。
二代目吉野太夫は、島原の前身である六条三筋町の太夫で、書画や和歌など文芸に秀で、「寛永の三名伎」の一人とうたわれた。信仰心が厚く、常照寺を開いた寂照院日乾上人に帰依した。多額の私財を投じて「吉野門・赤門」と呼ばれる朱塗りの山門を寄進したことから、毎年この時期に営まれている。




★京の春を彩る例祭として、西の葵祭りとも呼ばれる勇壮な船渡御で知られる神輿が船に乗ってレンゲ咲く桂川の清流を渡ることで有名な松尾の祭りの神幸祭で六基のみこしが「ホイット、ホイット」の威勢のいい掛け声と春風に乗って順番に桂川を渡った。
平安時代前期の貞観年間から始まったとされ、一千年以上の歴史を持ち、氏子の安全を祈願する神幸祭(おいで)は松尾大社を出発し、桂離宮の辺りで川を渡り、祭典を行い、六基のみこしは各御旅所に納まる。
神事を終えた神輿六基が拝殿廻しの後露払いをする榊御面との面合わせを行い、榊御面、大榊行列等を前列として上桂一帯の氏子地域を巡行。
やがて桂大橋西岸上流で一基ずつ神輿船に載せられ、ゆっくりと川を下ります。
桜が散り、若葉が萌え出で、菜の花が岸を染める春の香気の中、桂大橋東岸での神輿の陸揚げがまた見事。(陸揚げは桂離宮東側から見学するのが一番)
還幸祭(おかえり)は五月十三日に松尾大社に還幸する。




【京 の 季 節 の 花 だ よ り】


★東山・清水寺のすぐ傍の地主神社では、四月二十日(日)縁結びを祈願する「さくら祭り」が開かれる。
一本の木に一重、八重の両方の花を咲かせる「地主桜」は、平安時代に嵯峨天皇がその美しさに車を戻して眺めたという故事から、「お車返しの桜」とも言われる。
明治時代初期に枯れ、いったん途絶えたとされるが、一九六二年に同神社に再び移植され、毎年花を付けている。
平安時代にちなんだ神事では、本殿に白川女姿による地主桜の枝の献花や、地主桜を題材にした謡曲「田村」「熊野」の奉納などがある。

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おいないの京都最新情報 [2008年04月19日(土) ]
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】

右京区・清涼寺(嵯峨釈迦堂)で四月十九日、本尊・釈迦如来立像(国宝)のほこりを払う「御身拭式」が営まれた。
約八百年前、後堀河上皇のきさきの母の生まれ変わりの牛が死んだ時、釈迦の体を拭ったとされる白い布で、きさきが経帷子を作り、牛に着せて火葬すると、往生したという言い伝えにちなみ、牛が死んだといわれる四月十九日に法要を営んでいる。
式は読経の最中に太鼓と鉦の音がなり、導師が厨子に上がって釈迦如来立像に一年間たまったほこりを丁寧に払った。
続いて西芳寺(苔寺)の水に香を溶いた香水に浸した白い木綿の反物で、立像の頭から足までふき取った。
※ 式で使った反物は事前に申し込んだ人が経帷子に仕立てるという。

【京 の 季 節 の 花 だ よ り】


★左京区・府立植物園で、深紅のチュリップ「レッドエンペラー」と、ソメイヨシノが満開を迎え、淡いピンクの雲がかかったような桜の木々を背景に、真っ赤な春風にそよぐ一万五千球のチュリップ花壇とのコントラストは深紅とピンクの競演でこの時期の植物園の風物詩。
植物園は今年、約五万五千個の球根を大芝生地や洋風花壇など五ヵ所に植られ、重量感のある八重咲きや花びらの縁に切り込みがある品種など約八十種類が順次花を咲かせている。見ごろは今月の末ごろまで。
桜ライトアップ(八日〜十四日)で約百十本のシダレザクラやソメイヨシノは華やかな春の一瞬を醸し出している。  


★約三千株が咲き誇る関西随一の山吹の名所、西京区・松尾大社では、境内を彩るヤマブキが咲き始め、四月十日から「山吹まつり」が始まっている。
五月六日までの期間中、各種のイベントが行われる。
新緑の木々と共に境内には八重や一重、シロヤマブキなど計約三千本のヤマブキがある。
境内を流れる一の井川沿いでは、しだれるように咲き、かすかな甘い香りを漂わせている。
この時期は境内の小川では、風に舞う桜の花びらがゆったりと流れる中、川辺で咲く黄金色のヤマブキとのコントラストが優美な情景で美しい。(見頃は四月下旬以降)


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おいないの京都最新情報 [2008年04月18日(金) ]
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】

浄土真宗中興の祖・蓮如の肖像画「御影」とともに、真宗大谷派本山・東本願寺から福井県あわら市・吉崎別院まで往復五百二十`ある全行程を歩いて往復する恒例行事「蓮如上人御影道中」が四月十七日、雨の中東本願寺を出発した。
蓮如(一四一五〜九九)が他宗から迫害され、京都を追われ越前・吉崎を拠点に教化した苦労をしのぶとともに、その遺徳を伝えるため、吉崎別院で毎年二十三日から営まれる法要に合わせて一七五二(宝暦二)年(約二百五十年前)から続く伝統行事。
東本願寺の阿弥陀堂で「御下向式」が営まれ、御影が輿に納められた。
続いて供奉人と呼ばれる門信徒と僧侶の計八人が御影を輿に収め、リヤカーに載せて「蓮如上人さま、東本願寺をおたーちー」のかけ声を合図に福井県に向けてお寺を出発した。
一行には一般参加者も随行する。
滋賀県湖西地域を経て二十三日に吉崎別院に到着。
蓮如上人御忌法要の後、五月二日に吉崎を発ち湖北、湖東地域を通って五月九日に東本願寺に戻る。
  
★府下山城町綺田(かばた)の「蟹の恩返し」の物語で知られる蟹満寺で四月十八日、カニに一年間の感謝をし、商売繁盛や豊漁を祈願する「蟹供養放生会」が営まれた。
平安時代後期の今昔物語などに記される「蟹満寺縁起」は、カエルを飲み込もうとしていたヘビに、父が「放したら娘を嫁にやる」と言ったためヘビに迫られた娘が、自分がかって助けたカニによって救われた、という話。
国宝の釈迦如来坐像を安置する本堂前で琴と尺八が演奏された後、観音堂で山伏や僧侶計九人が護摩を焚いた。
祭壇にはタラバカニ二匹を供え、読経が響くなか、全国のカニを扱う関係者や水産業者らが約三百匹のサワガニを次々と放した。
  

★東山区・浄土宗総本山:知恩院で四月十八日から開祖法然の遺徳を偲ぶ忌日法要「御忌」(ぎょき)が始まった。
御忌は、法然が八十歳で死去して約三百年後の一五二四(大永四)年に始まったとされる。
戦国時代から続く「法然忌」とも呼ばれる知恩院最大の法要で、命日の二十五日まで連日、ご詠歌の奉納や音楽法要などが続く。
法然は一月二十五日に亡くなったが、本来は一月に営む法要が一八七七年から四月になった。
全国から集まった僧侶や壇信徒たちの唱える念仏が、国宝・御影堂に響き、法然の遺徳を偲んだ。
十八日の逮夜法要では、約百人の僧侶が内陣を歩き回りながら念仏を唱える「笏念仏行道」が営まれ、堂内を埋めた約千人の参拝者が手を合わせていた。
夜からは、三門上層の仏堂で「ミッドナイト念仏in御忌」があり、僧侶らは仏像の前にろうそくをともし、朝まで厳かな雰囲気の中で念仏を唱えた。

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おいないの京都最新情報 [2008年04月17日(木) ]
【京 の 季 節 の 花 便 り】 

満開を迎えた御室桜...

京の桜のフィナーレを飾る遅咲きで知られる右京区・仁和寺の「御室桜」が昨年より一週間ほど早く満開を迎え、一面に広がる艶やかな花と甘い香りが交差して、ゆく春を満喫。見ごろは今週一杯。これで京都の春も最終章。
御室桜と呼ばれるのは、中門を入って左手の庭園に植わってる遅咲きで知られる里桜、約二百本。樹高が二〜三メートル前後と低く、ツツジのように根元から枝分かれしているのが特徴で、丸みのある白や薄紅色(桃色)の花をつけている。
江戸時代初期の一六四六年の伽藍再建の際に境内の庭園に植えられたと伝わり、国の名勝に指定されている

※ 御室桜の低木なのは、粘土質の固い土壊の地層で、根が育ちに難く、植物の生育に必要な要素(土、空気、水)のうち、水の比率が非常に高く、窒素やリンなどの栄養素は殆ど含まれず、酸性だったため、高木にならず幹が何本もあるという遺伝的特徴に、植物が育ちにくいという特徴が加わって、樹高が低い状態が維持されている。


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おいないの京都最新情報 [2008年04月15日(火) ]
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】

★第五十六回「北野をどり」が四月十五日より開幕。 


今年の演目の内容は、鶴の恩返しなど民話を題材にした舞踊劇「昔ばなし雪月花」上七軒の年中行事を華やかな踊りでつづる「上七軒風流」。
「昔ばなし雪月花」は、花いくさ、白鳥の矢、だまされ狐の三景からなり、季節ごとに変わる物語を情緒豊かに表現。つづいて舞妓五人が踊る「上七軒風流」から芸妓も加わったフィナーレ・終幕の「上七軒夜曲」では、花街情緒豊かに桜の華やかさを出演者全員二十六名の総踊りで締めくくる。
期 間  四月二十五日まで。  
開 演  午後一時、三時、 土・日は午後五時の三回公演
場 所  上七軒歌舞練場
入場料  四千三百円(御茶券付)、三千八百円  
  


★清水寺では、現在まで五百三十年間「お勤め」を続けてきた古い梵鐘(国の重要文化財)の傷みが目立ってきたため、昨年六月末に新しい梵鐘の「鋳造火入れ式」が行われ、此の度六月十四日に新しい梵鐘が仕上がり、清水寺門前会が寄進した。
新しい梵鐘は高さ二. 一b、口径一.二b、厚さ十三aで、現在の梵鐘とほぼ同じ大きさだが、重さは鐘楼(重文)の負担を軽減するためやや薄くされ、従来の鐘より十五%軽い二d。
新しい梵鐘は厚みを一定にしない事などで、響きが二分近く続くように造られ、従来のものより二倍以上長く余韻が楽しめる。
「癒やし」の低音の音色を出すために、銅と錫の配分を考えてかなり低い音色になる。

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おいないの京都最新情報 [2008年04月14日(月) ]
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】


球技の神様として知られ、蹴鞠や和歌の宗家飛鳥井家の別邸があったところで、守護神である精大明神を境内末社の地主神に祀っている上京区の白峯神宮で四月十四日、春の例祭「淳仁天皇祭」が催され、神事と舞楽奉納の後、桜の花びらが舞い散る境内で、烏帽子姿と着物姿の蹴鞠保存会のメンバーにより、威勢の良いかけ声を出しながら、右足で白いまりを蹴り蹴鞠を披露する。
同宮に祀られている淳仁天皇(七三三〜七六五)の命日に毎年開催されている。  

 
 §蹴鞠について§

日清戦争の際、広島の大本営で京都在住の公家が明治天皇に蹴鞠を披露した。その後、天皇から蹴鞠を保存せよとの御下賜があり、明治三十六(1903)年に蹴鞠保存会が出来た(今年で創立百二年目)。雅な王朝風の遊戯であり、サッカーの元祖とも言われる。
蹴鞠の歴史は、約千四百年前に中国から仏教とともに日本に伝わった。
鎌倉時代には後鳥羽天皇のバックアップもあり、「蹴鞠道」として出来上がった。
公家は「歌鞠両道」といって、和歌と共に蹴鞠は必要条件だった。蹴鞠は勝ち負けがないのが特徴で、使うのは右足だけで、ひざを曲げず、靴を地面に擦るようにして蹴る。鞠を受けたら三回目に上半身は動かさずに相手に渡すのが基本。
蹴鞠の際の掛け声「アリ」・「ヤウ」・「オウ」の意味は神様の名前を呼んで応援を請うている。アリは夏安林、ヤウは春陽花、オウは秋園。
鞠の製法は裏返しにした二枚の鹿皮を、馬の背皮で縫い合わせている。蹴鞠を行う庭は約十五メートル四方の大きさで、四隅に掛かり木があり、神様が宿っているとされ、鞠庭に入るのは、神仏に祈るような心境。装束にも特色があり、装束や烏帽子は位によって色や形が違う。袴は張りがある葛で作られる。鞠靴は革の靴と足袋をくっつけ形で、脱げにくい。


※「逸 話」 蹴鞠で脱げた中大兄王子の靴を藤原鎌足が拾ったことで二人が接近し、六四五年の大化の改新につながったと言われる。

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