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おいないの京都最新情報 [2008年05月15日(木) ]
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】

北区・上賀茂地域では、葵祭の日に無病息災を願う「上賀茂やすらい祭」が行われる。
サクラの花びらが散る頃に疫神も舞って疫病を撒き散らすと信じられていた。
その疫神を安らかに鎮めるお祭で、どうぞ桜も安らかに舞い散ってほしいという願をこめて、鐘や太鼓を打ち鳴らしながら鬼や花笠が町内を練り歩きます。
流行した疫病を鎮める「鎮花祭」として平安時代に始まった「やすらい祭」は、北区の四カ所に伝わる。(玄武神社や今宮神社のやすらい祭は、四月に行われる)。
祭の行列は住民で構成し、ショウブやヤマブキの造花を飾った赤い花笠を先頭に、稚児と鬼、小中学生の笛方が続き、随所で「いんやすらいや花や今年の花はよう咲いた花や」の掛け声に合わせ、シャグマと呼ばれる鬼が太鼓や鉦を打ち鳴らし、髪を振り乱して踊り、町内の民家で「門ばらい」をして住人の健康を祈った。

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おいないの京都最新情報 [2008年05月14日(水) ]
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】

葵祭と巡行について……… (五月十五日)

京都には三大祭りと言われている祭りがあります。
春の葵祭・夏の祇園祭・秋の時代祭で、千二百余年の都としての歴史を誇る京都には、年間三百を越す祭りが市内随所であります。
三大祭りは近年になって言われ始めたことで、三百を越す祭りがあっても京都の祭りといえば、かっては平安中期の宮廷貴族の間では、「葵祭」ことでした。
葵祭の起源は飛鳥時代にまでさかのぼり、天災を天皇が祭礼を行ったところ、風雨が治まり五穀豊饒に去ったとされる。
欽明天皇の世に凶作が続き、賀茂神の祟りを鎮めるため、お供え物を捧げ、古の祭に習って双葉葵を飾り、馬に鈴を付けて走らせたことに始まる。
この祭、もともとは京の先住民族ともいえる賀茂氏の祭りで、現在の上賀茂神社と下鴨神社という賀茂の神社で五穀豊穣を祈願する祭りが、平安遷都(794)を境に国家的な祭りへとなっていきました。
さわやかな新緑匂う皐月のころ、葵の花で飾られた牛車や輿に乗った斎王代を中心にした華麗な行列が、御所を出て下鴨神社から上賀茂神社までの約八`を巡幸するこの祭り、平安時代をそのままに都の雅、そのものを展開する一大絵巻を繰り広げます。
京都人は「今年は何処で見ようかな」と御所や鴨川堤など見物場所に気をもみながら華な平安絵巻と新緑を共に楽しめるのもこの祭りならではのこと。
祭りの主役〔斎王代〕はそもそもの始まりは平安初期、八一〇(弘仁元)年、嵯峨天皇は伊勢神宮の斎王にならって、賀茂の社にも斎王を置き、この初代斎王、有智子内親王から鎌倉時代はじめの礼子内親王(後鳥羽院皇女)まで、約四百年にわたり賀茂の斎王は続いたが、後鳥羽院と鎌倉幕府との政変、承久の変で途絶えてしまいました。
それを昭和二十八年に祭りの復活後、行列を華やかに盛り上げるため、斎王代を中心にした女人列を加えて今日に至り、斎王代は民間の未婚の女性が選ばれることになっています。
ちなみに今年で五十三代目を数えます。(今年は真葛ヶ原 料亭 菊乃井のお嬢さん) 
十二単衣のうち、唐衣、表着、裳の三点が新調された。
別名 賀茂祭・北の祭とも言われ、葵祭と言われるようになったのは、一六九四(元禄七)年に再興されたころからで、御所車、勅使、供奉の者、牛馬まですべて葵の葉で飾るところから葵祭の名になりました。
行列(路頭の儀)は総勢五百十一名、勅使をはじめ倹非違使、内蔵使、山城使、馬三十六頭、牛四頭、牛車二基、風流傘、斉王など、平安貴族そのままの姿で約一キロにも及び優雅な行列は市内を練り歩き、下鴨神社を経て上賀茂神社へと向かう。







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おいないの京都最新情報 [2008年05月13日(火) ]
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】

★下京区・市比売神社で五月十三日、いちひめ祭(斎矢神事)が商売繁盛や厄よけを願って十二本の矢を放つ神事「試し弓」が営まれた。
試し弓は、平安時代に、藤原経清と源義家が同神社境内で行った弓矢の勝負が始まりとされる。
毎年この日に行う春季大祭と併せて実施している。
直垂烏帽子姿で、約五b離れた的を目がけて六本ずつ矢を放ち、大きな音と共に矢が次々と的に突き刺さる。
この後、「いちひめ雅楽会」が雅楽演奏と舞を披露した。


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おいないの京都最新情報 [2008年05月12日(月) ]
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】


葵祭の前儀となる「御蔭祭」は五月十二日、葵祭に先立ち、御蔭神社から御神霊を下鴨神社に移す重要な祭礼が行われる。
左京区八瀬の御蔭神社は下鴨神社の摂社で、江戸後期の天保六(一八三五)年に現在の御蔭山中腹に移された。
境内に東西二つの本殿が並び建ち、玉依姫命(たまよりひめのみこと)と賀茂建角身命(かものたてつぬみのみこと)を祀る。
八瀬御蔭神社では、入り口を従者が固めつつ、社殿内で神移しが行われます。
その様子は見学も拝むこともできない、神聖な儀。
御蔭神社での神事の後、狩衣や烏帽子姿の約百二十名の行列が、荒御魂(あらみたま)を、白馬に迎えられてから氏子町内をめぐり、糺の森の新緑のトンネルを練り歩く。
下鴨神社の境内に到着後、雅楽の演奏に合わせて行列し、「切芝」と呼ばれる場所で、白馬を前に舞人六人が雅やかな舞「東遊の舞」を奉納して優雅な神事を行う。
京都では、葵祭と御蔭祭でしかやらない貴重な歌舞。
この巡行は国内で最古の神幸列と伝えられる。



【京 の 季 節 の 花 便 り】



★西京区・洛西ニュータウンにある約八十本のナンジャモンジャの木が満開になり、若葉に降り積もった雪のように見える白い花が、見ごろを迎えている。
洛西ニュータウン内の「ラクセーヌ専門店」の東側の並木道には、雪化粧のようになった約二十本が連なり、陽光に照らされ、一層白く輝く無数の花が楽しめる。
ナンジャモンジャは、モクセイ科の落葉樹で、正式名称はヒトツバタゴ。
長さ一.五aほどのリボンのような花びらを持つ花を幾つも咲かす。
国内では岐阜県や愛知県などしか自生しない。


★市内では右京区・梅宮大社(日本第一酒造の祖神)の梅宮神苑の咲那池の近くに一本の大きなナンジャモンジャノの木が、今を盛りと咲き茂っています。

参考画像は http://blogs.yahoo.co.jp/oinaijp/folder/279901.html まで

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おいないの京都最新情報 [2008年05月11日(日) ]
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】

★松尾大社で四月二十二日の神幸祭(おいで)で船渡御をした六基の神輿が各御旅所へ納まり、五月十三日の還幸祭(おかえり)で唐橋の社に六基の神輿が勢揃いし「さしあげ」の後、松尾大社に還幸する。
葵と桂で本殿や神輿などを飾り付け、神職の冠をはじめ、祭りの関係者も冠や烏帽子に葵と桂を付けるところから、古来から「松尾の葵祭」別名「松尾の国祭」と言われている。



★下京区西洞院仏光寺の菅大臣神社・(通称 管大臣天満宮)で五月十日・十一日、平安初期の学問の神様・菅原道真を祭る例祭が営まれる。
山吹姿の行者がほら貝を吹き鳴らしながらゆっくりと地域を練り歩き、道真公を偲んだ。
この神社は、道真公の誕生の地で、もと道真の邸や菅原廊下といわれた学問所跡に建てられたとされ、天満宮誕浴の井が保存されている。
毎年五月上旬に二日間、例祭を行っている。
境内で護摩木が焚かれ、十一日には本殿で狂言が奉納される。

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おいないの京都最新情報 [2008年05月08日(木) ]
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】

★左京区・吉田神社境内の山蔭神社で五月八日、包丁刀とまなばしだけでタイとコイを切り分ける「式包丁」が料理店関係者や国内外の観光客が見守る中、厳かな儀式が奉納された。
式包丁は、山蔭神社が創建された四十九年前から始まった儀式。
吉田神社の創建者藤原山蔭は包丁の技に優れ、料理の始祖として敬われています
料理に携われる事に感謝し、料理、飲食、包丁の神である藤原山陰に奉納される。
笙や篳篥の音色が鳴り響いた後、平安時代から続く料理の流派、生間流式包丁は包丁の技に優れ、料理の始祖として敬われています。手を触れずに包丁だけで魚をさばく古式ゆかしいものです
生間流の料理人たちが、舞のようなゆったりした動作で、包丁刀とまなばしで、優雅さと勢いを表すというタイとコイを、順に切り分け最後に豪快に包丁刀を振り下ろした




★五月七日午後二時ごろ、東山区・円山公園域の長楽寺の収蔵庫から出火、屋根部分の約八十平方bが焼失した。
収蔵庫は鉄骨平屋建てで、時宗宗祖の一遍(知真)立像など重文野祖師像七体のほか、府や市の指定文化財の古文書などが保管されていたが、これらの寺宝は運び出された。
長楽寺は平安初期に天台宗別院として創建され、平清盛の娘の徳子(建礼門院)が出家したとされる。南北朝期に時宗に改宗された。

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おいないの京都最新情報 [2008年05月07日(水) ]
【京 の 季 節 の 花 だ よ り】

★ツツジの名所として知られる東山区・蹴上浄水場では、満開で見ごろを迎え、一般公開が始まっている。
八日まで。午前九時半〜午後三時半まで。
浄水場は敷地が約十一万平方bあり、水道の処理施設を囲む斜面などに、紫や白色、ピンクなどのツツジとサツキが計七種類、約六千七百本植えられ、美しいまだら模様が描かれた。


★伏見区・城南宮で、初夏を告げるアヤメの花が咲き誇り、周囲の新緑に映える鮮やかな紫色が、風情を醸し出している。
神苑「平安の庭」の一角に植えられた約三百株は高さ五.六十センチで、今月の下旬頃までが見ごろ。
神苑には「源氏物語」にちなんだ百種類近くの草花が植えられており、ササユリやキキョウなどが順に開花する。


★宇治・三室戸寺で十六万五千平方メートルの広大な庭園に二万株のピンクや白のツツジが満開となり、入園者を魅了している。
広大な花の庭園には約千本のシャクナゲが植栽され、ピンクや薄紫色の大輪の花が山の傾斜を彩り、見ごろを迎えている。
野鳥の声とともに現在約半数を占める遅咲きの品種が三重塔をバックに咲き誇り、庭園がピンクに染まっている。見ごろは二十日ごろまで。


★北区上賀茂神社の南・大田神社で、国の天然記念物「大田ノ沢のカキツバタ」が満開となり、水辺一面が紫色に彩る花々で染まってしまう。 
カキツバタは、鳥居近くの「大田ノ沢」(約二千平方メートル)に、二万五千株が群生している。平安時代の歌人、藤原俊成が恋心をこの地の花に託して和歌に詠むなど、古くから初夏の風物詩として親しまれてきた。
一株で三回花をさかせ、現在は「一番咲き」。
新緑の葉と紫色の可憐な花々の風情が訪れた人を魅了している。
例年、見ごろは葵祭前後の頃。


★ツツジの名所で知られる右京区・梅宮大社神苑で、キリシマツツジの花が満開になり、カキツバタとの華麗な競演が魅了する。
神苑は約一万平方メートルの広さがあり、鮮やかな深紅と桃色の花を付けたキリシマツツジ三百株とカキツバタ三百株がある。
燃えるような赤のキリシマツツジと白や紫のカキツバタが映え、初夏の風情を堪能できる。


★西京区の西国二十一番札所・善峯寺で、色鮮やかに赤やピンク、白、紫など八種類のボタンが咲き始め、大輪の花が新緑の境内に色を添え彩っている。

★長岡京市の乙訓寺は京都一の牡丹の名所。 元はといえば奈良の牡丹の名所・長谷寺から移植されたものだそうです。 今の時期は境内一帯に約二千株もの牡丹が色とりどりの大輪の花を咲かせます。

※ごく一例をお知らせしましたが、京都にはまだまだ新緑、花の名所・名刹が点在しております。


参考画像は http://blogs.yahoo.co.jp/oinaijp/folder/279901.html まで





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おいないの京都最新情報 [2008年05月06日(火) ]
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】


★縁結びの神として知られる東山区・地主神社で五月五日、例大祭「地主祭り」が営まれた。
約千年前に円融天皇が地主神社を訪れ、勅命を受けて世の平穏を願い祭りを営んでのが起源。平安時代の装束をまとった地元の子供らが参列し、健やかな成長や家内安全を祈った。(今年は雨のため祭に先立つ巫女や子供みこしの練り歩きは中止となった)


★「馬の神様」として知られる伏見区・藤森神社で五月五日、「駆馬神事」(京都市登録無形民俗文化財)が奉納された。
駆馬神事は、七八一年、早良親王が陸奥の反乱へ出陣する際、藤森神社で必勝を祈願したことにちなむ。
江戸時代には各藩の馬術指南役や町衆が、曲芸的な馬術を競うようになったという。
新緑に覆われた参道約百五十bの馬場で疾走する馬の上で、乗子が逆立ちして敵をあざける「杉立ち」、敵矢を避けて前傾姿勢で駆ける「手綱潜り」、敵矢が当たったと見せかけて身をのけぞらせる大技「藤下がり」の技を披露し、馬上で文字を書く妙技などを見せ、観客を驚嘆させていた。

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おいないの京都最新情報 [2008年05月05日(月) ]
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】


★北区・上賀茂神社では五月五日、一日の足汰式で決まった出走馬がいよいよ登場し、天下泰平と五穀豊穣を祈願する行事「賀茂競馬会(くらべうまえ)神事」が行われた。
競馬は平安時代からの勇壮な神事で、平安中期・堀河天皇の寛治七(一〇九三)年に宮中武徳殿の儀式を移して上賀茂神社に奉納されて以来、九百年以上今日まで続いている。
一〇九三年、内裏の女官達が菖蒲の根の長短を競う遊びで賀茂社の菖蒲の根が長く、勝利を射止めたため、その御礼として競馬を奉納したのが始まりとされる。
早朝より頓宮遷御(とんぐうせんぎょ)、菖蒲根合わせの儀などが行われる。
本殿祭の後、午後から乗尻は左右に分かれ、左方は打毬(たぎゅう)、右方は狛鉾(こまぼこ)の舞樂装束を着け、馬に乗って社頭に参進します。
勧盃、日形乗、月形乗、修祓、奉幣の儀を行い、次いで馬場にて順次競馳(きょうち)します。(京都市登録無形民俗文化財に登録)
その様子は『徒然草』等にも書かれており、蓋し天下の壮観です。
メーンの競馬会の儀では、「馬出しの桜」から「勝負の紅葉」までの勝負を競い、判定役が赤扇を挙げると左方の勝ち、青扇を挙げると右方の勝ちです。一の鳥居からニの鳥居にかけて芝生西側の馬場で赤色の「左方」と黒色の「右方」の組に分かれ、二馬ずつ六回勝負する。左方の勝ち数が多い年は豊作とされている。
※ 昨年の結果は左方の三勝二敗一分けだった。


★左京区・下鴨神社で「歩射神事」が行われる。
宮中古式により弦や鏑矢で邪気を祓い、葵祭りの無事を祈る。
まずは射手が弓を鳴らす「蟇目式(ひきめしき)」で四方の邪気を祓います。
二本の矢を楼門の屋根を越えて飛ばす「屋越し式」、大きな的を射る「大的式」、連続で矢を射る「百矢式」などが執り行われる。
以上四つで「鳴玄蟇目神事(めいげんひきめしんじ)」と呼ばれ、これもまた葵祭りの安全祈願とされています。

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おいないの京都最新情報 [2008年05月04日(日) ]
【今日の情報 : 歳時記・催し・話題・出来事】


京都三大祭りの一つ「葵祭」の本番を前に、ヒロインの斉王代と女官たちが身を清める優雅な神事「御禊の儀」が五月四日、新緑の上賀茂神社の境内で繰り広げられる。
御禊の儀は、葵祭の前儀式で下鴨神社と上賀茂神社で一年ごとに交代で行う。
(今年は上賀茂神社)
色鮮やかな十二単衣姿に身を包んだの斉王代(第五十三代)と童女や女官による四十七人の女人列が、雅楽の調べに合わせてゆっくりと御手洗川の前まで歩き、神前で御祓いを受けた後、斉王代は川辺に移り、厳かに御手洗川に手を差し入れて身を清めた。
源氏物語で御禊は、光源氏の愛人六条御息所と正妻葵の上の「車争い」のきっかけとなる。


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