
数年前のことだが、昼過ぎ、南向きのテラスに二匹の猫の姿があった。
「ニャーン」と鳴くのは決まってグレーの縞のココだ。
もう一方は金茶と黒の縞でキキという。どちらも雄で、色は違うが二匹はとても仲の良い兄弟なのだ。
キキとココは三時ごろになると、おやつの煮干を貰いに、おばあちゃんのいるリビングルームのテラスにやって来る。
おばあちゃんが煮干の袋を持って近付いて行くと、キキは「おお!来たぞ、良かったな」
と言うようにココの頭に顔を寄せてペロペロなめる。
猫達はそれぞれに大きなあくびをして、しなやかな肢体をぐっと反らして伸びをして、おばあちゃんが重いガラス戸を開けて出て来てくれるのを待っている。
ココはおばあちゃんの足に頭からすり寄って体を絡ませて甘えるが、キキは固い前頭部で頭突きする。
それが細い骨が浮き上がっている痩せた向こう脛にもろに当たるので、おばあちゃんは顔をしかめて、
「あいたっ!キキ痛いよ!」と言うが、キキはいつも乱暴だ。
古い木箱を伏せただけの靴脱ぎ台に「よっこらせっ」と、腰を下ろして、
その台の下から使わなくなったオーブンのホウロウの古い天パンを出し、その二ヶ所に煮干を五個ばかり置いてやる。
互いの頭が付くほど狭い三十センチ四方の天パンでも二匹は仲良く自分の分だけ食べる。
これがおばあちゃんと猫達の日課だった。おばあちゃんはそのために大き目の煮干を絶やさずに買い置きしている。
誘い合わせたように二匹揃って来て、ぴったりくっついて仲良く待っていることが多いが、必ず二匹一緒とは限らない。
時には無口のキキだけが来て、じっと待っていることもある。
ココは「ニャーン、ニャーン」と鳴くけれど、キキは黙ったまま靴脱ぎ台の上に座っている。
唯、ガラス戸越しに奥のダイニングテーブルの前に座っているおばあちゃんを見詰め続けているだけだ。
長い間見詰めていても、おばあちゃんはひとりトランプ遊びに夢中でなかなか気付いてくれない。
目の前に並んでいるトランプの札を見て、あちらにこちらにと動かしては真剣に考えこんでいる。
やがて、ふと誰かの視線に気付き顔を上げると、ガラス戸にぴったりくっついて行儀良く座り、丸い目をしてじっとこちらを見詰めているキキの強い視線に会うのだ。
おばあちゃんは「おやぁ、キキはもう来たのか。ココはまだなのね」と言って優しく微笑み、
テーブルに両手をつき「よっこらせ!」と、重たい腰を引き上げて、歯を食いしばってよろよろと立ちあがる。
ガラス戸を開けて、まだ姿を見せないココを大きな声で何度も呼ぶと、庭の向うの家から眠そうに出て来ることもあり、
畑の向うから飛ぶ様に駆けて来ることもある。時には、ちょっと後に一匹で来ることもあり、いたって気まぐれだ。
庭を挟んだ向いに山小屋風の小さな三角屋根の家を建て、二匹の猫達と住んでいるのはおばあちゃんの一番上の娘だ。
猫達の暮らす家の勝手口のドアの隅には猫用の出入り口が開けてあるので、何時でも自由に出入りできる。
猫達がおやつをもらいに来ない日がたまにあるが、それは狩をして獲物を食べて満足しているからのようだ。
以前おばあちゃんはキキに、小さなバッタを咥えたスズメを仕留めて来たのを見せてもらったことがある。
キキが捕った獲物をおばあちゃんに見せに持って来たのだった。そんな時もおばあちゃんはとても優しい。
「おや、おや、スズメを捕ったの、見せてくれるのね。キキちゃん上手だね」と撫ぜてくれるのだ。
二匹の猫は狩が上手で鼠や野鳥を良く取る。鼠は畑や藪に多くいる極小さい野鼠だ。
彼等の捕れる野鳥は地面に降りて餌を食べるスズメ、ムクドリ、ツグミ、コジュケイ、ヒヨドリ、キジバトなどだ。
捕った獲物は自分の家に持ち帰って食べる。
猫達が若いころは、狩も下手で鼠に逃げられるし、鳥を捕って来ても如何して良いか解からず、
傷だらけにして羽を撒き散らして部屋の床を汚してしまったが、やがて全く汚すことなく上手に食べるようになった。
ココがキジバトを咥えて帰って来て、テーブルの下でバリバリ食べていたが、床は少しも汚さなかった。
後には小枝のような足が二本と大きな羽が四、五本残っただけだった。
ココが残したその羽をキキが美味しそうにパリパリと食べてしまうので、後には可哀想な足が残っているだけだ。
獲物は捕ってきた者が食べる権利があるらしく、途中で奪うようなことは決してない。
キジバトは彼等の体の半分程もある大きな野鳥なのに、何処へ入ってしまうのか、一遍に平らげてしまう。
この辺りはモグラも多く、特に冬場は大事にしている花壇や、庭の芝生にモコモコと土を盛り上げてしまう厄介者だ。
狩の獲物が大好きな猫達だがモグラは食べない。きっとモグラは不味いのだろう。
モグラは捕ってもおもちゃにするだけで、飽きるとそのまま庭に転がして置く。仕方ないのでおじいちゃんが片付ける。
この猫達が幼い頃は、ガマ蛙や赤蛙、トカゲ、蛇なども庭に良く来たが、何時の間にかもう姿を見せなくなった。
周辺の藪や川に下る杉林の中にキジが居て、時折、綺麗な姿を誇らしげに見せて羽ばたきながら、「ケーン、ケーン」と鳴いていた。
掘りも垣根も無い庭を悠々と横切ったり、松の下に佇んで休んだりして、おばあちゃんを喜ばせたものだ。
雌のキジも雛を連れて庭のツツジやアジサイの陰を通り抜けたりしていたが、キキとココが暮すようになってからは近付かなくなった。
ココは若いころ、マムシに噛まれて顔の半分が張れ上がり、目も開けられなくなった。体調も酷く悪く、とても辛そうにうずくまってしまった。
人なら顔など噛まれたらそれこそ命が無いのだが、猫は強くて死ぬことはないそうだ。動物病院で抗生物質の注射を打ってもらい、じきに無事回復した。
おばあちゃんの娘は、猫達の飼い主であり、彼らにとって大好きなお母さんなのだが、最近、夜になるとおばあちゃんの居る母屋に行ってしまって戻って来ない。家に人気がなく、がらんとして寂しい。
お母さんは心臓の悪いおばあちゃんが一人で夜を過ごすのが心配だからと、母屋のおばあちゃんの部屋で、毎晩一緒に寝るようになったのだ。
おばあちゃんは心臓がとても悪い。夜中に心臓に何か異変があったらもう助からない。かなり心配な状態なのだ。
長い夜、人気の無い家で過ごす猫達が可哀想だが、おばあちゃんを一人で寝せておくのはとても危険だった。
以前は、毎晩お母さんの寝ているベッドで、一緒に添い寝していた猫達は、お母さんのいない家に取り残されて、夜を過ごすのが心細くて寂しくて仕方がない。
ココは朝早くからおばあちゃんの部屋の前に来て、「ニャー、ニャー」と鳴きながら、お母さんが母屋から出て来るのを待っているようになった。
家に戻って来るおかあさんを外で待っていて、二匹で足にまとわりつきながら一緒に帰るのだ。
特にココは甘えんぼうで、寂しさの余り自分の脇腹の毛を毟ってしまう癖がついた。
白いワタスゲの穂のような毛を無残にむしり取っては散らしている。はげ上がった所の皮膚が赤く腫れて痛々しい。
幼児の指しゃぶりや、爪を噛む癖と同じで、愛情を求めても充分に満たされない心の痛みがそうさせるのだ。
おばあちゃんは抵抗力が弱っているため、細菌感染を防がなければならない。それで、猫達は母屋に入ることが許されない。
おばあちゃんはとっても猫達を愛しているのだが、どんなに可愛くても猫達と一緒に暮すことは無理なのだ。
「お母さんがお前達と一緒に寝てあげられないから、寂しいくてしょうがないのよね。ココとキキに寂しい思いをさせて御免ね」
おばあちゃんは毎日おやつを貰いにテラスにやって来るキキとココの身体を優しく撫ぜてやりながら、ちょっと悲しそうな声で詫びているのだった。
その後、おばあちゃんが病院に入院してしまった。
キキとココはおばあちゃんがテラスに出て来てくれるのを毎日毎日辛抱強く待っていた。いつもおばあちゃんが座っていたダイニングテーブルにその姿が無いが、昼寝しているのだと思っている。
「おばあちゃん、きっとそのうち奥の部屋から出て来るんだから」
二匹はそんなふうに思っているようだった。そうして一生懸命部屋の奥を見ながら待っている。
そんな健気な猫達を見ると、おじいちゃんは可哀想に思って、煮干を沢山天パンに出してやるのだが、おじいちゃんが何度煮干をあげても、ガラス戸の所を離れようとしない。
キキもココも日が暮れて辺りが真っ暗になるまで、ひたすらおばあちゃんを待っていた。
それから何ヶ月も過ぎて、おばあちゃんが病院で亡くなった。でも猫達は優しいおばあちゃんの姿を探している。
テラスのガラス戸の前に座り、なおも部屋の奥のダイニングテーブルを見詰めているココの姿があった。
猫達は18歳になり、日に日に老いが迫っていた。特にキキはすっかり老いさらばえて、体調が悪く、家に閉じこもっていることが多くなった。
穏やかな晩秋の昼下がり、珍しくキキが外に出たがった。お母さんはちょうど庭の手入れをしていたので、キキを外に出してやった。
日向はぬくぬくとして暖かく、僅かに吹く風は爽やかだった。杉林の高い梢で小鳥達が気持ち良さそうにさえずっていた。
やがて、庭仕事をしていたお母さんが、ふと、キキが何処にもいないことに気づいた。
「さっき裏手の方に歩いて行ったのを見かけたけど戻って来ない・・・何処に行ったのかしら」
お母さんはキキを探しまわったが、その姿はもう何処にもなかった。
薄暗いリビングルームに人気は無いが、テラスのガラス戸の前にうずくまって、弱々しく鳴くココの姿がある。
やがて、お母さんがココを抱き上げ、まるで赤ちゃんをあやす様な声で言葉をかけながら、腕にしっかり抱きかかえて、のんびりと庭を抜けて向かいの家に帰っていく。
そして、今夜もココはお母さんのベッドの上に丸くなってすやすや眠る。
★おわり★





