命を見つめる
若くはないのだから…は、心の叫び。
でも…と反発するのも、心の叫び。
両方をなだめながら、
曰く言い難い年齢を冒険中なのかも・・・

プロフィール
<< 2008年07月 >>
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
リンク集
仕事@三浦綾子原作「母」第15回公演終わる [2005年10月27日(木) ]
1526_o.jpg
10月5〜6の日、川崎市「エポックなかはら」で、15回目の公演が終了しました。
2001年初演以来、多くの皆さんに支持され、絶賛を浴び続けました。
2006年には4月に埼玉県加須市での公演が待っています。
一層の進化した舞台を創り上げ、命の大切さ、生きることの大切さを感動の中で共有し続けていきます。
いよいよ来年から全国公演への第一歩を踏み出したいと考えています。

写真 ≫≫≫ 子どもの作文を耳に笑みを浮かべる母セキ(三園ゆう子)

Posted at 01:11 | この記事のURL
コメント(5) | トラックバック(0)

仕事A新しき鍵 [2005年11月01日(火) ]
1695_o.JPG

僕は昨日もいて今日もいる。
朝を迎えて目覚めても感謝するわけでもない。
そして又、今日も生きている。
だから明日も明後日もあるものと思ってはいないだろうか?
・・・でも明日目覚めると、本当に断言でるだろうか?

私たちは生まれたその時に授かったものを忘れているのかもしれない。
それは生きる命と死ぬ命。
生きる命と一緒に、死ぬ命も確実に授かって、この世に生まれてきたのだ。
だったら今日の今を、もっと大切にして、丁寧に生きてみませんか?
うっかり忘れていた、命を大切にする扉を開いて・・・。

≫≫ 結婚を控えた、知り合いのお嬢さんに贈った三浦綾子のエッセイ「新しき鍵」を舞台にしました。(写真左が僕)

Posted at 11:12 | この記事のURL
コメント(3) | トラックバック(0)

仕事C待つことを知らない世代 [2005年11月08日(火) ]
以前バラエティ番組でモーニング娘の安倍くんと石川くんと或るコーナーを担当したことがありました。
その番組打合せで、「伊藤さんは何処で演劇を?」と聞かれ、「民藝という劇団で、師匠は宇野重吉さんです」と答えると、「それ誰ですか?」と言われて、ビックリした経験があります。ああ、時代は音を立てて流れていると実感したものです。
[:file_name0
確かに、僕はバラエティ番組など全く見ていませんでしたから、モー娘とかいう言葉は知っていても安倍なつみくんが誰かも知りませんでしたし、世代間で共通の話題を作る難しさも実感した思いでした。

それで今回、数年前から上演してきた三浦綾子さん原作の「母」のリメイク上演をしましたが、新しく加えた出演者に、明治、大正、昭和と続く舞台を理解させるのにどれほど苦労したかわかりません。
劇中でぼた餅を食べるシーンがあります。そこで、「年に一回でもぼた餅を食えれば、あとは何を食っていてもいいね」「ぼた餅って、人を幸せにする食べ物だね」「だったら日本中の人に食べさせたいね」というセリフがあります。
戦前のものの乏しい時代の話ですが、50代の後半以上の年齢の人々の大半には分かってもらえる言葉だと思います。しかし特に若い現代世代には理解困難な言葉であり、世界でした。
「あれ食べたい」と思えば、餅だろうと何だろうと季節か変わりなく購入できます。昔は、餅を食べるのは正月くらいなもので、牡丹餅なども、食べられてもお盆や余程のお祝いでもなければ見ることすら出来ませんでした。いまはコンビニにひとっ走りです。
1921_o.jpg

こういったことは演技にも現われます。実感がないところでの「つくり」です。観る側からすれば真実味の無さ、丸見えです。
芝居作りも熟成するまで稽古する根気がありません。「ああ動け」「こう動け」と指示してもらいたいのです。
こんな影響でしょうか、形だけの、面白おかしければいいという安易なお芝居が溢れかえっています。便利さ、手軽さを追い求めて待つことが出来なくなった世代がどんどん増えているように思えてなりません。・・・これも、我々世代がつくり上げたものかも知れませんが、どこかでブレーキをかけないと、大変なことになりはしないかと考えています。「待たせましょう」「待ちましょう」そこに期待が生まれ、考える生活が生まれるように思えるのです。

Posted at 13:06 | この記事のURL
コメント(2) | トラックバック(0)

仕事D「母」写真 [2005年11月09日(水) ]
10月6日公演の「母」アップしました。
秋田県大館市釈迦内の貧しい農家に生まれたセキは、3歳には子守をして家計を助け、学校にも行けずに字を読めないままに育ち、13歳に隣村の小林家に嫁に出されました。
身体の弱い夫を助けて懸命に働き、小樽に渡りパン屋を始めます。
そこで6人の子どもを育て上げます。
2516_o.jpg

原作者の三浦綾子さんは、「貧しくとも底抜けに明るい家族。その明るさに感動しつつ、一気に書き上げました」と語っています。
その家族の一人に、後に築地の警察署で虐殺される、多喜二がいました。兄弟姉妹たちの中心になって母を助け、いつも明るい親孝行の多喜二が、裁判も受けずに、何故殺されたのか理解できない母セキは、日夜、東京の街中を彷徨います。
2517_o.jpg

似た人の背中に抱きついたり、一日中幻を追い続けたりしました。
しかし、その絶望のどん底から、セキは立ち直ります。そしてたぐい希な生命力で、その後30年を生き抜き、88歳で他界しました。
「私みたいな者が長生きしているのですから、皆さんも元気で仲良く長生きして下さい・・・」と語った数日後でした。

Posted at 12:23 | この記事のURL
コメント(1) | トラックバック(0)

仕事EOh! Zashiki Theater(お座敷シアター) [2005年11月26日(土) ]
僕らの稽古場の一つ(勿論借り物)は、少々広い畳敷きです。
30畳はあると思います。
2598_o.jpg

ここで、劇団アドック 試演劇畳(げきじょう)を行ないます。
勉強発表会に近く、観劇料を頂くほどではありません。
作品:西島大 作「祝婚歌」(神尾哲人上演台本)
◆結婚を約束しあった二人。
彼は優しい言葉一つ、愛しているという言葉一つ言ってくれない。
その上、独身時代に付き合い関係した女性たちを招待して、披露パーティを開くと言う。
「愛しているとも言ってくれない彼」「関係した女性を呼んで会わせようとする彼」
それでいながら結婚したいという彼は何を考えているのか‥‥?
そんなところに、チャイムがなった・・・!
日時:1月10日(火曜日)
場所:千駄ヶ谷
茶・菓子代として、¥500
2514_o.jpg

≪ 前回勉強会作品 チェーホフ作「白鳥の歌」「熊」観劇者の画。
 〔代々木駅0分 ビアーハウス「グリシェン」にて〕

数十分のショートストーリーですから、この中で愛や結婚を論じ切れません。いま稽古中です。
喧々囂々‥‥意見が乱れ飛んでいます。20代前半から60代後半までで構成される僕らの劇団は、客層も同じように広いのが特徴です。
そこでは、「今時の若者」という言葉も「僕ら年配者」という言葉も出て来ません。
◆皆さんも参加される方いませんか?
人生の積み重ねを活かし、年輪からかもし出される存在感を舞台に燃やす‥‥。経験・年齢・男女不問です。

Posted at 02:47 | この記事のURL
コメント(1) | トラックバック(1)

映画@ [2005年11月28日(月) ]
2615_o.jpg
2617_o.jpg

上≫「炎の人 ゴッホ」
   カークダグラスがゴッホを演じた。
   ゴーギャンはアンソニークイーン。
   つい数年前にも映画になったが、それは観ていない。
   日本では「炎の人」は舞台作品として、滝沢修や森幹太など   がゴッホを演じている。だが僕にはダグラスが最高ッ!
2616_o.jpg

上≫「宿命」
   フランス映画。ピエール バネック ジャン セルビエ
           メリナ メルクーリ 他
  トルコとギリシャの戦争が終わったが、トルコ支配下に置かれた小村が舞台だった。
  監督ジュールス ダッシンのセミドキュメンタリータッチの手法で、名優たちの演技に、
更にリアリティを持たせた。ダッシンはマッカシー旋風でアメリカを脱出、フランスで映画作りを続け、名作を沢山残している。アメリカでは、ランカスターの「真昼の暴動」や「裸の街」など?
 これでは、フォチス神父を演じたジャン セルビエが素晴らしかった。

Posted at 23:54 | この記事のURL
コメント(0) | トラックバック(0)

読書@O・ヘンリー [2005年11月30日(水) ]
2663_o.gif

クリスマスが近づくと、O・ヘンリーの「賢者の贈り物」に思いが行く。大抵の人は、この物語を知ってはいる。若い夫婦の生き方に共鳴は出来ても、精神的安らぎと、愛の形と、ほのかな憧れの抽斗の中に閉じ込めてしまっているように思えてならない。常に、記念日を大切にしたいと思うが、60年以上も生きてくると、記念日が多すぎて、毎日を記念日にしなければならないのかも知れない。

O・ヘンリーという人物の人生は薄幸だったようだ。刑務所に入ってから短編を書き始めたらしい。出所して結婚して子どもももうけたようだが、以後離婚。酒びたりの日々を送り他界した‥‥。
2664_o.gif

「最後のひと葉」など心を揺する短編に、大学時代の英語の授業で触れたのがきっかけで読み始めたものだった。

クリスマスを前に、今年もやはり「O・ヘンリー短編作品集」の文庫本を引っ張り出そう。

Posted at 14:11 | この記事のURL
コメント(3) | トラックバック(0)

師匠@ [2005年11月30日(水) ]
「演劇の先生はどなたですか?」あるテレビ局のディレクターに聞かれた。
「宇野重吉さんです」
「‥‥それ、どういう方ですか?」
2665_o.jpg

テレビ局でディレクターをしているのに、宇野重吉を知らない人がいる‥‥。これには驚いたが、パニクルーだのポルノグラフィティと言われて、「えッ?」という自分を考えれば、驚くにはあたらないのかもしれない。
2666_o.gif
≪無断掲載‥ご免なさい。
時代は音を立てて動いている。忘れていいものもあっていいだろう。宇野重吉、千田是也、杉村春子さん‥‥と言っても、お芝居をしている若者すら「‥‥?」の人たちが多い。「寺尾聡さんのお父さん」に、「う〜ん?」
人が忘れられても仕方ない思いもあるが、成し得た仕事を受け継いでいるということだけでも、学んで欲しい‥‥、これも無理なのかなァ。。。

Posted at 14:29 | この記事のURL
コメント(3) | トラックバック(0)

後悔@ [2005年12月05日(月) ]
山形に住む従弟が亡くなった。65歳を迎えたばかりである。
肺がんだった。入退院を繰り返していた頃、たまたま用事で山形に行って彼に会った。
「随分痩せてしまったな」
「ちょっと強い風が吹くと、飛ばされやしないかと思うくらい軽くなったさ」
「長年勤め続けて来て、やっと年金貰い始めたばかりなんだから、いま死んだら奥さんが可哀想だ。生きようとしないと駄目だ」
「そうだね」
このような会話を交わしながら、彼の運転する車ですし屋へ行った。
「二貫も食うとゲップが出てね」
イクラやタコ、アワビなどの硬いものは全部僕の器に寄越して、マグロとウニ、玉子焼きを食べて、もう腹一杯だと言った。それから3ヶ月後、彼の逝去の報せを受けた。通夜の席で、彼の顔を撫でた。そして、こっそりと謝った。
2896_o.jpg

「お前に煙草を教えておきながら、僕が禁煙したのを知らせなかった。お前は吸い続けていたそうだな。僕がお前を殺したのかも知れないな。勘弁してくれ」
痩せ細って、冷たくなった従弟は、じいっと聞いているように見えた。そして‥‥、
「たけおチャン、今更、もう遅いよ」
寿司3貫しか食えない元気のない声で囁く彼の声が聞こえたような気がした。
昨年のクリスマスを前にした今頃の話です。

Posted at 21:16 | この記事のURL
コメント(7) | トラックバック(0)

映画A [2005年12月12日(月) ]
旧・ソ連映画の傑作として挙げたい「人間の運命」
セルゲイ ボンダルチェク。独ソ戦争渦中のソ連軍兵士の戦いを描いたものだった。過酷な捕虜収容所での生活で、彼を支え続けたのは、故郷に残してきた妻だった。脱走して帰った故郷は焼け野原で、妻や子の骨すら残っていなかった・・・
部下の命を救うのに、ドイツ将校がグラスいっぱいに注いだウオッカをあおり続ける。何杯目かに、グラスの上に置かれたチーズだったが、それを拒んで飲み続け、解放されて外へ出た途端に酔い潰れそうになるシーンは圧巻だった。
3111_o.jpg

ロシア民謡が画面に厚みを加え、対独戦線で祖国を守る戦いの中で、チッポケだが、人間一人の命がどれほど重いものであるかを感じさせた。原作は、「拓かれた処女地」「静かなるドン」のミハエル ショーロホフ。制作・監督は主演のボンダルチェクだ。

Posted at 17:49 | この記事のURL
コメント(0) | トラックバック(0)

| 次へ
最新コメント