初詣に行き始めたのは中学生のころからである。
幼い頃、
慈覚大師の開山と言われる山寺の立石寺から聞こえてくる…
いや、実際は遠すぎて聞こえないと思うのだが、
「あれが山寺の鐘の音だ」
…といわれて耳にした鐘の音を、
今もって思い出せるし、信じ込んでいる自分を感じる。
「…風の都合で届くことだってあるんだ」…と思い込んでいるからだ。
山形県天童市に住んでいた頃の話である。
鬱蒼と天を突くように伸びた杉木立。
夏には蝉の声で賑わい、

冬は水墨画の世界にひっそりと息をひそめる…そのような世界である。
夏に訪れた芭蕉は、
“静けさや 岩にしみいる 蝉の声”…詠った。

鴻巣では鴻神社に参りをし、
大宮では武蔵一ノ宮氷川神社、
あるいは浅草浅草寺、新宿の花園神社、
一度は愛知県豊川の稲荷神社に行ったことがある。
あの時は驚いた。
神社なのに皆僧侶なのである。
そしておもむろに般若心経を唱え出すではないか…
「おいおい、お前等ふざけてゃしないか!?」
…朝食を予約していたので食べたが精進料理だった。
神仏混交なので可笑しくないのだと聞いて、
「ふざけている」なんて言わなくてよかった。
ここの近くに赤坂豊川稲荷がある。
あの稲荷も僧侶だった。
明治神宮に1度、
一昨年から赤坂氷川神社に行っている。
元日に行くと甘酒をご馳走してくれる。
マンションの窓の向こうに見える近さもあるが、
神社林も豊かで、昼日中行っても落ち着く神社である。

敷地内に、勝海舟の四合(しあわせ)稲荷などもある。
明治神宮のような人ごみもなく、並ぶ必要もない。
すんなりお参りができるのもいい。
それより地元である。
身近な神社や公園に親しみを持つことは心の豊かさに通じる気がする。
自分の心のエリアに拡がりを覚えるのだ。
「気分だよ」
…と言うむきもあるだろうが、この世知辛い世の中、
こういった気分こそ大事にしたいじゃない?
…というわけで、31日23時30分、
マンションを出て氷川神社に行こうと思っている。
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幼い頃、
慈覚大師の開山と言われる山寺の立石寺から聞こえてくる…
いや、実際は遠すぎて聞こえないと思うのだが、
「あれが山寺の鐘の音だ」
…といわれて耳にした鐘の音を、
今もって思い出せるし、信じ込んでいる自分を感じる。
「…風の都合で届くことだってあるんだ」…と思い込んでいるからだ。
山形県天童市に住んでいた頃の話である。
鬱蒼と天を突くように伸びた杉木立。
夏には蝉の声で賑わい、

冬は水墨画の世界にひっそりと息をひそめる…そのような世界である。
夏に訪れた芭蕉は、
“静けさや 岩にしみいる 蝉の声”…詠った。

鴻巣では鴻神社に参りをし、
大宮では武蔵一ノ宮氷川神社、
あるいは浅草浅草寺、新宿の花園神社、
一度は愛知県豊川の稲荷神社に行ったことがある。
あの時は驚いた。
神社なのに皆僧侶なのである。
そしておもむろに般若心経を唱え出すではないか…
「おいおい、お前等ふざけてゃしないか!?」
…朝食を予約していたので食べたが精進料理だった。
神仏混交なので可笑しくないのだと聞いて、
「ふざけている」なんて言わなくてよかった。
ここの近くに赤坂豊川稲荷がある。
あの稲荷も僧侶だった。
明治神宮に1度、
一昨年から赤坂氷川神社に行っている。
元日に行くと甘酒をご馳走してくれる。
マンションの窓の向こうに見える近さもあるが、
神社林も豊かで、昼日中行っても落ち着く神社である。

敷地内に、勝海舟の四合(しあわせ)稲荷などもある。
明治神宮のような人ごみもなく、並ぶ必要もない。
すんなりお参りができるのもいい。
それより地元である。
身近な神社や公園に親しみを持つことは心の豊かさに通じる気がする。
自分の心のエリアに拡がりを覚えるのだ。
「気分だよ」
…と言うむきもあるだろうが、この世知辛い世の中、
こういった気分こそ大事にしたいじゃない?
…というわけで、31日23時30分、
マンションを出て氷川神社に行こうと思っている。
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at 21:31
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日枝神社には行きませんでした。
2009年の件は了承しました。
記憶じゃなく記録に留めておきます。
ありがとうございます。