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命を見つめる
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首あり…地蔵 [2007年06月14日(木)
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これも命… [2007年06月25日(月)
]
銀杏並木通りを絵画館方向へ自転車を走らせ、
草野球の試合を見ながら弁当を食べる。 コレ、けっこう精神的贅沢・・・?! 先週のこと。 コンビニで買った弁当を開けた。 ひと口、ふた口食べた時に、 足元を見ると、 子猫・・・捨てられたのだろう、 3匹の子猫がいる。 ![]() 仮設のスロープの下を棲家にしているらしい。 弁当を分かち合って食べた。 これから、この3匹はどうなっていくのだろうか・・・ 捨てた人がいるのだろうが、 今頃、この姿を想像してもらえるだろうか・・・ 子どもの頃を思い出す。 捨て犬や捨て猫を見つけては家に持ち帰り、 母に「飼わせてくれ」と頼んだものだ。 ・・・今は、マンションでペットは飼えない。 この子達も、貰い食いをしているうちに大きくなり、 スロープの棲み家の出入り口にも入れなくなり、 引越しを余儀なくされるに違いない。 それまでに飼い主が現れてくれればいいが、 そう上手く行くだろうか・・・ いずれ、このどれかは野良猫になる運命かも知れない。 一緒に弁当を食べ終わり、 フッと思った。 これが僕だったら、 可愛さもないし、胡散臭いホームレスに違いない。 誰の目にも、疎ましく見えるだろう。 猫は飼い主に捨てられた。 僕が、ここに捨てられるとしたら・・・ その捨て主は、僕自身じゃないのか・・・ ・・・な〜んて。。。。 その僕もひとつの命なら、 この子達も、 それぞれ…ひとつの命なのだが・・・ Posted
at 11:22
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余裕なし [2007年08月07日(火)
]
毎度のことながら、
余裕のない毎日だ。 18日に向けて… 「こんなんで大丈夫か?」 焦りだけが先にたつ。 でも、これが俺の演劇人生・・・!? この日記もご無沙汰気味… さ、今日もこれから稽古場へ・・・ Posted
at 09:12
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いま…本当に必要なものって何? [2007年09月05日(水)
]
憂鬱な日々・・・
だが、鬱々としていても仕方がない。 国会の中を家来(?)を引き連れてカメラに目線を送る総理… なぜニコヤカでいられるのか分からない。 義務教育の学校内で頻発するさまざまな事件。 警察官の不祥事。 なけなしの財布から納めた年金をくすねるお役所。 親が子を、子が親を殺した事件の多発。 道路を歩いていて、突然切り付けられたという話・・・等々。 美しい国、日本の姿なのだろうか・・・ 選挙で選ばれて歳費の他にも“便宜”というカバンを抱えて料亭へ。 「これからVIPのみなさんがいらっしゃいますので」 立ち話を止めて退散しろと、仲居のような小母さんに追い払われた若者・・・ 「VIPって誰だ」 「議員の皆様」なんだそうだ。 カバンはなかった。 「あ〜ら先生!」 が飛び交う。(略) あゝ、いま…本当に必要なものって何だろうか・・・と思う。 Posted
at 12:34
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何処かの空き地に・・・ [2007年09月18日(火)
]
大きくなりすぎたゴムの木。
♪どこかの あきちに うえましょか・・・ 99ショップで、気まぐれに買った2本の苗木だが、 1本のゴムの木がぐんぐん伸びて30センチを越えた。 ![]() テラスも無ければベランダもない部屋なので、 始末に困っている。 先日はニシキヘビが民家の玄関で発見されたり、 農道付近からワニが見つかり大騒ぎになっていた。 彼等も、気まぐれで買い求められ、 始末に困って捨てられたのか・・・ とすると、 我輩も動物と植物との違いはあるが 同じことをしようとしているのか…と思う。 ゴムの木が人に噛み付くことはない… 確かにそうだが、行為は同じだ。 最初から、大きくなったら何処其処に移植する目的で 購入したものとは全然違うからだ。 おれの生き方を反映しているようにも思う。 この際、しっかりと考えたほうが良さそうだ。 生き続けられる時間も限られている。 生きることの全ては、死ぬ準備のためにある。 出来るだけ人に迷惑をかけずに、そっと・・・ 逝ったにしても、身近な人たちには迷惑をかけることになる。 「子ども達には、人に迷惑をかけるなと教育している」 という親がいる。 自分の存在が、 人々にどれほど迷惑をかけているか知らない親に限って 抜け抜けと言ってのける迷言だ。 ゴムの木は、人の迷惑にはならないだろうと思う。 ・・・が、移植された近くに生えている木々たちには迷惑かもしれない。 ・・・いや、彼等は、そんな狭い了見ではないかもしれない。 大らかに受け容れてくれる寛大な心の持ち主達かもしれない。 こんな言い訳がましい考えをゴッチャラゴッチャラ巡らせながら、 稽古場までの何処かに移植しようと思っている。 すくすくと育つ姿を、稽古場への行き帰りに見られるかもしれない。 同時に、自分の日に日に萎えていく姿をも・・・ あわせ見ながら・・・か? Posted
at 13:02
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何読むか… [2007年09月22日(土)
]
読書の季節だ・・・
僕の「読書」と言える記憶は中学1年から・・・・ 吉川英治の「宮本武蔵」だった。 母の実家の2階に、叔父や叔母が読んでいた本が埃をかぶっていた。 中に、叔母のものらしい数札の医学書などもあったが、 そこで興味をそそられたが人体解剖図鑑だった。 中でも、女性の身体の解剖図には、 生唾を飲み込みながら見入ったのを覚えている。 週に1回遊びに行く母の実家なのだが、 ほとんど使っていない2階に上って行っては、 数時間も時間を費やして見ていたものが、 女体の解剖図だった・・・・ 何か猟奇的なおぞましい感じがしないでもない。 ・・・・・・が、ふと手にとって数ページを何気なく読んで、 のめりこんでしまったのが、「宮本武蔵」だった。 吉川英治さんの著作を読んだのは、 後にも先にも、この一冊だ。 これが「読書」と言える行為の最初だった。 分厚い大判の単行本だったし、読めない漢字もあったと思うが、 週に一回づつ来ては、2〜3時間、閉じ篭っては読み漁り、 1ヶ月ほどで読み終わったのを覚えている。 「2階に行っては何時間も降りてこないが、何をしているんだ?」 (「2がいさ行って、なんずかんも おっでこねのは なしてだ?」) ・・・・・と聞かれたが、 「宮本武蔵」を読んでいる……とは言えなかった。 女体の解剖図鑑なども見ていたので、 2階には上らせてもらえなくなるのではないか…… という恐れを感じていたからだった。 「宮本武蔵」を読み終わったときの充実感は今でも忘れられない。 当時は、まずもって本を買うこと自体難しい時代だった。 中学2年になって埼玉へ出てきて、友人ができたことから雑誌や本を読むようになったが、 山形の片田舎で、貧しい時代だったから、 「読書」などということすら知らなかった。 吉川英治の「宮本武蔵」も戦前に刊行されたものだったし、 叔父や叔母自体、向学心があり、医学や文学への憧憬を持っていたから 所蔵していた書物だったに違いない。 埼玉へ出てきてからは、まともな本は読んでいない。 もっぱら雑誌で「太陽少年」などが愛読雑誌だった。 高校へ入ったころから読書熱が再燃した。 再度「宮本武蔵」を読みたくなったのである。 この時は、2日で読み終わったのを覚えている。 その後好きになったのは、 山本有三、、芥川龍之介、菊池寛などであるが、 興味は海外に移り、 ロマンローランの「戦争と平和」「ジャン・クリストフ」 小冊子の「ベートーベンの生涯」にぞっこん・・・・・・ シラー「群盗」、ゴーゴリ「検察官」、ラシーヌ、モリエール 、ゲーテ、チェーホフ、コロレンコ、リルケ、魯迅等々… 高校3年に入ると、シェークスピアを読み始め、 「ハムレット」「オセロ」「マクベス」「リア王」…と読み進め、 難しかったが、、坪内逍遥訳本を全巻読みきった。 アリストテレス、ルソー、カント、マルクス、ニイチェ、サルトル等々 山本有三とシェークスピアを読んだことが、 演劇の道に進む契機になった。 このような経路をたどり、 その年齢だからこそ、或いは、その時期だからこそ・・・ 好きになった作品や作家が生まれ、 自分の生き様と無関係ではない存在として、 密着したまま・・いまでも各年代の自分とともに生き続けている。 その後、芥川龍之介作品と再会し、「雛」に感動して脚色…劇化して舞台にした。 「蜜柑」を、語りとパフォーマンスの組み合わせで舞台化し、 今、「蜘蛛の糸」をテキストにして稽古を進めている。 そして出あって読み漁った作家が、O・ヘンリーの短編だった。 有名な「賢者の贈り物」や「最後の一葉」などがあるが、 「心と手」などに惚れ込んだりした。 今は、三浦綾子だ。 一生を病気とともに生き、命と向き合い続けた彼女の作品に魅せられている。 「氷点」はテレビドラマにもなり有名だし、見たドラマだが、 母が亡くなってから出会った小説「母」で三浦綾子なる作家を知った。 三浦綾子はクリスチャンであるため、伝道作家と思われがちだが、 生きることと、どう生きるかをテーマに命を向き合う真摯な姿勢に惹かれ、 多くの作品を舞台化したいと考えている。 「道ありき」「石ころの歌」「塩狩峠」・・等々・・・・ 脊椎カリエスで7年間、ギブスベッドに縛り付けられ、身動きひとつとれずにいた時期から、 小説を書き始めた年齢も30歳を越えてから・・・・・・ 生まれた時から病弱で、常に命と向き合い続けた人生の壮絶さに驚嘆するが、 命の大切さを訴える声には、強い説得力がある。 命が粗末に扱われる昨今、この三浦綾子さんの作品を通して、 多くの人々と、命の大切さを感じ合えることを生きる証にしたい思いで、 作品の劇化を続けて行きたいと考えている。 時代とともに……、或いは年代とともに出会い……、別れ、 また出会っては人生を共にする作家達は、 本屋の棚で、等しくみんなを待っているように思うのです。 Posted
at 13:37
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ラブラブ! [2007年10月02日(火)
]
カードが届いた
![]() <文面> 結婚5年目に入りました。 ハネムーンで来た想い出のイタリアから送ります。 5年目のイタリアです。ウフフ・・・子どもは母に預けて2人で! ![]() 私たちは、披露宴の打合せの時にお聞きしたことばを 心に焼きつけています。 覚えていらっしゃいますか? 「2人とも生きる命と死ぬ命を授かって生きている。 今日の命は明日の命とは限らない。 だから、今の命を二人で大事にしあって欲しい」 どうですか? Gohさんのこの言葉を2人の生き方にしています。 だから、今でもラブラブですよ。 Gohさんもきっとラブラブな人生を送っていらっしゃるのでしょうね。 わたしたちも頑張ります。 ![]() ・・・素適なメッセージじゃありませんか。 ![]() ただ、僕にラブラブと言って来た根拠って、何だろう・・・ ![]() でも、いいかァ・・・ 今頃、2人はヴェローナ辺りを肩を抱き合いながら 歩いていると想像するように、 僕と誰かがラブラブで過ごしていることを 想像してkれているのかもしれない・・・ ![]() ![]() 事実がどうであろうと、 よいイメージを与えられたことは、喜ばしいじゃないか。 様々な切ない、悲惨な知らせが多い中で、 ![]() 狭い部屋で孤独な人生を送っている僕であっても、 ![]() 「素適な人とラブラブなんでしょう?」 と言われるイメージを与えている自分を考えてみる。 ![]() これは、自分自身、賞賛に値する存在なんじゃないのか・・・ ![]() ![]() そうだよ・・・僕はラブラブ人生を送っているのさ! Posted
at 15:09
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思いやり? [2007年10月13日(土)
]
『親心・・・思いやりよ』
ほう・・・親心って? 思いやりって? 昼間、街を歩いていて耳にしたことばだ。 ![]() 3〜4歳の子どもを連れ歩いていた母親(だろう)が、 涙をためて声をころして泣いている子どもの手の甲を二度三度叩いていた。 ![]() そこに通りかかった年配のご婦人が顔をしかめ、 「まァ、どうなさったの」 声をかける。 「さっき欲しいお菓子を買ってあげなかったから、すねてるのよね?」 年配のご婦人に答えているのか、 叩いた理由を子どもに対して念押ししているのか、 どちらともつかない言い回しだ。 「まァ可哀想に、手が赤くなっているじゃないの…ねェ」 ご婦人は、お菓子をねだった程度でこんな仕打ちをしている母親を、 確実に非難しているのだが、そのことばを子どもにかけている。 「はい、そうです」 ・・・と、 子どもに同意を求めるように・・・ ![]() 不思議なやりとりだ。 「親としての、この子への思いやりです!」 ・・・と言うなり、グイと子どもの手を引いてその場を後にした。 ご婦人は、ひと言… ![]() 「可哀想に・・・」 さっきより強いことばで言い放つと、反対方向に去っていった。 はて・・・親としてはいいだろう。 「思いやり」とは何だろう。 優しさでないことは確かだ。 子どもにとって本当に必要なのは、優しさ・・・ではないのだろうか。 思いやりは意識的、意志を内包したことばで、 〜のために・・・という「〜してあげる」ことではないだろうか・・・ 何か見返りを求めることばに思えてならない・ 叩いてはいけないとは言えないと思うが、 子どもに本当に必要なのは、 「親としての優しさ」ではないのだろうか。 その優しさをもって、すねている子どもを叱るとすれば、 傍で見ている者に対して、 「可哀想」に映るだろうか・・・ よしんば、叩いていても、 それが優しさからであったならば、 傍で見ていたご婦人の心をも、一緒に包み込んだのではなかったろうか・・・ そんな思いを持ちながら、 家に帰って来て書いている。 ![]() 何か、あの子の涙が目の前にちらついて離れない。 Posted
at 21:33
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亀田が棲んでいる [2007年10月16日(火)
]
ボクシングで投げ飛ばす・・・
僕はボクシングの試合は見るが、詳しくはない。 戦後の混乱の中で、白井義夫さんというボクサーが世界チャンピオンになり、 俄然人気が沸騰したボクシング・・・ 体力に劣る日本人だが、それを補うテクニックと耐力では決して劣らなかった。 だから、いろいろなテクニックが生まれるのは分かる。 が・・・本来は、「打ち合い」をするスポーツじゃないのですか? そこには、打たれるのを防ぐテクニックも生まれるでしょうし、 また防御をかいくぐって打つテクニックも生まれるでしょう。 しかし今回の世界戦は、そのようなボクシングではなかった。 悪の喧嘩祭り・・・ 亀田一家のならず者ぶりは「悪」をボクシング界に持ち込んだ。 ボクシングを「殴りあい」にし、「極悪の伝説」をつくったと思う。 対戦相手に対する無礼極まりない態度からして、 演出の域を越えた下賤の行為だ。 その者を賛美したTBSは、 未だに歯切れの悪い態度に終始している。 中継で、反則を「若さが出た」という言い回しはもってのほかだ。 「これはいけない」と、どうして言えないのか・・・ 紳士的にしろとは言わない。 「親がいけない」・・・という人もいる。 確かに悪いには違いないだろうが、 それを囃し立て、持ち上げる連中がいるうことにも問題がありはしないか。 荒くれを売り物にし、無礼を看板に、品性のなさをサングラスで隠し、肩で風を切ってのし歩く。 少しでも、気に沿わないことに出会うと睨みつけ、恫喝する。 今回のペナルティは軽かった。 罰を下す前に、内藤氏に対して、亀田と親は陳謝するべきではないのか。 それに引き換え、内藤氏は立派だ。 口下手で、言いたいことの半分も口にしていないはずだが・・・。 グローブを外して打ち合えば喧嘩になる。 心得てか知らずか、「勝ってよかった」の言葉。 「おれは強い」とはひと言も言わなかった。 苛めを克服できたことも言った。 子ども達に見せたい部分と、見せたくない部分が混在する今回の事件だった。 世に存在する大きな矛盾が凝縮して存在しないか…とも思う。 が、断罪して「あゝ、よかった」といって済ませる問題でもない。 亀田は内藤教室での修行をすすめたい。 (内藤氏は「いやだ」と言うだろうなァ・・・・) もう一つ、胸に手を置いて考える。 俺の中に、 「亀田」 がいやしないか・・・・ということだ。 亀田は誰の中にもある…いや棲んでいるように思うのである。 Posted
at 09:58
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いのち・・・・ [2007年10月19日(金)
]
限られた命…
最近、このことばを使う機会が多くなった。 歳のせい…? いや、そうではないと思う。 自宅玄関前で刺殺された女の子の事件がテレビで報道されたり、 親が子を殺したとか、子が親を殺したという事件も、 数年前と比較すると極度に多くなってきた。 それと併せて、全くの他人で、面識もない人を 出会いがしらに切りつけた…などの事件も多い。 報道は、残された者の悲惨さを訴える。 ・・・が、僕は、殺害された被害者が、 何を思い感じたかを考えてしまう。 何故殺されなければならないのかを考えてしまう。 それを思うと、行き詰ってしまうのは仕方がない。 自分は当事者には決してなれないのだから。 被害者家族には、 「おつらいでしょうね」 「お気持は分かります」 「犯人に言いたいことは?」 ・・・・・などのことばが投げかけられる。 当事者でなければ感じ得ないことを聞き出そうとする リポーターの仕事かもしれない。 だが、それを聞いたところで、 思いを共有できるわけもないのである。 誰でもが、 自分の命が限られたものであることは分かっている …はずだ。 今日ある命が明日もある命とは断言できないはずだ。 それは自分の命だけではない。 父や母、子や孫、友人や…全ての人に言えることだ。 しかし、それを思い、 「だから・・・・」 を考えて今を生きる人は少ない。 僕は、いつ刺されて死ぬかもしれないから、 限られた命を思え…とは言っていない。 全てのもの、それが道端の雑草であっても、 ![]() 空飛ぶ小鳥であっても、 同じく、手を握れば握り返してくれる恋人や妻、夫も、 子も親も友人も…同じなのだ。 それが、踏み敷かれる雑草であれ、 その限られた命を、 より良く生きようと、今を生きている。 ![]() 寝たきりの命であっても、 「だから自分も頑張って生きよう」 と、励ましを受けている人もいる。 与えられた命は、 存在するだけで価値がある。 それを絶つことは、 自らも、他人もしてはならないはずだ。 その命は、自分との関係だけで存在してはいない。 僕も、未遂の経験を持っている。 それを以ってして言うものは何もない。 いまある命は、そのもののためにだけあるのではないし、 あらゆる存在との支えあいの中に存在しているのだ・・・・ 僕は、そう思う。 Posted
at 14:04
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