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命を見つめる
若くはないのだから…は、心の叫び。
でも…と反発するのも、心の叫び。
両方をなだめながら、
曰く言い難い年齢を冒険中なのかも・・・

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いのち・・・・ [2007年10月19日(金) ]
限られた命…



最近、このことばを使う機会が多くなった。

歳のせい…?

いや、そうではないと思う。

自宅玄関前で刺殺された女の子の事件がテレビで報道されたり、

親が子を殺したとか、子が親を殺したという事件も、

数年前と比較すると極度に多くなってきた。

それと併せて、全くの他人で、面識もない人を
出会いがしらに切りつけた…などの事件も多い。

報道は、残された者の悲惨さを訴える。

・・・が、僕は、殺害された被害者が、
何を思い感じたかを考えてしまう。

何故殺されなければならないのかを考えてしまう。
それを思うと、行き詰ってしまうのは仕方がない。
自分は当事者には決してなれないのだから。

被害者家族には、
「おつらいでしょうね」
「お気持は分かります」
「犯人に言いたいことは?」
・・・・・などのことばが投げかけられる。

当事者でなければ感じ得ないことを聞き出そうとする
リポーターの仕事かもしれない。

だが、それを聞いたところで、
思いを共有できるわけもないのである。

誰でもが、
自分の命が限られたものであることは分かっている
…はずだ。

今日ある命が明日もある命とは断言できないはずだ。

それは自分の命だけではない。

父や母、子や孫、友人や…全ての人に言えることだ。

しかし、それを思い、
「だから・・・・」
を考えて今を生きる人は少ない。

僕は、いつ刺されて死ぬかもしれないから、
限られた命を思え…とは言っていない。

全てのもの、それが道端の雑草であっても、

空飛ぶ小鳥であっても、

同じく、手を握れば握り返してくれる恋人や妻、夫も、

子も親も友人も…同じなのだ。

それが、踏み敷かれる雑草であれ、

その限られた命を、

より良く生きようと、今を生きている。

寝たきりの命であっても、

「だから自分も頑張って生きよう」

と、励ましを受けている人もいる。

与えられた命は、
存在するだけで価値がある。

それを絶つことは、
自らも、他人もしてはならないはずだ。

その命は、自分との関係だけで存在してはいない。
僕も、未遂の経験を持っている。
それを以ってして言うものは何もない。

いまある命は、そのもののためにだけあるのではないし、
あらゆる存在との支えあいの中に存在しているのだ・・・・

僕は、そう思う。

Posted at 14:04 | 生活日記 | この記事のURL
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