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命を見つめる
若くはないのだから…は、心の叫び。
でも…と反発するのも、心の叫び。
両方をなだめながら、
曰く言い難い年齢を冒険中なのかも・・・

プロフィール
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こんな日は・・・ [2007年11月30日(金) ]
飲まなくても付き合うよ。
えッ…いや、多少は飲めるよ。
ま、普通に付き合えば、ビールは大ジョッキ一杯くらいかなァ…
酎ハイなら3杯くらいで、ワインならボトル3分の1…
そんなものだよ。

「だったら飲める方だよ」

いやァ・・・酔うのが好きじゃないからね…
ま、付き合いで、グレープフルーツハイ1杯で、
2時間くらいは最後まで付き合うよ。
その代わり…っていちゃ何だが、食べるよ…
嫌いなものはないからね。
みんなが飲んでいる間は話もするし、
聞きもするさ・・・

実を言うと、

酒に関しては、自分で封印をした側面があるんだ。

おれの親父は酒が好きだった。
焼酎をストレートで、
一リットル瓶3分の1くらいは一晩に飲んでいたからね。

その席におれがいると…
「どうだ、ビールでも飲むか?」
と聞かれることがあった。

おれは自分からビールを出したこともなければ、
「一杯付き合おうかな…」
なんて言うこともなかった。

親父が、何らかの拍子に、一緒に話をしたいと思ったときだと思う…

「どうだ・・・」

とすすめるのだが、たいていはビールで、
焼酎を一緒に…などとは一度も言ったことはなかった。

そんな親父と、
刃を交わすような口論をしたことがある。

口角泡を飛ばして言いつのっている最中に、
「悪いのはオレだ」
…と思いながらも、後には引かずに言い募り、
以後、絶交状態になり…

家を出た。

その後半年後に、
父は倒れた。
心臓だった。

しかし発見が早かったために回復したが、
入院中に見舞いに行った。
親父は目を合わせてくれなかった。

数日後、母から来た電話で、
親父が、「よく来てくれたな」
…と、言っていたと聞いた。

退院した後、
たまには帰ったが、
親父は、「どうだ…やるか」と言ってくれることはなかった。

ほぐれない感情の絡まりが、
ずっと残り続けて、
ある日、親父の死を知らされた。

仲直りが目に見える形にならないまま、
親父は逝った。
2月の寒い朝に、
2度目の心臓発作だったらしい。

可哀想なことをした。

「お兄ちゃん(母はずっと、おれのことをこう呼んだ)、
父さんは、あれ以来一升もの焼酎を飲むようになったんだよ。
身体に悪いからと言っても聞いてくれなかった。
お兄ちゃんのことを悪くは言わなかったけれど、
寂しかったんだと思うよ」

この話を聞いてから、
おれは酒を手にする途端に親父を思うようになった。
だからある時から、
人と楽しく酒を飲み交わすことを封じたのだ。

飲む時は、親父の面影を偲びながら、
静かにひとりで飲む。

…それでも、缶酎ハイ一本も飲まないまま終る。
今日のような曇り空の寒い日は、
親父の位牌を前にして、
しみじみと飲む一杯もいい・・・

Posted at 01:11 | 無題 | この記事のURL
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