シニア向けコミュニティ STAGE ステージ
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命を見つめる
若くはないのだから…は、心の叫び。
でも…と反発するのも、心の叫び。
両方をなだめながら、
曰く言い難い年齢を冒険中なのかも・・・

プロフィール
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おめでとうございます [2007年01月04日(木) ]
12月30日のウエディング司会は今年が初めて。
「こんな押し詰まった日に…」は、両家代表にたった新郎の父上の言葉。
主賓もなし、祝辞余興も全部で2人で女性の乾杯発声も珍しい。
しかし“終わりよければすべてよし”
アットホームで、和やかな2時間30分だったが、
1時間前の“人前式”の司式者も兼ねたために、
披露宴お開き時にはクタクタの始末…
参加者からの「今までにない素適な一日…」の言葉に疲れも何処へやら…自転車で帰宅途中、ホテル近くで10数人の女性参列者に囲まれ、
「よかった」「よかった」に、「よいお年を!」を連発してペダルを踏む。

「腹へったなァ…」少し我慢して、友人に電話して、新宿で待ち合わせ。
タイ料理でも食べて汗かこう…と思ったが、いつもと違ってまずい!
「シェフがタイに帰って…」
だったら同じ値段で出すな…と言いたいところを我慢して食べて、
映画館へ。久々に“007”
この2日、立て続けに“巨大魚”“敬愛なるベートーヴェン”と観てきた。
鬱々が吹っ飛んだ感じで、31日午後11時の待ち合わせを約束して帰宅。

31日午後11時30分、地元の“赤坂氷川神社”へ行く。
外国人を含めて、すでに3〜40人が0時を待っている。
昨年までは、大宮にある武蔵一ノ宮氷川神社だったので、
今年から分家になる。…が、地元を大切にするのもいいことに違いない。

午前0時…年が明けた。
ガランガラン…鈴の音が響いた。
「昨年中はありがとうございました」だけにした。
帰りがけに稲荷神社に足を向けて、
「昨年中は、加須公演も出来て…」
と、少々詳しい礼を言って帰宅の途へ。
家で酒盛り(?)をして新年を祝う。

1月28日に、表参道のレストランでヴァイオリンと合わせて映画を語り、
三園ゆう子さんの独り語りを絡ませる…それがスタートになる。

さあ、2007年よ…
みんなにとって“いい年”になって欲しい!
苛めや虐待や、殺戮や事故などのない…
“最近になく、いい一年になったね”
こんな言葉の飛び交うような12月31日を、今年こそ迎えたい。
神社でも、お願いしなかったけれども、これが最大の思いだ。

Posted at 02:19 | この記事のURL
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オフ新年会…最高でした [2007年01月06日(土) ]
タイトルを変換すると“最高”のつもりが“再考”が出てきた。
でも僕は今日の集まりは、“最高”の出来映えだったと思う。
幹事のプー太郎氏へねぎらいの言葉をかけたい。
四国や青森からも参加者があるのは嬉しい限りだ。
多くは、日枝神社へ参りカラオケに行くらしいが、
僕はこれからの所用で目白台まで出かけなければならず、
手を振って分かれて帰って来た。

こんな日にブライダルフェアだそうである。
お客様も集まるのだろうか…?!

Posted at 15:09 | この記事のURL
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ブライダルフェア満員でした [2007年01月06日(土) ]
「…こんな日に」思いながら出かけたF・Sホテルの、“ブライダルフェア”、
夕刻からの模擬披露宴の司会のために雨のなか出かけて行きました。
オフ新年会の2次会に行かずに、家で着替えて、
テクテクと出かけて来たものの、お客さんは来るのだろうか…

ところが、時間が来て会場に入ると、何と満席じゃありませんか。
親を連れてきているカップルもあり、席は完全に埋まっていました。
30分の解説に、熱心にメモを取りながら付き合ってくれました。
僕の話は、終始“おもてなし”の話を中心に進めます。
結婚する二人の思いから抜けやすい、来賓への配慮を語ります。
また、僕に司会には、“拍手”という言葉は一切ありません。
歌いたい人はいても聞きたい人はいないこと。
来賓は、料理代から飲み物代まで払って出席していること…等など、
(これはフェアでは言いませんが)を土台にして話を組み立てます。
ところで、
新年会から日枝神社〜カラオケと流れた皆さんは楽しく過ごしましたか?
皆さんの報告を楽しみにしています。
併せて、来年のオフ会も楽しみにしたいと思います。
きょうはありがとうございました。

Posted at 20:53 | この記事のURL
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声をつくる [2007年01月21日(日) ]
昨日イイノホールで「声をつくる」を観てきた。
わが国の楽器の多くは声を使って、ツンテンシャンじゃないが稽古するようだ。
伝統的な声といえば、“わらべうた”だと思う。まさにその話がオープニングにも出てきていた。
わらべうたの声いろは、誰にも“懐かしく”のこる音といえないだろうか…
(今の若い人たちには、こんな思いはないのかもしれないが)
(歌詞は地方によっていろいろ変わるものであるらしい)
かごめ かごめ
かごのなかの とりは
いついつ である
よあけのばんに つるつる
つうべった
うしろの しょうめん だ〜れ

みかん きんかん さけのかん
おやのいうこと こがきかん

おつきさんなんぼ じゅうさんここのつ
そりゃまだわかいよ
あぶらこうてあぎょうか もっといこうてあぎょうか
なんにもいらんよ ぜにとこめがいっちすき

きゃーろのめだまに きゅうすえて
それでもとべるか とんでみな
おっぺけぺっぽー ぺっぽっぽ
おっぺけぺっぽー ぺっぽっぽ

てるてるぼうず てるぼうず
あした天気になぁれ

ゆうやけ こやけ
ああした 天気になあれぇ

このような唄もあるが、それぞれの意味合いから、
囃したての唄と、子守の唄とは自然に声いろや質を変えて唄っている。
本来的な声の出し方なのだろうと思う。
また下諏訪の御柱大祭の木遣などは、高音の訓練された声だ。

毎年、テーマを変えて伝統文化が披露される出し物だが、
来年の1月には別のテーマで同じホールで開催される。
来年は、希望者があればご一緒しましょう。

Posted at 20:52 | この記事のURL
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明後日 [2007年01月26日(金) ]
表参道のイタリアンレストランで、
三浦綾子さんの『母』独り語りと映画音楽を綴ったヴァイオリン演奏をやる。
また演奏の合間に、パーソナリティとして、僕のトークを入れる。
・・・と、簡単に考えていたが、僕のしゃべりのほうに問題あり…だ。
曲は、“魅惑のワルツ”“ある愛の詩”“エーデルワイス”
“愛と青春の旅立ち”“ロミオとジュリエット”“シンドラーズリスト”を
予定している。すべての映画は観ているが、しゃべるとなると難しい。
昨日までは、三園ゆう子さんの語りの稽古をしたが、僕のはぶっつけ本番。
さあ、どんな話をするか、今夜床の中ででも考えよう。
明日は10時から、ウエディング司会のアレンジメントもある。
またこんな中、山形の叔母の逝去のニュースも飛び込んできた。
葬儀は明後日だそうである。
勿論欠席する。

…父の時も死に目に会えないのはともかく、長男でいながら、
葬儀の手配の全部を妹に任せざるを得なかった。
父が亡くなり、劇団に連絡が入ったのは午前11時だったらしい。
…が、12時から稽古が始まる。公演までは1ヶ月もあるのだから、
帰してくれてもいいと思うのだが、「豪を混乱させないために、
今日の稽古が終わるまで、黙っていよう」と演出部で決めたのだそうだ。
稽古は夜8まで続き、知らされて帰宅した頃は、祭壇も飾り終わり、
親戚の者も駆けつけていて、喪主の僕は部外者のような存在だった。

親の死に目に会えないのは覚悟のうえだったが、こんな気持だけは
同じ劇団員に味合わせたくないと思い、「親が…」の報せを受けた
ときには必ず帰すことにしている。
僕の年になると、最近は叔父、叔母たちが他界年齢だ。
今回も、もうそろそろだろうと考えていたさなかに報せが入った。
…やはり行けずじまいになる。
親戚連中も心得たもので、「いいよいいよ」と先に切り出してくれる。
さて、その明後日だ。
優しい叔母だった。
その叔母へのプレゼントのつもりで、勉強するとしましょうかね。

Posted at 21:28 | この記事のURL
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いよいよ…今日 [2007年01月28日(日) ]
1回だけの公演…それが今日から始まる“劇・心空間”だ。
オステリアマラネッロで劇団アドック初のお目見え…
第1回目は三浦綾子さんの『母』を、三園ゆう子が語る。
通読すると4時間以上かかる作品ですが、30分バージョンに翻案。
しかし、綾子さんの作品に託した内容は可能なだけ表現したい…
三園ゆう子から、昨夜遅くまで電話が来ていた。
部分的には、ぶっつけ本番のところもあるかもしれない。
しかし、これこそ演劇の作り方ではないかと思う。
出演の数秒前まで…否、舞台に立っている中でも、
苦闘格闘を続けなければ役者の仕事ではないのかもしれない。
…といって、思いつきで生まれるものではない。
それだけに、役の人物に集中していなければ、
役の人物としての考えは思い浮かぶわけがない。
役者としての悩みは、果てしなくていい。
きょうの語りは、三園ゆう子という女優が、
『母』を語るのではない。
母、セキにどれほど近づきうるかの接点の強度の幅の露呈と言える。
今も電話が来た。
○○は、この方がいいのでは…
というものだった。

さあ、緊張の一日の始まりだ。
大勢で創る舞台とは違った、極限に近い緊張感が押し寄せる…
ましてや、映画通が多いに違いないお客様の中で、
臆面もなく映画音楽を語る自分のことを考える…
今日は、疲れる一日になるに違いない。

Posted at 09:45 | この記事のURL
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