シニア向けコミュニティ STAGE ステージ
50歳未満お断り! 紳士と淑女の知的コミュニティ (シニア向けコミュニティ STAGE ステージ) http://www.stage007.com

命を見つめる
若くはないのだから…は、心の叫び。
でも…と反発するのも、心の叫び。
両方をなだめながら、
曰く言い難い年齢を冒険中なのかも・・・

プロフィール
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リンク集
「にんじん」を打ち上げて一週間! [2007年03月02日(金) ]
2月25日上演した「にんじん」にまつわる話

母親に愛されず、家庭内で居場所を失い、
「家を出たい」と、父に打ち明けるにんじん。
「僕は、母さんを好きでなくなったのだから、家にいても仕方がない」
「母親が嫌いで自殺する子どもだっているんだから…」
「納屋の梁に紐を結びつけて、輪を作り、首を入れて、手を組んで、
こうして…、
瓦の隙間から外の景色が、にじんだように見えていた。
そして、足を蹴ろうとした!…その時、僕を呼ぶ声がした…」
「母さんの声だったら天国に行っていたさ。呼んだのは父さんだった」
真剣に死をも考えたにんじんのことばは、父の心をえぐった。
「だから、僕はこんな家にいたくない…」

この世の中に、こんな思いで生きている子どもたちはたくさんいる。
そんな気がする。

子連れのママが、ファミリーレストランで子どもをそっちのけにして
携帯電話とにらめっこをしてメール打ちに夢中でいる。
所在のない子どもは、ママの関心を引こうとして袖を引っ張ったり、
テーブルを叩いたり、果ては大声を出しては顔を覗いたり…
母親は迷惑そうな表情で子を一瞥するが、そのうちそっぽを向いた。
食事が運ばれても、母親は携帯から目を離さず、子どもだけが、
上目遣いに母を見ながら、デザートを箸で突っついている。

・・・この親子も「にんじん」と同じとは言いません。
しかし、これからどうなるのだろう…? 考えさせられる。
傍で見ていて、胸苦しさをを覚える辛さを味わった。
…でも、これに似たようなことを、僕も子どもにしていなかったか…
自分の中に、未だに突き刺さる棘の感触。
その原因は、これじゃないのか?
そんな思いをも呼び覚まされました。
「にんじん」の道具を取りに倉庫に行き、
昼食で立ち寄ったレストランでの出来事でした。

公演も無事に終わり、数日して、やっと心の整理にかかり、
書く気になったことの一つです。

Posted at 17:36 | 演劇生活 | この記事のURL
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後悔先に立たず [2007年03月11日(日) ]
今日12時から在京天童会(わがふるさと天童)があり、
4時からは、銀座で2次会・・・

戦後の食糧不足の中に育ったせいかと思いますが、
このようなパーティの度に、帰宅してから後悔します。

“食べすぎ”です。

目の前に出された料理は、大抵残さずに食べる癖があります。
「残しては勿体ない」感覚が刷り込まれているのだと思います。
60品目の殆どをよそってきて、片っ端から口に入れて行きます。
最後には、必ずご飯に手が行きます。
「おい…えげつないぞ、止めろ!!」
理性が叫び続けます。
…が、たかが理性、無意識の欲望に置き換わることは出来ません。

「あゝ、食いすぎたなァ・・・」
反省なら猿でもします。
しばし、その時は猿並みの反省をするしかないのです。
そして後の祭りなのです。

ま、2次会会場まで行く内に、多少はこなれるだろう…
と、虎ノ門から銀座4丁目まで自転車で、エッチラオッチラ・・・
「フ〜ッ…たいした運動ではなかった」
自転車を止めて、8Fのホールへ。
「えッ、こんなに食べ物があるの? …これ2次会だよ」
な〜んて言いながら、ムシャムシャ…
「年なんだから、そろそろ弁えってものを考えなきゃな」
な〜んて言いながら、ムシャムシャ・・・

「目の皮が重くなって来た。帰ろう。
「なァ〜んだ、お前、これから天童まで帰るのか」
顔だけは、如何にも同情したような表情を浮かべて、手を振って別れる。

銀座から自宅まで、自転車で帰り着き、
食に関する節操のなさに我ながら呆れ返る。
おれの育ちが、そうさせるのかもしれない。
13人集まっていた同級生たちの殆どが、
オレと同じ気持で、自己嫌悪を感じているのではないだろうか?
3度3度のご飯を食えなかった時代に、成長期を送ったオイラ達世代の
悲しくもあり、懐かしくもある、アンタッチャブルな餓鬼道なのかもしれない。

Posted at 20:04 | 生活日記 | この記事のURL
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ブログ講習でも、「ま、いいかァ・・・」 [2007年03月17日(土) ]
ブログ講習会!

トラックバックの使い方がイマイチだったり、
写真のUPが上手く行かなかったりの部分を克服したい・・・
はっきりした目的を持って参加を決めた…のだった。。。。

ところが、メールアドレスは忘れるわ、パスワードは忘れるわ。
やっぱり俺の脳回路の欠損が回収不能なまでに
なってしまったのか・・・と、愕然とした途端に、
キーをたたく指の力も抜けてきた。

思い出すまで頑張ろうと決意した時、
後ろから、
「どうなさいました?」
会場のスタッフの、女性の優しい声が聞こえ、
「お調べいたします」
・・・これだ、おれは常に、この声に甘えてきた・・・
その結果が今だということを忘れるなッ!
魂が叫んでいる。
しかし、その声があまりにも優しくかった。
「まッ…いいかァ!」
この場も、成り行きに甘えてしまおう・・・
そのツケが回ってきたっていいじゃないか。
僕の人生は、これまで、ず〜っと、これだったのだから。
いまさら転換することもあるまい。

講習会場でのひとコマでした。

Posted at 16:39 | 人生訓 | この記事のURL
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オフ会の最年長さん? [2007年03月17日(土) ]
STAGEが50歳未満はお断りだそうだが、
50人ほど集まった人たち皆が若く見える。
…すこし上かな? …と思える人も(実は)いたが・・・

しかし、どうやら僕が最年長さんのようだ。
それを感じて、一瞬愕然!
しかし、いい人たちばかりでしたねェ・・・ェへへへ
「お若いですわ!」
…な〜んて言われて気をよくし、
チャリを飛ばし、芋洗坂から六本木、
完成間近の東京ミッドタウンを横に見て、
寒風の中を帰ってきました。

1〜2ヶ月前にお目にかかった方あり、
初対面の方あり、
明日の方あり、
オカリナも聞けて、
楽しい会でした!!

薩摩軍鶏だけは食べはぐった・・・
Ohッ あったァ!・・・と思ったら、ポテトでした。
でも、コーヒーが美味しかった!
大いに気をよくして、絵文字をプラス。。。
等々・・・大収穫!!

Posted at 23:01 | 学ぶ?…遊ぶ? | この記事のURL
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津軽三味線 [2007年03月20日(火) ]
一昨日、
表参道のレストランで催されたイベントで司会をしました。
6津軽じょんがら節
津軽あいや節
津軽甚句
黒石よされ節
津軽よされ節
…と続き、
白神山地の世界遺産記念イベントで、
秋篠宮の前で演奏したというオリジナル曲、
津軽の香
等々。
うろ覚えだが、津軽三味線に関する歴史の
薀蓄などを加えた喋りで申しわけありませんでしたが、
総計45分ほどのイベントでした。

僕らが先月上演したルナール作「にんじん」は、
¥7,000
今回の津軽三味線は、
¥11,000
しかも満席!
“♪何でだろう…何でだろう・・・?”
まんじ氏は地元での津軽三味線普及を中心に活躍中。
津軽三味線は本来、パーカッションの伴奏楽器として、
ゴゼさんの唄や語りの裏に入る伴奏音だったそうで、
新潟のゴゼ三味線が発祥の源と聞く。
北前船で北へ渡り、
津軽のボサマの門付芸として定着したらしい。
しかし皆さんの目にとまり、わが国独特の伝統芸として
世界に知られるようになったのも最近のことで、
高橋竹山さんが津軽三味線を演奏する姿をテレビで観て、
初めて知ったというのは、どうやら僕だけではなさそうです。

急激な時代の波の中に生まれ、
洗われ、育まれ、培われ、
いまだに成長し続けている伝統芸だと、
聴きながら感じました。

汲々として受け継ぐのが伝統の世界のようにも思えますが、
発見と変革を伴わない限り、
いつかは衰退するようにも感じます。

花鳥風月をもってして季を表す句の世界に、
外道とも思える蛙や蝉を加え、
静寂を表現して一石を投じた芭蕉がありましたが、
伝統の継承には、発展的な創造の世界との
融合がなければならないと思います。
静けさや 岩にしみいる 蝉の声
…だの、
“かわず飛び込む水の音”で静かさを表したように、
斬新な発想も必要なのかもしれないなァ・・・と。

まんじさんのオリジナル「津軽の香」の中に、
蛙か蝉かがあったかどうかは別として、
最近のコラボでも、どちらというとパーカッション的存在
を感じさせる叩きの楽器感が強いように思います。
…司会をしながら、いろいろなことを考えさせられました。

Posted at 08:58 | 司会生活 | この記事のURL
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河童 [2007年03月22日(木) ]
日本各地にある河童のはなし。

土地によっては呼び名が違っていたりするが、
口が尖り、皿状のものが頭にあり、
甲羅のようなものを背につけ、
手や足の指は、蛙やイモリのような
水掻状になっているというのが共通のようだ。

♪かっぱっぱ かっぱっぱ かっぱ からからかっぱっぱ…
黄桜のCMでは、清水昆(?)さんの、
そこはかとなく色っぽい河童が登場した。
想像上の動物で、妖怪だともいわれているが、
定かではない。

地方の博物館や、お土産店で、河童のミイラなどにも出くわす。
実は、僕の知り合いの模型屋さんが、
ある土地の物産館から、ソレを作ってくれと頼まれて、
苦心惨憺の末仕上げたそうである。
10数年前のことであるが、今でも大切そうに飾られてあり、
年季が入って、いよいよ本物に近づいているようにすら見える。

河童…芥川龍之介も書いている。
河童の子どもの誕生時の慣わしが面白い。
記憶に残る範囲だが、
胎内のえい児に向かって、
母体の膣に向かい、
「今の世の中はなァ…」
と懇々と語って聞かせ、
「それでも生まれたいかどうか」を決めさせるそうだ。
この発想の面白さに驚嘆した少年時代を思い出す。

いま頼まれて、河童の芝居を書き始めた。
いろいろな疑問が湧き始めている。
「尻小玉」って何だろう?
「胡瓜が好き」なのは何故?
「お皿が乾く」と、どうして死ぬ?
「屁の河童」は、どうして「河童の屁」じゃないの?
・・・その他、いろいろ。

さて、どうなるか…資料も集まり、
明日辺りから書き始める。
ご提供して頂けるアイデアがございましたら、
どうぞよろしくお願いします。(ずるいかなァ?)

Posted at 11:54 | 演劇生活 | この記事のURL
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80ウン歳の観世氏が・・・ [2007年03月28日(水) ]
3月27日、日本文化芸術財団恒例の
「日本文化藝術振興賞」表彰式に劇団員全員で出席。

受賞者は、
漆芸家の室瀬和美氏、陶芸家の杉浦康益氏、
能楽師の亀井広忠氏(葛野流大鼓方)、作曲家の武智由香氏
外国人助成金は、造形・視覚デザインのキム・ボンス氏(大韓民国)
上方舞研究の、SABINE STADLER(サビネ シダトレェ)氏(スイス)

この中で、能楽師(太鼓方)の亀井氏の演奏で
観世栄夫氏が「勧進帳」を謡った。
「えッ、この年齢で、この声…
実は、鼓の亀井氏の受賞記念の演奏の鼓も素晴らしかったが、
観世氏に食われた感じは否めない。素晴らしかった。

僕が民藝に入ったばかりの俳優教室で、
若い観世氏の授業を受けたことがある。 あれから30数年…

観世氏に「若々しい声」と言って感動を伝える人もいたが、
僕は、謡の艶に感動し、背景に安宅の関を描いていたと言おうとしたが、
「素晴らしい声をお聴きして感動した」としか口に出なかった。

一時能楽界から現代演劇や、映画、オペラ等の分野に転身し、
20年くらい後に復帰し、能役者として廃曲を復曲上演などを続けている。
幾つだか年齢は知れないが、80歳はこしているはずだ。
日々の鍛錬がそれを保っているのは勿論だろうが、
芸を愛する心があってのものと感じた。

来年は、足も、もっと弱っていることだろうが、
また会えるのを楽しみにしたい。

さて、河童の話だが、この財団が予定している親子劇場への提案作品だ。
では、何故河童か、ということになるのだが、僕にはわけあってのもの。
この続きは、またボチボチ書いていきたい。
今日は、これから浦和に行く。
よそ見ばかりしていて、なかなか筆が進まないが、
帰宅して、再度取り掛かるときは、浦和往復の中で見聞きすることが、
何らかの形でプラス要因になってくれるか・・・?
期待して、「行ってきま〜す!」

Posted at 12:21 | この記事のURL
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