シニア向けコミュニティ STAGE ステージ
50歳未満お断り! 紳士と淑女の知的コミュニティ (シニア向けコミュニティ STAGE ステージ) http://www.stage007.com

命を見つめる
若くはないのだから…は、心の叫び。
でも…と反発するのも、心の叫び。
両方をなだめながら、
曰く言い難い年齢を冒険中なのかも・・・

プロフィール
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いま…本当に必要なものって何? [2007年09月05日(水) ]
憂鬱な日々・・・
だが、鬱々としていても仕方がない。
国会の中を家来(?)を引き連れてカメラに目線を送る総理…
なぜニコヤカでいられるのか分からない。
義務教育の学校内で頻発するさまざまな事件。
警察官の不祥事。
なけなしの財布から納めた年金をくすねるお役所。
親が子を、子が親を殺した事件の多発。
道路を歩いていて、突然切り付けられたという話・・・等々。
美しい国、日本の姿なのだろうか・・・
選挙で選ばれて歳費の他にも“便宜”というカバンを抱えて料亭へ。

「これからVIPのみなさんがいらっしゃいますので」
立ち話を止めて退散しろと、仲居のような小母さんに追い払われた若者・・・
「VIPって誰だ」
「議員の皆様」なんだそうだ。
カバンはなかった。
「あ〜ら先生!」
が飛び交う。(略)

あゝ、いま…本当に必要なものって何だろうか・・・と思う。

Posted at 12:34 | 生活日記 | この記事のURL
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あれ…この猫・・・? [2007年09月13日(木) ]
僕の稽古場への自転車のルートが

青山トンネル → 青山墓地 → 神宮銀杏並木 → 神宮球場裏
→ 幽霊トンネル → 稽古場だ。

銀杏並木から球場へ抜ける前の野球練習場から絵画館を望む場所に、
子猫が3匹いて、買って食べようと思ったノリ弁を分け合った覚えがある。

その子猫たちが、次の週にはいなくなっていた。

「あゝ、誰か飼う人がいて引きとられたな…」

と思ってホッっとしていた。

それが昨日、自転車で通りかかった同じ場所に1匹の三毛猫がいた。

それも目つきが鋭く、抜け目のなさを身につけた猫だった。

(上の写真の左にいる子猫も三毛猫だ。大きさは3倍くらいだ)

「えッ、あの中の1匹か?」

近づこうとしたした途端に茂みに逃げ込んで2度と出てこなかった。

「違うだろうな」

いや、違ってくれればいいと思った。

あの子猫は、勿論子猫のままでいるはずはない。

僕の勝手な思いだが、あのまま、子猫のままでいて欲しいような気持なのだ。

「可愛い」と拾った人も、僕と同じ気持ではなかったか・・・

そんなことも気になる。

大きくなって、可愛くなくなったので捨てる・・・

その猫がアレだったんじゃないか・・・

などと思いつつ、場所を離れた。

その日の夜のニュースで、

田んぼでワニが見つかった話題を放映している。

ワニの子どもも、トカゲのように可愛い存在だったろうと思う。

それが1メートルにもなると、

可愛さもなくなるし餌代はかかる、危険さも増す。

元ペット君のワニもさっきの野良猫も、

人間の勝手な気分の犠牲(者)かもしれない。

そういえば、僕も可愛い時期があった。

その時から数えると60年にもなる。

子どももできて、

「お父さんにそっくりですね」

「可愛いですね」

・・・と言われるのを、

「この子と同じように、僕も可愛い子どもだったのだろう」

それが

「子どもに引き継がれている」

僕の歴史でもある・・・などとは思わなかったが、

何処かに、そんな思いがなかったとは言えない。

今は、僕も抜け目なさを身につけた
老いの身になっているのではないだろうか・・・

こんなことを考えながら稽古場に急いだ。

むさい、きもい、くさい・・・でも生きているってところかなァ・・・

Posted at 12:08 | 司会生活 | この記事のURL
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何処かの空き地に・・・ [2007年09月18日(火) ]
大きくなりすぎたゴムの木。

♪どこかの あきちに うえましょか・・・

99ショップで、気まぐれに買った2本の苗木だが、
1本のゴムの木がぐんぐん伸びて30センチを越えた。

テラスも無ければベランダもない部屋なので、
始末に困っている。

先日はニシキヘビが民家の玄関で発見されたり、
農道付近からワニが見つかり大騒ぎになっていた。

彼等も、気まぐれで買い求められ、
始末に困って捨てられたのか・・・

とすると、

我輩も動物と植物との違いはあるが
同じことをしようとしているのか…と思う。

ゴムの木が人に噛み付くことはない…
確かにそうだが、行為は同じだ。

最初から、大きくなったら何処其処に移植する目的で
購入したものとは全然違うからだ。

おれの生き方を反映しているようにも思う。
この際、しっかりと考えたほうが良さそうだ。

生き続けられる時間も限られている。
生きることの全ては、死ぬ準備のためにある。

出来るだけ人に迷惑をかけずに、そっと・・・
逝ったにしても、身近な人たちには迷惑をかけることになる。

「子ども達には、人に迷惑をかけるなと教育している」
という親がいる。

自分の存在が、
人々にどれほど迷惑をかけているか知らない親に限って
抜け抜けと言ってのける迷言だ。

ゴムの木は、人の迷惑にはならないだろうと思う。

・・・が、移植された近くに生えている木々たちには迷惑かもしれない。

・・・いや、彼等は、そんな狭い了見ではないかもしれない。

大らかに受け容れてくれる寛大な心の持ち主達かもしれない。

こんな言い訳がましい考えをゴッチャラゴッチャラ巡らせながら、

稽古場までの何処かに移植しようと思っている。

すくすくと育つ姿を、稽古場への行き帰りに見られるかもしれない。

同時に、自分の日に日に萎えていく姿をも・・・

あわせ見ながら・・・か?

Posted at 13:02 | 生活日記 | この記事のURL
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いけない想い出・・・ [2007年09月21日(金) ]
僕は飲まない・・・
いや、あれ以来飲まないようになった。
これは、酒を断つことになった事件の記録でもある。

既に20年以上は経つ。
中部地方のある町に、
歴史のあるアマチュア劇団がある。

その劇団は健在なので、
誰かにこのブログを見られないとも限らないし、
ほろ苦い、また何とも慙愧の念に駆られる思い出だが、
僕にとっては、
何処かでほのかな浮気への憧憬すら感じさせてくれるので、
恥をかなぐり捨てて書いてみたいと・・・

登場人物は仮名にするので、
登場する方も他人事としてお読みいただきたい・・・です。

知人の関係で、何回か演技指導に行ったことがありました。

稽古が終わり、「ちょっとお疲れ会をしましょう」
と、町に繰り出して、夕食を兼ねて地元名物を口にし、
地酒を注がれて調子に乗り、
お銚子2本くらい空けたでしょうか・・・

僕は、どちらかというと付き合いの悪いほうで、
酒の席にジッとしていられない性質で、

「そろそろ帰ります」
と立つのだが、
この日に限り、
季節限定の料理を・・・と、出されたのが猪鍋。
食べ物にはめっぽう弱いところで、
ついお調子に乗って銚子をもう1本・・・

熱々の猪鍋に日本酒で酔わないわけがない。

「じゃ、美樹ちゃんと早紀ちゃんに送らせますから」(いずれも仮名)
と、脇に寄り添う二人の女優さんと一緒に旅館に向かった。
           
と・・・この二人、途中どうしても寄って欲しい店があるという。

仕方なく付き合って店に入ると、
先に連絡を入れてあったらしく、寿司までとってあり大歓迎を受ける。
飲まないわけにもいかず、ここではビール(だけだったか?)を流し込む。

「では、明日地元高校で講演も頼まれているので、そろそろ・・・」
と席を立つ。

外へ出た時には、フラフラで、意識朦朧・・・。
それから旅館に向かったはずが、

意識がプッツン!
           
酷い頭痛と喉の渇きで目を醒ますと、
ちゃんと旅館に帰り、
布団の上に寝ていた・・・まではよかったが、
右と左に半裸の女性が寄り添っているではないか!

うわ〜ッ!
それに僕も下着はシャツだけ。
下半身・・・裸じゃないが、パンツが膝まで下りている!
         
「こりゃァ大変なことをしてしまった!」

今更騒いでも・・・と思い、
ガンガン音を立てるような頭をかかえてトイレに行く。

あゝ、交合した形跡はない・・・
         
「あんなに酔っ払っていたのだから、
二人に何をされても・・・」などと思いながらトイレを済ませてフロントへ。

そこには女将がいた。

「豪さんが、こんなことをするとは思いませんでした。
真面目なお人柄を大好きでしたが、今回は呆れました」
         
目も合わせてもらえず、たしなめられて、「すみません」と答えるのが精一杯。

頭がズキ〜ン!・・・と割れそうだ。

「起きてくれ」

二人に声をかけると、

「あれッ、豪さん・・・」

と意味ありげに、二人はニヤリと笑顔をつくる。

「もう、抱きついてきて大変だったんだから」
        
・・・だと。

「ほんとう?」
「覚えていないなんて誤魔化さないでね」
        
「・・・なァ〜んて嘘、帰ってきたらバタンキュー」
        
が、一人は小さい声で、
      
「わたしの胸、触ってきた」
        
耳を寄せてきて、こっそりと言う。

「すみません」
少しでも頭を下げても、木刀で殴られたように痛む。

        
さあ、旅館をほうほうの態で出て喫茶店に行く。

一歩一歩、頭痛をこらえて歩かなければならない。
10時から、地元の高校へ行き講演がある。

先生に電話した。
「昨日の酒が残っていて、講演は無理かも・・・」

すると、
「その話をしてください」と来た。

冗談じゃない、
高校の生徒に女性と川の字で寝ていた話など出来るわけがない。
         
胸を触わられたという女優さんは、
                      「わたしも聞きに行く」という。
うわ〜ああああああァ・・・助けてくれ!
         
2〜300人を前に、
頭痛を堪えながら、
真面目な顔をして、

「人の心」について、60分しゃべった。
         
途中、「あゝ、おれは嘘つきだ・・・嘘つきだ・・・・」

を何度心に叫んだか知れない。
          
この日を最後に、
乾杯以上の酒は飲まないことにした。

これは、今でも守り続けている。
         
女性と川の字で寝たのも最初で最後だ。

何もなくてよかった・・・という思いの反面、

「わたしの胸を触ってきた」

と言われたことが忘れられないのだ。
         
彼女はふくよかな胸をしている女性だった。

触った・・・といわれても、その感触が残っていないのである。
         
「どんなだったのだろう・・・」
         
いけないことだとは思うのだが、

ついそこに思いが行ってしまうのだ。
             
いけないこと・・・だが。
         懺悔日記・・・前編

Posted at 10:29 | 人生訓 | この記事のURL
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何読むか… [2007年09月22日(土) ]
読書の季節だ・・・
       
僕の「読書」と言える記憶は中学1年から・・・・

吉川英治の「宮本武蔵」だった。
母の実家の2階に、叔父や叔母が読んでいた本が埃をかぶっていた。

中に、叔母のものらしい数札の医学書などもあったが、
そこで興味をそそられたが人体解剖図鑑だった。
中でも、女性の身体の解剖図には、
生唾を飲み込みながら見入ったのを覚えている。
       
週に1回遊びに行く母の実家なのだが、
ほとんど使っていない2階に上って行っては、
数時間も時間を費やして見ていたものが、
女体の解剖図だった・・・・
何か猟奇的なおぞましい感じがしないでもない。

・・・・・・が、ふと手にとって数ページを何気なく読んで、
のめりこんでしまったのが、「宮本武蔵」だった。
       
吉川英治さんの著作を読んだのは、
後にも先にも、この一冊だ。

これが「読書」と言える行為の最初だった。

分厚い大判の単行本だったし、読めない漢字もあったと思うが、
週に一回づつ来ては、2〜3時間、閉じ篭っては読み漁り、
1ヶ月ほどで読み終わったのを覚えている。

「2階に行っては何時間も降りてこないが、何をしているんだ?」
(「2がいさ行って、なんずかんも おっでこねのは なしてだ?」)
・・・・・と聞かれたが、
「宮本武蔵」を読んでいる……とは言えなかった。
女体の解剖図鑑なども見ていたので、
2階には上らせてもらえなくなるのではないか……
という恐れを感じていたからだった。

「宮本武蔵」を読み終わったときの充実感は今でも忘れられない。
       
当時は、まずもって本を買うこと自体難しい時代だった。
中学2年になって埼玉へ出てきて、友人ができたことから雑誌や本を読むようになったが、
山形の片田舎で、貧しい時代だったから、
「読書」などということすら知らなかった。
吉川英治の「宮本武蔵」も戦前に刊行されたものだったし、
叔父や叔母自体、向学心があり、医学や文学への憧憬を持っていたから
所蔵していた書物だったに違いない。

埼玉へ出てきてからは、まともな本は読んでいない。
もっぱら雑誌で「太陽少年」などが愛読雑誌だった。

高校へ入ったころから読書熱が再燃した。
再度「宮本武蔵」を読みたくなったのである。
この時は、2日で読み終わったのを覚えている。

その後好きになったのは、
山本有三、、芥川龍之介、菊池寛などであるが、
興味は海外に移り、
ロマンローランの「戦争と平和」「ジャン・クリストフ」
小冊子の「ベートーベンの生涯」にぞっこん・・・・・・
シラー「群盗」、ゴーゴリ「検察官」、ラシーヌ、モリエール
、ゲーテ、チェーホフ、コロレンコ、リルケ、魯迅等々…
高校3年に入ると、シェークスピアを読み始め、
「ハムレット」「オセロ」「マクベス」「リア王」…と読み進め、
難しかったが、、坪内逍遥訳本を全巻読みきった。
アリストテレス、ルソー、カント、マルクス、ニイチェ、サルトル等々
       
山本有三とシェークスピアを読んだことが、
演劇の道に進む契機になった。

このような経路をたどり、
その年齢だからこそ、或いは、その時期だからこそ・・・
好きになった作品や作家が生まれ、
自分の生き様と無関係ではない存在として、
密着したまま・・いまでも各年代の自分とともに生き続けている。

その後、芥川龍之介作品と再会し、「雛」に感動して脚色…劇化して舞台にした。
「蜜柑」を、語りとパフォーマンスの組み合わせで舞台化し、
今、「蜘蛛の糸」をテキストにして稽古を進めている。

そして出あって読み漁った作家が、O・ヘンリーの短編だった。
有名な「賢者の贈り物」や「最後の一葉」などがあるが、
「心と手」などに惚れ込んだりした。
         
今は、三浦綾子だ。
一生を病気とともに生き、命と向き合い続けた彼女の作品に魅せられている。

「氷点」はテレビドラマにもなり有名だし、見たドラマだが、
母が亡くなってから出会った小説「母」で三浦綾子なる作家を知った。

三浦綾子はクリスチャンであるため、伝道作家と思われがちだが、
生きることと、どう生きるかをテーマに命を向き合う真摯な姿勢に惹かれ、
多くの作品を舞台化したいと考えている。

「道ありき」「石ころの歌」「塩狩峠」・・等々・・・・

脊椎カリエスで7年間、ギブスベッドに縛り付けられ、身動きひとつとれずにいた時期から、
小説を書き始めた年齢も30歳を越えてから・・・・・・

生まれた時から病弱で、常に命と向き合い続けた人生の壮絶さに驚嘆するが、
命の大切さを訴える声には、強い説得力がある。

命が粗末に扱われる昨今、この三浦綾子さんの作品を通して、
多くの人々と、命の大切さを感じ合えることを生きる証にしたい思いで、
作品の劇化を続けて行きたいと考えている。

時代とともに……、或いは年代とともに出会い……、別れ、
また出会っては人生を共にする作家達は、
本屋の棚で、等しくみんなを待っているように思うのです。

Posted at 13:37 | 生活日記 | この記事のURL
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