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命を見つめる
若くはないのだから…は、心の叫び。
でも…と反発するのも、心の叫び。
両方をなだめながら、
曰く言い難い年齢を冒険中なのかも・・・

プロフィール
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触れる [2008年03月01日(土) ]
昨日、仙台から上京した友人にあった。
東京で数人の人たちに会うので、
それまでの時間に会えるかという問合せがあった。

朝9時からの仕事があるので無理かと思ったが、
交渉して1時間前に時間をずらしてもらい、
約束を果たせそうなので会うことにした。

さてわれ等の仕事は結構水物で、
約束もあって無きが如し・・・
案に相違なく一時間おしてしまった。

仕事が終わり、
地下鉄霞ヶ関付近に置いた自転車を走らせ、
約束の有楽町に着いた時には、
待ち合わせの皆が集まり、
昼食のレストランに移動が始まっていた。
友人T嬢(はい、女性であります)は、
行っていいものかを迷いながら最後尾にうろうろしていたようだ。
「あ、ごうさん!」
待ちに待ちました…の声に「良かった!」がにじんでいた。
岡山、長野、大阪、福岡、茨城…
10名ほどの人たちとの待ち合わせだった。
飛行機が遅れて旭川からの上京者は後で合流するらしい。
あら、何人かは僕の知っている人たちだ。
T嬢は何も教えてくれていなかったので、
それまで分からずにいたが、
全員、三浦綾子作品のファンの人たちで、
全国の世話人が集まるのだという。

この人たちには頭が下がる。
一人の作家を通して、
その作品を勉強しながら読書会を開いたり、
交流の集まりを開いたりするらしいが、
北海道や九州からも集まってくる。

有楽町のマリオンにある韓国料理店で食事をして、
晴海埠頭行きの都バスに乗って宿泊所に向かったが、
そのころは旭川から来たお二人も加わっていた。

仙台から来たT嬢から、お土産だと言って、
南部せんべいのスープセットや、
相田みつお記念館の入場券などを頂いた。
それに固焼きのクッキー…
こうした気持が嬉しい。

特別なにを言うでもない、
目を見つめ、
何となく握手をし、
笑顔を交す…
こんな中に、得がたい触れ合いが生まれる。

思いやりということばは僕は嫌いだし使わないが、
こうしたお互いの在りようを僕は“優しさ”ということにしている。
優しさとは接触ではない“触れる”がそこにある。

家族同士、ことばを交さなければ
触れ合いがないように言う人もある。
ことばとは具体的なようだが、
私たちの日常表現の2〜30パーセントだと思う。
心のやり取りはことばにはない。
昨日のさりげない交流の中に、
心地よい、この“触れる”があったように思う。
だから、いい1日になった。

Posted at 13:35 | 感動! | この記事のURL
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んなの関係ェねえ! [2008年03月11日(火) ]
63年前の昨日…
1945年3月10日未明、東京に大空襲があった。

深川や浅草あたり一帯は火の海になったそうである。

折りしも吹き荒れた低気圧に流れ込む風に煽られた火は
下町一帯を舐め尽したのである。

遠く群馬や栃木辺りからも赤く染まる空が見えたという。

炎は上空7,000メートルに達したという話を聞いた。

被災者は100万人を越えるそうだ。

多くの人は焼け焦げ…というものではない、燃やされたのである。

人の形のそのまま残る消し炭になっていたのだという。

悲惨だ。

戦争は起してはいけない。

止むに止まれずしなければならない戦争はあるだろう。

しかし戦争で解決するものはない。

人を焼き尽くさなければ解決しない問題とは何だろう。

またまたコソボをめぐって危険な状態が生まれている。

この地球上では、常に何処かで戦争の火の手が上がっている。

或いはまた、病気と飢えで死んでいく子ども達がいる。

寒さに身を守れず凍死している人たちもいる。

テレビをつけると殺人、腐敗、欺瞞、横領等々のニュースが絶えない。

かと思えば、大食いを競い、オバカさん番組でゲラ笑いしたり、
軽い笑いが大画面いっぱいに映し出される。

人は、いったい何処へ行くのだろう・・・・・

カップラーメンにお湯を入れてコンビニから出てきた男が2人、
くず入れから新聞を抜き取って尻に敷いた。

食べごろまで待ちながらおにぎりを頬張りながら…

尻の下の新聞を覗き込みながら、

「おう、今日が東京大…なんだ?」

「空襲」

「へぇ…空襲?」

「…昔の話だよ」

「昔だろう昔…空襲?…そんなの関係ねえ」

ゲラゲラ笑い、急に真面目な顔になり、

「ラーメン高くなったよなァ。にぎり飯とカップで500円だ」

「困りもんだァ!」

どっちが?

Posted at 11:37 | 昭和も遠くなりつつある | この記事のURL
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つくらない音 [2008年03月15日(土) ]
母と子が手をつないで歩いていた。

「ね、ママ、カッパの鳴き声ってキキーッっていうの?」

「・・・・・・」

「ね、ママ、カッパってキキーって鳴くの?」

「・・・・・・」

ママは答えない。

「ね…」

ママはとうとう怒った。

「いい加減にしなさい。カッパなんて

見たことないから知らないでしょう?」

子どもの手にはカッパのぬいぐるみがぶら下がっていた。

子どもはあきらめない。

「ね、ママ、これカッパだよ」

「そう、ぬいぐるみなの、それは」

僕は去年、「そして…河童は消えた」という芝居を演出した。

河童のお皿で沸かした湯を飲むと千年長生きするということを知り、
悪代官は長生き薬を作って大儲けを企む。

皿で湯を沸かした河童は死ななければならないのだ。
その企みを知った河童たちは、
みな姿を隠してしまうというお芝居である。

自分だけ長生きしようとか、
命を金儲けに使おうという人がいる限り、
この世に河童は姿を見せないだろう・・・・

民話劇として書いた芝居だが、
評判はマァマァだかった。

実はそのお芝居の中で河童の鳴き声を考えた。

ママに手を引かれた子どもが言っていたように
キキーとしようとも考えた。

だが、ママの言うように、
河童なんて見たことがないから分からないのも事実であった。

赤坂のTBS近くで出会った親子の会話を追いかけながら、
母の思いと子どもの思いの両方に共感を覚えざるを得なかった。

音づくりとは難しい。(これは「音」だけの問題ではない)

見たことも聞いたこともない河童の姿や鳴き声を
安易につくってはいけないのだと思う。

キキーという音を河童の声としてつくってしまうのは簡単だ。

しかし、その声をして河童の声に

定着させてしまっていいのか・・・ということだ。

たとえどれほど著名な映画監督にでも、著名な演出家にも、
決めて欲しくないものがあっていいはずである。

河童の声…鳴き声はその一つでいいと思う。

だから、不親切に思えるお母さん(子供のママ)の対応が、
まったく正しかったのではないだろうか・・・・

音を作るときに、どれが適当かを選ぶこと自体も難しいのだが、
音づくりの本質は、「つくらない」ことにもありはしないか・・・・

こんなことを考え始めて、直ぐには家に帰れなくなった。

途中ターリーに入ってコーヒーを飲みながら・・・・

このようなことに考えを巡らせ、

ひとつの結論に達したのがコレである。
        
        
ところで、カッパの声ってどんなだろう・・・・?

Posted at 12:52 | 演劇生活 | この記事のURL
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