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  寒さまして、 心一層にやさしく( 2 ) 冬の虹 比良初冠雪  [2006年11月12日(日) ]
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 11月12日 ( 日 )
 
 夜明け前から 木枯らし2号ともいえよう強風 があった。 
 
 時々強い雨が 雨戸をたたく。
 
 午前10時30分頃 小止みになったので
 散策することにした。
 
 視線を北へ向けると 
 比良山脈裾にある 大きな池から
 湖北へ向かって 虹がかかっていた。
 
 琵琶湖の西岸、
 安曇川との間を南北に走るのが比良である。
 
 比良といっても比良山という山はなく
 (比良ヶ岳という山はあるがとても比良を
  代表する山とは言えない)
 北アルプスや、
 滋賀県の東 
 岐阜県北西部と三重県の県境鈴鹿のように
 山脈を表す名前である。
 
 虹は 比良山系を下にしていた。
 雲間から青空が澄んでいた。
 雲とは 一線を隔して
 比良は 初冠雪であった。

 気温8℃ 
( これは 紅葉が 本格的に色づく温度だ。)
 風速5mゆへの波の中 
 ヨット集団は 北湖上空黒雲の下
 青黒い湖面上を雄雄しく進んでいた。


 近江八景にも「比良暮雪」として親しまれ、
 古来絵画( 安藤広重)や
 詩歌の対象になっている。

 〜 さざなみの
   比良の大曲
        淀むとも
          昔の人に
           またも逢はめやも 〜

                                 柿本人麿

 仕事とはいえ 
 漁師にとって これからの琵琶湖は
 辛い漁場となる。

 一方 
 好きでこそできる 
 冷たい湖水に腰まで使っての釣り人

 まさに 琵琶湖に 冬の到来である。


 <即興俳句> 

 * 冬の虹 比良は雲間や 風強き ・・・
 * 冬ヨット 北湖の波に たじろがず・・・
 * 白鷺や 比良初冠雪や 雲流る・・・
 * 襟立てて 枯れ葦のもと 鳥潜る・・・
 * 寡黙我 初冠雪を 比良に見て・・・


 < 即興短歌 >

  〜 何となく 
      仰ぐ虹なる 
          比良の峰
            初冠雪に 
              視線動かず 〜〜


  〜  時雨止む
      琵琶湖岸辺に
         我立ちて
           あなた気にして
            風邪病むなきや 〜〜


 〜 木々吼えて
      湖風波の
        冷え冷えと
          ヨット勇みて
           たじろぎもせで 〜〜

Posted at 20:13  | この記事のURL
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寒さまして、 心一層にやさしく( 1 )寒い朝に  [2006年11月11日(土) ]
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  11月11日(土)
 
 今日は木枯らし1号が 吹き荒れて
 そのあとの3日間続いた小春日和から
 雨模様になった。
 
 これからは
 一雨毎に 気温が下がっていくのだ。

<寒い朝>
 北〜風〜吹きぬく〜〜
 寒い〜朝も〜^〜 
 心〜〜一つで〜〜〜
 あたたあ〜かく〜な〜〜る〜

 素直にそうだな と思う心の灯火は 
 まだ消えていない。

 < 北風と 太陽 >
イソップ物語にある寓話の一つだが、
 人の在り方や
 子育ての在り方
、その他
 いろいろな喩に使われているフレーズだ。

 ビュービュー吹きつける北風は、
 かえって人の心を閉ざしてしまうけれど、
 太陽は人の心を暖かく溶かすことで
 心を開かせる。
 最初は柔らかく陽射しを送り
、心を開かせ温める。
 
 お互いある意味、
 価値観は違っても
、感じるものの共通点とか妥協点を見つけ出し、
 分かり合う行為であるとも言える。

 そして、
 実は温かくて恩恵を与えて呉れる
 その太陽にはもうひとつの面があって、
 ぎらぎらとした全てを焼き尽くすかのような
 熱い陽射しを
 徐々に送りつけていく。

 ビュービュー吹きつける北風には
 凍えない様に着込んで
 閉じこもればそれでいい。
 閉じこもる価値を 発揮しよう

 太陽は 
 いざと言う時の
 それだけの厳しさと強さがあるからこそ、
 太陽は
 柔らかくも優しい笑みを
 浮かべていられるだろう。
 そして
 優しくもなれるのだろう。

 北欧の詩に、
「太陽の教え」として、
 「輝いていなさい。
  ただ黙って輝いていなさい。
 そうすれば全てが良くなるのですよ」
 というようなフレーズがあるそうだ。
 
 とにもかくにも、
 寒い朝 と
 北風と太陽の寓話は、
 これ以上にも
 色々考えさせてくれることがあって
、私としてはたいそう興味深い。

 木枯らしの季節になると 
 いつも そう思う。


 どちらにしても 
 寒い時にこそ 
 実のある 優しさが
 50代になって
 これからも
 大切だなと 
 いう価値観は変わらない。

 人に暖かくするのも
 人に暖かくしてもらえるのも
 それなりのものが
 自分に備わっていなければ 
 有り得ないことなども
 真摯に考えることも いいことだ。

Posted at 08:44  | この記事のURL
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ひとかけらの即興詩 (5) 初冬に 色染む心  [2006年11月10日(金) ]
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<即興詩 >  
     
   初冬に 色染む心

 真っ赤な朝陽に染まる雲は 淡き紅色
 岸辺の樹木は 朝陽の光を受け 朝の輝き
 岸辺の樹木の葉色づきは まだ初心なる色
 
 
全山紅葉すには まだ日が浅き近江なりき
 
 我が心は 初冬の我が色模様
 あなたの心は 初冬のあなた色模様

 それぞれの色 初冬の色
 お互いの色 寄り添うには
 まだ 恥ずかき初ぶ心ありて
 寄り添うに 未満
 寄り添うに 未満

 漂う色模様
 時は流れ 流れゆく時
 人は様々なりき
 
 10代の青春時代に
 お互い寄り添え染まり合えなかった初心さが
 50代になって 色染む
 そういう時の流れに漂い 
 寄り添いて色染める人もありき
 それも また 至福なり

 人はみな それぞれに
 初冬に色染む心

 木枯らし・小春日和 ・ 雨
 その繰り返し毎に
 寒さ強まりぬ

 初冬に色染む
 心想いも
 日毎に その淡さが 濃く色移りゆく

 人は皆
 誰かを 想い
 誰かに 想われ
 なお 一層嬉しき心色に染む


 街路樹も それぞれの色染まり
 風に 揺れたり

 白いコスモスも 朝陽に淡く染まりぬ
 薄紅色のコスモスは 
 朝陽に染まりても 薄紅色なりき
 コスモス 様 いろいろにて
 我 想うコスモスの心もいろいろなりきと
 
 我が青春10代は 
 遠く過ぎさりし
 なれど 
 我が心 今ここに
 確かにあり
 我が心 初冬に 色染む

 あなたの心も 今 あなたの位置に
 確かにあり
 あなたの心 初冬に 色染む

 白鷺も 
 朝陽に 淡く染まりて 湖上を飛び
 
 我 
 今あるを 
 幸せと感じ
 寡黙になりて 
 朝陽に合唱す

 初冬に 色染む 
 我が 心模様なりき
 

Posted at 09:47  | この記事のURL
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自分的思考 ( 2 ) 心身ともに 背筋をシャンとしよう  [2006年11月08日(水) ]
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    11月8日( 水 )
 木枯らし1号が 
 琵琶湖湖畔にもやってきたのは 昨日だった。
  
 山里で育ったから
 冬の自然とか暮らしが 
 身についてしまっている。
 
 日の出は 山の頂から
 冷え込んだ 霧深い山里は 
 朝陽の光がとても 幻想的だ。
 
 朝陽が昇る頃 
 お年寄りが 
 ちゃんと 焚き火を始めてくれる。
 
 子供達が 三々五々 集まってくる。
 ゴホン ゴホンと 咳き込んでいるのは 
 オサゲがお似合いのA子ちゃんだ。
 まだ 眠そうに 眼をこすっているのは 
 いつも B君だ。
 そして 
 ちょっと いつも 
 朝から威張ってるのは 上級生のC君だ。
 
 お年よりは 集まってくる子供達を 
 一人ひとり招きいれて
 背中をポンとたたく。
 
 「シャンとしなきゃ 元気に過ごせないぞ!」
 全員に 平等に えこひいきがない。
 その焚き火のひと時は 
 お年寄りが 神様みたいな存在で
 いたづらという世界は皆無だ。
 
 山里では もっとも 信頼されている 
 お年寄りでもある。
 山里の 生き字引だ。
 
 隣村、
 さらに 遠い村の人々にも 
 その人の名は知られている。
 
 子供達に わかりやすい言葉で 
 ゆっくりと
 子供達の 眼を見ながら
 子供たちが 理解したことを 
 はっきり確かめて 
 ひとつひとつの会話を終えられていた。
 
 寒い、冷え込んだ朝も 
 焚き火以上に 
 あったかくしてくれたお年寄りだった。

 とっても 存在感豊かで 
 深く 広いお年寄りだった。
 
 経験されたことが 普通でないことが
 思い出話を聞いていて 
 子供心ながら よくわかった。

 50代の今までに
 いろいろな 人々と会話を交わしてきたが
 いまだ 
 そのお年より以上に 
 存在感ある人には出会っていない。
 
 お年寄りは 人生50代時代の当時でも
 89歳まで 背筋がしゃんとして
 声にも張りがあった。 
 長寿者名簿に ちゃんと載っている。
 
 平成の現在においても 
 お年寄りなら どの様に考えられるだろうと
 山里では 話題に出る。

 木枯らし一号が来て
 湖岸でも 
 お年寄り達が 孫のために 
 焚き火をしている光景が
 見られるようになった。

 やはり 
 背筋がシャンとしておられるお年寄りを見てい ると
 自分も 
 ああいう お年寄りになりたいなと思う

 軒に 
 つるし柿を 丹精に 吊り下げられたのも
 お年寄りだ。

 心身ともに 
 背筋しゃんとされているお年寄りは
 「 どっこいしょ 」
 という言葉は 使われない
 
 足腰がしっかりと
 矍鑠(かくしゃく)たるものだ。

 日々の健康管理 
 自己管理に厳しさがあるに違いないと思う。
 
 そういう お年寄りは 生きている光明だ。

 人はそれぞれだが
 やはり
 日々 心身ともに シャンとしたいものだ。
 
 成せば成る 成るか成らないかは 
 本人次第である。
 
 それぞれの 経験を活かせる様な 
 経験を積んで歩んでいきたいと
 思う。
 
 一度きりしかない 人生だから・・・

 今日の朝陽も素晴らしい。
 
 背筋をシャンとして 深呼吸だ。

Posted at 06:44  | この記事のURL
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一かけらの即興詩 ( 3 ) なにげなく さりげなく  [2006年11月05日(日) ]
 
  即興詩 

  なにげなく さりげなく

 (1) なにげなく さりげなく
    やさしい言葉が 聞けた
    期待していなかっただけに
    うれしいのです

 (2) なにげなく さりげなく
     手紙が届いたのです
     期待していなかっただけに
     一行 一行に
     うれし涙です。

 (3)なにげなく さりげなく
    野の花が 咲いているのです
    期待していなかったでけに
    その可憐さに 微笑んだのです

 (4) なにげなく さりげなく
     席を譲ってもらった
     心の足が 痛んでいたので
     心救われて 有難かったのです

 わざととか 強制でなく
 なにげなく さりげなく
 善意を感じた時は
 生きていて 良かったなと思える
 自分も 善意を なにげなく さりげなく 
 振舞いたくなるのです。
 人は だれでも 善意の星を 輝かせるのです
 生きている限り なにげなくさりげなく
 

Posted at 22:13  | この記事のURL
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一かけらの即興詩 ( 2 ) どんな時でも どんなことでも  [2006年11月04日(土) ]
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   11月4日 ( 土 )
 
 今日も いい天気だった。
 今夜も いい月だ。
 平成の世にあっても
 万葉の世と同じ様に
 月を愛でることは 幸せなことだ。
 地球から月を眺めるのと同様に
 月から地球を眺められる
 平成の現在は そういう世なのである
 幾重久しく変わらないものに
 人の心もあるのだ
 
 今月 11月を いい月にしよう
 収穫の月だ。
 
 
 即興詩  
     どんな時でも どんなことでも

  1 どんな時でも どんなことでも
    話したい時に 聴いてあげるよ
    それが 
    私にとって 幸せなのだから

  2 どんな時でも どんなことでも
    泣きたい時は 黙っててあげるよ
    それが
    私にとっての 愛情表現なのだから

  3 どんな時でも どんなことでも
    話したい時 話すからね
    それが
    私にとって あなたとのふれあいだから

Posted at 19:40  | この記事のURL
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 一かけらの即興詩 ( 1 ) 聴いてるよ 聴いてるよ 離れていても  [2006年10月30日(月) ]
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 聴いてるよ 聴いてるよ 離れていても

(1) 聴いてるよ 聴いてるよ
    だって 放っておけないもん
    聴いてるよ 聴いてるよ
    遠く 離れていても
    聴きたいから 聴いているよ
    もう 10月もあと1日ぽっちだよね

(2) 視てるよ 視てるよ
    だって 放っておけないもん
    視てるよ 視てるよ
    遠く 離れている様でも
    心の両目あるもん
    もう 10月もあと1日ぽっちだよね

(3) 黙ってるよ 黙ってるよ
    だって 内緒話してくれたんだもん
    黙ってるよ 黙ってるよ
    遠く離れていても
    心の真ん中で 聴いててあげたもん
    もう 10月も 1日ぽっちだね

 釈尊のお言葉に、
  「汝らが集えるときに、
  為すべきことが二つある。
  法について語ることと、
  聖なる沈黙を守ることである」
   
  というのがある。

  自分だけに聴いてほしい 
  そういう内緒話
  心の悩みなどは
  真心で聴いてあげ
  それで 
  相手の心が落ち着き安堵されるなら
  それ以上の素晴らしいことはない。
  言うのは不必要なことなのだ。

  そして東照宮の見所のひとつに、
 「見ざる、聞かざる、言わざる」
  の三猿(さんえん)の彫刻があることは 
  有名なのだが
  
  もう一つ 考えざる てのが あってもいい
  そういう価値観を持っている人は多くいる 

  余計なことを考えるから、
  腹が立ったり、
  悲しくなったり、
  嫌になったりすることになる。
  考える必要のないことは一切考えない、
  というのが賢いお猿さんである。

Posted at 20:45  | この記事のURL
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自分的思考 ( 3 ) 今を知る 心暖流なるを知る  [2006年10月29日(日) ]
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 10月29日 ( 日 )
  
  琵琶湖湖畔
  夕焼けの空 陽は西方に沈む
  南東の空には 
  もうすぐ半月にもなろうとする月が
  ことのほか 淡き黄色を呈している。

  そうして 今は 静寂の夜更けてゆく。

  今日は
  グレゴリオ暦で年始から302日目、
   年末まであと63日。

  時は この様に 粛々と 流れている。

  万人 皆 その 時空間にいるのだ。

 深き秋に 酔いしれること 幸せ。
 晩秋の夜 粛々なのだ。
 晩秋の哀愁が
 感性を一層繊細にする。

 幸多かれ
 病む人よ
 願わくば 少しでも
 心身癒され 回復への時流れよ

 心通いし人よ
 今を 幸せと思いたるや 否や
 真心 命魂を持って
 それを祈念する

 言葉 かかる時 寡黙なり
 寡黙なるがゆへに 命魂
 真理 一筋なり

 我 待てり
 我 待てり

 幸せというしかとした真を

 今を知る 
 晩秋夜風冷たくとも
 心 血潮暖流なるを知る

 

Posted at 22:44  | この記事のURL
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自分的思考 ( 2 ) やさしさ彩々  [2006年10月28日(土) ]
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  10月28日 (土)
 
 今日は 和太鼓の練習日だ。
 それまでは 豊臣秀次が居城して 
 今もその歴史的情緒漂う近江八幡へでかける。
 湖岸道路から眺める車窓からの光景は
 人の心をやさしくしてくれる。
 車窓からの光景は
 春は 春らしく
 夏は 夏らしく
 秋は 秋らしく
 冬は 冬らしく
 四季彩々のやさしさを漂わせてくれる
 
 やさしさ彩々なのである

 人のやさしさも彩々であることは
 50代の今までに数え切れないほど
 実感してきている。

 やさしい挨拶
 やさしい言葉語りかけ・口調
 やさしい導き
 やさしい聞き方
 やさしい手振る舞い
 やさしいしかり
 やさしい接待
 やさしい協力
 やさしい黙り
 やさしいもてなし
 やさしい料理配膳
 やさしい見送り
 やさしい迎え
 やさしい読み聞かせ
 やさしい 子守唄
 やさしい介護
 やさしい背中言葉
 やさしい涙
 やさしい微笑み
 やさしいうなづき
 やさしい 愛撫
 やさしいマッサ−ジ
 やさしい寄り添い
 やさしい 知らない振り
 やさしい目線
 

 身の周りに 
 身近に 
 やさしさがいっぱいあふれてる
 それを実感できることは 幸せであり
 幸せな人生を過ごせる

 人は誰でも やさしさを求めている
 人は 誰でも やさしくありたいと思っている

 私は やさしさの大切さ やさしさの強さを
 母から 教わった。

 もうこの世にはいない母ではあるが
 幸いにも 夢の中で 
 会いたい 話をしたいと思えば
 いつでも 会える
 そういう感性を身につけてからは
 今でも 夢の中で 母と対面することができる
 母の声は 生前の声で
 やはり やさしい。

 やさしさとは 何か?
 その基本は 
 やはり 相手の生命魂の尊厳
 思いやりであり
 やさしさが やさしさを生む

 臨機応変な やさしさを実践できる
 そういう日々を送りたいものだ。
 送りたいでなく 送るのだ。

 やさしさも 一歩前進のテンポが必要だ。
 論より 証拠

 自然界は 
 やさしさが 
 どれだけ素晴らしいことかを
 如実に教えてくれる

 
 http://www.morio-art.jp/kn_top.html    


Posted at 06:26  | この記事のURL
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 晩秋即興詩 ( 1 ) 茜雲哀しくて  [2006年10月27日(金) ]
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 晩秋即興詩(1) 

      茜雲哀しくて

   
(一) ほら ほら 茜雲だよ
    ほら ほら 朝陽が紅色だよ
    ほら ほら 鳥が飛んでるよ
    ほら ほら 湖面が かがやいているよ
    ほら ほら お舟も 水鳥も
          浮かんでるよ
    あれ あれ どうしたの
    あれ あれ どうしたの どうしたの

  
(二)うんうん 茜雲だね
   うんうん 朝陽が紅色で 眩しいね
   うんうん 鳥が 群れて飛んでるね
   うんうん 湖面が輝いているね 
        キラキラだね
   うんうん お舟も 水鳥も 
        浮かんでるね プッカプカとね
   あのねあのね なんとなく なんとなくね
   あのねあのね 茜雲がね 哀しくて

 人は 生きてきただけの 哀しみがある
 人は それぞれの 哀しみを 
    捨て去ることはできない
 人は これからも 
    それぞれの 哀しみ心路 歩んでいく
    歩む中で 
    また 一期一会 一期一別
 人は 哀しい時 いろんな涙 流す
 人は 表情にこそ 出さないが 
    涙流しているものなのだ
    涙は 心真珠 
 人の 涙真珠は
    粒のサイズも 
    形も 
    色も 
    人それぞれ
 人は 涙の数だけ 
    いい味 
    心味 
    得られるのです
 
   それぞれに 
   それぞれの 哀しさ
   生きている哀しみを 
   幸せなものとして
   これからも 歩むのです
 あなたの哀しさ 素晴らしいのです
 わたしの哀しさ 素晴らしいのです

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