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「内館牧子」東北大相撲部監督の講義を聴く。  [2006年06月28日(水) ]
秋田経済法科大学の客員教授「内館牧子」さんの初講義を聴講しました。
内館さんは、秋田市の土崎港の生まれですが、これがご縁で客員教授を引き受けられたのでした。

同大学の市民公開講座は、先にMyブログにも書きましたが、岡田裕介東映社長の講演と映画「バルトの楽園」上映会以来、二度目です。

内館さんが、脚本家を休業し、東北大学大学院文学研究科に入学され、宗教学を学ばれ、この3月卒業されたことは、皆さんもご存知のことと思います。
そして、同大学の相撲部が廃部の瀬戸際にあったのを憂えて監督を引き受けられてから、4人の部員が19人にまでなり、かなり強くなっているそうです。

なぜ、大学院で宗教学を学ぼうと決心したか?
それは、森山真弓元官房長官に端を発した『女性を土俵に上げないのは、男女差別だ』という動きに、危機感を抱き、理論武装したいというのが、キッカケなんだそうです。

日本の大相撲は1350年ほど続いており、土俵ができたのが1699年頃といわれているが、それ以来綿綿と守られてきた伝統が、切れるということ
は、大変なことである。一旦途切れたものはその後は残せない。伝統・文化・宗教・祭りといったものと、男女共同参画は馴染まない。『いわれない迷信』と切り捨てる人々は、ほとんど相撲を知らない人達で、「土俵に神が宿る」伝統文化の世界を絶つことに余りに惧れをしらなすぎる。

大相撲は、「神事」(五穀豊穣)が原点である。
現在でも、初日の前日には「神迎えの儀式」、千秋楽には「神送り儀式」が行われており、そのほか、土俵の造り、花道、四本柱(四色の房)、水引幕、チリを切る、四股を踏む、横綱土俵入りのせり上がり、水をつける等等、相撲の舞台や所作には、すべて神事と関わっている。

そして、内館さんは考えました。どういう切り口で研究をするかを?
変革してもいい部分と守り通さなければならない部分は何か?それは、神に関わる部分と関わらない部分ではないか?お酒を飲みながら、そう考えた結果、「結界」ということを思いついたそうです。

「結界」とは?
この言葉は、もともと仏教用語で、修行の為に一定区域を区切ること。そこにある障壁となるものが、入ることを許さない。聖域と俗界を区別するために区切ること、などの意味がある。

「結界」には、@建築的結界、A装置的結界がある。
「建築的結界」は、建築物などによるガッチリした区切りで、簡単には破れないものである。万里の長城とか西欧の城壁などであり、日本文化には少ない。
「装置的結界」は、無防備で簡単に飛び越えられるが、万里の長城と同じくらい、しっかりとした力を持つものであり、日本文化のほとんどがコレである。「心のケジメ」という日本人の優れたものが、今の日本では理解できなくなっている。
これは、土俵の俵、芸者さんの手前に置いた扇子(素人さんと玄人を区別するもの)、箸置きに置いた箸(西洋のナイフとフォーク、中国の箸は、縦に置かれる)、役者さんの部屋の暖簾(アチラ側とコチラ側とを分けるもの)、盛り塩などなど、枚挙にいとまがない。

立原正秋さんの『風景と慰籍』に書かれた、ヨーロッパと日本の風土の違いと感性の違いを引き合いに出しながら、まだまだ、講義は続きました。

最初に、「講義」なので少しは話が難しくなるとの前置きがありましたが、分かりやすく、いかにも4歳からの相撲ファンだけあって、残りは次回講義でということではありましたが、『大相撲と神』題する講義を、90分一気に語り尽くされました。
その大相撲にかける思いの強さと、熱く語るバリタリティに、大いなる元気を貰いました。

余談として、大関「白鵬」の父が、モンゴルでどのくらい有名か?日本で言えば、長嶋サンのような国民的英雄だそうです。そして、白鵬が横綱になるということは、一茂クンが大リーグで三冠王のタイトルを取るようなものとのことでした。

最後に、内館さんの次回講義のテーマである『女性が大相撲本場所の土俵に上がる』ことを、皆さんは、どのように思われますか?

〔参考:R50 Interviewに、内館さんの記事があります。〕

Posted at 22:25  | この記事のURL
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デビュー作品は、人形。  [2006年06月18日(日) ]
きょうは、父の日。
プレゼントをもらい、気を良くして絵描きに専念。

花は難しいので、手元の人形を描いてみた、
そのうちの一枚。

15071_o.JPG

                  (拡大して見てください。)
 
プロフィールの写真に使った人形ですが、ちょっと太めに
なってしまいました。
デッサンの力が、いまイチですなぁ〜

さぁ〜これで、一安堵。
後は、クロアチア戦の応援で〜す。
ガンバレ にっぽん!

Posted at 20:38  | この記事のURL
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「雨降りだからスケッチでも勉強しよう」?  [2006年06月15日(木) ]
14843_o.JPG
今日、東北北部がやっと梅雨入り。
そして、そのとおりに雨がシトシト…

大好きなJ.J.おじさんこと植草甚一氏に倣って、
『雨降りだからスケッチでも勉強しよう』と、
部屋にあった薔薇の花描きに挑戦。

しかし、あえなく断念。
いきなりの薔薇の花では、いかにも無謀であった。

まぁ〜「いつかは」の気持で、鍛錬鍛錬!

そういうわけで、残念ながら写真と相成りました。         

Posted at 22:58  | この記事のURL
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ようやく、映画「ホテル・ルワンダ」を観てきました。  [2006年05月25日(木) ]
5,000人の署名を集め、その熱意が実り、日本でも公開が実現した『ホテル・ルワンダ』。
東京で初公開されてから4か月経ち、ようやく秋田でも上映が実現しました。

そうした熱心な人々や映画館主の尽力に感謝しつつ、昨日、感動の作品を観て来ました。
上映が2週間弱に及ぶせいか、レディス・デーにもかかわらず、観客が数名と、とても残念な入りでしたが、シネコンにはできない、こうした地元単独館の灯が消えなければいいが、と念ずるのみです。

「ナイロビの蜂」「ホテル・ルワンダ」と、2週続けて、アフリカのを舞台にしたメッセージ性と社会性に溢れた映画を観ることとなりました。

どちらの映画も、それぞれ一見の価値があるものでしたが、映画としては「ホテル・ルワンダ」に軍配が上がるかナと思いました。
100日で100万人もの罪なき人々が惨殺されたルワンダ大虐殺(1日に1万人の死とは…)。
国連を始め、世界の人々から見捨てられた中で、1人のホテル・マンが、ゴマすり、ワイロ、嘘、脅しなどのあらゆる手を使って生き延び、1,200人もの人を匿い、救出する。

この重く衝撃的な事実に基づく映画の迫力と感動は、どうしても、「ナイロビの蜂」がラブ・ロマンス映画にみえてくる(実際にも、そう観ましたが)ほどでした。実話の強さとでもいうのでしょうか。

この映画を観るまで、主人公のホテル・マンを演ずるのが、「クラッシュ」のドン・チードルというのは知っていましたが、ニック・ノルティ、ホアキン・フェニックス、そしてなんと、「シップさん★と瓜二つ」と巷で話題の(逆か!)ジャン・レノまでもが出演しているとは、知りませんでした。

それにしても、ドン・チードルは、名演技でした。あのような修羅場においても、きちんとネクタイを締め、背広を着て、動く回る。その姿は、ホテル・マンの仕事への誇りと愛着が良く出ており、一面、でこの映画のオアシス、安心感みたいなもの感じさせ、主人公も、より印象深く見せていたように思います。

国家間の戦争だけでなく、「ナイロビの蜂」でも描かれたアフリカの部族間の抗争、内戦。加えて宗教的対立による戦いなど、世界の各地で繰り広げられる悲惨な現実は、あまりにもヘビーすぎます。

このルワンダの悲劇の遠因が、少数のツチ族を多数のフツ族より上位とみなしたベルギーの植民地政策にあると知って、西欧先進国の罪深さを改めて考えさせられました。

映画の内容については、チャッピーさん★が、『魂が震える作品』とブログで紹介されておられます(チバックさん★は、映画の主人公の履歴などを紹介されてます)ので、トラックバックさせてもらうこととします。

なお、この映画の上映は、65館まで拡大したそうですが、現在又は今後、観賞できる劇場名をご参考までに。(「ホテル・ルワンダ」公式サイト)

北海道 
○CINEとかちプリンス劇場(6月24日〜)
○苫小牧・シネマトーラス(7月1日〜)
○ 函館・シネマアイリス(7月8日〜)
秋田
○ シアタープレイタウン(5月13日〜28日)
群馬
○ シネマテークたかさき(7月1日〜14日)
埼玉
○ シネティアラ21シネマ(4月29日〜5月26日★)
○ 川越スカラ座(9月2日)
東京
○ 下高井戸シネマ(5月27日〜)
○ バルコ調布キネマ(7月1日〜14日)
神奈川
○ 港南台シネサロン(5月6日〜26日★)
○ 厚木テアトルシネパーク(6月17日〜23日)
○ まちえいローズ劇場(7月22日〜28日)
新潟
○ シネウインド(5月27日〜)
長野
○ 岡谷スカラ座(7月1日〜)
富山 
○ 富山松竹(2006年初夏公開)
石川
○ 金沢・シネモンド(5月20日〜)
福井
○ 福井メトロ劇場(6月3日〜)
○ シネマジャングル(5月20日〜)
岐阜
○ 大垣コロナワールド(7月15日〜)
静岡
○ 浜松東映劇場(6月17日〜21日)
愛知
○ トヨタグランド(6月10日〜)
三重
○ 四日市中映シネマックス(5月20日〜6月2日)
和歌山
○ ジストシネマ和歌山(6月24日〜)
広島
○ シネマモード(5月20日〜)
香川
○ ホールソレイユ(6月17日〜)
愛媛
○ アイシアター今治(4月29日〜5月26日★)
長崎
○ 長崎セントラル(7月15日〜)
大分
○ シネマ5(6月24日〜)
宮崎
○ 宮崎ピカデリー(6月3日〜)
沖縄
○ 桜坂劇場(5月13日〜)

Posted at 17:39  | この記事のURL
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術後、最初の映画は「バルトの楽園」でした!(其の弐)  [2006年05月15日(月) ]
《昨夜の続きです》

其の八〜切腹の傷は糸で縫うのではなく、金具(ホッチキスのような)で止めること。
(したがって、抜糸ではなく、抜鋼(?)というらしい。)

其の九〜血栓予防のため、ストッキングを履かせること。(エコノミー症候群防止の
ためとのこと。)

どうも、久し振りのブログへの書込みのせいか、指がハイ(?)・タッチとなり、当初の予定に反し、個人的なことを長々と書きすぎました。病床日記は、これくらいにして、本題に入りたいと思います。

先週末、秋田経済法科大学総合研究センター主催の一般公開講座「シティカレッジ」が開かれ、カミさんと一緒に聴講しました。
講座では、同大の客員教授を務める岡田裕介東映社長からは「映画ができあがるまで」と題する講話と、「バルトの楽(がく)園」の試写会(福島に次いで2回目)が行われました。

映画のプロデューサーでもある岡田社長からは、自分が役者(映画「赤頭巾ちゃん今日は」など)からプロデューサーになったいきさつ、プロデューサーという職種は何をするのか、「バルトの楽園」の製作工程など、いくつかの興味ある話しが聞けました。

○ドイツ語のBARTは「髭」の意だが、バルトとすると「森」の意味にもなる。映画の中での髭と森は、それぞれ象徴的なシーンとして登場するので、納得。「楽園」(らくえん)の文字で、「がくえん」と読ませるのも、これまた映画の内容から納得。

○この映画の製作で、まず最初に決めたのは、主演の松平健である。しかし、松平のスケジュールが開かず、企画は1年前にできていたが、開くまで待ったとのこと。

○その後、日米の俳優をドンドン決めていき、台本作っていき、最後に監督を決めた。

○収容所のセットは、徳島県知事にお金を出してほしいとお願いをし、大変な出資をしてもらって実現したが、地域活性化にも一役買えたのではないかと思っている。

○ドイツ人と付き合ってみて、日本人とドイツ人とは非常に似ていると感じた。アメリカ人などと違い、非常に「律儀」である。同じ敗戦国ということで、波長が合った。今後は、もっとドイツとの付き合いを考えるべきではないかと思う。

○映画のフィナーレにベートーベンの「第九」をもってくるについて、どうしてもカラヤンの第九でなくては駄目だということで、5.1chの音源を世界中捜したが、なかなか見つからず、ようやく1本見つけて使用した。映画である以上、本物にこだわるべきであるというのが持論である、等々

映画「バルトの楽園」は、総制作費15億円の超大作である。撮影はドイツ・ロケのほか、3億円を投じて徳島県鳴門市に忠実に再現された坂東俘虜収容所のオープンセットが舞台。

第一次大戦で、中国・青島を攻略した日本軍に捕らえられたドイツ兵のうち、約1,000人が同収容所で人権を尊重され、パンを焼くことも、新聞を印刷することも、楽器を演奏することも、ビールを飲むことさえも許されるという寛容な待遇を受ける。軍人でありながら、捕虜の生きる自由と差別を許さなかった会津藩士の所長松江豊寿(松平健)の信念の強さ。そして、捕虜に対してあくまでも温かい地域住民。そうしたことで捕虜たちが所長や住民と心を通わせていく過程を描いた感動作品である。

映画のクライマツクスは、1918年の休戦後、ドイツ人捕虜たちが、松江所長や地域の人々のため、日本で初めてとなるベートーベンの「交響曲第九 歓喜の歌」を演奏するシーン。

出演は、日本側からは、松平のほか、収容所所員に阿部寛、松江の妻に高島礼子、その他国村隼、市原悦子、坂東英二、大後寿々花、三船史郎、泉谷しげる、平田満などの多彩なメンバー。ドイツ側からは、「ベルリン・天使の詩」や「ヒトラー〜最期の12日間〜」で主役を務めたブルーノ・ガンツがドイツ軍少将に扮するほか、オリバー・ブーツ、コスティア・ウルマンなどが出演。

監督は、「きけ、わだつみの声」「天国の駅」等の出目昌伸。脚本は、「忠臣蔵外伝 四谷怪談」の古田求。

とにかく、90年も昔に、奇跡ともいえるこうした実話があったことに驚きました。
戊辰の役で会津藩が味わった屈辱と過酷な運命の中で培われた松江所長という人物については、驚嘆するほかありませんし、鳴門の人々のインターナショナルさにも驚かざるを得ませんでした。
なぜ、あんな田舎でそうしたことができたのだろうか?わたしには、ミステリアスでさえありました。
もっともっと、日本や日本人の歴史を学ぶ必要がありそうです。恥ずかしながら、この歳になって、まだまだ知らないことが多すぎますネ。

映画は、6月17日全国ロードショーのようですが、今回の上映は、映画館ではなく会館であったせいもあり、画面サイズが小さく、音響も2chであったのが残念でした。できれば、もう一度劇場で、あの第九を5.1で聴いてみたいと思ってます。

術後1か月経ったので、前から予定していた今回の講演と試写会に思い切って出掛けてみましたが、幸いにも、さして疲れずに過ごせたので、自信を持ちました。これがひっとして一番の収穫であったかもしれません。もちろん、映画も素晴らしいものでした。

Posted at 00:11  | この記事のURL
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術後、最初の映画は「バルトの楽園」でした!(其の壱)  [2006年05月13日(土) ]
皆さん、お久し振りです。
玉置宏サン風に言えば(ちょっと旧いかナ)
“4週間のご無沙汰“でした。

ご無沙汰の理由は? 
実は、切腹をしたのでした。

もう少し詳しく申しますと、年1回の胃の検診で、
ガンが見つかり、先月は、入院・胃の切除手術・
退院と慌しいトキを過ごしました、
幸い早期ガンで、リンパ節への転移もなかったと
いうことで、家族ともども安堵しておりますが、
正直、「青天のへきれき」とはこのことかと、
思っております。本当に、人生なにが起こるか!?

考えてみると、親戚や知人、同期の仲間など、
何人もの人が同病で胃を切除しておりました。
また、毎年10万人の人が胃ガンで胃を切除
しており、全国で「胃なし」状態で暮らしている
人は100万人を超えるという本の記述を読むに
つけ、これまで、ガン・手術とは無縁と思い込ん
でいた自分がオカシくなります。

60数年生きてきて、どこかにガタがくるのは
当たり前。特に、酷使をしてきた胃がおかしく
なるのも当然か、などと妙に納得。

30数年前に、父をガンで亡くしたことを想い
起こし、その当時と今回の自分の経験したことが
あまりにも違うことに、驚き、感心し、そして、
今であったら、あるいは父も助かったのではと、
思うことしきりです。

初めての手術を体験し、感じたことを幾つか…

其の壱〜医師のほうから、いとも簡単に告知が
あったこと。(エッ!本当ですか、の一言しか
出ませんでしたが。)

其の弐〜医師から、手術や麻酔について懇切
丁寧な説明があったこと。(そのおかげか、
手術には全く不安を感じませんでした。)

其の参〜手術は、おなかの中央を縦にきるのか
と思っていたら、小腸などへの影響を考え、
上腹部を真横一文字に切る方法であったこと。
(文字どおりの切腹なり。)

其の四〜手術後も、全く痛さを感じなかった
こと。(手術中に背中に痛み止めの管(硬膜外
麻酔)が付けられたが、このおかげ。とにかく
痛みがないこが、入院生活を楽にさせてくれ
ました。これに一番感心しました。)

其の五〜輸血を必要としなかったこと。(胃の
手術では、ほとんど必要ないそうです。)

其の六〜術後1日目でベットに起き、2日目
から歩かせること。(昔は、安静第一とか。)

其の七〜術後2週間で退院できたこと。(在院
日数が短くなってますナア〜)

長くなりました。この続き(映画編)は、また
明日にします。お休みなさい。

Posted at 21:52  | この記事のURL
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114年後、秋田には誰もいなくなる?  [2006年03月25日(土) ]

昨日の朝、TV「とくダネ!」を観ていたら、
平成18年の地価公示価格のニュースを伝える
中で、朝日新聞の記事を紹介しておりました。

全国47都道府県の地価のアップ・ダウンを
地図で示し、10%以上の下落率の県は、青森
と秋田とか。

青で塗られた北の二県のクッキリぶり。
鮮やかすぎました。

更に、秋田駅前と、表参道ヒルズ(最近話題な
そうですナ)の人通りの差、賑わいの違いぶり
を、これまた、実にハツキリと写しだした写真
まで紹介の親切さ。

写真のコメント曰く「秋田駅前アーケードの
日曜日午後の人通り」とかなんとか。

余計なお世話だと、言いたいところですが、
確かに、秋田の人口減は深刻さを増しつつ
あるようで、東京の繁栄ぶりを見聞きする
につけ、心境は穏やかではありませんナァ〜。

毎年5千人の減少が1万人に増加したそうで、
このまま推移すれば、“114年後には、
秋田県の人口はゼロ”というショッキングな
計算になるわけですから。

この報道に関しては、カミさんが、「日曜日は、
駐車場や娯楽施設、マーケットなどが完備して
いる郊外の店へみんな行ってしまうの。だから、
駅前は人が少ないの!」と力説。

なんか負け惜しみに聞こえなくもないが、そうも
言いたくなる報道ではありました。

8003_o.JPG


その後、所用で県南方面にカミさんと出かけ、
おまりの好い天気に誘われて、水深日本一の
田沢湖に立ち寄ってきました。
8002_o.JPG


観光客も未だ見えず、「辰子姫の像」が
清楚に、ひっそりと春を待っておりました。

雪をいただく連山の遠望と春陽に煌めく湖面。
そして、静寂。

人が少なくたって、賑わいがちょっと不足
していようと、秋田にもイイとこあるじゃ
ないか!!

Posted at 11:34  | この記事のURL
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3月10日、今日は何の日?  [2006年03月10日(金) ]
3月10日、今日は何の日?

今日は、
東京大空襲の日。
1945(昭和20)年、深夜0時8分、アメリカ軍B9爆撃機344機による
焼夷弾爆撃があり、死者約10万人、焼失家屋約27万戸。

ちょっと古くは、
旧陸軍記念日。
1905(明治38)年、日露戦争の陸の決戦・奉天会戦で日本軍が勝利し、翌年からこれを記念して陸軍記念日に。

そして、
放浪画家 山下清、
俳優 渥美清、
落語家 3代目古今亭志ん朝、
司会者 徳光和夫、
歌手 芹洋子、
俳優 シャロン・ストーン、
歌手 松田聖子、
水泳 鈴木大地、
タレント,歌手 藤井隆…の生まれた日。

そして、そして
私の60+3歳の誕生日。
それが今日です。

先輩から、
『63までを気をつけろ。それまでに病気し、亡くなるのが
多いゾ』と言われた、その第1関門を無事通過。

サア
次の関門の70目指して、
真面目でも、不真面目でもなく、
ボチボチと、「非マジメ」に生きていこうゾ!

今日の占いには、
『あまり気になさらずに、1日を穏和に過ごし ましょう。
落ち着けられるものを見つけることが今日のラッキーポイント』
とあった。

それじゃ、
映画を楽しむのが一番。

風呂掃除も終わったし、天気も好いし、
イザ、シアターへ。

Posted at 10:59  | この記事のURL
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ことし初の小旅行《会津若松で銘酒、仙台では映画とジャズを満喫しました》  [2006年03月01日(水) ]

会津若松の酒は美味!

大学の校友会支部の用務で、福島県の会津若松市に行って
きました。

まず、感心したのは、市中の道路に全く雪がないことでした。
わが秋田市は、路面にこそ雪がなくなったものの、その両側
には、
未だ除雪後の雪が積み残されているんですから。黒く汚れた
雪が。

今冬の除雪のマズサといい、嗚呼、この雪に対する取組の
差よ!!

夜、元祖輪箱飯(わっぱめし)の看板と、会席料理が売りの
田季野』という店で会食をしました。


この店は、150年〜200年前に建てられた陣屋を修築
復元したもので、その豪快な店構えと、内部の柱や梁の
見事さがなかなかの雰囲気を醸し出し、美しい器に盛られた
会席料理が一段と美味に感じられました。

酒は、地元の銘酒「栄川」「末広」「花勝」の三種類を
いただきましたが、さすが小原庄助さんの生まれ在所、
酒どころの会津若松だけあって、いずれもコクがあり、
やや辛口で良質な美味しいお酒でした。

わたしの好みをいえば、中でも「末広」が口に合いました
が、翌朝、二日酔いもなく、スッキリ爽やかな目覚めは、
この地の酒の良さを示していました。

会津若松に行く機会があったなら、是非、『田季野』での
一夜をお勧めします。

映画のハシゴは難しい!

実は、秋田を出る前から、仙台で時間をつくり、どうしても
観たい二本の映画をハシゴしようと計画を練っておりました。

その映画とは、一本が「クラッシュ」、もう一本が
「ウォーク・ザ・ライン」ですが、どちらも、このブログ
などでの推選度が高い作品であり、映画大好き人間
としては、見逃せない映画だったのです。

なぜ、ハシゴまでして仙台で観るのか?

それは、ゴールデン・グローブ賞やアカデミー賞で話題
いっぱいのメジャーな新作であるにもかかわらず、秋田
では上映の予定がないからです。

東京ならいざ知らず、隣県のすべてで上映されていると
いうのに、嗚呼、この文化的落差よ!

上映シアターと上映時間とをチェックし、「クラッシュ
は『MOVIX利府』(仙台市の北の利府町)で、
「ウォーク・ザ・ライン」は『MOVIX仙台』(仙台市
の南の長町)で、それぞれ観ることとし、予定どおり
クラッシュ」を見終わりました。

映画は、☆チバックさんと☆チャッピーさん、お二人が
推奨するだけあって、久し振りに心に響き、人間という
存在について深く考えさせられる作品でした。

カリフォルニアにあるロスにも、雪は降るんだナア〜と
思いつつ、何よりもラストの人間関係の描写に気持が
救われました(詳しい感想は、ここでは割愛します。)。

このところ、観た後の気分がよくなく、期待はずれの
「ミュンヘン」や「ジャーヘッド」などの作品で、
少しばかり欲求不満となっておりましたから。

こうして予定どおり「クラッシュ」を見終わり、
次の行動に移ろうとJR利府駅に行ったところ、
とんでもハップンな出来事が起きておりました。

そもそも、次の映画の開始までは25分程度しかなく、
予定どおりに着いても、ギリギリ上映開始に間に合うか
アブナイ計画だったところに、『ただ今、上りの電車は
強風のため徐行運転をしております。そのため、松島を
25分遅れで出発しました。お急ぎのところ大変申し訳
ありません』という駅員のアナウンス。嗚呼、無常。

駅員に『車だと、長町までどれくらいかかりますか?』
と聞いたところ、『大分、かかります。結構遠いですヨ』
との返答。この一言で、わが最上と思えた計画は、脆くも
崩れたのでした。

ウァ〜〜〜〜〜。なんとかシテェ〜〜〜〜。嗚呼、無情!

そうだ、仙台のジャズ喫茶を
覗いてみよう!

駅で電車を待つ間、サテ、
帰りの秋田行き高速バスまでの2時間をどう過ごそうか?

そうだ、☆トトさんのブログ(高田の馬場の老舗ジャズ
喫茶、マイルストーン2006-02-25)に触発され、
「仙台で映画を観て、ジャズ喫茶『Count』にも
行ってみようかナ」とコメントをしたではないか。
それで決まりです。

ジャズ喫茶で、本当に久し振りに、レコードの音に
身を委ねるのも、また良き哉です。

ジャズ喫茶『Count』は、一番町のタワービル
西側向いにあり、店内にはアルティックA5の前に
ボツクス席が15〜6、カウンターに6席あり、
わたしが店に入ったときには4人ほどおった客も、
間もなくいなってしまいました。

これでは、ジャズ喫茶の経営も大変だろうナア〜と
思いましたが、好きだからやっていけるんだろうナとも
思いました。

かかったレコードは、次の4枚です。

@カウント・ベイシー『セッションズ』
…言うことなし。アルティクのスピーカーが鳴って
いました。

Aマイルス・ディビス&ジョン・コルトレーン
…1960年のストックホルムでのライブ盤であり、
久し振りに聴くウィントン・ケリーのピアノが良かった
です。

Bジョン・ヒックス・トリオ
…不勉強で、ジョン・ヒックスを聴いたことはありません
でしたが、ピアノをトータルに鳴らせるテクニッシャン
という印象でした。

Cアル・コーン&ズート・シムズ 
…わたしには一番楽しめました。サックス二本の
絡み合い、ズートのスウィングするブルース・ソロ、
バックでのホレス・パーランのピアノなど、ハード
バップそのものの演奏が聴けました。

CD時代にLPレコードを聴くことの意義については、
あまり深く考えたことはなかったが、久し振りに
レコードを聴き、レコードはレコードの良さがある
ナア〜と感じました。

1950〜60年代のジャズは、やはりLPが似合い
ますし、何よりも紙ジャケツトの写真がイイと思い
ました。CDでは、この味は逆立ちしても出せません
から。

店を出るときに、マスターに「店の名前の『Count
は、もちろんカウント・ベイシーからですよネ?」と
確認したところ、「そうだ」という答えでした。

カンウト・ベーシーに由来する店名のジャズ喫茶
としては、もう一店、岩手の一関にある『ベイシー』
(1970年開店)が有名です。

Count』(1971年開店)ともども、カウント
・ベーシー好きのマスターが、同時期に開店したジャズ
喫茶が東北に二店存在し、今日までそれぞれ頑張って
きているのも、何か不思議な気がすると思いつつ、店を
後にしたのでありました。


《最後までお読みいただき、
 ありがとうございます。》

(☆トトさん、トラックバックを
 張らさせていただきました。)

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どうにか1か月経ちました…お礼まで。  [2006年02月23日(木) ]
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拝啓 春寒の候 ますますご清祥の
こととお喜び申し上げます。

このサイトにお邪魔してから、
早いもので1か月が経ちました。

この間、自分の好きな映画や音楽に関する知識とその
興味は、日々高まりをみせており、感謝の一語です。
本当に、これからの人生の広がりと深みが楽しみです。

また、このサイトの人物の多彩さには本当に驚かされ
ますが、多くの方の世界や考えに触れるたびに、
感動し、納得し、脱帽し、触発されたり、たまには
首を傾げたりして楽しみの多い毎日を過ごしております。

何人かの方と同じく、わたしも、パソコンの初心者
であり、ブログはこれが2回目の書込みであるため、
まだまだ思いどおりコントロールできないのが実情です。

思うに、フログの世界にも、それなりのルールやマナー
みたいなものがあるんでしょうが、当然のことながら、
そちら方面には、さっぱり自信がありません。

イイ年なんだから、そんなことを気にせず、好きな
ようにやればいいとも思ってますが、この年だからこそ
ヒンシュクだけは払い下げです。

今一番バツの悪さを感じているのは、他の人のブログに
コメントをさせていただく際に、自分の考えや思いを
書き込みすぎ、そのために文が長くなることです。

コメントはあくまでもコメントであり、自分の思いを
述べるのならば自分のブログにしろ!と言われそうですが、
要領が悪いせいか、なかなか直せそうに
ないので、ある種あきらめの境地です。

趣味の分野では、ブログにするか、
コミュニティにするかで、迷うときがあります。

多くの人の意見を聞きたいというときには、ブログのほう
が向いているのかもしれませんが、コミュニティに入って
いる以上は、基本的にはコミュニティに
書き込むのが筋かナとも思っております。

このほか、勉強不足で恥ずかしいのですが、トラックバック
なるものが、どういうものなのか、どういうときに
使うものなのか、今もって、よく分かりません。

あれやこれや申し述べましたが、どうか初心者の瑣末な戸惑い
と笑いとばされ、ご教示いただければ幸いです。

なお、今後とも皆様のご厚誼とお力添えをお願いいたします。

時節がら、くれぐれもご自愛
くださるようお祈り申し上げます。

まずは、デビュー1か月のご報告とお礼まで
                   
                     敬 具

平成18年2月23日

  「STAGE R50」会員 各位

                    時遊生活者

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